長いお別れ

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評判

長いお別れの評価:

4.36/5点 レビュー 290件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.36pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全101件 81〜100 5/6ページ
No.21
(3pt)

そこまで支持される理由がわかりません

外国小説の邦訳になると、必ず、訳がどうのと言い出す人がいますが、自分が見比べた感じでは、その点は、まったく問題を感じませんでした。むしろ、やはり清水訳はやや古くなってしまっていて、語や文構造も堅い感じがするので、村上春樹訳でかなり読みやすくなったと感じました(自分は村上春樹の小説は好きではありません)。
 肝心の中身ですが、自分にとっては、こちらの方が問題でした。この小説は読み方がとても難しいと思います。文章は明瞭で非常に読みやすく、登場人物も人間としてきちんと生きていると思うのですが、肝心の事件が短編の寄せ集めで、それを無理やり一つにつなげたようなものになってしまっています(いやまさにそのようにして作られたようですが)。したがって、チャンドラーの他の作品にも言えることですが、話の筋が無理やり一つに収束されていくような印象を受けます。
 また、探偵物のミステリー小説としては、マーロウがあまりにも探偵らしくないです。腕利きであるわけでも、腕に覚えがあるわけでもなく、特殊な能力や経歴をもっているわけでもなく、個性といえば、シニカルな批判をだれかれ構わずいってしまうことくらい。。。「タフ」な人物として描こうとしているようですが、あまりそうは見えません。
 また、この作品に関していえば、テリー・レノックスの行動が謎過ぎます。彼のあらゆる行動の動機が最後までいまひとつ分かりませんでした。
この作品では、テリーが憎めない魅力のある人物として描かれているようですが、文章からはその魅力が何なのか、私にはまったくわかりませんでした。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.20
(2pt)

これほどスローな展開ない

人生は短く読みたい本は山ほどあるのに、この小説はとにかくスローすぎる。
今の時代と違うという問題もあるのだが、そもそも見知らぬ男のために(それに特にその理由も書かれぬままに)、
とかく手助けをしたり、庇ったりするのが非常にフィクションとしか思えない。

古き良きアメリカだから? それにしては作者の思惑通りに展開するからリアリティーがない。
しかも何かページを繰らせるような出来事があるわけでもなく、
仕事のできなさそうな探偵が、仕事でもないことに首を突っ込んで生活している描写しかない。
この人、生活費は大丈夫なんだろうかと心配してしまう。

どうもこれは、イメージで小説を読みたがる人に向いてるんじゃないだろうか。

例えばバーで紫煙をくゆらせ、おもむろにグラスを傾け、無言のままカクテルやウイスキーを味わい、
「ちょっとキザなちょいワル俺様」が好きそうな読者に。
まさに村上春樹が好みそうな小説には違いないだろう。

ナルシシズムな小説構築はいいから、もう少し読者の方を向いて、
1000円近く出しても惜しくないと思わせるような冒頭にして欲しいと思う。

もし過去の名声がなければ、今の時代ではとうてい通用しない作品に思えた。

長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.19
(2pt)

これほどスローな展開ない

人生は短く読みたい本は山ほどあるのに、この小説はとにかくスローすぎる。
今の時代と違うという問題もあるのだが、そもそも見知らぬ男のために(それに特にその理由も書かれぬままに)、
とかく手助けをしたり、庇ったりするのが非常にフィクションとしか思えない。

古き良きアメリカだから? それにしては作者の思惑通りに展開するからリアリティーがない。
しかも何かページを繰らせるような出来事があるわけでもなく、
仕事のできなさそうな探偵が、仕事でもないことに首を突っ込んで生活している描写しかない。
この人、生活費は大丈夫なんだろうかと心配してしまう。

どうもこれは、イメージで小説を読みたがる人に向いてるんじゃないだろうか。

例えばバーで紫煙をくゆらせ、おもむろにグラスを傾け、無言のままカクテルやウイスキーを味わい、
「ちょっとキザなちょいワル俺様」が好きそうな読者に。
まさに村上春樹が好みそうな小説には違いないだろう。

ナルシシズムな小説構築はいいから、もう少し読者の方を向いて、
1000円近く出しても惜しくないと思わせるような冒頭にして欲しいと思う。

もし過去の名声がなければ、今の時代ではとうてい通用しない作品に思えた。

長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))より
4150704511
No.18
(3pt)

