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平場の月
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平場の月の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.99pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全143件 61~80 4/8ページ
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| ここに出てくる人々は50代です。これまでがあり、これからを迎えていく男女の話しです。50年生きてきているから見えてくるものを感じました。 とても静謐な物語です。 | ||||
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| 青砥(あおと)は50過ぎの男。地元の総合病院に患者として来院した。そこで中学の同級生の女子、須藤と出会う。須藤葉子(あだ名はハコ)ともう一人の同級生、ウミちゃんは売店で働いていた。青砥は体内に腫瘍が見つかったので、検査を受けるために来たのだ。 中学3年の時、青砥の友人である江口が須藤に告白した。しかし、きっぱりと断られた。少し後に青砥も告白したのだが、これも断られた。須藤とはそんな思い出がある。 再会して、2人はLINEを交換し、無駄話をすることになる。青砥の須藤に対する印象は、相撲の横綱みたいに「なんか太い」というものだ。 2人とも、今は配偶者がいない。須藤は大手証券会社に勤めていて、結婚退職したのだが、41歳で夫が亡くなった。子どもはいない。 青砥は結婚していて2人の息子もいたのだが、妻が自分ではなく他人に、それも必ず男性に自分の家のことを相談するのを認められず、離婚することになった。 2人は焼き鳥屋でだらだらしゃべった。 2回目に会った時は店が開いておらず、須藤の家に誘われる。最初はそれはまずい、と言った青砥だったが、結局家に行くことになる。 青砥が離婚してアル中になりかけ、そこから脱した話をすれば、須藤は男に貢いで金がなくなった話をした。そんな中で2人は関係を持った。 青砥の検査結果は「異常なし」だった。須藤の検査の結果は陽性だった。進行性の大腸がんだったのだ。人工肛門までつけるというから、かなり進んでいる。明るい結末にはなりそうもない。 タイトルである「平場の月」の平場は、自分たちは平たい地面でもぞもぞ動く、ザッツ・庶民だという意味である。 私も父を大腸がんで亡くしているので、その大変さは少し分かる。平場とはいえ、そこにはいろいろな事件もあり、生きている当人は大変なのだ。読後、そんなことを思わずにはいられなかった。 | ||||
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| 強い女性像 | ||||
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| 大人のごく身近に感じられる恋愛をリアルに表現されていた。 | ||||
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| 結局、癌という病気のことでなく、人の思いは良いとか悪いとかはさておいて「どうしようもない」ということに気づかされる。 物語は青砥の思いを中心にして進んでゆくのだけど、目次タイトルは全て須藤の言葉で示されている。序章の「夢みたいなことをちょっと」と最終章の「合わせる顔がないんだよ」の言葉で須藤の気持ちが伝わってくる。切ないね。行き着こうとしているところは同じなのにね。東京周辺都市の町の片隅でのつつましやかな五十才の男女の思いの物語。恋愛小説として、かなり以前に読んだ姫野カオル子さんの「ツ・イ・ラ・ク」も拾いものの(失礼)一冊でこの本もそんな感じでした。 | ||||
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| 主人公がなにも言わずいってしまったのは、悲しかった。あまりにも潔すぎた。 | ||||
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| 出だしから時間・空間の錯綜があり、戸惑いがありましたが、これも著者のテクニックと思って読み進めました。50歳位と私より少し若い年齢の男女のゆっくりとした友情のような恋愛、変に格好よく描いてなくて好感が持てました。 ヒロイン須藤の言葉使い、少々違和感がありましたが、映画化されてセリフとして聴けば案外気にならないものかと思います。 内容詳細は他の方のレビューに譲りますが、靑砥が須藤の妹から聞かされた須藤の最期の言葉「靑砥検査に行ったかな」、この言葉に須藤の靑砥を想う気持ちのすべてが詰まっているような気がして何回読んでも涙が溢れます。 私事ですが、二年ほど前まで東上線沿線に住んでおり、単行本出版当時買うかどうか迷ったものの、結果的に文庫化まで待ってしまい転居後の先日購入して読みました。 やはり当時住んでいた近場の「空気感」を感じて読むべきだったと後悔しています。 映画化決定とのことで今度は後悔しないよう映画館で観ようと想います。 キャスト、私としては須藤役は永作博美、一択。 | ||||
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| せつないです。若かったら頼れたかもしれない。 「合わせる顔がないんだよ」わかりすぎるほどわかります。 大人って不器用になってしまうんです。 自分もそうです。 | ||||
