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羊をめぐる冒険
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羊をめぐる冒険の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.22pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全164件 101~120 6/9ページ
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『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』に続く、’青春小説’シリーズ第3弾。 村上春樹の他の作品、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『海辺のカフカ』、『1Q84』 などを’異世界小説’とするならば、この『羊をめぐる冒険』は、 ’青春小説’と’異世界小説’とのちょうど転換点にあるかもしれません。 ベースが’青春小説’でありながら、少しだけ’異世界’が登場してくる本作品は、 他の’異世界小説’よりも、ある意味で緊張感があり、ぐいぐいとその世界に引き込まれていってしまいました。 全体的にはよくわからないことも多々あるのですが、 部分的には、その一文一文にとても共感できるところがあります。 主人公は身の回りに異常なことが起きても、淡々とその日常を当たり前の日常として過ごします。 台所を掃除し、床を掃除し、料理を作り、酒を飲む、、、。 そこになぜか自分と主人公との’一体性’を見出してしまって、 なぜか自分は少し救われた気がしてきます。 本当に不思議な作家です。この人は。 | ||||
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やっぱり村上春樹、好きです。 秘密結社の幹部とのやりとりなんか、ハラハラドキドキしました。 だけど、主人公のなんと淡々としていること。 なんかこの感じが村上春樹なんですよね。 それと、この作品は『ダンス・ダンス・ダンス』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『1Q84』と 世界観が似ています。 前作の『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』を’青春小説’とするならば、 この作品は、後に続く’異世界小説’の第1号なのかもしれません。 期待して下巻を読みたいと思います。 | ||||
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『「羊をめぐる冒険」の今日的意味合い』 【以下、ハードカバー p.216より、三行抜粋(千歳空港での一場面)】 ・・・ 「我々は氷河時代に巡り会うべきじゃなかったかしら」と札幌に向(か)うバスの中で彼女は言った。 「あなたがマンモスを獲り、私が子供を育てる」 「素敵みたいだな」と僕は言った。 ・・・ 今まさに『原始(子)時代』です・・・。 忙しくて、まだ殆どは目を通しておりませんが、 偶然見つけた(“そして”、栞が挟んであった)このページがとても 気になりました。 (※ BGMは、コミネリサ“Missing you -Instrumental-”.) | ||||
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僕、素敵な耳の女性、鼠、羊博士、黒服の秘書、羊男、ジェイ… 僕がいままで読んできた村上作品の中で、登場人物の多い物語です。 しかも、そのどれもが非常に重要な役割を持っている。 村上作品が大好きですが、どれも、文章の流れが好きであって 物語の内容は、難しくて理解できたのかできてないのか わからないところがありました。 でも、この作品に関しては、徐々に物語に引き込まれて ゆっくりと、「僕」と一緒に旅をしていくような感覚が ありました。 いろいろと書いてしまうと、大事なところまで書いてしまいそうなので やめときますが、僕がこの物語に心を引かれたのは 鼠の弱さというものに強く共感したからだと思います。 | ||||
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青春も終わりにさしかかった頃の、喪失感、彷徨の一抹の寂しさが表現されていて、私はこの作品は好きだ。 | ||||
