ヘヴン

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評判

ヘヴンの評価:

3.42/5点 レビュー 157件。 B ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.42pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全314件 101〜120 6/16ページ
No.214
(5pt)

ドストエフスキー的小説

どなかたかも書いてますが、ドストエフスキーを感じました。カラマーゾフ。
百瀬が語る場面が大審問官に相当するんでしょうね。
川上未映子は「いじめ」というテーマを情緒で処理するのを嫌った。
小説でありながら論理でいじめの構造に迫ったという印象です。意欲作。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.213
(5pt)

ドストエフスキー的小説

どなかたかも書いてますが、ドストエフスキーを感じました。カラマーゾフ。
百瀬が語る場面が大審問官に相当するんでしょうね。
川上未映子は「いじめ」というテーマを情緒で処理するのを嫌った。
小説でありながら論理でいじめの構造に迫ったという印象です。意欲作。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.212
(3pt)

可もなく不可もなく

可もなく不可もなく、結局何だったんだ?何が伝えたいのかあまりよくわからなかった。
他の作品でもあるけど、その描写いる?と思うのが多い(部屋での射精のくだり等)
面白いかと言われるとそうでもないけど、つまらないわけでもない。
ただこの人の小説は読みやすいのでスイスイ読めます。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.211
(3pt)

可もなく不可もなく

可もなく不可もなく、結局何だったんだ?何が伝えたいのかあまりよくわからなかった。
他の作品でもあるけど、その描写いる?と思うのが多い(部屋での射精のくだり等)
面白いかと言われるとそうでもないけど、つまらないわけでもない。
ただこの人の小説は読みやすいのでスイスイ読めます。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.210
(4pt)

壊れていく若者。。。

とても生々しい小説です。

イジメられる若者と苛める若者の本音がぶつかり合います。

何が彼らをそうさせるのか?それを考えさせられる一冊です。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.209
(4pt)

壊れていく若者。。。

とても生々しい小説です。

イジメられる若者と苛める若者の本音がぶつかり合います。

何が彼らをそうさせるのか?それを考えさせられる一冊です。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.208
(2pt)

最近読んだからか

川上 未映子 さんの作品をまとめて読んでみたのですが、
正直この程度かという印象。
この人が本物という事はないでしょう。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.207
(2pt)

最近読んだからか

川上 未映子 さんの作品をまとめて読んでみたのですが、
正直この程度かという印象。
この人が本物という事はないでしょう。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.206
(2pt)

よく分からない

いじめという犯罪事実を事象として取り上げつつ、
でも、それに留まらない作者の世の中のありように対する
分析を表現しようとしているように感じた。
いじめのそれなりに凄惨なシーンが
ある程度具体的に描写されているので、
人によっては読み飛ばしたくなる衝動に駆られるかもしれない。
別に読み飛ばしても構わないと思う。
そこにこの小説の本質的な部分はないと思うから。
けど、もし、主人公を通して作者の弱肉強食や人の衝動に対する
考え方を述べているのなら、あまりにも薄っぺらいように思った。
たぶん、それなりに最後は凄惨な結果に終わらせず、
何となく明るい結末で終わらせたのは、
小説的にはいじめに対する2つの対応の対比を書いたようにも思えるが、
単に作者がこういう問題を題材にして、それを凄惨な結末として
終わりにできない作者なりの躊躇というか、ためらいがあったように思う。
それと、おそらく主人公のような子ならイジメに遭わないようにも思えた。
この作者の作品は初めて読んだけど、
もう読まないかもしれない。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.205
(2pt)

よく分からない

いじめという犯罪事実を事象として取り上げつつ、
でも、それに留まらない作者の世の中のありように対する
分析を表現しようとしているように感じた。
いじめのそれなりに凄惨なシーンが
ある程度具体的に描写されているので、
人によっては読み飛ばしたくなる衝動に駆られるかもしれない。
別に読み飛ばしても構わないと思う。
そこにこの小説の本質的な部分はないと思うから。
けど、もし、主人公を通して作者の弱肉強食や人の衝動に対する
考え方を述べているのなら、あまりにも薄っぺらいように思った。
たぶん、それなりに最後は凄惨な結果に終わらせず、
何となく明るい結末で終わらせたのは、
小説的にはいじめに対する2つの対応の対比を書いたようにも思えるが、
単に作者がこういう問題を題材にして、それを凄惨な結末として
終わりにできない作者なりの躊躇というか、ためらいがあったように思う。
それと、おそらく主人公のような子ならイジメに遭わないようにも思えた。
この作者の作品は初めて読んだけど、
もう読まないかもしれない。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.204
(3pt)