そこまで支持される理由がわかりません

外国小説の邦訳になると、必ず、訳がどうのと言い出す人がいますが、自分が見比べた感じでは、その点は、まったく問題を感じませんでした。むしろ、やはり清水訳はやや古くなってしまっていて、語や文構造も堅い感じがするので、村上春樹訳でかなり読みやすくなったと感じました(自分は村上春樹の小説は好きではありません)。
 肝心の中身ですが、自分にとっては、こちらの方が問題でした。この小説は読み方がとても難しいと思います。文章は明瞭で非常に読みやすく、登場人物も人間としてきちんと生きていると思うのですが、肝心の事件が短編の寄せ集めで、それを無理やり一つにつなげたようなものになってしまっています(いやまさにそのようにして作られたようですが)。したがって、チャンドラーの他の作品にも言えることですが、話の筋が無理やり一つに収束されていくような印象を受けます。
 また、探偵物のミステリー小説としては、マーロウがあまりにも探偵らしくないです。腕利きであるわけでも、腕に覚えがあるわけでもなく、特殊な能力や経歴をもっているわけでもなく、個性といえば、シニカルな批判をだれかれ構わずいってしまうことくらい。。。「タフ」な人物として描こうとしているようですが、あまりそうは見えません。
 また、この作品に関していえば、テリー・レノックスの行動が謎過ぎます。彼のあらゆる行動の動機が最後までいまひとつ分かりませんでした。
この作品では、テリーが憎めない魅力のある人物として描かれているようですが、文章からはその魅力が何なのか、私にはまったくわかりませんでした。

ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.17
(3pt)

元祖ロング・グッドバイである。

元祖である。ロング・グッドバイである。現在巷で溢れている赤と黄色の、拳銃の表紙の、アレである。アレの元祖である。僕は10年ほども前に、本書を読んでいるのだが、正直全く内容を忘れてしまっていた。今回、例の赤/黄/拳銃本を読んだ後、本書を再読したのであった。ムラカミ版のあとがきにおいて、本書の訳については、若干「細部を端折って」いるとのことであったが、それほど気になるモノではなかった。ムラカミ版との比較を厳密にするほどの野暮はしておらず、原書との突き合せは一部やったのであるが、確かに比喩や挿入文の一部は訳出されていないトコロもあるにはあった。しかし、同時に「アレ?ここ端折ってる?」と当たってみると意外にちゃんと言葉を拾っていたりして、「しっかりやってるじゃん!」てなことも少なからずあった。要するに、訳の端折りは、読むに当たってはほとんど問題にならぬということ。また、やはりムラカミ版が出た「キャッチャー・イン・ザ・ライ」や「グレート・ギャツビー」で強く感じた、訳文の同時代感の喪失というか、要するに「元祖・野崎孝版」の訳文に感じられた古色蒼然たる賞味期限切れ感はなく、「まだまだ、このままでもイケるジじゃん」てな感じであった。映画の字幕も書いていた訳者によるあとがきも洒脱で良く、1976年という文庫版の発行時期の「時代の空気」がそこはかとなく感じ取れて楽しい。1988年に亡くなった訳者は、今回のPlay Back「ロング・グッドバイ」をあの世から、どのように見ているのだろうか?
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.16
(2pt)

スーパーマン

以前からチャンドラーやマーロウの噂は聞いていましたが、読んだのはやっと最近です。村上版を読む前の予習として、ハヤカワ文庫版を読みました。ハードボイルドの代表的作品と聞いていましたが、中々の読み応えで面白かったです。たっぷりと楽しめた本です。誉める人は大勢いるようですからそこはお任せして、自分なりに感じたコトを書くと、男の子が描く夢を見せられるような本ですね。周囲と馴染む方法も知らず、自分を正当化しヒーロー視するような人が、喜んで浸る本だと思いました。家族に囲まれ、でも軽んじられ、お腹が突き出て、小さい家で生活しているお父さんが、孤独を愛するヒーローに成りきり、現実逃避するためにトイレで読んでいそうな本と書けば分かりやすいかな。お小遣いを貯めてパイプを買ってしまうような(それを使う場所もなくてね)、あるいはデスクの引き出しにウィスキーを隠していそうな、あるいは夜なのにサングラスを外さないのがダンディだと信じている人にとっては、バイブルのような一冊なのでしょう。時代を超越して、と書けば格好いいけれど、夢ばかり見て現実に向き合えない、と書けばなるほどと思ってしまう、寝癖とヨレヨレの服が似合うアナクロな男達のオアシスのような本だと思いました。読み終わると、現実って厳しいと思ってしまう本ですね、大人の童話かな。
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ 260 世界探偵小説全集)より
4150002606
No.15
(3pt)

