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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1393

全1393件 301~320 16/70ページ

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No.1093: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

社会派の群像劇だが、犯人のキャラが頭抜けていて面白い

2019年から22年に雑誌連載された長編ミステリー。いくつかの現実の事件を想起させる出来事をベースに犯罪者、捜査側、関係者が濃密な人間ドラマを織りなしていく群像劇ミステリーである。
渡良瀬川の河川敷で若い女性の全裸死体が発見された時、警察は凍り付いた。というのも、10年前に同じ手口での2件の連続殺人があり、容疑者を別件逮捕したものの本件では証拠固めができず釈放したという苦い経験があったからだった。あの容疑者がまたやったのか。警察は威信をかけて捜査を始めたもののなんの手がかりも得られずにいるうちに、またもや同じ手口の事件が発生した…。
新たな捜査を担う刑事たち、10年前の未解決事件を担当した元刑事、容疑者となった男、被害者の父親、警察担当の若手記者、今回の事件で浮かび上がった重要参考人などを中心に展開されるドラマは、10年の歴史が背景にあるだけに分厚く、複雑でストレートに事件解決とはいかないのだが、そのもどかしさにはきちんとした裏付けがあり、エピソードの広がりが読む者を惹きつける。登場人物は多くてもキャラクター設定が巧みなので混乱することはなく、ぐんぐん読み進められる。作品を構成するテーマやエピソードが広すぎて、最後はやや強引にまとめた感があるものの、面白いミステリーを読んだという満足感が味わえる。
単なる謎解きではないミステリーのファンに、文句なしのオススメである。
リバー
奥田英朗リバー についてのレビュー
No.1092: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

作者の掌で転がされる楽しさ

「ときどき私は嘘をつく」、「彼と彼女の衝撃の瞬間」に続く、イギリス女性作家の邦訳第三作。結婚後10年以上が過ぎ、お互いに結婚生活に疑問を抱き出した夫婦が、関係の修復を目的に人里離れた古いチャペルに出かけたのだが、それぞれの思惑とは異なり、思いがけない事態に遭遇するサスペンス・ミステリーである。
多少は売れている脚本家のアダムは仕事中心の生き方がたたって、妻のアメリアとの関係に危機が訪れていた。そんな状況を修復すべくアメリアは人里離れた場所での二人だけの休暇を提案する。愛犬・ボブと共に出かけてきた二人だったが、長旅に悪天候が加わり次第に険悪な雰囲気になっていく。しかも、泊まる予定のチャペルはドアに鍵がかかっており、管理人に連絡することもできなかった。二人のストレスがどんどん高まるばかりという悲惨な状況に加え、アダムとアメリアにはそれぞれに秘密の企みがあったのだった…。
夫婦それぞれの視点とアメリアからアダムへの「渡されない手紙」の三つの語りで進められる物語は、思いがけないチェンジ・オブ・ペースと捻りに満ちており、最後まで読者に正体を明かさない。前作「彼と彼女の衝撃の瞬間」と同様、読む側の先入観をきれいに裏切って見事なクライマックスを見せてくれる。
作者の仕掛けに乗って騙されることが苦にならない読者にオススメする。
彼は彼女の顔が見えない (創元推理文庫)
No.1091: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

傷を負ったハリネズミ、ボッシュの原点を描く

L.A.市警のはぐれハリネズミ・ボッシュの第4作。大地震で家を失いかけ、署内トラブルで仕事を失いかけているボッシュが、自身の運命を決めた母親殺害事件の謎を解く警察ハードボイルド・ミステリーである。
捜査に関わるトラブルで上司を暴行したボッシュは強制的に休職処分となり、復帰のためのカウンセリングを受けさせられていた。その退屈を紛らわすため、33年間、ずっと心に居座っている実母・マージョリーが殺害された事件の真相を暴こうと決心する。ボッシュには何の捜査権限もない事件であり、当然のことながらボッシュの捜査は周囲との軋轢を引き起こし、上司や内務監査部門から厳しい目を向けられる。それでもボッシュは強引に、時にはルールを無視しながらあらゆる障害を乗り越え、33年間隠されてきた事件の闇を明るみに出すのだった…。
第1作から小出しにされてきたボッシュの生い立ち、常に傷を負ったハリネズミのような怒りを充満させている性格が形成されるまでの背景がメインテーマである。そういう面でも、本書はボッシュ・ファンは必読。また、本作だけでも十分に楽しめる傑作ハードボイルドとして、本シリーズ未読の方にもオススメする。
ラスト・コヨーテ〈上〉 (扶桑社ミステリー)
マイクル・コナリーラスト・コヨーテ についてのレビュー
No.1090:
(8pt)