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世界でもっとも過大評価されてる作家の10位以内に入るであろう作家が、村上春樹でしょう。あまりにも持ち上げられているが故にどうしても「あの作家のほうが」と叩きたくなってしまうが、読んでみるとやっぱり面白いし、独特の感覚がることは否定できない。村上春樹は良いところは非情にわかりやすい。優れている作家、恵まれた作家であると言わざるを得ません。 初期から中期の村上春樹の良さには三つのポイントがあります。文章、人間関係、テーマです。 文章においては簡潔な表現から情景を浮かび上がらせる表現力や、そこに取り入れられた不思議な比喩や、ユーモア。すらすら読めてしまうのに、いつの間にかいろんな方向に揺さぶられていることに気づかされます。このような文章が書けることが本当にうらやましい。 人間関係においては、感情を抑えたクールな「ぼく」と相手が、お互いの領域に踏み込まず微妙に距離を置きながらコミュニケーションを取ります。それゆえに大きく相手を傷つけることもなければ傷つくこともないはずなのに、どこかに特別な変化が生まれていることを感じさせます。それでいて一方では安直に「あなただけは特別なのよ」「君だけは特別なんだ」と、あからさまに主人公が特別視されます。一体何が特別なのか最初はよくわからないけれど、やりとりの中でなんとなく「そうなんだろうな」と思わせてしまうところが絶妙です。 テーマは非常にわかりやすい。自我や世界と自分に対する選択や、愛することの怖さなど、文学では腐るほど出てきた陳腐なものです。ところがコレを安直に表現しない。羊や鼠や蛍や名前のない女、影といったものに托します。そして、それについては説明しない。これにより、三つのメリットを生み出していると思います。一つは語りすぎによる無粋な感じがなく、読み手にゆだねられる気持ちよい重さ。次に、どこか絵本のようなファンタジックな味わい。最後は、文学にある行間を読む楽しみや構造を読み解く楽しみをデフォルメし、鈍い人でも「あ、何か謎があるぞ」とわかるように作っているのです。わざとらしいとも言えますが、上手いやり方でもあります。謎解きを楽しむものがエンタテイメントだとすれば、初期村上春樹は文学そのものをエンタテイメントにした点で、メタ・エンタテイメントと言えます。 羊をめぐる冒険は、ハードボイルドな探偵小説でもあり、ラブロマンスでもあり、メルヘンでもあり、いくつかの話の短編集でもある非常に不思議な小説です。途中まで話がどこに進もうとしているのがさっぱりわからず、場面もめまぐるしく変わります。羊をめぐって冒険をしているのは主人公ではなくて読者なのです。 読みやすくて、不思議で、上手くて、おもしろい。村上春樹の良さを知るには、まずはこの一冊(上下で二冊)が良いのではないしょうか。 | ||||
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奇妙な羊をめぐり、北海道を旅する物語。 この小説の中には比喩や隠喩がこれでもかっていうくらいに登場する。他の春樹作に比べてもかなり多い。 それが共感できるのもあれば、的外れに思うものもある。でも、一周目に共感できないものも、二周目では共感できたりするのかもしれない。三週目では一周目に共感できたのが、できなくなるかもしれない。 そんな比喩を味わうのがこの小説の醍醐味だろう。 | ||||
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物語に、序破急は必ずしも、必要ない。 読中読後に、自身が内包されている世界の、時の刻み方、 密度といった基調が揺らぎさえすれば良い。 そんな、自身の感覚が澄む、少し憂鬱な気分を与えてくれるのは、 彼だけ。 | ||||
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知人によると現在の村上春樹のスタイルを形作ったのがこの作品とのことだが、自分は「ノルウェーの森」「1Q84」に続いて本書が村上作品の3作目なので、その辺りはよくわからず純粋に一つの小説として本書を楽しんだ。 「1Q84」の時も思ったがこの作家の比喩能力はものすごい。フランス料理のレストランで空の皿を「滅亡した惑星のような」と例えたり、「温度の違う淀みに足をつっこんでしまったような」不吉な感じの「嫌なカーブ」といった、村上氏でなければありえないような比喩が続出し、それだけで楽しい。 また登場するキャラクターもユニークだ。「美しい耳の彼女」には参った。こんな素敵な耳の持主には自分も是非お目にかかりたい。それ以外にも「羊博士」や「羊男」など、こんなキャラをどうやったら思いつくのだろう。 ストーリー自体は荒唐無稽だ。事実だけを抜粋したら読みたいと思う人は少ないかも知れない。でも村上氏の手にかかると、不思議なリアリティな生まれ、読者はその世界に引き込まれてしまう。20年以上前に「ノルウェーの森」を読んで以来、何故か氏の作品を手に取ることはなかったが、昨年来、「1Q84」に続いて本書を読み、どうやらこれから本格的に村上ワールドに浸かることになりそうな予感がしている。 | ||||
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本書は『村上春樹全作品 1979〜1989〈1〉 風の歌を聴け;1973年のピンボール』の続編である。 私は先行作品を先に読んだので、本書単独で楽しめるかどうかは分からない。たぶん、面白さが半減すると思われる。 文章は相変わらず読み易く、筋書きは起伏に富んで面白い。 前作および前々作が青年らの日常描写に近いのに対し、本作は冒険もののファンタジーとなっている。 あらすじは、とある羊の群れの写真に一頭だけ写り込んだ謎の羊を探して、 前作と前々作の主人公『僕』と彼のガール・フレンドが北海道を旅する、というもの。 推理要素はないものの、主人公らのしていることは探偵さながらである。 冒頭出てきてすぐに死ぬ『誰とでも寝る女』の存在意義のみピンと来なかったが、 あとは寸分の隙もないガッチリした構成が見られた。 | ||||
