長いお別れ

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長いお別れの評価:

4.36/5点 レビュー 290件。 A ランク

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平均点4.36pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全446件 381〜400 20/23ページ
No.66
(5pt)

かなり甘めな翻訳

あの『長いお別れ』の新訳。この小説には思い入れがある。高校1年のときに初めて読んでから、何回読んだろう。高校、大学とハードボイルド小説に凝ったきっかけになった本だ。
それに、初めてペーパーバックを買って、英語の本を読んだのもこれ。高校のときの夏休み1カ月かけて読んだ。
さすがに村上春樹で、以前の清水俊二の訳よりも文章もうまく、なめらかだ。ただ、全体の印象はかなり、甘めになったなぁって感じ。マーロウはセンチメンタリストで、特にこの小説は、テリー・レノックスとの関係は、もともとハードボイルド小説のなかでも甘い感じがしてたんだけど、より一層強く感じる。
チャンドラーはそこが魅力ではあるんだけど、違和感があるなぁ。
でも、チャンドラーは面白いな。もう一度、全部読み返そうかな。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.65
(5pt)

最高のエンターテイメント!

レイモンド・チャンドラーの有名な「長いお別れ」を(今や世界的な名声を誇る)村上春樹が翻訳するという最高の作品で、ストーリーやセリフから寄り道の部分を含めて最高のエンターテイメント作品と言える。
探偵フィリップ・マーロウが厄介なクライアントであるテリー・レノックスを助けたことからその事件に引き込まれていくのだが、ほのめかしはあるものの最後の最後まで真相はわからず、最後にその全てを把握できた時には感動すらありました。
それから、この作品の素晴らしいところはどの部分を読んでも全ての部分が面白いということが言えます。
ちなみに、有名な「ギムレット」についてのセリフはフィリップ・マーロウが言ったのではない。それは作品を読めば最高の場面で登場することがわかる。
村上春樹はフィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」も素晴らしい翻訳をしていて、しかもチャンドラーもフィッツジェラルドをリスペクトし作中でも「最高の酒飲み作家」だと評している。あとがきでも村上春樹は二人の接点や類似点を挙げている。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.64
(4pt)

主人公の好みが左右する

洋書であるロング・グッドバイをここまで違和感を感じずに読むことができたことを感謝するとともに秀逸な翻訳本として評価したいです。
内容はハードボイルドな私立探偵を営む主人公フィリップ・マーロウが不可解な自殺の謎に迫ります。彼が行動で示唆する男気溢れる信念は齢30にして心の奥底に眠る男心を否応無しに擽ってきます。
春樹氏による「あとがき」でチャンドラー自身、「彼(フィリップ・マーロウ)は実在し得ない」と語られていますが、これがフィリップ・マーロウを言わずもがな語っているかと。本書の好みは主人公への思い入れが特に大きく左右しそうです。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.63
(4pt)

読んでいるとムラカミさんオリジナルの文章みたいな気が

読んでいるとなんかこう、ムラカミさんオリジナルの文章みたいな気がしてくる。とくに持って回ったような比喩なんかは・・・。
ムラカミさん自身も書いてるけど、彼の文章はチャンドラーの文体の影響を受けているワケで、そのチャンドラーをムラカミさんが訳すんだから、そりゃムラカミさんの文章っぽくなるわな。
また、「グレート・ギャツビー」みたいな雰囲気も感じるんだよね。
で、「あとがき」には、「『ロング・グッドバイ』という作品は、ひょっとしてスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を下敷きにしているのではあるまいか」という説が披露されている。
ナルホドそれじゃ、雰囲気が重なるはずだ。ムラカミの文章なのか、フィッツジェラルドを翻訳した文章なのか、チャンドラーのそれなのか?エライ重層的ですな。
元祖「長いお別れ」が同じ早川書房(ハヤカワ文庫)から1976年に清水俊二訳で出ているが、こちらの方は、ムラカミ「あとがき」によると「細部を端折って」訳されている由。
僕は10年ほど前に読んでいるのだが、中身については忘れてしまっている。改めて本書と読み比べてみようと思っている。
ハードボイルドの「古典」。ヘミングウェイやムラカミの文体(似てるかな?)が好きな人にはオススメして良い1冊。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.62
(5pt)