描写は素晴らしいが、いじめの認識に不満がある

この小説のすぐれている点は、予定調和的な筋ではないということ、そして何よりも迫力のある描写だろう。以上は小説家として素晴らしい技量だと思う。共感できなかったのは、登場人物の思考が中学生のそれではないということだ(登場人物は大学生くらいが適していると思った)。
では、具体的に述べたい。
自分たちは意味を知っていじめを受け入れているというコジマの主張には感動する。しかしそれなら結末に近いところで二人(「僕」とコジマ)とも暴力を受けた後、「それが僕が見た最後のコジマの姿になった」のはなぜか、理解できなかった。この小説の結末に関して、コジマを称える終わり方を私は望んでいたのだが(四十年以上前、学園紛争が激しかったころ、自分は無力だ、自分に出来ることはこれくらいだ、と言って真冬の構内でハンストを試みた教授がいた。コジマはそこに連なるのかと期待していたのだが)、コジマは正体不明のまま小説世界から消えた。
「僕」と病院で出会った百瀬との議論についてだが、百瀬の考えは成熟していない。<誰でも自分の考えを持ち、それを実行する自由があるが、それを実行できるかどうかは人によって異なる>みたいな考えは受け入れがたい。時事問題となっている少女誘拐や無差別殺人をしていいと言う人はいない。百瀬の理屈を読まされる読者はちょっとフラストレーションを感じる。
いじめについての作者の認識は、残念ながら、実態と大きくずれているように思う(特に前半)。主人公もコジマも、あれほどの暴力を受けていれば、学校に行く気がしないはず(とても落ち着いて勉強できない。引き出しの中も見られるだろうから、引き出しの中に伝言を張ることはできない)。さらに、「僕」は外出も容易ではないのではないか(二ノ宮たちと会う恐れがある)。コジマも外出はいやなはずで、そうなると二人が手紙のやり取りを何度も重ねる設定は非現実的だ(いじめられる側が、放課後は自由に振る舞えるのなら、いったいそれはどんないじめなのか)。いじめの首謀者二ノ宮は、成績が良く、ハンサムで、スポーツも得意、先生からは認められ、他の生徒からも人気があるようだが、こういう生徒がいじめたりするだろうか。いじめの首謀者はどこかで破綻しているものだ。また、顔面に大怪我をした主人公を見た担任がその怪我を追及しないのもおかしい。このように凄惨ないじめがある以上、その学校は学校の体を成していないはずだが、そのことに触れられていないのも納得できない。
さらに、細かい点で私の推測を付け加えれば、夏休みに入ると主人公は宿題をすぐに仕上げてしまったようだが、まさか? と思った。どうして勉強に意欲的に取り組めるのか。私の知っている被害者の子は、夏休みに入った途端昼夜逆転の生活を始めた。それが一番安全だからだ(家の中では安全、という小説中の「僕」の気持ちは、私には理解できない。いじめる側は家の外をうろつく。大声で呼び掛ければ家の中にいても聞こえる。また匿名の電話という手段もある)。もう一つ、主人公の継母が初めの頃は主人公のいじめに対して鈍感で(子がいじめられていることに気づかない)、いじめを知った後では理想的な母親に変身する(子をすべて信じて、学校に行かなくてもいいと言う)。これは少々不自然に感じた(数年の葛藤を経たのち、親はやっと変れるのではないか)。
結論:「僕」はいじめに対して徹底して受け身を貫き、斜視の手術だけは積極的に受けて、最後はいじめ解決の兆しがほの見えた、というストーリーだ。しかしこのような受け身を貫くことができる生徒はめったにいないのではないか。川上氏は、個々のいじめの事例には極めて詳しくその描写もすばらしいが、暴力による精神的ダメージについては無頓着であるような印象を受けた(日常的に暴力を受けているような子が、どうして毎日他の生徒より早く登校できるのか)。にもかかわらず、作品は小説として完璧に仕上がっているように思える。川上氏は、小説を書こうと思えば、小説が書ける人なんだと思う(この意味は、私が小説を書こうと思っても小説に成らないということ)。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.203
(3pt)