台詞の切れ味の悪さ

十年ほど前に清水俊二訳で読み、感動し、それから原書を手に入れ、それを繰り返し読んできた。そして今回、村上春樹が訳したということで読んでみた。あとがきはとても楽しめた。とても気持ちが伝わる。しかし肝心の翻訳は、少々がっかりしてしまった。地の文はともかく、台詞に原文の切れ味が感じられない。そして台詞はこの作品の中で、極めて重要な役割を担っている。この村上訳に対する何人かのレビュワーの言う通り、台詞は清水俊二訳の方が優っていると思う。村上春樹の作品に対する思い入れはとてもよくわかるが、残念ながら彼の文体は(Raymond Carverの文体とは対照的に)Raymond Chandlerの文体とはあまり合わないような気がする。
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.14
(3pt)

村上作品を理解する助けになった。

初めてレイモンド・チャンドラーを読んだ。ハード・ボイルドの私立探偵物としては、筋立て謎かけに妙味なく単調で読むのがシンドイ。チャンドラー好きの人は、恐らく主人公マーロウの魅力にゾッコンなのだろう。アメリカ人の憧れの男性像の一つかもしれない。一匹オオカミで、自分の価値観で行動し、どんなことがあっても自分のスタイルを守る。徹底的な反権力で服従を嫌う。人生に充足しているというよりは、喪失感からかげりが漂う。村上作品の『羊をめぐる冒険』、『ダンス・ダンス・ダンス』の情景が次々にマーロウに重なっていく。チャンドラーなくして村上作品の主人公は存在しないのかもしれない。ただ、マーロウの「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」、「さよならをいうのは、少し死ぬことだ」といった決めゼリフは、ジェネレーションが若すぎてシビレルことができない。時代は、ハンフリー・ボガードが格好良かったあたりだろうか?
ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection) Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイ (Raymond Chandler Collection)より
4152090103
No.13
(3pt)

台詞の切れ味の悪さ

十年ほど前に清水俊二訳で読み、感動し、それから原書を手に入れ、それを繰り返し読んできた。そして今回、村上春樹が訳したということで読んでみた。あとがきはとても楽しめた。とても気持ちが伝わる。しかし肝心の翻訳は、少々がっかりしてしまった。地の文はともかく、台詞に原文の切れ味が感じられない。そして台詞はこの作品の中で、極めて重要な役割を担っている。この村上訳に対する何人かのレビュワーの言う通り、台詞は清水俊二訳の方が優っていると思う。
村上春樹の作品に対する思い入れはとてもよくわかるが、残念ながら彼の文体は(Raymond Carverの文体とは対照的に)Raymond Chandlerの文体とは合わないような気がする。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.12
(3pt)

1950年代の北米西海岸ロス・アンジェルスが舞台

巻末に村上春樹さんの訳者あとがき「準古典小説としての『ロング・グッドバイ』」が延々45ページにわたって掲載されています。フィッジェラルドのグレート・ギャツビーとレイモンド・チャンドラーのロング・グッドバイの作家間、作品間の対照などです。訳者のこれらの作品に対する愛着と思い入れがよく分かります。
ストーリーは殺人事件に思いがけなく関わりを持った私立探偵フィリップ・マロウを語り手として、実質的な主人公テリー・レノックスの物語です。
金持ちたちの、非生産的でものうげ、そしてアルコールに毒され退廃的な男女の関係、戦争を引きずりまたトラウマを抱えた日々が描かれています。訳者が述べてるようにグレート・ギャツビーとの共通点を感じますが、この手の小説は好きになれません。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.11
(2pt)

清水訳をお勧めします

 旧・清水訳は省略も多く、語学的な問題も少なくない。では、新・村上訳を買うかと言えば、答えは否である。「グレート・ギャツビー」の翻訳はこれまでのものに比べて村上訳が圧倒的に優れていたが(なにせ、初めて最後まで読み通すことが出来たというだけでも価値がある)、チャンドラーのこの傑作に関して言えば、清水訳を読むことをお勧めしたい。
 村上氏は、翻訳には賞味期限があると主張しているが、現代風の表現を用いればそれで作品そのものが新しく生まれ変わるかと言えば、そう単純な話ではない。歳月を経て味に深みが出たり、透明度が増したりする酒のように、優れた翻訳もまた同じ言葉によって成り立っている以上、時によって成長しうるのである。村上氏の訳は正確で省略はないかも知れないが、味わうにはコクも薫りも足りなさすぎる。要は、成熟度が不足しているのである。
 清水訳を読んだら、かつての友人(あるいは恋人)を思ってコーヒーを入れ、そのかたわらに火をつけた煙草を置きたくなるだろう。
 もちろん、作品それ自体は文句なしの傑作である。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.10
(3pt)