村上春樹の文才を認める。

村上作品は3冊ほど完読し自分の性に合わない事が分かっているから、たとえ女性ファンが多く何かにつけアドバンテージを得ると知りつつも無視を続けてきた。私はミステリファンではなく、ハードボイルドの支持者である。ハードボイルドとは自己規範を貫徹することの美学を描いた作品のこと。簡単に言って西洋人であれ日本人であれ、武士道に則っているかどうかが、ハードボイルド作品であるかどうかの私の基準である。
村上氏は相対主義的価値観を超えていない思想にある。その思想はモダニズムと言っても良い。ゆえに超現実的描写を良しとする。三島由紀夫がモダニズムを仏教的相対主義にアレンジして作品にした手法と同じである。
しかしながら、ハードボイルドの世界にはシュールな世界は存在しない。なぜなら、自己規範を貫くという事は、絶対性を表現することだからである。このことを村上氏はどうお考えなのか。絶対性に憧憬、あるいは希求、飢餓感でも持ちながらオリジナル作品において絶対性を表現せず、あるいは出来ずと言うのは。
旧訳の「ぼく」を「私」に変えるだけでもずいぶんとマーロウらしくなる。翻訳の仕事はお見事でした、村上さん。
余談ですが、チャンドラーもパーカーも武士道を知っているはず。民族文化に関係なくハードボイルドとは武士道哲学で極められた事は、論理的な帰結として証明できる。西洋の作家は武士道に勇気を得てハードボイルド作品を創作したに違いない(笑)。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.61
(4pt)

村上春樹の小説の「タフさ」と「寂しさ」、ライフスタイルの源泉

 村上春樹の小説やライフスタイルが好きで、愛読しております。今回、レイモンド
チャンドラーの作品を翻訳したと知って、早速購入しました。途中から、「これは村
上春樹の小説では?」と思ったほど、村上氏が影響を受けた本だと感じました。
 村上小説に出てくる「僕」のタフな発言やコーヒーやカクテルのこだわりなどのラ
イフスタイルも、チャンドラーから受け継いだような気がしました。また、村上小説
の「鼠」のような影と寂しさを持ったキャラクターは、ロンググッドバイのテリー・
レノックスを思い出されます。
 訳者あとがきが最後についています。
一部、引用します。
チャンドラーは、
「作家を職業とするものにとって重要なのは、少なくとも一日四時間くらいは、書く
ことのほかには何もしないという時間を設定することです。別に書かなくてもいいの
です。もし書く気が起きなかったら、むりに書こうとする必要はありません。ただ何
かを読むとか、手紙を書くとか、雑誌を開くとか、小切手にサインするといたような
意図的なことをしてはなりません。(中略)ルールはふたつだけ、とても単純です。
(a)むりに書く必要はない。
(b)ほかのことをしてはいけない。」
 上記のチャンドラーの言葉に対して、村上氏も「彼のいわんとすることは僕にもよ
く理解できる。(中略)たとえ実際には一字も書かなかったとしても、書くという行
為にしっかりとみぞおちで結びついている必要があるのだ。それは職業人としての徳
義に深くかかわる問題なのだ。おそらく。」と答えています。
 確か村上氏の他の著作でも同じようなことが書かれていました。それは、作家とい
う職業に対する心構えのようなものであり、仕事の根幹、好きを仕事にする代償のよ
うな気がしました。
 私も自分の進む道がこれだと決めたのであれば、とりあえずその道を極めるための
「時間」を確保して、それに集中する努力を「継続」することが大切だと感じました。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.60
(5pt)

評価は難しいです

村上チャンドラーの本書。これまで、清水訳「長いお別れ」を3回程読み直している自分としては、村上訳でどのように生まれ変わるのか、期待十分で本書に望んだ。でも読了後の感想は、比較は難しい、というものである。清水訳は誤訳や省略が多い、との噂が多々あったが、村上訳との明確な違いを感じることが出来なかった。それより村上訳のほうが、淡白な読み心地であった。これが正直な感想です。しかしながら本書はまさに「男の教科書」である為、読んだ年齢や重ねた年月で読了の感じ方が違うのは当たり前である。それは清水訳/村上訳の違いではなく、読み手である自分の居る立ち位置の違いなのである。
まさに、男は男に生まれたからで無く、男になるのです。永遠の私の道しるべである本書。
ただ読み方の選択肢が増えたということを素直に喜びたい。清水訳/村上訳とも、読み続けていくのであろう。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.59
(5pt)

