だれがコマドリを殺したのか?
登録されているタグ
※タグの編集はログイン後行えます
7.67pt
7.50pt
Amazon平均点
3.76pt
楽天平均点
0.00pt
みんなの オススメpt 自由に投票してください!!
4pt
↑現実的
9.00pt
0.00pt
←非ミステリ
54.50pt
ミステリ→
14.00pt
↓幻想的
初版刊行(参考)
種別
長編
閲覧回数
4,603回
お気に入りにされた回数
4回
読書済み登録回数
9回
- このページのURL
あらすじ
評判
だれがコマドリを殺したのか?の評価:
7.67/10点 レビュー 3件。 A ランク
だれがコマドリを殺したのか?の総合評価:
7.54/10点 レビュー 24件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全3件 1〜3 1/1ページ
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
その他、Amazon書評・レビューが 21件あります。
Amazon書評・レビューを見る
1960年に刊行されて以来、長らく絶版となっていたフィルポッツのまさに幻の作品がこの2015年に新訳で刊行されるとは一体誰が想像していただろうか?
ちなみに1960年刊行の同書をAmazonで調べてみるとなんと7,700円という価格が付いているのには驚いた。
幻の名作というのは実際のところ眉唾物であることが多い。名作ならば版を重ね、現代にまで読み継がれているべきものだからだ。それが初版から55年も経ってようやく新訳で再販されるとは、刊行当時さほど話題に上らずに淘汰されてしまったからだと考えるのが普通だろう。
しかし皮肉なことにその稀少価値ゆえに古書収集家の間で高値で取引され、今にその名を留める結果になったのだろう。つまり内容ではなく本そのものに価値がある作品なのだ、と読む前は思っており、さほど期待せずに読んだのだが、これが意外と、いや実に面白かったのである。
いやはや読み始めと読み終わりの抱く印象がこれほどガラリと変わる作品も珍しい。
まず開巻直後は若き医師ノートン・ペラムと教会の大執事の箱入り娘ダイアナ・コートライトの衝動的なまでの初恋と結婚までの道のりが描かれる。恋は盲目というが魂の結び付きと感じた2人は周囲の反対を押し切って結婚に向けて駆け抜けていく。ダイアナは準男爵のベンジャミン・パースハウス卿からプロポーズを受け、裕福な暮らしが約束されているにも関わらず、好きになったら止まらないとばかりにノートンと結ばれるのだ。
しかしそんな衝動的な結婚生活も長くは続かない。
安定を約束された生活よりも深い愛を選んだダイアナはしかし世間知らずのお嬢様で最初は自炊や洗濯をする生活に新鮮さを感じていたが、器用に思われた自分が意外と家事が苦手だと知るに至り、やがてノートンが将来資産家の伯父から受け取るであろう財産が毎日の質素な生活の中での光明となっていく。
しかしノートンは伯父の反対を押し切った結婚だった故に財産贈与を約束されなくなっていたことを妻に話せずにいた。その事実を自ら伯父を訪問することで知ったダイアナは嘘をついていた夫を深く憎悪するのだ。
愛情は深ければ深いほど、裏切りを感じた時に抱く憎悪はそれにも増して深くなっていくのだ。ダイアナはいつしかノートンに復讐心を抱くようになる。
そこから物語は急変する。
もはやぎくしゃくとした夫婦生活を送るダイアナとノートンの日々が描かれ、家庭に収まることを是としないようになったダイアナは女優を目指すようになるのだが、いきなり体調が悪くなっていく。そこからベンジャミン卿と結婚した姉マイラにも不慮の事故で子供が産めない身体になり、身体に障害を持ってしまう。
そしてダイアナは夫ノートンに毒を盛られていると姉夫婦に告げると、その予言どおりに亡くなってしまう。
そして彼女の死後1年半後、夫が妻殺しで逮捕され、友人たちがノートンの無実の証明のために事件の調査に乗り込む。
いわばミステリの根幹とも云える殺人事件が起きるのが約330ページ中200ページの辺りだ。
若き美しき男女の恋物語が一転してボタンの掛け違いでお互いを恨むようになった夫婦の憎悪の話、そして謎の妻の死とその罪を着せられる誠実な夫の無実を証明する話と、本書は紹介分にあるようにまさに万華鏡のような変幻自在な物語の展開を見せる。
そしてこのどうしようもなく上手く行かなくなった若夫婦の道程から妻の死に至るまでの物語と妻が死んでから死に立ち会った姉夫婦ベンジャミン・パースハウス卿の物語が、最後の最後で想像を超える真相へと繋がるのだ。
正直この真相には戦慄した。
冒頭にもこれほど印象が変わる話も珍しいと書いたが、それは物語の色合いのみならず、登場人物像もまたそうだ。
まずは何と云ってもダイアナだ。思慮浅く、人生経験も薄いと思われていた彼女だったが読み進むにつれて男女の愛に対する洞察の深さや心の移り変わりに思わずのめり込んでいくのには驚いた。
例えば当初家事もしたことのない世間知らずのお嬢様として、しかも夫ノートンが得るであろう伯父の多額の財産を生活の励みしていた、打算合っての愛ゆえに結婚した浅薄な女性と思われたが、伯父の反感を買って財産を相続できない夫の嘘を知ると、財産を得ることが適わないことを恨むのではなく、正直に事実を打ち明けない夫の態度に憎悪を抱くところに、ノートンとの恋愛が一時の烈情ではなく、貧しくも2人で生きていく覚悟あっての事だと気付かされて、見方が変わってしまった。
そして自らが信じた道を邁進する決意の強さこそが実は彼女の本性だと云えよう。
衝動的な結婚も自らの判断の正しさを信じたゆえの結果であり、また結婚後も優しいノートンを引っ張るが如く、生活の舵を取る。夫が渋るのであれば自らが伯父に逢いに行く行動力。しかしその行動力がまた自分が万能であることを過信させることにもなり、また復讐と云う負の方向へと突き進む原動力にもなってしまうのだが。
一方翻って世の女性たちは主人公ノートン・ペラムに対してどのような感情を抱くのだろうか?
