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等伯
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等伯の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.33pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全109件 81~100 5/6ページ
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画人の世界の描写が実に面白く勉強になった。 また、人と人とtの丁々発止のやり取りの描写が愉快である。 | ||||
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狩野派に挑戦した等伯の生きざまに感銘しました。 たゆまぬ努力と苦労が生き生きと描写されており、再読しております。 | ||||
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ボストン美術館展で等伯の「龍虎図屏風」を観ました。 この本を読んで あらためて日本からの流出を残念に思います。 作者のあとがきによれば 連載中に3・11大震災と原発事故が起こったとこのと。 この小説の中でも、等伯は織田と朝倉との戦乱そして 比叡山焼き討ちなどにまこきまれてしまいます。 権力をもつ者が刻々と変わる中で 絵師も時代の奔流にいやおうなくまきこまれていきます。 小説の中に書かれている 「狩野永徳が秀吉に命じられて 信長の肖像画を改悪した」・・というのは 修復に携わった方々の調査研究でわかった事実とのこと。 ウィキペディアによれば 国宝「松林図屏風」は「完成作でない下絵を屏風に仕立てたものだという説もある」 とのこと。 生まれた世の中が平和&平穏であれば 等伯や狩野永徳は、どんな絵を残したのでしょうか? 表紙は「松林図屏風」の一部を使っていますが 上巻が白黒反転で、下巻がそのままの色なのは 上巻では、等伯が世にみとめられるまでの数々の苦しみを 下巻では出るから哲にいたった境地を表しているのではないか と、読了後、感じました。 ネットのおかげで 等伯の絵や、等伯の旅路を検索しながら この小説を楽しみました。 失礼ながら同じ直木賞受賞作、葉室麟さんの「蜩の記」よりは 読み応えのある小説でした。 | ||||
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絵師としての名声を競い合った長谷川等伯と狩野永徳の関係を、由緒あるオーナー企業の跡取りで、学歴も実力も申し分ないスーパーエリートと、田舎から出てきた荒削りの天才的ベンチャー創業者のように描いていて面白い。彼らのパトロンである利休、秀吉、朝廷との息が詰まるような駆け引きを通じて、芸術の世界においても、才能だけでは後世に名を残すような大仕事はできないということを改めて思い知る。 政治力、組織力、資金力、そのすべてを備えていた狩野派を前に、等伯の持てるものといえばほとばしるような情熱と、その情熱を通じて固くむすばれた家族しかなかったが、己の執念と妻や息子の働きで、金脈や人脈を手繰り寄せながら長谷川派として徐々に勢力を増していく。しかし、公家、武士、僧侶、宣教師、商人たちが入り乱れ、それぞれに他者を利用してのし上がろうとしていた戦国時代のカオス都市、京都において、そうやすやすとてっぺんがとれるわけがない。 当代一の絵描きとなって、長谷川派の名を天下に知らしめたいという野心にひたすら忠実に生きる等伯は、愛する者をことごとく悲惨な目に遭わせてしまう。義父母、最初の妻、師であり心の支えだった利休、そして最愛の息子、久蔵。絵描きの業は身内をも犠牲にしてしまうのである。戦国という時代は一個人の執着に対する対価がとてつもなく大きい時代だった。一方等伯のライバル、永徳は、すべてを持って生まれてきた者の業を背負い、華々しい活躍の裏でひとり苦しんでいる。等伯と永徳という二人の天才を、どこまでも人間臭く描いているところに引き込まれた。脇役たちでいえば、等伯の実兄、武之丞、主君畠山善綱の娘、夕姫は人間のいやらしさがよく出たなかなかの悪役ぶりだった。夕姫が嫁いだ三条西家の近衛前久のみがスーパーヒーローで、映画やドラマになったときにはっもっとも美味しい役だろう。 