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(短編集)

桜闇



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桜闇の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)
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このBL臭が合わないのだ

建築探偵桜井京介シリーズ初の短編集。桜井の今まで語られなかった若き日に海外放浪をしていた頃に出くわした事件も含めて語られている。

まずは「ウシュクダラのエンジェル」。
正直謎が何なのかわかりにくい作品。そして京介が泊まった時にジブリールと京介の間で起こった何かが夢の内容を表しているようだ。いきなりこんなパンチの弱い作品だということに不安を覚えた。

次はまたもや京介の海外放浪譚である「井戸の中の悪魔」。
パズル要素が強い作品だが、難解なパズルが解けるようなカタルシスは真相には伴わないのが残念。
こういう作品を読むと、元々この作者は謎を作るのが不得意ではないだろうかと思ってしまう。

次はヴェトナムを舞台にした「塔の中の姫君」。
人間消失は本格ミステリでも最も魅力のある謎だが、その魅力ゆえ真相を知るとガッカリしてしまうのが往々にしてある。さて本作は?というとまあ及第点かなと云える。
確かに真相は陳腐だ。暗闇というのはなかなか人には見分けがつかないところなのでこのトリックは十分成り立つことは解る。しかしなんとも大味な感じが否めない。

次の「捻れた塔の冒険」の舞台は日本は福島県の会津若松。
この謎も真剣に考えればアンフェアの誹りを免れない真相だ。恥ずかしながら私は寡聞にして知らなかったが、この二重螺旋のスロープで上れる栄螺堂は実在する建築物だ。WEBで調べると写真が見られるが、それほど大きくない建物で、これは8,9歳の子供が経験した謎というのがミソだろう。
恐らくこの謎は一度行った人ならば解るのかもしれないが、純粋に推理ゲームとして勝負しようとした読者にしてみれば、実に納得のいかない謎だろう。
しかし本書の狙いはそこにはなく、この捻れた塔での幼少の頃の体験がその後2人の女性に落とした昏い翳、つまり自分の悪戯で引き起こした大人まで引きずらなければならない傷を逆恨みした女性の捻れた感情を描きたかったのだ。ちょっと強引な感じもするが、篠田氏の特徴が良く表れた作品である。
また祐美の京介への一方的な愛、つまりストーカー行為が第1作の『未明の家』の冒頭で出てきた建築探偵のチラシに端を発していると推測されるところは感慨深い。

次の「迷宮に死者は棲む」も日本が舞台。広島は尾道と因島をお馴染みの三人が訪れた時に出くわした事件だ。
陰鬱なイメージでいささかホラーめいた雰囲気で語られる作品。深春の高校時代の同級生の過去の因縁話で、深春を好きだった姉の死、同級生松尾の嵐の夜の失踪、そして松尾という人間の不在と、アイリッシュの『幻の女』を思わせるミステリアスな展開はなかなか。
しかし今が幸せな者ほど過去に依存しない、過去を振り返らない。逆に今が不幸な人間は過去の思い出にすがるというのは心に響く言葉だった。
確かにそう思う。この言葉だけでも収穫はあった。

「永遠を巡る螺旋」では再び舞台は海外に。
「捻れた塔の冒険」で登場した相原祐美の怨念が引き起こす事件。まず別の短編の因縁が絡むという趣向が面白い。そして叙述ミステリ的な仕掛けは成されているが、他の作品とは色合いの違った倒叙物であるのが異色だろう。仕掛けは安易で先が読めるため、さほど驚きはないが、収録作中113ページと最も長い作品なだけに物語は読ませる。
また作中深春がBL小説に苦悩し、罵倒するシーンがあるが、これは桜井京介シリーズがBL化された同人誌が多いことに対する作者の心の叫びだろうか?しかし私は原典にもBLの要素が濃いと感じているのだが。

続く2編はいささか趣の変わった作品。「オフィーリア、翔んだ」はある酒場で出くわした初老の男の話。
この作品では桜井京介という名前は一切出てこなく、出てくるのは類稀なる美貌を備えた青年と風貌のみ語られている。しかしそれは最後の幻想小説風味の結末に続くためにあえて作者が仕込んだことだろう。
密室からどうやって出たのか?という逆転的な謎が魅力的なのだが、相変わらず篠田氏の主眼はトリックやロジックの鮮やかになく、あくまで登場人物たちが抱える心の闇だ。

「神代宗の決断と憂鬱」は最も短い25ページの作品だ。
神代教授と京介の一夜の酒盛りで語られる神代教授の真意が面白い。そして少しだけ触れられる京介と教授の邂逅の話も今後の物語への予告として興味深い。
しかしどちらかといえばファンサービスに近いような作品だ。