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映画ノルウェイの森を恋人同士で観てがっかりしたあなた、あなたは間違っている。 村上春樹の世界は、自分で読まないと見えてこない。 そしてノルウェイの森より先に、本作を含む最初の3部作を読むべきだろう。 ささやかな希望としては、中高生にこそ読んでほしい。 鬱を引き合いに出す人がいるが、真に感じるべきは自分の立ち位置、希望や道である。 そしてあなたは、どこに向かうべきか、初めて自分で解るのだ。 | ||||
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風の歌を聴け、1973年のピンボールに続いて読みました。 風の歌を聴けでは、”村上春樹さんが自分の方向性を決められずに迷っている”と感じました。 1973年のピンボールでは、最初の3/4まで”平凡な他人の日常生活はつまらない”と感じた後、残りの1/4で不思議な面白さを味わいました。 そして、この作品。 まず、面白かったです。特に、舞台の場所が変わった後は、”次がどうなるのか”を待ちきれずにノンストップで読みました。不思議な不思議な世界。わけも分からず、天国に連れて行ってもらった気分です。 他の作品も読んでいきます。 | ||||
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村上春樹の初期の頃の作品しか読んでいない。社会現象のように売れた「1Q89」を読んでいない。だから、わたしはなぜ、村上春樹の「ノルウェイの森」のような官能小説まがいの作品がノーベル賞を狙えるのかまったくわからなかった。しかし、ごく最近になり、初期三部作を読み、考えは百八十度変わった。性の解放以後の恋愛小説の基盤となるものを書いているのは、やはり村上春樹なのではないだろうか。それも、「風の歌を聴け」「羊をめぐる冒険」「ノルウェイの森」のような作品においてである。たまたま、最近偶然、文学の代表作「赤と黒」を読んだものだから、十九世紀において、不倫とその終焉である死が文学であったのが、村上春樹によって、新しい性の描き方が提示されたのだと思った。第一章がいちばん好き。この作品において、わたしは村上春樹を偉大な芸術家だと確信したのである。 | ||||
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書店で手にして家に帰って読み始めたら、「あっ、昔一度読んだことがある本だった」と気づいた。ところが、どんなストーリーだったか思い出せない。読み進めるたびに、「そうそう、この話だった!」と思うのだが、どうしてもその先が何だったかは思い出せない。その繰り返しがずっと続く形で最後まで読んだ。 不思議な読後感。。。後半で羊男が出てくるところで、訳が分からなくなってしまった。鏡を見ている自分について出てくるところが非常に引っかかったのだが、その先まで見通せず。。。その後、どうしても、もやもや感が抜けず、ネットでこの本の解釈について、あれこれと調べてみた。そうしたら、ネタバレ注意と書かれたブログに見事な解釈が載っていた。 そう、一度読んだ本なのに全然思いだせなかったのは、昔もそして今回も完全に間違った解釈をして読んでいたからだった。それぐらい、この本は物凄い作品だということを思い知らされた。本当は、何回も読んで、正しい解釈にたどりついた方がもっと快感が得られたかもしれないが、今の気持ちは、スッキリ感半分、もう一度どこで読み間違ったのか確認しようという気持ちが半分といったところ。 自分に気付くという点では『国境の南、太陽の西』のハジメくんと同じなのかなとも思いました。やっぱり村上春樹は面白くて、凄い。 | ||||
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物語としての完成度は非常に高い。多分、春樹作品としては最高傑作。ただ、彼の作品の根源的魅力が作品の多読性と不可知性にあるとするなら、それ故、「凡作」とも評価されうる。でも、まあ、それはどうでもいいや。 春樹作品を多くの人が、「よく意味がわからない」と言いながら読んでいる。それではナゼ読んでいるのか。単に作品自体をオシャレなファッションアイテムとして消費しているのか。多分そうではない。大事なのは恋愛なんだ。最初に恋愛があって、二人のデートとしての物語が発生する。デートだから何でもいいのだ。結末だってなんでもいい。破局は新しい相手との恋愛のスタートだから。大事なのは彼女の魅力なんだ。そして、それを感じる自分の感受性。 問題は、そんな素敵な恋愛が可能になる自分や彼女の思考スタイルだ。最近は「草食系男子」なる存在が注目を浴びている。これって春樹ワールドの主人公なんじゃないのか、と思う。草食系男子なら村上小説的恋愛を堪能できる。草食系男子なら女子の抱えるジレンマにも対応できるので女子的にも都合がいい。実際、この小説で恋愛対象になる女の子はコールガールだ。花の間を飛び回る蝶の生きたい今の娘には好都合だ。貞操なんて束縛なんかクソクラエさ。 自由に生きたい。そして愛されたい。そんなふたつの欲求は本来矛盾している。だって、愛は束縛だもの。でも、それが両立する可能性が村上ワールドだ。なんだ、単純な話じゃないかと早合点してはいけない。だって、この矛盾が本当に解消されるなら人類は進化したと表現できるぐらいの変化を遂げるはずだから。 | ||||