血の通ったマーロウに会える

私の知っているマーロウはこんなくだけた男ではなかった気がする。初読は十代で読んだ記憶は曖昧だが、なんだか小説に温度があるというか、人間臭さがあるというか、読んでいくうちにタイトルの「ロング・グッドバイ」もしくは「長いお別れ」が胸に沁みてくるようだった。なによりマーロウとそれぞれの会話が新鮮だった。私は、テリーよりもリンダとの会話が好みだった。
マーロウが深入りしなければ真相はわからなかったし、なぜ踏み込んではいけないのかの謎も読者側に提示しつつ、クエスチョンマークがついた部分を最終的に答えてくれる。読み深めていくうちにマーロウの悲しみが伝わってくるそんな村上版の訳だったと思う。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.58
(5pt)

読後100%ギムレットが飲みたくなります

大学生の時にハヤカワ文庫の「長いお別れ」を読んだ後にもギムレットを飲みたくなりましたが、
この「ロング・グッバイ」を読んでもやっぱりギムレットが飲みたくなりました。当たり前ですが。
で、実際にギムレットを飲むと、すこしだけ大人になったような気がするのです。
そういう本です。
ついでに書くと、文章もプロットも完璧。村上訳も悪くない。
時間がある人は読んで損はないです。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.57
(4pt)

お勧め

恥ずかしながらこの本でチャンドラーを知った人間です。
この本を知らなかったのが「(本好きとして)恥ずかしい」と思える一作です。
まだよんだことのない人はこれが機会、読んでおきましょう。
読んだことがある人も、思い出すのを含めて悪くありません。あとがきの春樹解説読むと、春樹小説の理解がいっそう深まるかもしれません。
今私は清水さん訳の「高い窓」を読んでおります。全部読み終わるまでは当分マーロウ漬けの日々を送りそうです。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.56
(4pt)

あとがきは後から読みましょう

ギャツビーの時もそうだったが、はじめの数十ページは文章の重厚さと直訳具合に違和感を覚えたがだんだん慣れていった。「ロールズ・ロイス」でまず洗礼を受け、「ぐさりと刺さって背中から十センチは突き出そうな視線」など過激な比喩の数々は村上ワールドのデジャヴュのようだ。10代の頃、当の村上が薦めるがままに清水訳を読み、原書も手にして、あらすじは概ね頭に入っていたつもりだったが、村上訳ではマーロウの印象はちょっと変わり、村上が「仮説的」というのも納得がいくようなエキセントリックなほどに挑発的に感じた。「ハードボイルドワンダーランド」の「私」が、僕にとってのマーロウに置き換わっていたからかもしれない。また作品の長さも「こんなに長かったっけー」という印象。村上の言う「寄り道エピソード」がまた長い長い。確かに「思い切って削りましょう」と言いたくなりそうだ。でも一番驚いたのはエンディング。村上訳になっているからなんだろうけど、「まんま『羊をめぐる冒険』じゃん!」 当時両方読んでたのに、ぜんぜんそんなふうには思わなかった。それにしても締めの文句はクールだねぇ。絶品です。
(その後、清水訳を読み直した。ひっかかりなくすらすら読めるし、マーロウが良い人のように見えてしまう。村上はあえて直訳調にしごつごつとしたひっかかりを加えることで、小説のテンポを抑えようとしている。たぶんそれは小説家としての村上がチャンドラーから読み取ったものなのだろう。その抑えたテンポが最後に効いてくる。ラストのしみじみした味わいは、清水訳からはでてこない)
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.55
(5pt)