生きづらさに押しつぶされそうな時に

あまり邦訳が出ていないアメリカの作家の短編集。純粋なミステリーではないが、犯罪に関わった、巻き込まれた人々の切なさとやるせなさ、怒りや不全感を描いた、それぞれに味わい深い10作品が収められている。
どれも謎解きやサスペンス、テックニックやアイデアを誇る作品ではなく、人種も性別も年齢も異なる各作品の主人公たちが社会と自分に絡め取られ、思い通りに生きられない鬱屈した思いがメインとなっている。とはいえ、あくまでもエンターテイメント作品であり、ただ重苦しいだけの「私小説」ではない。10作品ともレベルが高く優劣つけ難いが、ギャンブル中毒のダメ男が主役の「万馬券クラブ」が一番面白かった。
短編好きの読者、何か納得できない日々を過ごしている方にオススメする。
彼女は水曜日に死んだ
No.1089: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

国産の政治陰謀小説としては上出来

尖閣諸島の問題をベースにした政治陰謀小説。偶然発覚した残虐な暴行事件が現役総理大臣暗殺事件と繋がっていく、サスペンス・アクションである。
奥多摩の交通事故現場に残された車のトランクから激しい暴行を受けた男が発見された。被害者の身元を証明するものは何もなく、運転していた人物も逃走とあって捜査は手探りで始まったのだが、担当する荻刑事の粘り強い捜査で被害者が判明した。さらに、事故車両の所有者と被害者との間に隠されたつながりがあるのではないかと疑った荻刑事は、警察上層部からのプレッシャーを跳ね除けながらじわじわと真相に迫って行く。同時進行のエピソードとして、理不尽な理由で自衛隊を辞めさせられた射撃の名手の自衛官・佐々岡は、自衛隊情報保全部員の三枝から「自衛隊OBが絡む政治団体への潜入捜査」に勧誘される。難病の妻の治療に便宜を図るという条件に心を動かされた佐々岡は任務を承諾し、団体の中心に近づくことに成功した。そして現役総理大臣が暗殺され、二つのエピソードは繋がって行く…。
中国が尖閣諸島を占拠し日本と戦闘が起きたら、アメリカはどうするのか? という大問題を背景に、自衛隊はどう動くべきなのかをメインに据え、政治家と軍人の思惑を絡ませたシミュレーション・ゲームであり、ところどころ都合が良すぎる人物が登場したり、首をひねる展開もあるものの、国産の政治陰謀小説としては十分に合格点に到達している。
政治サスペンスのファンにオススメする。
工作名カサンドラ
曽根圭介工作名カサンドラ についてのレビュー
No.1088: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

熱くなりすぎる男・ボッシュ、罠にハマる

ハリー・ボッシュ・シリーズの第12作。ボッシュが取り憑かれてきた未解決事件に新展開があったのだが、ボッシュたちのミスが発覚し、さらにパートナーのキズは負傷、ボッシュは自宅待機を命ぜられる。それでも不屈の刑事・ボッシュは解決に向けて一人奮闘するという、王道の警察ミステリー・サスペンスである。
女性のバラバラ死体を車に載せていて逮捕された男が、ボッシュが13年前から追いかけ続けている事件の犯人だと自供したのだが、それはボッシュが犯人だと目星をつけていた人物とは異なっていた。しかし、男の供述は具体的で、しかもボッシュたちの初動捜査にミスがあったことが発覚し、ボッシュは自分の捜査に自信が持てなくなる。さらに、現場検証の場で犯人に逃げられただけでなく、キズが撃たれて負傷してしまった。この事態を受けてボッシュは自宅待機にされたのだが、ボッシュは捜査資料を自宅に持ち帰り、FBI捜査官・レイチェルの助けを借りて独自の捜査を続け、捜査の裏に隠された巧妙な陰謀に気が付いた…。
さすがロス市警のはぐれ者・一匹狼のボッシュ、今回も周りと衝突を繰り返しながらひたすら捜査を進め、ついに巨悪を突き止める。いわばいつものボッシュ・シリーズなのだが、本作ではボッシュが罠に嵌められて苦悩するところが目新しい。また、レイチェルとヨリを戻していい関係になるのも、シリーズならではの読みどころと言える。物語の構成、ストーリー展開、スピード感、ミステリーの緻密さなど、すべての面でレベルが高く、各種ミステリーランキングなどで高評価を得ているのも納得できる。
ボッシュ・ファン、コナリー・ファンは必読!
エコー・パーク(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーエコー・パーク についてのレビュー
No.1087:
(7pt)

