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無伴奏
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無伴奏の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.33pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全6件 1~6 1/1ページ
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最初に映画を見ました。 殆どストーリーは同じですが、映画の演出の方が展開が面白いかもしれません。 | ||||
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1970年頃の仙台を懐かしく思う方々には、贈り物のような本。 ただし、嫌な憶い出がある方々は、精神衛生上悪い影響を及ぼすかもしれないので、取り扱いを注意してください。 当時、歳が離れた高校生の従姉たちは、エムエフではなく、まるで少女漫画のようなパッケージと本体紙巻き部分のイブを吸っていた憶えがあります。 彼女たちは、正月にアルコール類を嗜み、隠れて煙草を燻らし、政治や芸術を語り、ギターを奏でながら英詞の歌(定番であるボブ・ディランやジョーン・バエズ)を歌い、「大人はスゲー!」と思ったものだった。 無伴奏は、電力ビル裏、ボロい建物の地下に実在したバロック専門の名曲喫茶。 マスターは、東北大学片平キャンパス近くの音楽喫茶田園(店名は、永島慎二や辰巳ヨシヒロ、さいとうたかを等の漫画家が通った、今もある国分寺のDENENにあやかった?)のお客だったはず。 脱走したアメリカ兵を匿ったAさん他、東北大グループの武勇伝も出て来るかとワクワクして読んだが、ゲバルトローザと呼ばれながら、当時ありがちだったファッションとしての、反抗のための反抗で、特に思想的な背景はないので安心してください。 P9、1990年前後、響子は青葉通りに面したホテルに宿泊、「国分町は(中略)歩いてすぐ」とあり、リッチだと住所が国分町なのでこんな書き方はせず、まさか第1、第2ワシントン(当時、日航スッチーの定宿、態の好いラヴホとの噂有り)ではないだろうから東急らしいが、見栄を張らずユニバース(現スマイルホテル)にすればアクセス的に便利だったのに。余計な御世話か。 「瀟洒なビルが軒を連ねる高級歓楽街」と続くが、あの頃も今もブンチョーに「瀟洒なビル」など記憶になく、もしかすると、趣味の悪い凱旋門ビルのことか? 百歩譲って「瀟洒」だとしよう、でも、一軒だけでは仕様がないだろう。 よく出て来る「仙台ホテル2階の喫茶店」は、おフランス風の調度が気色悪かったアンフルールだ。 P79、「彼らはガラス細工のように美しく繊細にも見えたし(中略)育ちのよさと品のよさを感じさせる反面、どこかしら粗野で猥雑な」とあり、おおーっ、まるでかつての少女漫画ではないか! 逆に、P131~、仙台ベ平連の小肥り男Tの描写は容赦無く、所謂、能動的オタクの典型なのだが、気さく、かつ、幅広い知識と情報を持っていそうで、今ならモテそうだがなあ。 Tは男女関係に異常なほど好奇心を燃やす男として描かれているが、響子も祐之介とエマに興味津津だし、姉弟である勢津子と渉の関係を疑うくらいで、どっちが「異常」なのでしょう? 夢見がちな少女の思い込みを書いたと言えなくもないが、渉も祐之介も男の側から見れば退屈でつまらなそう。 殺人、自殺の必然性や謎がきちんと描かれているとは思わないが、やはり直木賞系の小説は焦らしを含め展開が命だから、目が離せなくなるし、理屈抜きに面白く読める。 「ボーイズ・ラヴ」と言ってしまえば、元も子もないが、この手の創作は女性にとって、どういう位置づけなのだろう。 好きな相手がそういう趣味なら、女としての自らの魅力は傷付かないから、ある種の安全な避難所、または、真に男性と向き合うための準備期間として機能させるつもりなのだろうか。 実際のバイセクシュアルやゲイは、P258~「初めから失っていたんだ」というものではないと思う。 数十年前、東北大の男子学生同士の痴情の縺れによる傷害(殺人?)事件があったが、実際に同性に欲望を感じるのは、異性間に発生する欲望と同じはずで、締まった臀部や細い指など、部分を人格から切り離し、フェティッシュに発動されるから、思念の過程は哲学的になる可能性はあっても、行為自体は極めて単純だ。 男の表現者で、「ガールズ・ラヴ」を得意とする作家、漫画家なんて聞いたことがなく、まあ、ぺニバンのレスビアンAVが趣味という好事家がいないこともないが、明らかに意味合いが異なるよね。 P326、「人が死のうとする時の本当の理由なんか、本人以外、わかるはずがない」とあるが、これも、どうなんだろう。 中高時代の同級生8人、社会人になってからの友人一人が自死しているが、会社経営に行き詰った一人(自己破産して出直すのが面倒だったようだが)を除き、残りの8人は、現場に行ったり、家族に話を聞いたり、遺された書簡やノートを繰り返し読み直したりしても、「本人でさえその理由をよく理解していなかった」と言わざるを得ず、自殺したいと思うことと実際自殺することの間には途轍もない差があり、彼等は思考停止に陥り、何かに吸い込まれるように世を去ったという感がしてならない。 