古典的作品だからこそ読んで欲しい

 ロング・グッドバイは、フィリップ・マーロウという探偵が主人公のハードボイルド小説です。村上春樹さん翻訳にさきだって、清水俊二さんという方の名翻訳版が長年あり(そちらでのタイトルは「長いお別れ」)、長い年月の間に110万部も売れている有名な一冊です。とはいえ、イメージ先行で読んだ事がないという方も若い年代の方には多いと思いますので、あえて改めて紹介します。
 ストーリーは、マーロウという探偵が、とある夜の酒場でテリーレノックスという青年と出会うとろから始まります。泥酔した彼を家まで運ぶマーロウ。なぜそんなところまで面倒をみたのかわからない彼ですが、数ヶ月後、マーロウのもとに再び現れた彼は、国境の外へ逃げだす車の運転を彼に依頼します。時をおいてマーロウには、別口の依頼でアル中になっている有名作家のボディガード(といっても誰かに狙われるのではなく自殺しようとする作家自身から)の依頼があります。
 二つの事件は思いがけないところで絡み合って、予想しない結果へと繋がっていきます。
 さて。ストーリーの方はそこまでとして、この小説、シーンシーンや台詞、行動が極めてかっこ良く、ダンディズムに溢れています。とにかく、気障であったり、洒落すぎているのですが、それが鼻につかず板についている感じで魅力的です。有名な、「男はタフでなければ生きていけない 優しくなければ生きている資格がない」という台詞も、このマーロウの台詞です。
 また、この小説が長く語り継がれている理由の一つには、ストーリーや、台詞まわしもさることながら、描写や比喩の多さ巧みさがあげられます。ある意味、古典文学作品の域にまで高まっている作品です。いい悪いではなくて、向いている向いていないでいうと、そういう高め方の難しいミステリ小説でここまで完成された小説も珍しく、間違いなく傑作だと思います。
 村上春樹さん訳のこの「ロング・グッドバイ」も、清水俊二さん訳の「長いお別れ」もどちらもいい作品ですので、訳の読み比べをする楽しみもあります。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.54
(4pt)

作家として…

翻訳家・村上春樹氏には頭が下がる。
同時代にいてくれて「ありがとう」という思いが強い。
チャンドラーやフィッツジェラルド、サリンジャー、カポーティもそうだけど、
レイモンド・カーヴァーやポール・セロー、
ティム・オブライエン、ジョン・アービングなどの
これまで知らずにいた優れた作家を紹介してくれた。
思い入れのある丁寧で素晴らしい仕事をしているし、
それについては文句のつけようがない。
しかし、氏は創作が本業であるはず。
翻訳なんかしていていいの?そんな時間あるの?
という気がしないでもない。
比較すべきではないかもしれないが、
どうしても“翻訳作品>村上作品”ということになってしまうからだ。
翻訳作品は歴史に燦然と輝く名作ばかりではあるけれど…
どこかで、
「翻訳はオードブルをつくるようで楽しい。
冷蔵庫のありものをテキパキと調理するようなもの。
メインディッシュ(創作)はそうはいかない…」
というような事を述べていた。(あやふやですが)
村上ファンとしては「メインディッシュ頑張らんかいっ!」と言いたい。
頑張っても出来ないのかも知れないけれど…
素晴らしい翻訳が出る度に
氏の作家としての炎が小さくなっていくようで、
少々寂しい気分になる。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.53
(4pt)

さよならを言うのは・・

このところ通勤電車の中でしか本を読めなかった者にとってあのぶ厚さは殺人級で、
発売直後に買ったは良いものの、ずっと本棚に放置していました。
やっと本日読了です。
フランクフルト空港といえば「ノルウエイの森」を思い出しますが、
フランクフルトから成田に戻る機内で読み始めたら止まらなくなって、
トイレにも行かず一気に読んでしまいました。
正直、チャンドラーは初読でして、原文も清水訳も読んでいません。
だから村上訳の巧拙はサッパリなのですが、とにかくチャンドラーの文章力に
衝撃を受けました。明らかにミステリの範疇を超越しているというか・・、
昔フィリップ・k・ディックの「ヴァリス」を読んだときのような、強烈に個性的な
世界観への吸引力を感じます。面白い。
ただし、幾つか難点もあるかと思います。
物語の内容に関して言えば、本来終わりにするべき地点は
もう少し早かったほうが良いのでは?なんて思いました。
あるいは、51章の後に49、50章を入れる構成のほうがカッコ良かったかも、なんて。
村上訳について言えば、概ね素晴しいと思いますが、「新訳を問う」という割には
少しばかり古めかしさが残りすぎている気もします。
まあそんなに気にはならない程度ですけど。
そもそも新訳が必要かどうかはケースバイケースですよね。
ヘミングウエイなら大久保康雄訳のままが良いと思うし、
カラマーゾフなんかだと光文社が出した新訳があることで、
旧訳をギブアップした人には助かるし。
最後の難点は、装丁が比較的ダサいことでしょうか・・。
物語としては☆5つですが、そんなわけで☆4つにしておきました。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.52
(5pt)

