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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 1021~1040 52/68ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.339: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

猫のスプラッターコメディ

ドイツ・ミステリ大賞を受賞したという、トルコ系ドイツ人作家による「猫ミステリー」。猫が探偵役を務めるミステリーだが、扱うのが人間の犯罪ではなく、猫の連続殺人(殺猫)という異色作。ドイツを始め各国で大ヒットし、続編もベストセラーになったという。
ミステリー愛好家であることはもちろん猫好きでもあるので「これは必読」と読み始めたのだが、最初から猫殺しシーンの続出で、しかも描写がどぎついので、ちょっと辟易した。我慢して読み進めると、独特のユーモアがあるし、鋭い社会批評もあり、最後はかなり考えさせられる作品だった。
猫の愛らしさを溺愛する人には残酷過ぎてオススメできないが、そこさえ我慢できる人には、良質なミステリーとしてオススメできる。
猫たちの聖夜 (ハヤカワ文庫NV)
アキフ・ピリンチ猫たちの聖夜 についてのレビュー
No.338:
(6pt)

徐々にヒロインに変化が

キャシー・マロリー・シリーズの第3弾。これまでの2作に比べるとミステリー要素が重視され、警察小説らしさが高まってきた作品だ。
ニューヨークの画廊でアーティストが殺害された事件が発生。市警には、12年前に同じオーナーの画廊で起きた猟奇殺人事件との関連を示唆する手紙が届いた。捜査を担当するマロリーとライカーのコンビは、12年前の事件を担当したマーコヴィッツが残した膨大なメモを手がかりに、美術界の裏側をこじ開けるように強引な捜査を進めていたが、なぜか警察上層部から捜査妨害を受けるようになった。壁が高くて厚いほど力を発揮するのが、マロリーの半分非合法な操作手法であり、嘘とはったりと度胸で関係者を揺さぶり、最後には美術界に横行する金儲け主義と芸術家一家の悲劇の真相を暴くことになる。
たぐいまれな美貌と天才的な頭脳と徹底的なモラルの欠如、というマロリー像は継続されているものの、本作では所々「マロリーらしからぬ」人間的感情をみせるシーンがあり、ライカーやチャールズとの関係、自分の過去への向き合い方などにも、これまでの「氷の女」一辺倒ではない変化の兆しが見て取れた。登場人物のキャラクターの変化が物語に深みを与えるという、シリーズものならではの楽しみが感じられた。
ミステリーとしての完成度はまだまだ今ひとつな印象だが、登場人物のキャラクターの変化を楽しむという意味でも、読み続けたいと思わせるシリーズである。

死のオブジェ (創元推理文庫)
キャロル・オコンネル死のオブジェ についてのレビュー
No.337: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

スウェーデンの「そして誰もいなくなった」

スウェーデンで大人気の犯罪捜査官マリア・ヴェーンシリーズの第9作。邦訳では2作目である。
今回は、大自然の中での一週間のセラピーキャンプということで無人島に渡った7人の女性たちが次々に死体となって発見されるという、クリスティの「そして誰もいなくなった」みたいなお話。嵐に襲われた無人島という限られた空間、自分たち以外の人間がいるはずは無いのに次々と起きる不可解な現象、通信が途絶え、食料も無いなかでの相互不信。訳あって身分を隠したまま参加したマリアが、人格が崩壊しかけた6人を相手に壮絶なサバイバルゲームを乗り切って行く。
事件の背景には深刻な社会病理が隠されており、島に集まった7人のそれぞれの事情が現代の社会不安を象徴している、社会派ミステリーである。また、離婚を経て揺れるマリアの心境変化を追い掛けるロマンス小説でもある。
ただ、謎解きミステリーとしてはかなり弱い気がするので、オススメはしない。
死を歌う孤島 (創元推理文庫)
アンナ・ヤンソン死を歌う孤島 についてのレビュー
No.336:
(7pt)

時事ネタも盛り込んで(非ミステリー)

