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ソラリス
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ソラリスの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.32pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全116件 41~60 3/6ページ
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惑星「ソラリス」の描写は難解で想像し難く、また密室で進行していくストーリは息苦しささえ感じます。しかし、その文章はまさにうねる大海の波のように脳内に押し寄せ、およそ理解できないのですが、それはもう、リリックのようですらあります。著者の頭の中は一体どうなっているのでしょうか。これを原文で読める人が本当に羨ましい、極上の文章です。翻訳も素晴らしいと思います。 まったく予備知識無しで読み始めましたが、科学的な描写が少ないぶん古臭さを感じず、まさに後世に残る名作だと思いました。SFの枠を超えた哲学的な名著です。 | ||||
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恥ずかしながら、森見登美彦原作の劇場アニメ「ペンギン・ハイウェイ」を観て、原作もアニメも「ソラリス」からインスピレーションを得たところが多々あると知り、慌てて読みました。実は40年ほど前から読まなきゃと思いつつ、何か形而上学的で難しそうなんじゃないかと手を付けていなかったのです。 なるほど、残っていく名作ですね。このタイミングで2015年に刊行された新訳で読めたのも良かった。1977年の本は1割弱を削ったロシア語版からの翻訳だったとのことです。また、レムとは異なる監督の解釈で作られたタルコフスキーやソダーバーグのソラリス映画を観て判断しなくて良かった。 人間の尺度では測れない、理解できない思考体系を持った宇宙生命ソラリスとのコンタクトでは、あまりの齟齬の大きさに、そこに居る人を狂気の縁に追いやっていく。人にはどうにも分からないことがあるということがテーマだから、無理に分かってやろうとすると読み切れない。それを越えて分からないものにどう取り組むかまでを面白く読みました。クリスとハリーとの愛情に関する出来事は、センチメンタルで美味い味付けだと感じます。 巻末に訳者解説とレム自身による解説が40頁ほどあり、作品理解を安定させるのに役立ちました。 確かに「ペンギン・ハイウェイ」は<海>の振る舞いなど「ソラリス」のイメージの断片を取り入れていました。 | ||||
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ホラー要素すごい。怖くて先が気になり過ぎて、最初は「ソラリス学」部分を飛ばしながら一気読みしてしまいました。タルコフスキーの方の映画をたぶん昔見てて、なんか恋愛要素がうっとおしいような気がしてたのですが、原作はそんなことなかった。「ストーカー」(作者違うけど)といい、ほんと人間心理の痛いとこついてくるわ。そーいうのが怖い。 | ||||
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友人に勧められ読んでみました。 前半は一気に読み、後半はちょっとだるだるでした。 通しの感想としては、上々の本だと思います。 SFというイメージとはちょっと違う本ですが、読む価値はあると思います。 | ||||
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冒頭から引き込まれた。先に映画『惑星ソラリス』を観ていたのだが、映画のイメージを覆えされた。 単なるSF、恋愛小説ではない、奥深さが有り、最後まで一気に読んだ。自身の価値観を内省させられた。 | ||||
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Eテレの100分で名著に紹介されていて、是非読んでみたくなった。SF小説を初めて読んだが、深い。沼野先生の翻訳が、今の時代の言い回しなのもあるし、元々古さを感じさせない。 | ||||
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人間の本当の姿、本当に望むものとは何かについて考えさせてくれます。 | ||||
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期待通りの商品でした。 以前から一度読んでみたいと思っていたので、楽しみです。 | ||||