マーロウは誰が訳してもいいのだ

10代からのマーロウファン。ギムレットにあこがれて、酒を覚えました。
マーロウの男らしさやストーリーのすばらしさは、従来の清水訳と比べても、ひけをとらないと思います。
もちろん細かいところの描写は違いますが、どちらがよいかは好みの問題でしょう。
村上さん訳だから、マーロウが知られる。なんだか私から見ると本末転倒な気もしますが、これも時代の流れなんでしょうね。
村上春樹も大好き。マーロウも大好き。な私にとってはうれしい一作です。
でも、わざわざ村上訳っって騒ぐほどもないかな。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.9
(1pt)

英文読解力に問題あり

一寸読み出しても誤訳や悪訳の多さには驚いた。小説家が翻訳家の真似事をして見事に失敗し
ている。
当時のスラングも知らず又ひとつの単語の語彙の広さや本来のイメージを知らず変な日本語に
訳している。
(1)and she had a distant smile on her lips and、、、を「実のない微笑みを唇に浮かべ」
はdistant 物理的にも心理的にも距離感を表わす単語なので「よそよそしい笑み」とか
「そっけない笑み」で大体「実のない微笑み」という日本語は一寸おかしな言葉だと思う。
(2)He strolled off traiing clouds of incence,not even、、、を「彼は香料混じりの雲を
あとにひらりとたなびかせながら、悠々と歩を運んだ。」と訳している。cloudsに煙という
意味があるのを知らないのか分り難い日本語になっている。タバコをふかす人物を「彼は匂い
のする煙をなびかせながらぶらついていた。」と描写する方が解り易いはずだ。
(3)I heard the dame call him Terry. Otherwise I don't know him from a caw's
caboose. But I only、、、を「女はテリーと呼んでたけど、それ以上のことは牛のけつほど
も知らんね、、、」と「牛のけつほど」と本人も意味の分らない訳をしている。cow's
caboose は当時のスラングで女(牝牛)の尻とかけつという意味がある。「あの女が彼をテリー
って呼んでたのは聞いたがね。そのほか彼のことは女の尻からは何にも分らないね、、、」と
訳すのが良いはずだ。
清水俊二のほうが英文解釈能力が数段と上にいると思った。これでは他の翻訳物に懸念が生じてしまう。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.8
(3pt)

これがノーベル賞クラスの翻訳?

 いまどき、チャンドラーもないだろうって感じで最後まで読んでしまったけど、これでも、面白いっていうのかなあ。村上は、16、7歳くらいのときにはじめて読んで、以後、原書と清水訳を交互に読んできたらしい。翻訳は、25年くらいで新しく訳されるほうがいい、と村上は言っているが、ついに自分でやってしまった。 お世辞にもいいとはいえない安っぽい装丁に、村上は一言、「ありがたい」とは言っているが、内心、「なんでこんなんやねん!」と思っているのは見え見え。 これを読んだ直後、向田邦子の「男どき女どき」を読んだ。余りの現実感とギャップに戸惑い、不思議な感じになるよ。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.7
(3pt)

思い入れが強すぎる

あとがきからも伝わってくるように、非常に訳者の思い入れの強い作品である。
しかし、得てして思うのだが、訳書の場合、作品の思い入れが強すぎるほどに文体から訳者の顔がのぞいてきて、読んでいてうっとうしくなるものである。評論家の豊崎氏が「村上氏の訳したものは全部村上氏のトーンになっていて、つまらない」と語っていたが、これは当てこすりでもなんでもなく、一抹の真実なのだと思う。
90ページにも渡る大部なあとがきにおいて、村上氏はフィリップマーロウを純粋仮説の存在として定義している。つまり、生身の人間が抱える自意識のくびきを超え、あらゆる二律背反・逆説を同時に体現することの出来る仮説的な存在(実際にはありえない存在)であると。しかし、そのような仮説された自我を呈示される必要のないほどに、我々生身の人間が小説以上にアンチノミーかつ混沌とした存在であるのは新聞の三面記事を読むまでもなく自明である。生身の人間にはもちろんマーロウのような一貫性はないが、それは一貫性自体が小説(しかもハードボイルドという領野における)という結構の上で初めて可能なものだから仕方がない。
いずれにせよ、訳者の思い入れの強さが翻って小説へのアプローチを迂遠なものにするという逆説がこの訳書では体現されている、と個人的には思われる。
作品自体は過分もなく優れたものであり、そのストイックさと親密さの同居はやはりこの領域におけるマイルストーンだと思う。次は原書で読むとよいだろう。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.6
(1pt)

翻訳が下手!!