諦めなければ夢は叶う。見事な青春小説(非ミステリー)

2005年に発表された書き下ろし長編。著者の青春三部作の第2作。仕方なく工業高校に進んで落ちこぼれていた主人公が、ひょんなことからロケット(正確にはキューブサット)打ち上げに挑戦することになり、個性的な落ちこぼれ仲間を集め、最後には成功するという、見事なまでの青春小説である。
同工異曲の作品は枚挙にいとまがないが、それでも読ませる力を持った作品であり、読後感が良い。
あれこれ考えず、素直に読み進めることをオススメする。
2005年のロケットボーイズ (双葉文庫)
五十嵐貴久2005年のロケットボーイズ についてのレビュー
No.1086:
(7pt)

全ては運命なのか、意志なのか。

オウム真理教事件を思い起こさせる新興宗教の教祖と、それに関わったり巻き込まれたりした人々。その生き方はあらかじめ決められたものなのか、それとも自ら選び取ったものなのか、いつの時代にも人を悩ませてきた永遠のテーマを平成の日本社会に持ち込んだ社会派エンターテイメントである。
バラバラに展開しながらも強く連関を感じさせる4つの物語が新興宗教の凶行を軸に繋げられるのだが、繋げるものの正体が幻想的すぎて分かりにくい。というか、分からないから物語になるのだろうけど。読んでいて落ち着かないこと、この上ない。
コクーン (光文社文庫 は)
葉真中顕コクーン についてのレビュー
No.1085: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

無罪ではない、無実を証明するためにハラー・ファミリーが大集結

ミッキー・ハラー・シリーズの第6作。殺人容疑で逮捕されたハラーの無実を証明するためにファミリーが集結し、拘置所のハラーを中心に必死の戦いを繰り広げる傑作法廷ミステリーである。
パトカーに停められたハラーのリンカーンのトランクから射殺体が発見され、さらにガレージからは銃弾が見つかったことでハラーは殺人容疑で拘置所に収監されてしまった。身に覚えがないハラーは誰かの陰謀、罠に嵌められてしまったことを証明するために、獄中からの本人訴訟を選ぶ。頑固な検察だけでなく、看守や収監者からも嫌がらせや脅迫を受け、さらに思い通りに動けないハンディを抱えるハラーだが、強力なファミリーが力を合わせることで壮絶な裁判闘争を戦い、潔白を証明するのだった…。
拘置所に収監されるという絶体絶命の危機をいかにして乗り越えるのか。ハラーの知識と知恵と度胸をかけた死に物狂いの法廷闘争が抜群に面白い。アメリカの裁判は裁判長を含めた関係者のキャラクターで全く展開が違ってくる、まさに法廷ドラマであることがよくわかる。殺人や暴力のシーンがなくてもサスペンスが盛り上がることを証明する作品だ。
ミッキー・ハラーのファンというかコナリーのファンには絶対のオススメ。法廷ミステリー・ファンにも強力にオススメしたい。
潔白の法則 リンカーン弁護士(上) (講談社文庫)
No.1084:
(7pt)

平凡すぎるストーリー、キャラは面白いのだが

コメディアンにしてミステリー作家というアイルランドの作家の初長編。誰にでも誰かに似ていると見られる青年・ポールが老ギャングの最後に立ち会ったことからギャングの秘密を知ったと疑われて命を狙われる、巻き込まれ型ユーモア・ミステリーである。
ホスピス慰問のボランティアをしているポールはある日、死期が迫った老人に知人の息子と間違えられて大騒動になった。老人が実は悪名高いギャング仲間で、ある有名な誘拐事件に関わっていたことがあり、最後に立ち会ったポールは事件の秘密を知ったのではないかと疑われ、爆弾で命を狙われることになる。たった一人で逃げ回る羽目になったポールに救いの手を差し伸べてくれたのが、ホスピスの看護師・ブリジットと子供時代からの恩人であり宿敵でもある中年刑事・バニーだった。訳も分からず逃げ回る三人だったが、追いかける組織と追いかける理由を知るために逃げながら探偵するという綱渡りを繰り広げることになった。
典型的な巻き込まれ型ドタバタ・ミステリーで、訳が分からないうちにどんどん話が進む。さらに登場人物がくせ者揃いで、至る所でユーモアたっぷりのエピソードが繰り広げられる。その割に事件の謎や犯人像が凡庸で、ミステリーとしてはイマイチ。2時間もののコメディにはなりそうだが、次作を期待するほどではない。
平凡すぎて殺される (創元推理文庫)
No.1083: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

複雑怪奇な構成だが、動機は平凡かな?