息長く続いているIWGPシリーズの第11弾。20代後半になっても相変わらず地元愛一筋のマコトとタカシとGボーイズたちの、ちょっぴりくたびれだした青春ストーリーだが、さすがに石田衣良の看板作品だけあった退屈はさせない。
収録の4作品は、脱法ドラッグ、パチンコ中毒、胡散臭いネットビジネス、ヘイトデモと、いずれも時代を象徴するようなテーマばかり。どこか上っ面で偏狭で不寛容な世の中に対し、愚直な生活人の視点を失わず、しかし時代の流れに上手に乗っかって世直しに励む「街の不良たち」の物語である。
テレビドラマを見るのと同じ感覚で楽しい時間が過ごせること請け合い。深刻な社会派はちょっと勘弁、という人にオススメだ。
憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI (文春文庫)
No.335: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

シリーズ史上最強の敵と戦うヴィク

シカゴの女性探偵V.I.ウォーショースキー・シリーズの16作目。前作「ナイト・ストーム」を越えるボリュームで読み応え満点の力作である。
親友のロティから「知り合いの女性ジュディを捜して、助けてやって」という依頼を受けたヴィクは、ジュディがいるはずの田舎町に出かけたが、銃殺された男の死体を発見しただけで、ジュディの姿はどこにもなかった。麻薬中毒でドラッグハウスを出入りするジュディに嫌悪感を抱くヴィクだったが、ロティのたっての願いでジュディの行方を探し始めた。すると、第二次世界大戦前のウィーンから始まるジュディとロティの祖先の悲しい歴史と、アメリカの原水爆開発、現代の最先端企業の誕生秘話が絡み合う、壮大な嘘と裏切りのドラマが見えて来た。
50代になっても少しも変わらない情熱で世の不正義に立ち向かうヴィクが今回相手にするのは、なんとテロ対策に躍起となっている国土安全保障省と巨大IT企業のタッグ。資力、権力、情報力など全てにおいて圧倒的な差がある難敵に対し、一歩も引かないヴィクの激闘が読者のハートを熱くする。それにしても、テロ対策の一言で基本的人権を全て無視する行政機関の横暴と、あらゆるネット情報を監視して個人情報を盗み取る巨大IT企業の図々しさには、ヴィクならずとも腸が煮えくり返る思いがするが、同じことが日本でも起きる可能性が高い(すでに起きている)ことを考えると、とてもアメリカのフィクションとして読み流すわけにはいかなかった。
とは言え、社会派エンターテイメントとしても一流の仕上がり。シリーズでおなじみの周辺人物&犬たちも健在で、読者の期待に応えてくれる。すでに完成しているという次作の登場が待ち遠しい。
セプテンバー・ラプソディ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.334:
(8pt)
【ネタバレかも!?】 (1件の連絡あり)[]   ネタバレを表示する

完成度が高過ぎるデビュー作

英国の大手出版社の小説創作コースを卒業したばかりの新人のデビュー作なのに、出版権が破格の高額で落札され、しかも英国での出版の前に25カ国での出版が決まったという、まさに前代未聞の話題を呼んだ作品。そんな大騒動も納得できる、素晴らしく完成度が高いサイコミステリーである。
テレビ業界で成功を収めている49歳のキャサリンは、息子の独立を機に、夫婦二人だけで暮らすために引っ越しをした。引越しからしばらく経って落ち着き始めた頃、自分では買った覚えの無い本を見つけて読み始めてみると・・・そこには、20年前の忌まわしい出来事と彼女のことが書かれていた。完全に隠して来たはずの出来事をここまで詳細に再現しようとするのは、あの男の家族なのか、知らなかった目撃者なのか? 動揺したキャサリンは事態も自分自身もコントロールできなくなり、仕事も家庭も崩壊の坂を転げ落ちだしてしまった。
前半では、キャサリンの視点からと本を送った人物の視点から交互に物語が展開され、隠された秘密が徐々に明らかにされて行く。本を送った老人の妻への愛情の濃さが過剰で辟易させられるが、動揺するキャサリンにも後ろめたい部分があるようで、20年前の秘密が徐々に明らかにされるごとにサスペンスが高まって行く。
物語の後半部分では、キャサリンと老人が直接的にコンタクトを取り、想像を絶するクライマックスを迎えることになる。
残酷なシーンや恐怖を呼び起こすような描写がある訳ではなく、克明な心理描写だけで愛に潜む狂気の恐さを生々しく実感させる、この筆力は特筆もの。女性作家ならではの心理サスペンスの醍醐味がたっぷりと味わえる大傑作。心理サスペンスファンには、文句なしのオススメだ。
夏の沈黙 (創元推理文庫)
ルネ・ナイト夏の沈黙 についてのレビュー
No.333: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