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結局は、余りに巨大な知性を前にしたら、人間など、コンタクト処か自問自答を繰り返すしか術がないのだと思います。 ステーションの中で登場人物達は極限状態に追い込まれますが、ソラリスの海がそう仕掛けているのかも判らず仕舞い。 海は、全く別次元の「なにか」なのでしょう。 神すらでもなく、人間の理解を超えた高次元の宇宙とでも言いますか・・・。 作者、レムは、大国ロシアの巨大な歴史のうねりに翻弄された人物だと聞きました。 冷静な筆致の裏に、激しい怒りのようなものを感じます。 巨視的な世界観と、生々しい人間ドラマが交錯する、傑作SF。 | ||||
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前から持っていたのだが、難解であるとの評価でなかなか手が付かなかった。今回NHKの「100分de名著」で取り上げられて番組を観たことから読んでみた。 結局「未知との遭遇」は必ずしも理解できるものではなく、ソラリスの海は、人間に対しては心の奥にしまっておいた、二度と思い出したくない記憶を現実化するという行為を行うのだが、そこにどういう意図や目的があるのかはわからない。最後に昔の恋人の幻影ハリーを消滅させたように思われるが、本当に消滅したのか、ソラリスにいる限り再び現れるのだろうか。ハリーの出現は苦痛なのか願望なのか。読み進むにあたって「擬態」など訳されてもよくわからないものもあって、あまり細かい描写にはこだわらないほうがいいだろう。 映画も見たが結末があまりにも違っていて、監督と著者が大喧嘩したというのもわかる。 | ||||
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SF。未知の生物との遭遇を描いていますが、なんとも奇妙な展開です。 私は最後が知りたくて一気読みしてしまいました。 | ||||
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普通に読んでいると謎なんだけど、想像しながら読んでいくと、かなり楽しく読める。 割と読みやすかった。 | ||||
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久々に濃厚で芳醇な読書時間を楽しんだ。 未知との遭遇に関しては数多のSF映画、小説が描いてるがこれはそのどれとも違う。 基本的に未知なる知性は、結局の所異星「人」であり、そうでなければただの知能の低い化け物である。 そしてそう言った存在は「友好」か「敵意」の単純な二者択一にしかならない。 稀に人でも動物でもない知性が出てくる作品があっても、それは見せかけだけでその思考そのものは人間と何ら変わる事が無い。 だがこの作品に出てくる知性は、「人」でも「動物」でもなく、「思考する海」である。互いを理解するために最低限必要な共通の経験も概念もない。 そんな海が人間達に送って来る唯一のメッセージ(?)は、人間の深層意識にあるもっとも痛い部分を具現化した存在F。 その意味を理解しようと、悪戦苦闘し、結果狂っていく人間達の物語は、あまりに難解かつ不毛過ぎてSF小説と言うより不条理小説の様な印象をもたらす。 しかし、私はこの本を読み終えてソラリスの海は、人間達と同じことをしようとしていただけでは無いかと思った。 作中でも明言されてる通り、ソラリスの海が主人公達を殺す気ならもっと簡単に出来るだろうし、何らかの実験なら修正も無く全く同じ実験を繰り返すのは実験としてはあまりに稚拙だろう。 恐らく海は彼らにしか理解できない合理性に基づきファントムを送り込み人類とコンタクトを取ろうとしたが、結果としてそれは人間を苦しめる以上の意味がなく、しかもそれが苦しみ以上の意味を持たないと理解する事も出来なかったのではあるまいか。 この作中で語られてる事は予言なのではないかとも思う。その予言が正解であるかはまだ分からない。人類は今だ未知との遭遇には至っていないから。しかし何時かその日は訪れるはずである。 そして、人類と未知なる知性との遭遇が、作中の様な見当外れの狂乱と希望の日々を生み出す時、その時こそこの作品の真価を我々は理解するのではないだろうか。 | ||||
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ポーランド語からの直訳で完訳。 海によって送り込まれた過去の恋人とのラブロマンスと思っていたら大違い。人によって様々な読みが可能なハードSFです。 特に膨大な量のソラリス学の振り返りが印象的、思わず読むのがおっくうになりそうな箇所だけど、なぜこの記述がこんなに多いのかを考えることによって、この小説の深みに触れることができると思います。 異星人なえぬ異星生物である海は敵なのか味方なのか?なぜ過去の人物を送り込むのか?それは攻撃なのかプレゼントなのか。海は何の反応も示さず意図もわからない。 星空間の物語というと、異星人との戦いか友情かといったプロトタイプを排除し、未知との生物とのコンタクトという問題に取り組んだ一冊です。 個人的には、作者の祖国の当時の支配体制である社会主義との関係を考えたくなりました。 | ||||