ドイツ南部の田舎警察の妙ちきりんなコンビ「ヴァルナー&クロイトナー」シリーズの第三弾。新たな殺人事件をきっかけに解決したはずの事件に隠されていた秘密を解明していく、警察ミステリーである。
今回も、遺体を発見したのはクロイトナー巡査だった。賭けをして一般道を時速150kmで競走していた友人・ラウベルトの配送車の荷室から女性の死体が出てきたのだ。ラウベルトは被害者女性との関係を否定するのだが、前日の夜に女性がラウベルトに何かを見せているのが防犯カメラに映っていた。休暇中だったのだが現場に居合わせてしまったヴァルナー警部が捜査に手を貸す(実際は自分から関わりたがって)ことになり被害者・ハナの家を調べると、パソコンが無くなっていた。さらに、有名女優・カタリーナの自宅や家族を隠し撮りした写真が大量に見つかったのだが、カタリーナは四ヶ月前に娘・レーニが殺害されるという悲劇に見舞われていたのだった。ハナはなぜ隠し撮りしていたのか、レーニの事件との関係はあるのだろうか? ハナの身辺を洗うことからハナとカタリーナには複雑な関係があることが分かり、さらに二人に共通する因縁があるルーマニア人の若い女性が行方不明になっていることも判明し、やがて捜査は解決したとされていたレーニ殺害の真相を暴くことになる。
犯罪の様態、真相解明のプロセスが複雑で、物語はあちらこちらに広がり二転三転するのだが、最後は平凡な動機で落着するので、ミステリーとしての面白さは期待ほどではない。むしろ、ヴァルナー&クロイトナーという異色コンビのチグハグさ、コミカルなキャラクターの面白さの方が印象に残る。ただそれも、ややマンネリ感が出てきたのが残念。
あと一歩の感を免れないが警察ミステリーとしては一定の完成度があり、読んで損はない。
聖週間 (小学館文庫 フ 8-3)
アンドレアス・フェーア聖週間 についてのレビュー
No.1082: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

13歳の「無法者」少女と45歳のウブな警察署長の成長物語

2021年の英国推理作家協会賞で最優秀長編賞を受賞した作品。カリフォルニアの海岸の町とモンタナの農場を舞台に、ある出来事をきっかけに崩壊家庭の少女とその家族を見守る警官が惨事の中から希望を見出していく、謎解きミステリーであり、ロードノベルである。
風光明媚でのどかな田舎町の警察署長でたった一人の警官・ウォークは、15歳の時から刑務所に送られていた幼馴染のヴィンが30年ぶりに出所するのを期待と不安のうちに待っていた。二人の友情は変わらないと信じるウォークだったが、ヴィンは5年前から刑務所での面会を拒絶し、出所時の出迎えも拒否しているのだった。同じ町に暮らす同級生でヴィンの恋人だったスターは30年前の妹の事故死の衝撃から立ち直れず、アルコールと薬物に依存し、13歳の娘・ダッチェスと5歳の息子・ロビンの面倒を見ることができないでいた。何の援助も受けられないダッチェスは幼い弟を守ることを最優先に、あらゆるものに立ち向かう「無法者」を自称し、世間に抗って生きていた。そんな対照的な二人だが、実はウォークは常にスターと姉弟に気を配り見守っているのだった。危ういながらも平穏な日々のはずだったのだが、ヴィンの帰還をきっかけに30年前の出来事の余波が再燃し、ウォークもダッチェスも抜き差しならぬ悲劇に巻き込まれていった…。
なんと言っても、13歳の無法者少女・ダッチェスの存在感が圧倒的で、読み進むほど心を揺さぶられていく。一方のウォークも正直者の少年がそのまま育ったような好人物だが、それでも心の闇は抱えており、親近感を抱かせる。さらにヴィン、スター、ロビン、ダッチェスの祖父・ハルなどの周辺人物もキャラクターが鮮明で、物語の展開に血肉を与えている。ストーリーとしては殺人事件の解明がメインだが、同時にウォークとダッチェスが挫折と悲哀から立ち上がって希望を見出していく成長物語でもある。舞台となるカルフォルニア、モンタナの情景も魅力的だ。
これはもう、ミステリーの枠にとどまらない傑作エンターテイメント作であり、多くの人に自信を持ってオススメする。
われら闇より天を見る
No.1081: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