世界一嫌みな男に、意外な弱点が

近年、人気急上昇で様々な作品が紹介されるようになった北欧ミステリー(ノルディック・ノワールと呼ばれているとか)の中でも異彩を放つ「犯罪心理捜査官セバスチャン」シリーズの第二弾。第一作より、さらにパワーアップした傑作エンターテイメントである。
ストックホルムで3件の連続女性強姦殺害事件が発生。その残忍な手口は、15年前にセバスチャンが追い詰めて逮捕された連続殺人犯ヒンデの犯行とそっくりだった。しかし、現在服役中のヒンデが事件を起こせる訳は無く、殺人捜査特別班はヒンデに強い関心を持つ模倣犯の犯行を疑った。一方、またまた自分勝手な理由から殺人捜査特別班に強引に入り込んだセバスチャンだったが、4人目の被害者が自分が関係したばかりの女性だったことで、これまでの3人の被害者もすべて自分と関係があった女性だと気がついた。「自分が狙われているのではないか?」、「ヒンデが関係しているのではないか?」と激しく動揺したセバスチャンの捜査は、さらに協調性を欠き、特別班のメンバーとの対立もいとわず、さらに暴走することになった・・・。
今回は、レクター博士にも負けない強烈なキャラクターのサイコパスとの息詰まる心理戦がメインだが、事件全体の構想がしっかりしているので、犯罪捜査ものとしても非常に面白く読める。また、主人公をはじめとする捜査側のメンバーのキャラクターが第一作を踏まえて、さらにくっきりしてきたし、引き続き登場する周辺人物も物語に深みを加えていて、シリーズ物としての完成度が高くなっているのも魅力と言える。特に、歩く傲岸不遜とも言うべきセバスチャンに人間的に意外な弱点が見えて来たところは、次作にもつながりそうで注目したい。
第一作とは別の事件の話だが、第一作をベースにしたエピソードが多いので、ぜひ第一作から順番に読むことをオススメしたい。
模倣犯〈上〉 (犯罪心理捜査官セバスチャン) (創元推理文庫)
No.332: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

強い女と、それに気づかない男たち

現代の英国を代表する女性ミステリー作家ミネット・ウォルターズが2005年に発表した、長編第11作。国際政治の歪みに咲いた邪悪なあだ花のような犯罪者と戦う女性ジャーナリストの絶望と再生を描いた、大傑作サスペンスである。
2002年、内線で疲弊したシエラレオネで5人の女性が惨殺され、犯人として3人の少年兵が逮捕されたが、ロイター通信の女性記者コニーは、ダイヤモンドの闇商人のボディーガードを努める在留英国人ハーウッドの犯行を疑っていた。2年後の2004年、イラクを取材していたコニーはバグダッドで、戦争請負企業に雇われていたハーウッドに遭遇し、取材を始め、彼が偽名を使っており、本名はマッケンジーであることまでは突き止めた。しかし、戦争請負企業の壁に阻まれて取材は難航し、さまざな脅迫を受けるようになったコニーが両親が住むイギリスに渡ろうとした時、マッケンジーに拉致監禁されてしまう。3日後に解放されたコニーは記者会見も拒否し、マスコミを避けてイギリスの田舎に引っ込んでしまった。監禁中のことは警察にも曖昧にしか話さないコニーは、一体何を隠しているのだろうか?
という、ここまででも十分に面白い話なのだが、こらは全体の1/10ほどのプロローグに過ぎず、田舎で心身の回復に努めるコニーの心の変化と、執念深く追い掛けて来たマッケンジーとの対決が物語の主軸である。監禁のトラウマからマッケンジーの影におびえるコニーは、いかにしてマッケンジーの病的な暴力に対抗するのか?
コニーとマッケンジーの直接対決の事件はある種の闇の中、「羅生門」状態で、ことの真相はコニーが語る言葉でしか知ることが出来ない。彼女の強さに周囲は驚くが、とりわけ警察はそれが理解できず、事件の全容を求めて彼女と厳しい言葉の攻防を繰り広げることになる。アクションではなくディベートでサスペンスが盛り上がるというのは、さすがに「英国ミステリーの女王」と呼ばれるウォルターズならでは。参りました。
サブストーリーである風光明媚な英国の田舎の閉鎖社会の軋みの物語も、ウォルターズお得意のテーマで、十分に読み応えがあった。
謎解き、心理描写、スリル、社会性など多彩な魅力に満ちた作品として、多くのミステリーファンにオススメしたい。
悪魔の羽根 (創元推理文庫)
ミネット・ウォルターズ悪魔の羽根 についてのレビュー
No.331:
(7pt)