他の作品もぜひ村上訳で読みたい!

まだこの小説の翻訳を読んでいない方はもちろん、従来の訳ですでに読んだという方にも強くお奨めします。理由はあとがきで村上氏が書いているのですが、従来の翻訳「長いお別れ」ではかなり多くの文章の細部が意図的に省かれている、とのことで、いままで数回この小説を読んだことがありますが、「あれ、こんな場面あったっけ」と、新鮮な驚きがありました。
かなり分厚い本ですが、村上氏の語り口のうまさでぐいぐいと一気に読み進んでしまいます。
こうなると他のチャンドラーの作品もぜひ村上訳で読みたいところです。
また、この小説を読むと村上氏の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」や「ダンス・ダンス・ダンス」がこの小説から強い影響を受けていることがわかります。村上氏のファンの方は必読です。
特に「ダンス・ダンス・ダンス」での刑事との会話の場面などは「ロング・グッドバイ」そのままです。
唯一の難点は最後に明かされるプロットが現代からみればあまりに古臭すぎる、ということでしょうか。
また、フィリップ・マーロウが最後に「徳義」というあまり聞き慣れない言葉を語る(ちなみにこの徳義という言葉はあとがきと帯にも使われています)のですが村上氏がなぜあえてこの「徳義」という古臭い言葉を選んだのか、がこの訳の最大の謎です。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.51
(5pt)

サスペンスを題材とした純文学

 岐阜の多治見駅前の本屋で17時頃に購入し 多治見ー名古屋ー東京ー国立と読み続け 家に帰ってもそのまま読み続けて 23時に読み終えた。普通なら車中では眠ることにしているのだが 眠る機会を逸した。
 まず 原作が面白い。本作はうかつにも初めて読んだ。抜群に面白い。チャンドラーの本は 数冊を20年前に読んだ程度だった。20年前の僕は尻が青かったということが良く分かった。
 洒落た会話や描写が有名なのが チャンドラーだ。それは分かっていたが チャンドラーがそもそも持っていた 乾いた叙情性を 今回初めて感じた。これは 高村薫にも感じるものがある。高村がチャンドラーを好きだという話が出てもおかしくないと思う。両者は似ている。サスペンスという題材を選んだ純文学者という点で。
 次に 当然の事だが 村上春樹とチャンドラーの関係である。
 本書を読んでいて いくども 村上の本を思い出した。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」や「ダンスダンスダンス」に出てきた 尋問の場面などは もうそっくりである。村上は以前から チャンドラーから受けた影響について 語ってきたわけだが 今回 村上が本書を訳した事で そのことがはっきりと見えた。
 その意味では 村上にとっても いささか「ネタを明かす」というようなリスクはあったのではないかとも思う。しかし それを超えた部分で 村上がチャンドラーをいかに敬愛し 尊敬しているのかという事だと思う。 実際 本書を読んだ事で チャンドラーを読むきっかけになる人は きっと 凄く多いと思う。それは 極東の島で 村上という作家にして訳者を得た チャンドラーの幸せなのだ。
 読み終える事が本当に惜しかった。そう思える本も そうざらにはない。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.50
(5pt)