知らなかった中国系アメリカ人の歴史が面白い

N.Y.の私立探偵「リディア&ビル」シリーズの長編第12作。存在すら知らなかった親戚の冤罪を証明するために、ディープサウス・ミシシッピー州を舞台にヤンキー探偵二人が活躍するハードボイルド作品である。
N.Y.のチャイナタウンに住むリディアは突然母親に「ミシシッピーに行きなさい」と命じられた。リディアの父方の遠戚にあたる青年・ジェファーソンが父親殺しの容疑で逮捕されたので、現地で無実を証明し、青年を解放しろという。それまで存在すら知らなかった親戚だし、しかも一度も行ったことのない土地で満足な調査ができるか? 戸惑うばかりのリディアだったが母には逆らえず、相棒のビルと共にミシシッピーデルタの街に到着し、助けを求めてきたピートおじさんの家を拠点に調査を始めたのだが、大した手がかりが得られないうちにジェファーソンが拘置所から脱走し、事態はますます混沌としてくるのだった。
アメリカ南部特有の文化、風土、気質に加え、19世紀からの中国人移民の置かれた立場、中国人ならではの家族意識が複雑に絡み合い、物語は思いもよらない展開を見せる。それでも、ストーリーの骨格は揺るがず、最後には納得のいくエンディングを迎える。アメリカ南部の人種差別、民族対立、家族愛と、それに翻弄された人々の生きようがリアリティを持って迫ってくる。さらに中国系の若い女性・リディアとアイルランド系の中年男性・ビルのバディ物語も読ませる。
シリーズ作品とは言え、本作だけでも十分に楽しめるので、残酷ではないネオ・ハードボイルドのファンにオススメしたい。
南の子供たち (創元推理文庫)
S・J・ローザン南の子供たち についてのレビュー

No.1080:

傍聴者

傍聴者

折原一

No.1080: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

構成に凝りすぎて、面白さが欠落した

世間を騒がせた首都圏連続練炭殺人事件をヒントにした、ワイダニット・ミステリー。事件をそのままなぞったのではノンフィクションになってしまうので、ひと捻り、ふた捻りして、別の構造の事件に仕立てようとしたのだろうが、事実の大きさに太刀打ちできず、物語としても破綻したような作品である。
文中で何箇所か、それなりに重要な箇所に誤植が見られたのも残念。
傍聴者
折原一傍聴者 についてのレビュー
No.1079: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

物語の構成はいいのだが、語りが?

法廷ミステリーの巨匠(と言っていいだろう)グリシャムの史実に基づいた長編ミステリー。アメリカで冤罪死刑囚の解放に取り組む組織と弁護士の奮闘をリアルに描いた、問題提起リーガル・ミステリーである。
冤罪死刑囚の無実を証明し、刑務所から解放することを目的とする非営利団体「ガーディアン・ミニストリーズ」の弁護士・ポストは、強姦殺人で死刑を宣告されたラッセルの事件では、警察と検察の雑な捜査の瑕疵を突いて無実を証明した。次に取り組んだのが弁護士殺害で死刑宣告された黒人・クインシーの一件。無実を訴えながら22年間も服役させられているクインシーが有罪の決め手とされたのは目撃証言と、裁判前に消失したという血の付いた懐中電灯だった。証言者のあやふやさにも証拠品の消滅にも納得できないポストたちは、証言者の周辺を徹底的に洗い、偽証の可能性が高いことを確信する。さらに、消えた懐中電灯についても、捜査関係者の不正があった疑いを強めていく。しかし、無償で国中を走り回り、体を張って調査するポストたちに迫るのは、事件を作り出し、弁護士の命を奪うことも躊躇しない、極めて危険な連中だった…。
主人公とその組織には現存するモデルがあり、実話をベースにした物語ということでストーリー、人物、事件の背景などにリアリティがあり、アメリカ(に限らず、日本も同じだが)の司法システムの問題点を鋭く突いていて、読み応えがある。ただ、事実に縛られすぎたのか、ノンフィクション的な淡白さが強くて、エンターテイメントとしては完成度がイマイチなのが惜しい。
法廷ミステリーのファンにオススメする。
冤罪法廷(上) (新潮文庫)
ジョン・グリシャム冤罪法廷 についてのレビュー
No.1078: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