ボストンの小悪党たちの欲望と哀しみ

ぐっと読み応えがある長編が多いルヘインには珍しく、ポケミスで188ページの軽めの作品である。「訳者あとがき」によると、当初は短編集の一作として発表されたものが映画化されることになり、ルヘイン自身が脚本を担当、さらに長編小説として書き直されたという。映画のノベライズであると同時にオリジナル作品でもあるという、珍しいケースと言える。
舞台は、ルヘインお得意のボストンの下町。労働者が集まる小さなバー「カズン・マーブ」はマーブとマーブの従兄弟でバーテンダーのボブが切り盛りしているのだが、実際はチェチェン・マフィアに乗っ取られた店で、マフィアの裏金の中継所としても使われていた。ある日ボブは、仕事帰りにゴミ箱に捨てられていた子犬を拾った。そこに居合わせたナディアが動物愛護団体で働いていた経験があったことから、口をきくようになり、ボブが子犬を飼うことになった。内気で劣等感に苛まれていたボブは、ナディアと子犬の登場で新しい日々が始まる予感を感じたのだったが。
猥雑な街を肩をすぼめて歩くボブの周りは、一筋縄ではいかない小悪党ばかり。あまり知恵があるとは思えない強盗計画が実行に移され、そこから生じたさまざまな波紋と軋轢がボブにも降り掛かって来た。そこで見せたボブの意外な行動とその結末は・・・。
短めの作品とはいえ、ノワールの巨匠・ルヘインの魅力が十二分に発揮された傑作。オススメです。
ザ・ドロップ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
デニス・ルヘインザ・ドロップ についてのレビュー
No.330:
(9pt)

共犯者にさせられた!

デパートの外商部に勤務する28歳、独身の直美は、去年の秋に結婚し専業主婦になった大学時代の同級生・加奈子が夫の達郎からDV被害を受けていることを知った。自身も父から母へのDVを見て来た直美は離婚を勧めるが、夫の暴力に支配されている加奈子は優柔不断な態度を取り続けていた。ある日、顧客である中国人実業家・李朱美の事務所を訪ねた直美は、達郎に瓜二つの中国人青年・林に出会った。林が不法入国者であることを知った時、直美は達郎を「排除する」完璧なプランを思いつき、加奈子を説得して実行することになった。と、ここまでが前半の「ナオミの章」。
後半の「カナコの章」では、夫・達郎の「排除」を「原因不明の失踪」で終わらせようとする加奈子に対して、夫の友人や家族、さらには警察から疑惑の目が向けられ、神経をすり減らす攻防戦が展開される。果たして、直美と加奈子は逃げ切れるのだろうか?
いや〜、面白い。「OUT」+「後妻業」+「明日に向かって撃て」の面白さというのはほめ過ぎかもしれないが、まさに「ページターナー」で、特に逃亡劇のサスペンスが高まる後半は一気読みだった。ヒロインの直美と加奈子、中国人実業家の朱美の三人のキャラクターが際立っている。直美も加奈子も殺人犯なのだが肩入れしたくなり、逃亡劇では思わず手助けしたくなっていた。
幅広いジャンルのミステリーファンにオススメできる、傑作エンターテイメントである。

ナオミとカナコ
奥田英朗ナオミとカナコ についてのレビュー
No.329: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