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| 50代同志の恋愛というのは、とっつきにくい。自分がそこに達していないというのがあるし、既婚であるので離婚しない限りは、永遠に分からないともいえる。 読んでいる間中考えるのは、姉のことである。独身であり、主人公たちに近い年齢である。 裕福でもないし、成功していないし、子供もいない。でも、淡々と日常を過ごしている。 余計なお世話だが、寂しさをどうしているのだろうか?と、たまに考える。 かなり傲慢であるが、やっぱり考えてしまうのだ。 本書の登場人物たちも、寂しさを持て余しているわけでもない。 独り身の50代になり、ふとした余白に好きだなと思える人ができただけである。 結局は、幸せというのは、余白が少ないことではないだろうか。 若い時の余白は、いい。そこに何を埋めるかワクワクするからである。 しかし、妙齢になると、余白の存在はとても心もとない。 周りの人間も、その余白を勝手に寂しさとなずけてしまう。 なんだかんだ、他人の余白の中に自分が存在する。これが、やっぱり幸せなのではなかろうか。 そんな小難しいことを考えながら、読み終えた。 少し悲しい終わり方だが、しみじみとした切なさを残す良い物語であった。 | ||||
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| コテコテの恋愛小説とは一線を画す大人の恋愛小説、好きだからこそ控えめな愛情表現に留めつつ彼女にはちゃんと気持ちが伝わっていて、読後感としてほのぼのとした気持ちと切ない気持ちが交錯する。中年を過ぎた読者の心を打つ名作だと思います。 | ||||
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| 綺麗な状態の本でした。 | ||||
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| 令和の赤名リカみたいな須藤葉子。 自分も登場人物と同年代で、この作者とも年が近いので、時代の空気感はクロスオーバーしました。 ハナからラストまで一人称なので登場人物(多くない)全て青砥のフィルターを通して読者に伝えられます。 プロローグで結論を示し、遡ってそこに向かったストーリーが紡がれるので特にどんでん返しもありません。 あえて叙述的な文体にしてるようで登場人物の心の動きは読み手側の掘り下げに委ねられている気がします。 最後は切なくて読後感は良かったのですが、此れがん患者という病気設定に依るところですよね。 どんなに既視感あってもこのパターンは泣けますが。。 | ||||
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| 迅速な対応でした。 商品の状態もとても綺麗だったと思います。 | ||||
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| 普通の人の出会いと恋愛、相手への気遣いを細やかに表現している。素晴らしい。 | ||||
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| 読んでいる間、ずっと涙をこらえていたのだと思う。 青砥も須藤も泣かないから、自分が泣いてはダメだとこらえていたのかもしれない。 研ぎ澄まされた表現の数々にもかかわらず、ひたすら読みやすく、ふたりの空白の時間がなぜ始まってどう経過していくのか、最後に主人公は何を思うのか、知りたいことが渦巻いて、一気に読んでしまった。 読み終わっても、渦は消えなかった。 ただ、青砥も須藤もちょうどよく幸せだったのだと思う。 悲恋だろうとなんだろうと、誰かを心から愛せた人は幸せだ。 ずっとこらえていた涙が、堰を切ったように流れ出したのは、 「お芋のお粥がお得意なんですって?」のくだりから。 ・・・(青砥は)、言われて「あ」と口元に手をあてた。座り直して、咳払いをひとつ。蒸したサツマイモをちいさく切ったのと黒砂糖とをお粥に混ぜる料理だった。「抗がん剤 副作用 食事 レシピ」を携帯で検索して見つけた。食欲のない須藤が喜んで食べる一品だった。・・・ このあたりを読みながら、止めどもなく涙が出て仕方がなかった。嗚咽まで出てしまったと思う。 巣ごもり読書でよかった。 | ||||
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| 人生も半ば近くなり色々ある中の少しの間。究極の思いやり、お互いの命へのいとおしみ。悲劇ではない。 | ||||
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| 青春時代に戻れたら、あの日もしきちんと勇気を出して彼女に告白していたら、その後の自分の人生はどうなっていただろうか? どんな人生を送っていても自分は自分らしく生きられただろうか? 私より10歳以上は若いこの男女の生き方、言葉を自分は使えるだろうか? 病に侵されそれでもなお自分らしく振舞おうとする中年になった女と、それを気遣う同級生の男。人間の強さとは何か、日々平穏に生きられる幸せを改めて考えさせられた本だった。 | ||||