暗号解読に青春を捧げた三人の若き女性の友情と恋と愛国心

「戦場のアリス」、「亡国のハントレス」に続く現代史ミステリーの第三弾。欧州戦線の行方を左右したと言われるイギリスのナチス暗号解読施設を舞台に、戦時下で出会った若い女性三人の友情と恋と愛国心を描いた極上のエンターテイメント作品である。
社交界デビューしたばかりの上流階級の娘・オスラ、ロンドンの下町育ちの元気な長身女・マブ、厳しい母親に縛られて何事にも自信を持てない田舎娘・ベスの三人が出会ったのは、ナチスのエニグマ暗号を解読するために英国が設立した秘密施設「ブレっチリー・パーク」だった。生まれた階級も育った環境も異なる三人だが、一風変わった人材ばかりが集まり、業務は厳しいものの寛大な雰囲気の中で友情を育み、無二の親友となった。三人それぞれに恋をし、それを互いに助け合っていたのだが、ある事態をきっかけに互いに憎み合うようになる。そして終戦後の1947年、友情を壊し、愛する国を裏切った敵に立ち向かうため、三人は再び力を合わせて戦うことを決意する…。
実話をベースにしているために、イギリスの暗号解読施設の実態がリアルで迫力がある。しかしそれ以上に、三人の若い女性の戦時下ならではの恋と成長が印象的。エリザベス女王の夫・フィリップ殿下を始めとする実在の人物や史実に大胆な解釈と脚色を加えた物語の完成度は、これぞ歴史ミステリーの醍醐味と言える。700ページを超える長大作だが、一気に読み進めたくなる力強さを持っている。
ケイト・クインのファンにはもちろん、現代史ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。
ローズ・コード (ハーパーBOOKS)
ケイト・クインローズ・コード についてのレビュー
No.1077: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

なかなか読ませる、高齢者ミステリーの新パターン

ヤングアダルト小説をベースに活躍するアメリカの女性作家が73歳で発表した、長編ミステリー。裕福な退職者たちが暮らすシニアタウンで起きた殺人事件の犯人探しと、事件を発見してしまった女性が隠してきた秘密を明らかにするサスペンス・ミステリーである。
住民同士の交流が盛んなシニアタウンに暮らすヘレンが、いつも安否確認のためにメールを交換する隣人・ドムから連絡がなかったため、預かっている合鍵を使って隣家に入ってみると本人の姿が見えなかった。家の中を探し歩いているうちに、ガレージに奇妙なドアがあり、ドムのガレージが別の隣家・コブランド家に繋がっているのに気がついた。好奇心に駆られたヘレンが、いつも住人不在のコブランド家に入るとテーブルの上に美しいガラスパイプがあり、ヘレンは思わず携帯で写真を撮り、姪の子供たちに送信した。ところが、パイプはマリファナ吸引道具であり、麻薬密売に関わる品であることが分かった。当然、警察に通報すべきなのだが、実はヘレンには現在の名前は盗んだもので警察にバレると50年前の事件に関与していたことが明らかになってしまうという秘密があった。窮地を脱するためにヘレンは策を巡らすのだが上手く行かず、次々と難問に直面することになる…。
70代の女性が主役で最近目にすることが多い高齢者ミステリーの一つと言えるが、ヘレンの抱える過去が複雑でインパクトがあり、単なるお婆ちゃん探偵で終わっていないのがいい。作者自身が生きてきた60年代のアメリカの暗黒面と、現在のシニアタウンに暮らす高齢者たちの元気溌剌さが好対照を見せ、フーダニットの面白さと軽やかなユーモア小説の二面性が調和している。
謎解きサスペンスとして、また老人が主役のユーモアミステリーとして、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
かくて彼女はヘレンとなった (HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOKS No. 1)
No.1076: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)
【ネタバレかも!?】 (3件の連絡あり)[]   ネタバレを表示する