エマの死以降はミステリーっぽくなり、いろいろ焦らしてくれて、つい術策にハマってしまったが、曖昧にして読者に想像させる手法ならもっと巧みに行うべきだったし、逆に踏み込んでもよかったのでは? 成蹊の後輩に当たる石田衣良の解説がヤバい。 よく練られたヨイショに留まらず、先輩の他の著作をも宣伝しながら何気無く自らの音楽趣味も語り、自作にまで触れ、引いては小説離れが著しいのに、たまたま本書を手に取った方々へ、熱いのか冷静なのかすぐには判断がつかないような文を寄せいていて、著者の小説が嫌いな方は、ここだけでも立ち読みしてみては? あまり期待され過ぎても、困るのだけれど・・・・・・。 でも、『恋』、『欲望』。解説者の『娼年』も読んでみようと思いました。 上記二冊には、著者が生まれた中野の駅北口にあったクラシック、唐十郎がよく原稿を書いていた高円寺のネルケン(いろいろと、お世話になりました)は、出て来るのか、楽しみ。 | ||||
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私は、この小説の主人公と同じ経験をしました。主にクライマックス。好きだった人が同性と繋がっていたという部分。 私はいまもその事実を受け入れられないまま、でも婚約するほど好きであったため、諦められず6年もぐたぐたと、相手と関係を続けています。 ちなみに、事実が発覚した後、私は主人公と同じことをしました。立場的に祐之介であった彼の友人を、真実を話して、追い出しました。 もちろん、彼氏に了承を得て、ですが。彼も人生の枷であった、元恋人の男とこれをきっかけに離れようと決心しました。 とりあえず、この作品を苦々しい気持ちで読み終えました。渉が自殺した結末に、なんだか清々してしまった私は、病んでいるのかもしれません。 決して殺人などという気持ちはおきませんが、代わりに何度も彼との関係で自死を考えました。 いまもよく自死を考えますが、なんとか前を向こうと、必死にあがいています。 作品に戻りますが、ふと印象に残ったのがクライマックス以降。 エマと主人公は渉たちのペットだったのか。それとも渉が死の直前、主人公に愛を伝えるけれど、本当にそれは信じていいものなのか。 渉と祐之介は、自分たちの同性愛を必死に隠そうとします。それは特殊だから?後ろ指さされるから? いや、違うと思います。彼らはお互いの虚無を埋めようとしただけ。性の傾向はゲイでもバイでもない。 彼らはあまりに幼稚に、心の隙間を埋めあっただけだと。 その浅ましさが世にバレれば、自分の弱さを、もっとも見られたくない部分を、知られてしまう。 彼らはすぐにでも壊れてしまいそうな自我を、必死にいびつな形で守っていたにすぎないと思いました。 他のレビューで、彼らの関係を美しく描写されていると評価している読者さんもいらっしゃいましたが、 私はただ、彼らの幼稚さ、純粋な主人公たちを傷つけ、巻き込んでまで自分守ろうとした愚かさを見せつけられた気分でした。 彼らがはっきりとバイやゲイとカミングアウトすれば、違ったでしょう。 でも違います。彼らは「ストレート」だったから、そんなこと、胸を張って言えないんです。 主人公と渉の間に確実に愛はあった。渉と祐之介の間には愛ではなく、麻薬のような依存がそこにあった。 乱文、乱筆ですみません。 最後に感想らしい感想を一言で述べると「エマがあまりにも不憫すぎる」。 | ||||
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仙台(地方)と東京(地方)の距離感に共感す。そうだったなぁ、たしかに・・・・と。ラジオで中村メイコが「ロストラブ」とかやっているのを、何か悔しい思いで聞きながら受験勉強していたあの頃。高校生としての自分は、入学式に紙吹雪舞い、野次で歓迎されたが、高連も高協も形を潜めシラケムード(ニヒリズムとかいっていたが)漂う、遅れてきた青年としてしか振る舞いようのない世代であったのを思い出す。 仙台については、今は、伊坂幸太郎が上手く表現している。 | ||||
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親の臑をかじりながらも、身勝手にふるまっていた女性の儚い恋の物語。 親や周りの大人に嘘をつき、迷惑かけても反省のない彼女。 若気の至りと傲慢そのものです。しかし、やはり身勝手のツケは来ます。 好きになった相手には、ワケありの恋人がいました。同じく身勝手な者同士で、 彼女の仲間はそれぞれに罪と罰を受けるのです。 数十年前の昔の話なのに、古さを感じさせないのは、 やはり小池真理子だからでしょうね。 | ||||
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自分が愛した相手は自分のことを心底愛してはくれない。その原因はいったい何なのか?ずっと不信感が付いてまわっていたその真相は??学園紛争のまっただ中,紛争の中で青春を過ごす2組の男女が繰り広げる若くて苦い青春は,誰もが経験したような懐かしさを感じうる。だけどその結末は・・・青春時代の出来事って,後まで結構引きずることってありますよね。この主人公もどこまでひきずるのかなあ。随所に出てくるストーンズのナンバーがその時代を思い起こさせ,作品をより身近に感じさせてくれる。小池真理子の作品と知らずに読んでも,やっぱり小池真理子の作品だなと納得させられる作品。 | ||||
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