聚楽第、大徳寺三門、祥雲寺、名護屋城。本書の舞台となった城や寺はいずれも聖俗の権力の象徴であり、建築や絵画、造園をめぐって隠密が行き交い、金が飛び交い、ときには人命が犠牲になったことは想像に難くない。等伯が松林図屏風を仕上げたころ、秀吉は圧倒的な富と権力を手にしながら、滅びに向かっていた。激しくもはかなく、燃えさかったまま凍てついたような松林の図は、煌びやかな安土桃山時代の幕引きにふさわしい。宣教師たちをも戦慄させた血ぬられた都で、見る者を「幽玄の彼方」へ導く絵が生まれた理由。スーパーヒーロー、近衛前久の言葉が、著者の答えである。 「俺ら政にたずさわる者は、信念のために嘘をつく。時には人をだまし、陥れ、裏切ることもある。だが、それでええと思とるわけやない。そやさかい常しえの真・善・美を乞い求め、心の底から打ち震わしてくれるのを待っとんのや」。 前久、おいしすぎる役回りである。法華経の教えについて多少なりとも知識があればもう少し深い読み方ができたかもしれない。それが残念。 | ||||
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文体は凄く読みやすかった。 そして凄く心に切り込んでくる迫力に圧倒された。 阿部さんも等伯も凄いのだと思う。 絵とはこんなに力を込めて描くものなんだ、そして(私は感じ取れませんが)こんなに人に伝わるものなんだという事がすごい熱量で伝わってきた。 物語(=等伯の人生)もすごい。 | ||||
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等伯の思いと生き様に圧倒されました。 それまでの人生の全てが松林図に到達するための礎になっているって事もよく伝わってきます。 うまく表現できませんが、目に見えないもの、文章にできないはずのものがすごく伝わってきます。 絵の表現も素晴らしく、絵を見て受ける以上の感銘が伝わってきます。 東伯の生き様も、阿部さんの文章もすごいです。 | ||||
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地元と深い関係のある著名人であり前々から興味はあったのですが、人としての流れが判らなかったのですが この作品で深い理解ができました | ||||
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地元と深い関係のある著名人であり前々から興味はあったのですが、人としての流れが判らなかったのですが この作品で深い理解ができました | ||||
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先に萩耿介さんの「松林図屏風」(日経賞の受賞作)を読みました。 等伯の苦闘や息子久蔵の情熱など中身が詰まっていて感動しました。 そのすぐ後、安部さんの「等伯」の連載が 日経新聞で始まった時、びっくりしました。 同じネタだし、会社も同じなので。 直木賞受賞ということで本で読んでみましたが、 まあまあな感じです。 絵に対しても仏教に対しても、 これといった深みを感じませんでした。 前半は等伯の人物も曖昧だし、 新聞連載のために無理して話を長くしている感じです。 この意味で作品の密度や完成度は高くないと思います。 萩さんの「松林図屏風」では、 等伯が「この世あらざる絵」を追求していきますが、 安部さんの「等伯」では それが「誰も見たことのない絵」となっています。 等伯が好きで何度か実際の屏風を見ていますが、 「この世あらざる絵」のほうがあの幽玄さに近い感じがしました。 | ||||
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先に萩耿介さんの「松林図屏風」(日経賞の受賞作)を読みました。 等伯の苦闘や息子久蔵の情熱など中身が詰まっていて感動しました。 そのすぐ後、安部さんの「等伯」の連載が日経新聞で始まった時、 びっくりしました。同じネタだし、会社も同じなので。 直木賞受賞ということで本で読んでみましたが、まあまあな感じです。 絵に対しても仏教に対しても、これといった深みを感じませんでした。 前半は等伯の人物も曖昧だし、 新聞連載のために無理して話を長くしている感じです。 この意味で作品の密度や完成度は高くないと思います。 萩さんの「松林図屏風」では、 等伯が「この世あらざる絵」を追求していきますが、 安部さんの「等伯」では それが「誰も見たことのない絵」となっています。 等伯が好きで何度か実際の屏風を見ていますが、 「この世あらざる絵」のほうがあの幽玄さに近い感じがしました。 | ||||