誰もが振り返る美男子の医師とくれば玉の輿を狙う女性たちの垂涎の的だろう。
しかし一皮剥けば貧しい自分の境遇にコンプレックスを抱き、投資家で資産家の伯父の財産を当てにして自分の将来の安定を約束している、いわば他力本願の男。さらには伯父の同意が得られないことを知るといつまで経ってもその事実を妻に打ち明けず、妻の愛を逃したくないがためにずるずると先延ばしにしている男だ。さらには自分を慕う女性に自らの結婚の話をする無神経さも兼ね備えている。
私は正直顔がいいだけのダメ男だと何度もレッテルを貼ってしまった。
特に嘘をつかれながらもどうにかノートンと暮らし、貧しい生活の中に自分の張り合いを見つけようとする妻の行動力を制御しきれず、もはや妻は自分には目を向けておらず、愛情はとうに消えてしまったと愚痴をこぼす辺りでは、あまりの女心への無知ぶりに呆気に取られたものだ。妻に冤罪を着せられて刑務所暮らしをさせたくなるほど恨まれても仕方のない男だと思う。
つまり優しいだけの男なのだ。
そしてこの作品で最も好意を抱くのはノートンの婚約者として登場した彼の伯父の秘書を務めるネリー・ウォレンダーではないか。
ノートンを慕いながらも、もはや結婚目前まできながら、ノートンの口から他の女性との結婚を打ち明けられる。しかしそれでも気丈に振舞い、ノートンの幸せを祝福する懐の深さを見せ、更には自分との結婚が破棄になることで財産を渡さないと断じた彼の伯父の説得まで試みる女性なのだ。
社会的に自立し、物事をバランスよく見る人物なのだが、正直現代でもこんなにいい女性はいないだろう。
しかしこのような善人ほど辛い目に遭うのだ。ダイアナの死後1年半後にようやく心の傷が癒えたノートンと晴れて結ばれた結婚式の日に妻殺しの容疑で伴侶が逮捕されてしまうのだから。
う~ん、なんて意地が悪いのだ、フィルポッツは。
さてこの題名だが、実は我々団塊の世代の子供たちの世代では実は翻訳された“コマドリ”よりも英単語の“Cock Robin”の方に親しみがある。それはアニメ『パタリロ』の主題歌『クックロビン音頭』のフレーズ「だれが殺したクックロビン」で耳に焼き付いているからだ。
作者の魔夜峰央氏はミステリ好きとして有名だが、さすがに本作から取ったフレーズではなく、マザーグースの一節から取られており、この題名も同様なのだ。
しかしあまりに日本人にとってお馴染みなフレーズであるため、もしかしたらこの作品が語源では?と勘違いする読者もいるのかもしれないがウェブで調べると出典は萩尾望都の作品に由来するとのことだったのであしからず。
しかしたった330ページの分量ながら、男女の愛憎劇にとんでもないサプライズまで仕掛けられている本書が50年以上も絶版だったのは何とも不思議だ。
正直高を括っていたが、今でも本書に描かれる男女の機微、運命の皮肉、そして最後に感じられる女性の恐ろしさは現代でも十分読ませる内容だ。
今こうやって新訳で読める事の幸せを改めて嬉しく思う。この機会を逃すと次に手に入るのはまた50年後かもしれないので、ぜひとも多くの人に読まれ、版を重ねて絶版とならないようになることを強く祈るばかりだ。
▼以下、ネタバレ感想