古臭い素材(交換殺人)に時代のスパイスを効かせて巧妙

マスカレード・シリーズの第4作。事件の舞台をホテルに置いて、客のプライバシー保護と捜査を対立させて、最後は真相を明らかにするという、いい意味でも悪い意味でもマンネリのストーリーだが、前作よりは読み応えがあるミステリーである。
同じような手口の殺人事件が短期間に発生し、警察は被害者の共通項を探るうちに組織的な連続報復殺人ではないかと疑問を持った。被害者の背景を調べると、いずれも殺人事件を起こした過去があり、しかも比較的軽い刑罰で社会に復帰していたのだ。そこで彼らが加害者となった事件の遺族のアリバイや関連性を探っていると、数人の遺族がクリスマスイブにホテルコルテシア東京を予約していることが判明した。次の事件はクリスマスイブに計画されていると確信した警察は三度となる潜入操作を、新田警部に命じるのだった…。
シリーズではお馴染みのホテル従業員・山岸尚美が登場して、新田とお馴染みの攻防を繰り返すし、事件の構造は交換殺人という使い古されたものなのだが、容疑者たちの繋がり、報復感情の持ち方などに今風の味付けがあり、新鮮な物語として読める。シリーズ3作目までは右肩下がりになっていくのかと危惧したが、本作でやや盛り返した印象だ。次作は、警察を辞めた新田がホテルの警備責任者になるということで、どういう展開を見せるのか楽しみにしたい。
シリーズ愛読者はもちろん、軽めの警察ミステリーのファンにオススメする。

マスカレード・ゲーム (集英社文庫)
東野圭吾マスカレード・ゲーム についてのレビュー
No.1075: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

美し過ぎる悪女には、誰も逆らえない?

「そしてミランダを殺す」のスワンソンの第4長編。父親の事故死に疑問を抱いた息子・ハリーに対し美しい継母・アリスは話をはぐらかすばかりで、ハリーはアリスが関与しているのではないかと疑い、真相を探り出そうとするという心理サスペンス・ミステリーである。
父親が崖から転落死したという知らせを受けて実家に戻ったハリーは、警察から父親は転落する前に頭を殴られていたと知らされる。父に敵はいなかったのか、不審な出来事はなかったのかと、残された継母・アリスに聞きただすのだが、アリスは事件について話したがらなかった。美しいアリスについて父の再婚相手という以外、自分は何も知らないことに気がついたハリーだが、アリスの身辺からは父の死に関連するようなものは何も見つからなかった。しかし、葬儀に現れた謎の美女・グレイスが殺害されたことからハリーは、父とアリス、それぞれの隠された実像を暴いていくことになる…。
物語はハリーが父の死の真相を探る現在と、アリスの少女時代からの歩みを追う過去とが交互に描かれている。従って、父の事件の謎解きが進むにつれてアリスの人格形成の異常さが明らかになり、読者はアリスの言動にゾワゾワし、落ち着かなくなる。まさにスワンソンならではの心理サスペンスである。大筋、予想通りの展開の物語だが、最後の場面はなかなかのインパクトだった。
「そしてミランダを殺す」には及ばないものの、十分に楽しめる心理サスペンス・ミステリーとしてオススメできる。
アリスが語らないことは (創元推理文庫)
No.1074: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

懸賞金ハンターというより敵討ち物語

懸賞金ハンター「コルター・ショウ」シリーズ三部作の完結編。前2作で仄めかされていた家族の秘密が明らかになると共に、父を殺した組織に復讐するアクション・サスペンスである。
サンフランシスコの父が残した隠れ家にコルターが戻ったのは、父の殺害理由を解明する手がかりとなる謎の文書「エンドゲーム・サンクション」を探すためだった。「エンドゲーム・サンクション」の行方を示唆するものは父が残した地図だけで、乏しい情報を元に動き出したコルターだったが、父を襲った企業「ブラックブリッジ」に執拗に命を狙われ、絶体絶命の窮地に追い込まれた。その時、助けの手を差し伸べてきたのは、思いもよらぬ人物だった…。
本来の仕事である懸賞金ハンターの要素も多少はあるのだが、あくまで添え物で、メインは父の復習のために大企業の陰謀を暴くというサスペンス・アクションである。そこに、謎に包まれていたショウ家族の物語が加えられている。もちろん、ディーヴァーお得意のどんでん返しはたっぷり、さらに意表をつく仕掛けも盛りだくさんで、ディーヴァー・ファンの期待を裏切らない。三部作で完結するはずが、好評につき?近々第4作が発表されるという。
ディーヴァー・ファンにはオススメです。
ファイナル・ツイスト