「君の名は空の色」では深春と蒼の邂逅のときのことについて触れられる。
中身はもはやミステリではなく、蒼と深春の関係性についてシリーズの隙間にあるエピソードを述べたようなものだ。
作中の時期は蒼が成人の日を迎えたときのこと。蒼が虐待されていた忌まわしい記憶の残る邸に行って、特別何かをするわけではなく、過去の記憶が彼にとってすでに終わったこととして片付けられているかを確認しに来たようだ。それは成人の日を迎えた彼にとって避けられぬ成人の儀式のようなものだったのだろう。

最後は桜井京介自身の過去の物語「桜闇」。
神代教授が述べている京介の過去に起きた忌まわしい事件とは別の、高校生の京介が出遭った事件の話。しかし当時の彼はまだウブで殺人方法を看破しながらも女性の色香と魅力に負けてしまう。京介の初体験まで書かれた話。
「君の名は空の色」で蒼が20の時に旧薬師寺家を訪れたように、京介も30を迎えてこの邸を訪れなければならなかったのだろう。孔子は「三十にして立つ」と云ったが、彼が立つためには訣別しなければならない過去の自分があった訳だ。敢えて幻想小説風に耽美に書いているのは桜井京介というキャラクターをイメージしてのことだろう。


冒頭にも述べたように舞台は長編と違い、日本に留まらずトルコ、イタリア、ヴェトナム、フランスへと多彩だが、意外にヴァリエーションは感じない。その理由は後で書こう。

本格ミステリの短編といえば、限られたページ数という制約があるため、物語性よりもトリック、ロジックの切れ味が味わえるが、本書では逆に篠田真由美という作家が本格ミステリにはあまり向いていないことが露呈した作品集となった。

主眼はあくまでもトリック、ロジックの妙味にはなく、長編同様に登場人物の抱える心の闇や建築物に込められた念や思想といった部分に準拠した人の行為が真相になっており、これはもはや本格ミステリではないといえるだろう。
謎自体は非常に魅力的なのにもかかわらず、推理のカタルシスをこれほど感じない短編集も珍しい。

特に似たような謎が多いのが気になった。2作目の「井戸の中の悪魔」、3作目の「塔の中の姫君」、3作目の「捻れた塔の冒険」、6作目の「永遠を巡る螺旋」はどれも細長い建築物や工作物で起きた謎を提示しており、しかもどれもが階段や昇降設備における人間消失を取り扱っている。
あとがきによればこれらは「二重螺旋四部作」と作者自身が名付けているが、要は同じような謎における推理のヴァリエーションで2つも3つも短編を拵えているような感じなのだ。従って個々の作品で開陳される誤った推理が少なく、あえて述べないことで別の作品で使用しようとしていると感じる、とまで書くとさすがに意地の悪い見方になるだろうか。

親切に感じたのは巻末にこれらの短編で述べられている事件の起きた時期と今まで著された長編での事件が時系列に年表として並べられているところ。これを見るとこの短編集は建築探偵桜井京介シリーズ第二部の第1作『美貌の帳』までの事件を全て補完するようになっている。従って本作での時間はすごく長く、蒼が高校に編入する前から浪人生を経てW大学入学の20歳になるまでの期間に遭遇した、もしくは語られた事件(出来事)となる。

そしてそれらは先にも述べたように桜井京介、栗山深春、蒼こと薬師寺香澄、そして神代宗の四者のキャラクターを掘り下げることを主眼にし、さらにシリーズに厚みを持たせることを目的にしているようなので、本格ミステリとして読むとかなり肩透かしを食らうだろう。
逆に云えばシリーズファンが読むとますますのめり込む美酒のような短編集になるということでもある。

しかしそのキャラクターがいまいち私には合わない。深春はこの中で最もまともなキャラクターで好きだが、それ以外はいかにも「作られた」感を思わせる戯画化された造形を感じる。特に蒼は、過去の事件ゆえに学校にも行かなかったことで精神的成長が遅れているのは理解は出来るが、猫のような周囲へのじゃれ付きようは読んでいて怖気が出て鳥肌が立つ。その台詞は「20の男が口にするような言葉だろうか?」と首を傾げざるをえない。特に深春に対する純粋な思いを告げるシーンはほとんどBL小説である。

今までこのシリーズ読んできたが、やはり自分にはどうも合わないようだ。最後を俟たずして次の作品でこのシリーズとは別れを告げよう。


▼以下、ネタバレ感想

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