村上春樹は自作の日本語はうまいのに、翻訳となると、サリンジャーの場合もそうだったけど、どうしてこんなに日本語が下手になるのか? 彼の下手訳によって昔の上手訳が悪貨が良貨を駆逐するみたく、なくなってゆくとすれば、日本語英米文学にとって、これほどの弊害はない。一般に日本語翻訳の質は上がってきているだけに、ここに唯一の例外のように、のさばる亡霊がいるのは慨嘆すべきことである。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.5
(3pt)

名作への息吹

チャンドラーの名作である本書が当代随一の作家・村上春樹によってあらたに世に出ることになった。「長いお別れ」(清水俊一訳)は台詞の素晴らしさとテンポのよい訳で広く人口に膾炙した本であったが原書を大幅に削除した点や古さを感じさせてしまう訳語などの点で些か本棚に埋もれてしまう感は否めなかった。村上訳による「ロンググッドバイ」はこのような問題点をクリアにし新たな古典としての存在として位置づけられる様に思う。村上本人もそのような意図で翻訳作業に及んだようである。名作との格闘という点においては大変評価したいし、違う角度からこのチャンドラーの名作を読書できるは読者冥利に尽きる。しかし、清水訳ではじめて接した時のマーロウの輝きは正直みられなかったように思う。マーロウが村上春樹の小説の主人公の二重写し(カーボンコピー)に見えてしまい、本来のマーロウ像がかすれてしまっているのが残念である。やはり翻訳のリズム、台詞の切れ味などでは字幕屋出身の清水の足下には到底及ばないのだろう。そこでお奨めしたいのが清水訳と村上訳を両方読んでみるという作業である。前者は文庫なので鞄やポケットに入れ暇なときに読んでみると良い。後者はかさばる重さなので週末当たりjazzを聴きながらゆっくりと読んでみるといいかもしれない。いずれにしても選択肢が増えたのは喜ばしい。名作の資料価値という点からもこの本を評価したいと思う。その息吹がよもや文学的になりすぎたとしても。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.4
(3pt)

面白いのですが・・・

ストーリー・翻訳ともすごくよく出来ているし、今読んでも面白いと思うのですが、
どうしてもマーロウには共感できないのです。
それは、言いすぎでは?とか、
それはいくらなんでも冷たいんちゃう?とか思ってしまうんです。
オレがタフじゃないからなのか?
あるいは、そうかもしれない・・・・。
なので★3つです。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.3
(3pt)

さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ

グレート・ギャツビーとこのロング・グッドバイを村上春樹訳で読んでみて思ったのは、やはりかなりの影響をこの二冊から受けて村上春樹という作家が出来上がったんだなということ。スピード感やハードボイルド臭さは清水俊二訳のほうがあるけれど、新訳は読みやすく、素直に物語に入って行ける。初めて読むならこっちがオススメです。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.2
(3pt)

元祖ロング・グッドバイである。

元祖である。ロング・グッドバイである。
現在巷で溢れている赤と黄色の、拳銃の表紙の、アレである。
アレの元祖である。
僕は10年ほども前に、本書を読んでいるのだが、正直全く内容を忘れてしまっていた。
今回、例の赤/黄/拳銃本を読んだ後、本書を再読したのであった。
ムラカミ版のあとがきにおいて、本書の訳については、若干「細部を端折って」いるとのことであったが、それほど気になるモノではなかった。
ムラカミ版との比較を厳密にするほどの野暮はしておらず、原書との突き合せは一部やったのであるが、確かに比喩や挿入文の一部は訳出されていないトコロもあるにはあった。しかし、同時に「アレ?ここ端折ってる?」と当たってみると意外にちゃんと言葉を拾っていたりして、「しっかりやってるじゃん!」てなことも少なからずあった。
要するに、訳の端折りは、読むに当たってはほとんど問題にならぬということ。
また、やはりムラカミ版が出た「キャッチャー・イン・ザ・ライ」や「グレート・ギャツビー」で強く感じた、訳文の同時代感の喪失というか、要するに「元祖・野崎孝版」の訳文に感じられた古色蒼然たる賞味期限切れ感はなく、「まだまだ、このままでもイケるジじゃん」てな感じであった。
映画の字幕も書いていた訳者によるあとがきも洒脱で良く、1976年という文庫版の発行時期の「時代の空気」がそこはかとなく感じ取れて楽しい。
1988年に亡くなった訳者は、今回のPlay Back「ロング・グッドバイ」をあの世から、どのように見ているのだろうか?
長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1)) Amazon書評・レビュー: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))より
4150704511