相変わらず地味だが、サスペンスは高まった

イアン・ランキンの新シリーズ「警部補マルコム・フォックス」の第二弾。リーバス警部シリーズの新作ではすっかり嫌われものとして扱われているフォックスだが、本作品はリーバス警部に出会う前で、正義を貫く硬骨漢として骨のあるところを見せてくれる。
監察室のスタッフとして不良警官の同僚の調査に入ったフォックスたちは「仲間を売るような奴は許さない」という警察一家意識に邪魔をされ、思うような調査が進められなかった。仕方なく、不良警官を告発した外部の人間に聞き込みを始めると、様々な疑問がわいて来た。しかも、不良警官を告発した元警官が自殺に見せかけて殺される事件が発生。しかも、元警官と25年前に事故死したスコットランド独立運動の活動家との不可解な関係が浮かび上がって来た。警察の内部事情で現場を外されたフォックスは、独自のルートで調査を進めるうちにスコットランド独立運動の歴史に隠されていた秘密を暴くことになる。
警察内部の鼻つまみ者のフォックスだが、今回は信頼する二人の仲間がいて、ぶれること無く正義を貫いていくことができた。しかしながら、私生活では相変わらず父のこと、妹のことで悩み事が多く、気が晴れることが無い。このあたりの地味さは前作同様で、読みきるには相当の気力が要求される。
現在と過去の二つの殺人事件をつなぐ重要な要素に、ちょっと首を傾げたくなる安易な設定があるのがやや不満だが、全体の構成はよく考えられていて、いくつかのエピソードが見事に重なり合ってクライマックスを迎えるサスペンスの盛り上がりは、前作より数段読み応えがある。多くの警察小説ファンにオススメできる。
偽りの果実: 警部補マルコム・フォックス (新潮文庫)
No.328: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

正義が犯罪になる恐怖

スパイ小説界のレジェンド、ジョン・ル・カレの23作目の長編小説。2013年発表なので御年83歳での作品だが、まだまだ現役バリバリの密度の高いエンターテイメントである。
英領ジブラルタルで行われた極秘のテロリスト捕獲作戦に駆り出された引退間近の外務省職員ポール(偽名)は、現場での強引な作戦行動に疑問を感じるものの、「作戦は成功だった」と告げられ任務を解かれた。3年後、引退して妻の故郷で平穏に暮らし始めていたポールは、極秘作戦の現場指揮官だったジェブと再会し、恐るべき事実を告げられる。真相を探るため、ポールは手始めに当時の担当大臣の秘書官トビーに連絡を取ることにした。一方、若くて意欲的な外交官として活躍中だったトビーは、当時、大臣の不審な行動に疑問を抱き、違法な方法で情報を集めていた。ポールとトビー、二人の疑問が重なり合って、ジブラルタル作戦の真実が暴かれようとする・・・。
本作も、個人と組織、国家の軋轢をテーマに、キリキリと締め上げるようなサスペンスが展開される。ことに、「国益」を盾に公務員の守秘義務を厳密に適用して口封じをはかる法務官僚の不気味さは、「特定秘密保護法」が成立してしまった日本でも現実感ありありで、官憲がその気になれば「どんな正義でも犯罪として葬ることが出来る」恐さを実感させる。
ジョン・ル・カレは永遠に枯れないことを実感させる良質なエンターテイメントで、多くの方にオススメです。
繊細な真実 (Hayakawa novels)
ジョン・ル・カレ繊細な真実 についてのレビュー
No.327:
(7pt)

スーパーヒーロー好きにオススメ

米国では人気だという「ジャック・リーチャー」シリーズの第17作。これまで日本では6作品が翻訳されているというが、今回、初めて読んだ。
ネブラスカの夜の高速道路入口でジャック・リーチャーがヒッチハイクに成功した車には男女三人が乗っていたが、どうも様子がおかしかった。男二人は仲間同士だが話に矛盾することが多いし、後部座席にいる女は終始無言で、何かにおびえているように見えた。やがて、男二人は殺人犯で女は人質らしいことが判明する。リーチャーは女性を解放して自分も逃げようとするが失敗し、しかも殺人事件の最重要容疑者としてFBIに追われることになる。
窮地に陥ったリーチャーだが、得意の説得力でFBI女性捜査官を味方につけて、逃亡しながら捜査を続け、やがてCIAやFBIをも巻き込んだテロ組織に直面し、ランボーも顔負けの大活劇を繰り広げて問題を解決する。
FBIやCIAが登場するのだが捜査能力がお粗末で、ちょっとマンガチックな展開もあって読み応えは無い。ただストーリーは面白く、すいすい読めるので、スーパーヒーローものでスカッとしたい方にはオススメできる。
最重要容疑者(下) (講談社文庫)
リー・チャイルド最重要容疑者 についてのレビュー
No.326: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

