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ブルー・ローズ



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ブルー・ローズの評価: 1.00/10点 レビュー 1件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点1.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(1pt)

ブルー・ローズ=あり得ない

本書は馳氏による初の探偵小説と云えるだろう。
元警官でバブル経済時に土地転がしをして失敗し莫大な借金を抱えたしがない探偵徳永。彼が追うのは警察官僚の娘の失踪。特に冒頭の、高い地位のある、富裕な依頼主を訪れ、失踪した娘の捜索を依頼される件はチャンドラーの『大いなる眠り』を想起させる。

そして文体も全く変わっている。極限まで削ぎ落とし、体言止めを多用した文体から比喩を多用し、諦観と皮肉に満ちた文章はチャンドラーのそれを意識したもののように感じた。

主人公は元警官で今は弁護士事務所に雇われている探偵徳永。バブル時代に機を読み誤り、購入した不動産が値下げし、億単位の借金を抱え、少しずつ返済する日々を送っている。

そんな彼に持ち込まれたのが警察官のキャリアである井口警視鑑。次期警察庁長官と云われている。彼から依頼されたのが失踪した娘を捜し出すことだった。

物語はこの失踪した女性山下菜穂と彼女の趣味仲間田中美代と菜穂の高校時代の友人である和歌子こと菅原舞に彼女の連れ英ちゃん。そしてその趣味の世界では有名な飲食店経営者渡瀬を中心に進んでいく。

そしてまず本書のモチーフにあるのは薔薇。今ではもう幻の存在ではなくなったが、本書で失踪する菜穂は薔薇の生成、それも青い薔薇を生み出すことに執着しているアマチュア栽培家。
題名にもなっている青い薔薇は英語ではありえないことを意味する。

そしてこの薔薇のモチーフは物語半ば過ぎて別の意味を持ってくる。

しかし探偵小説といえどもきちんと馳氏のテイストは盛り込まれている。警察官僚の娘の失踪がいつの間にかキャリア同士の抗争に繋がり、しかもそこには主婦によるSMクラブという淫靡な真実が隠されている。それがやがて警察内部の政治抗争において爆弾のようなスキャンダルに繋がっていく。
なんでも存在する東京と云う都市が生んだ社会の歪みの権化。富裕階級に属する20代後半の若く美しい主婦たちが集う禁断の扉。アマチュア薔薇栽培家が目指していた青い薔薇の実現もいつの間にか2人のSM女王、赤薔薇、黒薔薇というモチーフに変わる。う~ん、実に馳星周氏らしい。

しかし探偵小説の体裁は上巻まで。やはり最後はいつもの馳作品。
人捜しの過程で出逢った人物、菅原舞に惚れてしまった徳永は仕事の途中で舞を喪ってしまう。それが徳永が獣になるトリガーとなった。

狂気と殺戮の宴の始まりだ。
理性と云う箍を外した徳永はもはや味方などは関係なく、己の願望を満たすために他者を利用するだけだ。全てが舞という大切な存在をこの世から消し去った敵としてみなす。

しかしそこから物語が微妙に歪んでくる。
敵側にさらわれた菜穂と英ちゃんを取り戻すために悪鬼の如く、慈悲を捨てて田中美代、渡瀬、公安警察らに挑む徳永だが、依頼元の井口の妻佳代ももはや身の保身のために事件については関心を持たず、徳永を切り捨てるし、肝心の菜穂はスキャンダルの種を恐れた井口にとっては既に敵側の手中に堕ち、出世ゲームからは脱落したものの、警視総監の地位確保のために身の回りの整理をしている。
つまりこの時点で既に徳永は菜穂を奪還する行為自体になんら意味が無くなっているのだ。

彼にあるのはただ単純に舞の命を奪った者への復讐の願望であり、その者たちの正体は解っているのでなぜ菜穂の奪還に固執するのか解らなかった。

つまり理性を失った徳永同様に物語ももはや筋を失い、ただ徳永が暴力を存分に振るうための舞台でしかなくなっているのだ。

作中、主人公の徳永の言葉に暴力への衝動について語られるシーンがある。精神の箍が外れ、暴力それ自身が快感となり、行為を制御できなくなるということだが、それは裏返せば馳氏の創作姿勢の説明ではないか。
どんな舞台、設定、登場人物を使っても行き着くところはどす黒い暴力の渇望。精緻に組立てた物語構造も最後の主人公の狂気の暴走に奉仕する材料にしか過ぎない。それを書きたいがためにそれまで我慢して物語を紡いでいるのだ、と。

また読書中、どうしても拭いきれない違和感があった。
本書の刊行は2006年なのだが、作品の時制は少し前のように感じた。しきりにバブル崩壊の膿やら残滓が謳われ、しかも主人公は携帯電話を使うことも覚束なく、パソコンのインターネットもパソコン通信や電話回線を使ってのネット接続だったり、ポケベルを持っている警官がいたりと、なんとも違和感を覚えることが多かった。
しかもサントリーが生み出した青い薔薇は2004年。つまり本書の刊行前なのだ。作中、いつごろの話か年代が出てこないため、どの時代を想像して物語に没入すべきか最後の最後まで解らなかった。

敢えて苦言を呈せば、本書は実に脇の甘い作品である。徳永が暴力に走る動機となった愛すべき存在、菅原舞を喪うことも、40を過ぎた男に起こった一目惚れからなのだ。
ほんの数時間しか過ごしていない相手にこれほどまでに惚れるのか?
20代の男が年上の女性に惚れるというのなら解るが、人生の酸いも甘いも経験した男が20代後半の女性に一目惚れするというのが実に解せなかった。さらに菜穂を取り戻すことの意味がない中での徳永の決死の任務遂行など物語としての体を成していない。
今までの馳作品らしくない破綻ぶりだ。
正直この結末には唖然とした。もう馳氏にはノワールを構成するネタが枯渇してしまったのだろうか。

先にも書いたがブルー・ローズとは英語で“ありえないこと”という意味でもある。私にしてみればそれは本書の内容こそがブルー・ローズそのものであった。


▼以下、ネタバレ感想

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