マーロウという探偵の魅力

僕は何故、こんなにもマーロウに惹かれるのだろう。
偏屈で、強情で、己を通すことに周りをかえりみない。
そんな人間に、何故惹かれるのだろう?。
マーロウは強い。肉体のみならず、何よりも意志が強い。
マーロウは弱い。財産は全く無く、誰の後ろ盾も持っていない。
マーロウは自由である。
マーロウは束縛されている。己の稼業(しょうばい)に、束縛されている。
マーロウはスーパーヒーローではない。やれる仕事は高が知れているし、
家賃を払うためには、気の進まない仕事もやらざるを得ない。
とても不完全な男。フィリップ・マーロウ。
だがそれ故に、鈍く光る刃物のような魅力を放ち、人を惹きつけるのだと思います。
マーロウの中にある、堅く揺るがない精神。
その強さは生きて行くために必要なだけだと割り切り、
それでいてなお、優しくなければ生きている資格がないと言い切る、男。
故に、ハードボイルドである。
そして僕は、生き方に迷ったとき、マーロウを思い出す。
マーロウという強い男の、強さを。
弱い人間が、挫けそうになったとき、
その強さに少しでも近づける勇気を、分けてもらうのです。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.49
(5pt)

こんな世界があったのか

春樹村上の好きな作家の一人にレイモンド・チャンドラーが挙げられていたので、その存在は知っていたが、読んでみるとなるほどと唸るのみ。すごい世界だ。男の世界。
しかし、春樹村上のファンで彼の小説を読んで分かったが、初期の彼の作品の中の乾いたクールな表現がレイモンド・チャンドラーと重なり、「あ、これはレイモンド・チャンドラー的だな」と、特に文末の表現(締め方)で感じることが多い。
何はともかく、次の小説にとりかかる。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.48
(4pt)

ミステリとして読むか、文学として読むか

ギャツビーからは情感を、チャンドラーからは会話を、そしてカラマーゾフの兄弟からはストーリーテリングを、学んだように思える。ギャツビーでは良く分からなかったが、村上春樹のネタ帳を垣間見るような翻訳作業の一冊。
もちろんテキストの優秀さあってのことなのだろうが、こと会話に関してはもうストーリーや何かに関係なく楽しめるものに仕上がっていると思う。そのうえ丁寧な翻訳作業をなぞるように、もともとハードボイルド特有の含みの多い会話の意味を、ひとつひとつ消化しながら読み進められる。必然的にスピード感は殺されてしまうが、緊迫した球技の試合を解説付きで見ているように、素人が玄人の貴重な技の隅々まで味わえるような魅力がある。雰囲気とスピード感を取るか、驚嘆すべき文章芸の味わいを取るかで旧訳との好き嫌いが分かれるのではないだろうか。それはこの原作をミステリとして読むか、文学作品として読むかの違いかもしれない。
自分としては慣れ親しんだミステリ「長いお別れ」を捨てきれないのが正直なところ。新訳マーロウは少し年をとってくどくなった気がする。でもチャンドラーの文章芸にはあらためて感心させられたし、読むのに時間が掛かるので、長時間楽しめたことは○。本代のモトは取れます。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001
No.47
(5pt)

なんと楽しい翻訳でしょう

久しぶりにチャンドラーを読みました。いつも飛行機や列車に乗っているときに読むのですが、この翻訳は、最初の助走部を過ぎると、段々乗ってきて、「いやー、ネズミかギャッツビーが出てきそう」って不思議な感覚で、とても楽しかった。清水さんの翻訳ももちろん素敵でしたが、小説家としてのチャンドラーの『細部への拘り』や『苦味』は村上さんの翻訳にしかないものだと思います。きっと、村上さんは『ギャッツビー』を読むのと同じ姿勢でチャンドラーを読んでいるのだと思います。いつか文庫本になって持ち運びしやすくなったら、また旅のお供にしたいですね。ああ、それから、複数の翻訳は、それぞれ別の世界だと思いますので、比較をするなら原文を根拠に徹底してやって欲しいですね。単なる好き嫌いを、翻訳の良し悪しや、日本語の上手下手と言われてもね。私の比較論はただ一つ。清水訳は、「原文読もうかな」という気にさせますが、村上訳は「こりゃ手に負えない英語だろうな」と原文で読む気をなくします。
ロング・グッドバイ Amazon書評・レビュー: ロング・グッドバイより
4152088001