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読み終わった後、切ないけれど、どこか不思議なすがすがしさを感じる作品だった。 青春時代を一緒におくった「鼠」との別れによって、「僕」の青春も終わったのだのだと感じさせられた。 最後まで自分の弱さを捨てきれず、自分の弱さが好きだといって消えていった「鼠」の言葉に胸が熱くなった。 個人的に、村上春樹の作品の中でもっとも思い入れが強く、一番好きな作品だ。 | ||||
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この作品を見て北海道に旅に出たくなった お金に不自由せずにホテル暮らししてうらやましいなとも思った 羊男の言動に思わず吹いてしまう。 へんてこな冒険小説。 | ||||
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●1回目背中に星の斑紋をもった羊をめぐる冒険行が始まる。気だるく過ぎる時間の中に何らかの小気味よさを感じます。意味をもたない事でさえ、何物かのメタファーではないかと捉えてしまいます。「本当にしゃべりたいことは、うまくしゃべれないものなのね。そう思わない?」-----------------------●2回目「何が起ったのか自分でもまだうまくつかめないだけなんだよ。僕はいろんなことをできるだけ公平につかみたいと思っている。必要以上に誇張したり、必要以上に現実的になったりしたくない。でも、それには時間がかかるんだ」 | ||||
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デビュー作の「風の歌を聴け」から、「1973年のピンボール」と続く中で、 個人的には、「僕」が、(否応なしに)、初めて社会との関係を持った この作品は、村上さんにとっても転機となるものだったと思う。 物語の途中、黒服の男が登場するまでは、物語はいつもの展開で 進んでいくように見える。淡々とした日常の描写や、ごく親しい人間に 限定された関係性と、僕の内的な世界でのお喋り。 そして、「異物」である黒服の男が出現し、そこから運転手や先生など、 これまでの「僕」とは関わりあいのない世界で生きてきた人びとが 乱入してくることで、物語のペースが一気に加速し、複雑になる。 トンネルを抜けて、風景の見える道を楽しみながら進むように、 作品としての面白みは、これによって大きく増したように感じた。 ちなみに、本作に登場する「先生」のモデルは、児玉 誉士夫さんとの 説を耳にすることがある。真偽の程はわからないが、そのように重ねて 読むことで、見えてくる時代の一面もある気がする。 前半は、ちょうど主人公たちが北海道に渡る場面で幕を引くので、 その後の進展が気になって、下巻を読みたくなる内容だった。 ▼ 本 文 引 用 歌は終わった。しかしメロディーはまだ鳴り響いている。(144) 世界に対して文句があるんなら、子供なんて作るな。(231) ※このレビューは、出版年度の違う同名作品の欄にも掲載しています | ||||
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この作品から本当の意味での村上ワールドが始まった、と考えている。 青春3部作の完結編。 といってもこの後に「ダンス・ダンス・ダンス」が発表されて、結果として4部作になる物語の3作目。 始まりは前2作同様の雰囲気で淡々と静かにすすむ。 妻が他の男のところにシケこむことになって、離婚しても主人公の「僕」は動揺しない。 それが自分の知っている男だったとしても。 そして今度は双子ではなく(前作1974年のピンボールでは双子だった)、高級コールガールのバイトをしている耳モデルの女の子がガールフレンド。 いつものように静かに物語は流れていくのかと思いきや、ある日突然大物右翼の代理人と名乗る者が登場するところから話は転がりだす。 問題は、PRの仕事であるパンフレットに使用した羊の写真だった。 その写真は友人の鼠が旅先から送り、「人目につくように」してくれと頼まれた写真だった。 大物右翼の代理人は、「僕」にその羊の調査を命ずる。 従わなければ、生活をメチャメチャにすることくらい簡単だという脅しをつけて。 札束を渡され、猫の「いわし」を運転手に預けて、耳モデルのガールフレンドと一緒に札幌に飛び立つ。 ガールフレンドが選んだホテルはその名も「ドルフィン・ホテル」。 この「いるかホテル」からこの物語は加速度的に展開していく。 耳モデルのガールフレンド。 羊博士。 羊男。 独特の文体と雰囲気を残しつつ、まさしく「冒険」は続く。 読み終わった後もしばらく不思議な余韻が残る名作。 村上春樹の本領はこの作品から発揮される。 | ||||
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