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| 『平場の月』(朝倉かすみ著、光文社)は、中学の同級生、青砥健将と須藤葉子が、地元の中央病院の売店で35年ぶりに再会し、心も体も微妙に揺れ動く過程を綴った、「中年の、中年による、中年のための恋愛小説」です。 青砥には、中学3年の時、「太い」と感じた須藤に、「友だちからでいいので付き合ってください」と告白して振られた経験があります。この「太い」は肉体的なものではなく、精神的にしっかりしている、肝が据わっているといった意味合いで使われています。 「須藤が中央病院の売店で働き始めたのは二年前だったようだ」。「青砥が、六年前に寡婦となった母の近くで暮らそうと地元に中古マンションを買い、ほどなくして妻子に出て行かれ、三年前、母が卒中で倒れたのをきっかけにして都内の製本会社を辞め、地元の印刷会社に転職した」のです。 須藤の何を知っても、青砥の須藤に対する思いは揺らぎません。「青砥の内側で、須藤は損なわれなかった。それが愉快だった、どんな話を聞いても、そこにどんな須藤があらわれても、損なわれないと思った。酒乱と知って一緒になって、途中でやっぱりうまくいかず、そのまま(同級生から奪い取った夫と)永遠の別れとなってしまっても、歳下のクズ(の男)に浮かされて(経済的に)丸裸になっても、安アパートに住み、(売店の)シフト入れまくってやっとこ生活していても、青砥のなかで須藤の値段は下がらない」。 進行性の大腸がんと宣告された須藤は、ストーマ(人工肛門)を造設することを決意します。「須藤を大事に思うきもちが揺さぶられた。しょせん、親友でも恋人でもない。・・・ストーマがどんなものかはまだ知らないが、青砥にとって須藤は須藤だ。損なわれるはずがない。確信はあるのだが、口にしなかったのは、たぶん、歳を重ねることでいつのまにか培われた慎重さゆえだった」。 「『やめてよ、青砥』とあばれる須藤の手首を握り、胸の下で交差させて抱きしめ、頬に頬をつけた。おとなしくなった須藤の顎を上げさせ、口づけを落とした。唇を離したら、『どうするんだよ』と須藤が泣くのを我慢しているような声で言い、『どうもしないよ』とまた唇を合わせた。今度は長くなった。吐息が漏れた。・・・須藤のジーンズのボタンを外した。指で探ったら、ちゃんと湿った音が立った。指を使うと音に厚みがくわわった。須藤のそこは若い女のようであり、若い女にはない折り重なった熱気が青砥の指を濡らした。『痛恨だなぁ』と須藤が喉の奥で笑った。そして八月二十三日火曜日。須藤は腫瘍をふくむ直腸を切断し、肛門を閉じ、ストーマを造設した」。 その後、リンパ節への転移が分かり、抗がん剤治療が始まります。「『おまえの面倒はおれがみるから』という科白が喉まで出た。口から出なかったのは、それが須藤の嫌いな言い方のような気がしたのと、青砥がまだ腹を決めていないせいだった。青砥はまだ『おれがいる』でさえ口にできなかった。須藤は大事だ。これはほんとだ。だから、『おれにできること』を考えると、なにもさせてもらえないくせに、とさみしく足がすくむのだった」。 「『青砥には充分助けてもらってるよ。青砥は甘やかしてくれる。この歳で甘やかしてくれるひとに会えるなんて、もはやすでに僥倖だ』。『おれはもっとおまえのためになりたいんだがな』。青砥が少ししつこくなったのは、嬉しさのせいだった。須郷が青砥へのきもちを初めて明かした」からです。 「『大丈夫か』と振り向いた青砥に須藤が言った。少し笑っていた。のろのろとからだを起こすところだった。『日本一気の毒なヤツを見るような目で見るなよ』。『んなことないよ』」。 「付き合っているというよりも、も少し深く根を張った間柄となった須藤との恋人同士としての時間が、得難いものに思えてきた。それはそれで、たぶん、濃密な時間だ」。 青砥は思い切って、「須藤、一緒にならないか」と口に出します。「須藤の気配は拒絶だった。取りつく島もないタイプの、真っ暗な、拒否だった。須藤が言った。『もう会わない』。さらに言った。『青砥とは、もう一生、会わない』」。そう言い張る須藤を何とかなだめて、1年間は会わないということで折り合いをつけたものの、それからは、何度、LINEを送っても既読がつかず、LINE電話をかけても呼び出し音が続くだけでした。いったい、須藤はどうしてしまったのでしょうか・・・。 一気に読み終わった時、青砥と完全に一体化してしまっている自分に気づき、女房に気づかれなかったか心配になりました。 | ||||
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| いい小説でした。中学の同級生で若い頃はそれなりにもてた2人。男も女もバツイチ独身で、地元に戻り、収入は少なく生活は質素だが、不幸せでもない。そんな2人が女の職場で再会する。 2人の会話が軽妙で、前半中盤にかけては、楽しくテンポよく読めるが、女に病気が見つかってからは、どこか重い展開となり、、、最後は涙する。 地味なストーリーですが、是非ドラマ化してもらいたい。誰かのレビューでは女性役は吉田羊がいいと言ってた。確かに適任だが、ドキドキしなさそうなので、私は原田知世を推す。男性役は、かつてイケメンで今はすっかり中年になってしまった人がいい。引退したけど山口達也とか? | ||||
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| どこかの書評でこの本を知って図書館に予約を入れました。 予約したら50人待ち。 数か月後、予約を入れたことさえ忘れた頃にようやく図書館から 連絡が。 わたしは切ない小説を読むと、胸が締め付けられて苦しくなるのですが、 この本は読んでいる時や、読み終わった直後はそれ程でもありませんでした。 読み終わった直後はそれ程でもなかったのですが、 振り返って後からジワジワと切なさのこみ上げてくる小説です。 須藤のあの時の気持ちと、全てを知った後の青砥の喪失感。世界が色あせ、 ぼやけた感覚。 この本を読んで、評価の高い人が多いのに頷けます。 ただ、この本を読んで極端に低い評価の人たちがいるものわかる気がします。 章も変えずに時間が前後して、いつの話しているのか分かりづらいのと、 どうでもいい日常のどうでもいい言動の描写が多いのがちょっと気になりました。 | ||||
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