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内容・価格・品質共に最良。よい勉強ができました。このような書籍をもっと提供して欲しいと思っています。 | ||||
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内容・価格・品質共に最良。よい勉強ができました。このような書籍をもっと提供して欲しいと思っています。 | ||||
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上巻とは比較にならないほど面白かったです。 信春(等伯)が狩野永徳に挑み、始まった両派の対決。 追われる狩野派と追う長谷川派の戦い、確執が、この本の大きな幹になっており、その枝葉として、千利休や秀吉、石田三成など、誰もが知る歴史上の人物が多く登場します。 「志が高い者ほど、遠い苦難の道を歩き続けることができる。その先に何が待っているかはわからないが、歩き続けることこそ人にできる唯一のことなのだ……絵のために苦しむことができる我が身を悦べばよい。死んだ者も何もかも引き受けて、捨身の筆をふるえばいいのである」。等伯が辿り着いた悟りとも言うべき心境ですが、この文にハッとしました。 何かを究めようとする人しか、苦難の道を歩くことはできないのですね。 辛く、苦しい道だからこそ、やり遂げた時の充実感は、きっと何を以ってしても代えがたいものがあるのでしょう。 「霧におおわれた松林が忽然と姿を現し、霧は風に吹かれて刻々と動き、幽玄の彼方へ人の心をいざなう。それは、絶対的な孤独を突き抜け、悟りへとみちびく曼荼羅である」と作者安部龍太郎が評した「松林図屏風」。 秀吉や家康、前田利家ら錚々たる大名たちの魂を奪い(フィクションですよね?)、「等覚一転名字妙覚」と近衛前久に言わしめさせた、この絵を是非鑑賞したいです。 「等覚〜」は、初めて聞く言葉で、よく意味がわからないのですが、等伯が信仰していた「法華経」の教え?初心に戻ること? 久蔵が描いた「桜図」は、仙洞御所からいただいた故郷の桜。京都・智積院で、特別公開の際、観たはずなのですが、記憶があまり鮮明ではなくて……。 蛇足ですが、仙洞御所には、私が生まれ育った湯河原の一升石を敷き詰めた州浜があり、特別拝観を申請し見学しましたが、素晴らしい庭で、こちらはよく覚えています。 | ||||
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上巻で最愛の妻を亡くしましたが、下巻でも様々な身近な人物が亡くなっていきます。そのたびに苦しむ等伯ですが、単行本の表紙にもなっている代表作の『松林図』にすべてが結集しています。 この『松林図』は有名な割りにいつ・どこで描かれたのかが謎なのですが、作者の解釈はなかなか面白く、畢生の大作と呼ぶにふさわしい背景がちりばめられています。 また、最新の研究もとりいれたエピソード(永徳の信長像の話)などもあり、最初から最後まで一気に読んでしまう面白さでした。 | ||||
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読み始めましたが ぴんとこないです… 安部氏の絵師ものとえば 「お吉写真帖」ですかね〜 水墨画と言えば 白隠もいいですよー 「松林図」は 二度観たことありますが 閉館後は 誰が見てたのでしょう… | ||||
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直木賞受賞作品。 日本経済新聞社の朝刊に連載されていたこの小説を欠かさず読んでいた叔母から薦められていましたが、ようやく紐解くことができました。 長谷川信春(等伯)が、絵師として大成するまでに影響を与えたと思われる多くの人物が登場しますが、なかでも、私は、義父宗清、日堯上人、妻静子の描き方に興味を持ちました。 この三人に共通するのは「捨身施」という思想。 インドの神様が、キツネと猿と兎に食べ物を求めたところ、キツネは魚を捕り、猿は木の実を採ってきた。けれども、兎は何も持ってない。すると、兎は火の中に飛び込んで、その肉を提供した。 「命」を施すという崇高な寓話ですが、要は、「身を捨てて人のために尽くす」。