“奇妙な後味”がクセになる

短編の名手スタンリィ・エリンの1948年のデビュー作から1955年までの間に発表された10編を収めた、最初の短編集の新装文庫版。収録作品のどれもが、60年以上の年月を感じさせない、傑作ぞろいである。
表題作の「特別料理」をはじめ、作品の多くが最後の最後、あと一歩のところで説明を終わらせているのが“奇妙な後味”になっていて、読むほどにクセになる作家だと言える。
作者エリンはこれまで、ロアルド・ダールを筆頭とする「奇妙な味」の系列で捉えられていたが、あくまでも人間の不可解で不条理な心理に基盤を置いて物語が展開されている点から、読後感は本書の「解説」で言及されているようにフェルディナント・フォン・シーラッハの作品に近い気がした。
短編好きの方、不条理ミステリー好きの方にはオススメです。
特別料理 (ハヤカワ・ミステリ文庫 36-6)
スタンリイ・エリン特別料理 についてのレビュー
No.325: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

神の不在を問う犯罪者たち

中村文則の初の警察小説。期待した以上に完成度が高い、純文学でもあり、エンターテイメントでもある傑作だ。
連続通り魔事件の捜査本部に属する二人の刑事、中島と小橋のコンビは、共に捜査本部では主流になれない訳あり同士である。目撃証言から犯人と目されている「コートの男」の実態がつかめないまま、模倣犯ばかりが増え、捜査は行き詰まってていた。そんな中、二人は事件関係者の接点を掘り下げる独自の捜査によって徐々に真相に近づいて行った。するとそこには、被害者と加害者が入り乱れる、深くて巨大な闇が広がっていた・・・。
前半は警察小説のスタイルをとっていて、捜査のプロセス、刑事たちのキャラクター設定も巧い正統派ミステリーだが、最後の1/3は犯人の独白による犯行実態の解明という意表をつく展開になる。この構成に違和感を感じる読者もいるだろうが、この部分がある種、ドストエフスキー的とでも言えばいいのだろうか「神の不在」を問う、作品の肝(キモ)になっている。
純粋な警察小説としては違和感があるものの、ミステリーファンにも純文学ファンにもオススメしたい。
あなたが消えた夜に (毎日文庫)
中村文則あなたが消えた夜に についてのレビュー
No.324:
(8pt)

ファジーな人間には辛い国・日本への別れの手紙

ナポリのスラムで母と暮らす19歳のマイコはパスポートはおろか国籍さえ持たない、幽霊のような存在だった。アジア、ヨーロッパの大都会の移民が暮らす街を転々とし、顔を変えるために整形を繰り返す母親に「他人と関わるな、本名を教えるな」と躾けられ、小学校を出たあとは学校にすら通っていなかった。そんなマイコだが、日本人が経営する漫画カフェに出会ったことから外の世界を知り、母親とぶつかって家出し、街で出会ったリベリアとモルドバからの難民であるエリスとアナの三人で犯罪に手を染めながら楽しく暮らすことになった。ところが、マイコが家出直後に出会った日本人カメラマンに写真を撮られていたことから、母親が必死に隠そうとして来た秘密が明らかにされそうになってしまった・・・。
自分は何者なのか? 自分の居場所はどこなのか? たった19歳のマイコが戦う「魂のサバイバルゲーム」は、自律した人間を嫌う日本社会への強烈なアンチテーゼの様相を呈してくる。退屈な前半から一変して、後半は読者をぐいぐい引き込んで行き、最後には強烈な解放感が待っている。ミステリーと呼ぶにはスリルとサスペンスに欠けるが、物語の背景が極めてミステリアスなのでミステリーファンにも十分に満足出来る作品だ。
夜また夜の深い夜
桐野夏生夜また夜の深い夜 についてのレビュー
No.323: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ツイストは効いているけど