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訳者沼野充義さんには心から感謝の気持ちを捧げさせていただきたいと思います。 『ソラリス』を、ポーランド語のオリジナルから全訳してくれたからです。 以前の和訳は、1962年にソ連で出たロシア語版を底本とした重訳であり、そのロシア語版は当時のソ連検閲当局の顔色をうかがいながらおそらくは編集者とロシア語翻訳者がロシア語版から削除した箇所が三章にもわたると推測される(「訳者解説」より)そうです。 さらに、レム自身による「ソラリスのステーション(抄録)」2002年が、本書の付録として巻末に収録されていることも、著者の真意が語られていて、読者にとってうれしかったです。 原作が、検閲、編集、翻訳、映画化というプロセスによって、原作者自身も驚き、怒るほどまったく違った作品に変貌していくのかを、つくづく感じさせてくれました。 訳者沼野充義さんが推測している旧訳の脱落(ないし削除)箇所は、主に「怪物たち」、「思想家たち」、「夢」の三章にわたるそうです。 読者としては、それらの章に特に脱落(ないし削除)あるいは忖度すべき内容が書かれているとは思えませんでした。 1961年当時の歴史的状況が忘れ去られた今となっては、なぜ削除までする必要があったのか、理由を理解することはほとんど困難です。 この長篇小説を読んで、「ソラリスの海」の不思議さが謎として心に残りました。 何かべとべとした怪物のような海。 有機的な変形体で形成される物。 原形質状の機械のように作動し行動(流動)する不可思議なゼリー状の個体。 たった一つの巨大な個体として、惑星ソラリスの全表面を海のように覆って漂っている。 その波立つ表面は様々な形を作り出すことができる。 思考する怪物たちか、思想家たちか。 宇宙の本質について異様なほど幅広く理論的な考察を行う海。 単なる夢か。悪夢か。悪魔の海か。 重さは十七兆トン。 信じがたいほどの規模に肥大し、惑星全体を取り巻く原形質の「巨大な脳」のようなもの。機械を使わないし、それを作ることもしない海。 神経膠腫(グリオーマ)のような海。狂人のような神経症的海。 レム自身の言葉によれば、 「この本はロマンティックで悲劇的な結末を迎える。ハリーは、心から愛する男性を未知の力を持った何者かが研究しようとしており、自分がそのための道具であることを理解する」(417頁) この「未知の力を持った何者か」とは、「ソラリスの海」です。 ハリーという女性もどきを使って、地球からの「客」を研究しようとしている巨大な脳「ソラリスの海」です。 「ソラリスの海」は、地球人と違って、機械を使わないし、それを作ることもしない海です。 なので、ハリーという「地球の女性もどき」は、地球人がいう人工知能ロボットのような機械ではありません。 自分が「ソラリスの海」の研究のための道具であることを認識するや、「そんな道具の状態に甘んじられず、みずから自分を破壊することを願う」という悲劇的な感性を持った「異星人」です。自分以外の存在の「道具」にされることを自ら拒否する存在です。 なにかしら、地球の女性にも似たような行動をとる人がいますよね。 『ソラリス』の著者レムは、2002年に言っています。 「作者としての私にとって大事だったのは、繰り返しになるが、単に、存在している何者かとの人間の出会いのヴィジョンを創り出すことだった。その何者かは、人間よりも強力な存在であり、人間が持っている概念やイメージには決して還元できない。だからこそこの本は『宇宙空間の恋』ではなく、『ソラリス』と題されているのである」(417頁) 訳者沼野充義先生は、この新訳を原作どおり『ソラリス』と題されました。作者としてのレムの意向を最高に尊重した翻訳に仕上げてくださいました。 翻訳とは、ほんとうに恐ろしい作業なんだなと思いました。 国家当局による検閲制度があるからです。その国の言語への翻訳者が、検閲の存在を怖れ勝手に忖度して、他国の原作者の意向を踏みにじった翻訳にしてしまう。検閲に目を付けられそうな箇所は平気で削除してしまう。現実に、そんなことが歴史上、起きていたのです。 翻案による映画化も恐ろしいと思いました。原作者を本気で怒らせてしまう翻案もあるからです。 映画化する権利を譲った後で、レムは映画監督と三週間も議論した末、監督に「あんたは馬鹿だ」とロシア語で言って、モスクワを発った(407頁)というのですから。 | ||||