この三人からは、そんな生き様を強く感じさせられました。 私は、恥ずかしながら、これまで「絵画」を観て感動したことがありません。 しかし、この小説では、「優れた絵には、人の心を動かす力がある」と書かれています。 信春が描いた「白の法衣をまとった日堯上人のご尊像」「黄櫨染をまとった日しん」、そして、牧谿の「観音猿鶴図」を観てみたくなりました。感受性に乏しい私の心も打ち震えるでしょうか。 下巻では、等伯の代表作「松林図屏風」と息子久蔵の「桜図」が登場すると思うのですが……もう少し、信春の迷いとか、葛藤とか、心情が掘り下げて書かれているといいのですが……上巻は、淡々とした描写に終始し過ぎていたように思います。 | ||||
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著者の作品を読むのは初めてでしたが、あっという間に読み終わってしまうほどのめりこみました。 上巻では、能登七尾に住む絵仏師の等伯(33歳)が、自分より年下なのに才能あふれる狩野永徳の存在に焦燥感を感じ、なんとしても都にでて絵師として大成したいという願望、自分の軽率な行動のせいで養父母を死なせてしまったという罪悪感、延暦寺焼き討ちに巻き込まれる中で目にした地獄絵図、そして最愛の妻に先立たれる悲哀と、様々な人生の困難が立ちふさがってきます。 次はどうなるんだろう?というスリリングな展開、心血注いで描いた絵が認められたときのカタルシス。さらに作者お得意の歴史小説の側面もあり読み応え抜群でした。 この本をお薦めできる人は、等伯や日本画史に興味がある人はもちろん、戦国時代好きな人でも面白く読めます。重要人物の一人、近衛前久もこれまでの固定観念を覆されるような絵がかれ方でした。 | ||||
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願わくば智積院で、等伯が鶴松のために描いた浄土絵を観てみたい・・・ 絵を手がかりに等伯の人生を紐解いていく安部さん。絵を文章だけで感じさせる筆致は相当なものだが、それもやはり、等伯の絵から迸りだす魅力と迫力があればこそだろう。 等伯の苦難の人生は悪役がなければ光らない。ということで、安部さんは上巻で信長を第六天の魔王に擬したのに続き、下巻では狩野永徳や石田三成を悪役として等伯に対峙させる。史実に対して脚色しすぎのところもあるが、大衆小説としては許される範囲だろう。 京都の智積院を訪れるのも、国立博物館所蔵の松林図が再び展示されるのも、いつになるかわからない。文章で感じるだけでなく絵そのものも観てみたく、ネットで画像検索しようか、美術本でも手に取ってみようか、と思わせるほど、安部さんは読者を等伯の世界に引き込んだ。その筆力が評価されての直木賞受賞に、拍手を送りたい。 | ||||
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申し訳ないが、もっと感動させてくれないかな。等伯の年譜を知りたいだけじゃ小説じゃないです。等伯の人生がのめり込んで松林図になった様な、そこに読者も手に汗を握る様な感動が欲しい。虚構を借りた言葉の感動というものが希薄なんだと思う。 画家を主人公とした小説じゃ、そうした感動が第一で、あとは等伯の乱世に生きた心根を大きな幹として、いかに読者に与えられるかだと思うんですが。 何か乗せられるところが少なかったです。 | ||||
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日経連載時から気になっていた本書が直木賞をとったということで、早速購入して読んでみることにした。 長谷川又四郎信春は能登七尾で評判の絵仏師である。家業も順調で何の不自由もない。しかし、燃えるような焦燥を抱いて、都で絵を学びたいと思っている。その焦燥が信春を不幸へと突き動かし・・・というところから、物語は始まる。しかも都には、新時代を拓こうとする魔王信長がもたらす戦乱が待っていた。 等伯は故郷能登周辺にもいくつかの作品を残しているが、余り細かいことはわかっていない。故にこそ、筆者は絵を手がかりにスケールの大きい流転の物語を仕掛けていく。燃えるような焦燥がこの稀代の絵師を導いた、という安部氏の見立て。面白いです。松林図の境地に至る下巻が楽しみ。 | ||||
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