ディーヴァーが新しいヒーローを誕生させたノンシリーズ作品。ボディーガードのプロ対誘拐と拷問のプロの対決を描いた、サスペンスアクションである。
主人公コルティは連邦機関「戦略警護部」に所属する人身保護のプロ。対するのは、人間の弱みを突いてターゲットを追い詰める冷酷非情のハンターであるラヴィング。ラヴィングは、コルティの師匠を罠にかけて殺した因縁の敵でもある。この二人が、警護対象であるワシントンD.C.の刑事の一家を巡って壮絶な戦いを繰り広げることになる。
襲撃する者と守る者が、お互いに「裏の裏」を読みながら手に汗を握る追跡ゲームが展開されるのと同時に、刑事一家が狙われるのはなぜか、黒幕は誰なのかが、徐々に明らかにされるという、アクション部分とミステリー部分の両方が盛り込まれた欲張りな構成である。さらに、ディーヴァーお得意のどんでん返しが、これでもかと言わんばかりに出て来て、読み通すのに気力と体力の両方が必要だった。派手さはあるが、リンカーン・ライムシリーズほどの味わい深さを感じなかったのが残念。
主人公がボディーガードのプロだけに素材はいくらでも見つけられるので、評判が良ければシリーズ化されそうな作品だが、どうなるだろうか。
限界点
ジェフリー・ディーヴァー限界点 についてのレビュー
No.322: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

祝! リーバス警部復活!

「最後の音楽」で定年退職したリーバス警部だが、5年ぶりに帰って来た! リーバス警部・シリーズの再スタートを告げる作品である。
退屈な年金生活に馴染めないリーバス元警部は、古い未解決事件の再調査グループに民間人として採用され、古い書類を読み込む毎日を過ごしていたある日、1999年に失踪した娘がまだ生きていると主張する母親に面会し、再捜査を依頼される。一方、順調に警部に出世して活躍中のシボーンはスコットランド北部で行方不明になった若い女性の事件を担当することになった。この二つの事件は共にスコットランド北部を走るA9号線で起きていた。二つの事件の共通性に注目したリーバスは、シボーンの迷惑も顧みず捜査に割り込んで行く。もはや警官の身分ではないリーバスだが、そんなことで躊躇する玉では無い。相変わらずのルール無視の強引な捜査で周囲を引っ掻き回し、それでもじわじわと真相に迫り、決着をつけることになる。
現役時代と変わらないリーバスの言動に、古くからのファンなら拍手喝采、「お帰りなさい、リーバス警部!」と歓呼の声を上げること間違いなし。英国ではもうすでに、次作が刊行されているというのは嬉しい限り。
また、イアン・ランキンの新シリーズの主役であるマルコム・フォックスが、本作では徹底的に「イヤミな奴」で登場しているのも面白い。
他人の墓の中に立ち―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
イアン・ランキン他人の墓の中に立ち についてのレビュー
No.321: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

アイディアが秀逸!

第12回「このミス」大賞の受賞作。「一千兆円の身代金」という、目を引くタイトルが中味をすべて表している通り、意表をつくアイディアが光る作品である。
政治家の家系の男児を誘拐し、日本政府に一千兆円という法外な身代金を要求してきた犯人、その真の狙いはどこにあるのか? 次世代のことを考慮せず、財政赤字という当座凌ぎの借金を膨らませ続ける旧世代に対する犯人の怒りは、多くの国民の共感を得るが、誘拐は凶悪犯罪であり、警察は全力を挙げて事件解決をめざして奮闘する。人質の少年は、無事に解放されるのだろうか?
犯人側、被害者側、捜査側と視点を交替させながらのストーリー展開もスムーズで、登場人部のキャラクターも巧く設定されている。突き抜けた面白さは無いものの、デビュー作としては非常に高く評価出来る。文句なしにオススメです。

一千兆円の身代金 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
八木圭一一千兆円の身代金 についてのレビュー
No.320:
(8pt)

北欧発の国際ミステリー

スウェーデンに新たな国際派ミステリー作家が誕生したことを告げる、完成度の高いデビュー作である。
アラブ系のスウェーデン人で「戦争下請け企業」について研究しているムーディ、ムーディの元の恋人で欧州議会議員のスタッフとして働いているクララ、ブリュッセルのロビイング会社で働くジョージという3人のスウェーデン人が主人公で、物語は2013年12月、クリスマス前の3週間ほどの間にブリュッセルからパリ、スウェーデンへとスピーディーに展開されて行く。さらに、物語の背景として1980年代から中東で活動してきた謎のアメリカ人スパイの回想が度々挿入され、3人が巻き込まれた陰謀劇に更なる奥行きが加えられる。
いわゆるスパイ小説というよりはアクション・ミステリーであり、悪役の素性が簡単に分かっても、逃避行のスリリングさで最後まで読者を引きつける。追跡もの、アクションもの、国際謀略もの好きにはオススメです。
スパイは泳ぎつづける (ハヤカワ文庫NV)