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SF小説の古典とも言っていい作品なのですが、NHKで取り上げられた時に書棚を探しても見つかりませんでした。 どうも、ソダーバーグ監督の映画を見て、読んだ気になっていたようです。 そのため、今まで持っていた「ソラリス」のイメージとは、徐々に良い意味で懸け離れたものになってゆきました。 映画は、どちらかと言えば「ラブ・ロマンス」としての物語になっていました。 しかし、そうした要素もあるのですが、原作はそんな枠に収まらない遥かに大きな作品でした。 レムの言いたかったことは、宇宙における知的生命体はすべてが「人間」ではないという事でしょう。 「人間」の延長線上にすべての知的生命体がある訳ではなく、思考回路も形態もすべてにおいて想像を絶した存在がありうるという事でしょう。 だからこそ、レムは「欠陥を持った神」に言及するのでしょう。 「神」は、理想としての知的生命体として「人間」を作ったとは言えないという事だと思います。 だからこそのあのラストだと思います。 もう一つこの本から読み取れるのは、「人間」とは何かと言うことでしょう。 「人間」とは全く異なる存在に出会った時、「人間」としての本質を考えざるを得なくなるという事でしょう。 「人間」って、一体何なのでしょうか? | ||||
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歴史に残る名作に対して「これは何だ?」は失礼だとは思いますけど、捕らえ難さ、多面性はやっぱり何だ? 気が狂ったような登場人物達の行動、ソラリス学なる研究、果ては宇宙船での恋愛まで、全ては人の営みをからかってるのか? いやはや凄い作品です。「書き物ができることのひとつの極致」と言ったら言い過ぎでしょうか。いや、でも極致だと思います。 | ||||
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1961年にワルシャワで初版が出たSFの古典的名著。 「異質なものとの出会い」を、ラブロマンスも入りながら、科学モノとしても楽しめるように出ていてる物語。 描写が少々長くて読むのに苦労した部分はあったけど、主人公ケルヴィンの葛藤に読んでいる自分自身も巻き込まれ、引き込まれたし、レムがこの物語に込めた意図にも多分に共感した。 宇宙空間へ飛び出した人類は、地球外の生命体と出会う。そこで、人類と友好関係を結べるか、結べずに争うことになるか、といった典型的なSFのパターンがある。 しかし、レムが描きたかったのは、人間がまったく想像もつかない形で「他者」と出会うという可能性もあるのだということだった。 私は、地球外生命体との出会いや、宇宙の謎への好奇心はずっとあったのだけど、なぜ自分たちの貧弱なイメージでそうした問題を捉えるのか、疑問に思っていた。 「宇宙人」と聞くとヒューマノイド型を思い浮かべたり、「知的生命体」と聞くと、人間のように個体を持ち、言語を使い、技術を発展させ・・など。 「ソラリス」で描かれる「他者」(海)は、知的で、思考し、人間の理性を越えている。しかし、それは自分たちの理性を越えているが故に、最後まで人間は翻弄され続ける。ストーリーとしてはシンプルだが、科学的な分析や、神学的な話のやり取り、恋愛など、多様な要素が入っていて、様々な楽しみ方が出来る作品だと思う。 そして、レムがこの物語に込めた「人間中心主義」への批判的なメッセージはSFという分野に留まらず、合理主義や科学主義への批判にも通じると思う。 映画のほうだと、そうした原作の意図が抜けてしまってるみたいなので、先に原作を読んでよかったと思う。 | ||||
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途中、SFなのかサスペンスなのか、なんだかよくわからないのですが、ソラリスがそもそもなんなのかわからないまま進んでいく、非常に独特の世界を体感できます。 | ||||
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学生の頃、タルコフスキの映画を観て、この原作を知りました。最近、具合が悪くて仕事を休んだ日に、NHK-BSで、タルコフスキのノスタルジアを観て、ふっとソラリスのことを思い出しました。また、読んでみたくなり、新訳ではなく、旧訳を古本で求めました。予想もしていなかったのですが、NHKの100分de名著でソラリスが取り上げられ、しかし講師は新訳者の沼野先生。それでも、刺激を受けて再度読み始めました。今週から始まったので、初めての方は、旧訳、新訳、そしてテキストを両手に、難解と言われるレムの世界に入ってみるのはいかがでしょう? | ||||
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