描写は素晴らしいが、いじめの認識に不満がある

この小説のすぐれている点は、予定調和的な筋ではないということ、そして何よりも迫力のある描写だろう。以上は小説家として素晴らしい技量だと思う。共感できなかったのは、登場人物の思考が中学生のそれではないということだ(登場人物は大学生くらいが適していると思った)。
では、具体的に述べたい。
自分たちは意味を知っていじめを受け入れているというコジマの主張には感動する。しかしそれなら結末に近いところで二人(「僕」とコジマ)とも暴力を受けた後、「それが僕が見た最後のコジマの姿になった」のはなぜか、理解できなかった。この小説の結末に関して、コジマを称える終わり方を私は望んでいたのだが(四十年以上前、学園紛争が激しかったころ、自分は無力だ、自分に出来ることはこれくらいだ、と言って真冬の構内でハンストを試みた教授がいた。コジマはそこに連なるのかと期待していたのだが)、コジマは正体不明のまま小説世界から消えた。
「僕」と病院で出会った百瀬との議論についてだが、百瀬の考えは成熟していない。<誰でも自分の考えを持ち、それを実行する自由があるが、それを実行できるかどうかは人によって異なる>みたいな考えは受け入れがたい。時事問題となっている少女誘拐や無差別殺人をしていいと言う人はいない。百瀬の理屈を読まされる読者はちょっとフラストレーションを感じる。
いじめについての作者の認識は、残念ながら、実態と大きくずれているように思う(特に前半)。主人公もコジマも、あれほどの暴力を受けていれば、学校に行く気がしないはず(とても落ち着いて勉強できない。引き出しの中も見られるだろうから、引き出しの中に伝言を張ることはできない)。さらに、「僕」は外出も容易ではないのではないか(二ノ宮たちと会う恐れがある)。コジマも外出はいやなはずで、そうなると二人が手紙のやり取りを何度も重ねる設定は非現実的だ(いじめられる側が、放課後は自由に振る舞えるのなら、いったいそれはどんないじめなのか)。いじめの首謀者二ノ宮は、成績が良く、ハンサムで、スポーツも得意、先生からは認められ、他の生徒からも人気があるようだが、こういう生徒がいじめたりするだろうか。いじめの首謀者はどこかで破綻しているものだ。また、顔面に大怪我をした主人公を見た担任がその怪我を追及しないのもおかしい。このように凄惨ないじめがある以上、その学校は学校の体を成していないはずだが、そのことに触れられていないのも納得できない。
さらに、細かい点で私の推測を付け加えれば、夏休みに入ると主人公は宿題をすぐに仕上げてしまったようだが、まさか? と思った。どうして勉強に意欲的に取り組めるのか。私の知っている被害者の子は、夏休みに入った途端昼夜逆転の生活を始めた。それが一番安全だからだ(家の中では安全、という小説中の「僕」の気持ちは、私には理解できない。いじめる側は家の外をうろつく。大声で呼び掛ければ家の中にいても聞こえる。また匿名の電話という手段もある)。もう一つ、主人公の継母が初めの頃は主人公のいじめに対して鈍感で(子がいじめられていることに気づかない)、いじめを知った後では理想的な母親に変身する(子をすべて信じて、学校に行かなくてもいいと言う)。これは少々不自然に感じた(数年の葛藤を経たのち、親はやっと変れるのではないか)。
結論:「僕」はいじめに対して徹底して受け身を貫き、斜視の手術だけは積極的に受けて、最後はいじめ解決の兆しがほの見えた、というストーリーだ。しかしこのような受け身を貫くことができる生徒はめったにいないのではないか。川上氏は、個々のいじめの事例には極めて詳しくその描写もすばらしいが、暴力による精神的ダメージについては無頓着であるような印象を受けた(日常的に暴力を受けているような子が、どうして毎日他の生徒より早く登校できるのか)。にもかかわらず、作品は小説として完璧に仕上がっているように思える。川上氏は、小説を書こうと思えば、小説が書ける人なんだと思う(この意味は、私が小説を書こうと思っても小説に成らないということ)。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.202
(4pt)

超えた、かな

いじめられる主人公、いじめる二ノ宮や百瀬、そこに登場するマイペースな不思議っこコジマ、この関係は次第に強烈さをまし、くじら公園での事件に発展するのだが、そこには金色の雨が降るといったような不思議さが漂っている。コジマという少女には最後まで現実感がないけれど、これはまあ狂言廻しということだろう。しかし中学二年という設定は、百瀬と主人公の対話部分のレベルをみるとちょっと無理がある。あんな話ができるのは高校生くらいでしょう。
ともかく、主人公はくじら公園での事件以降、コジマには会っていないという。そこで終わるのは何だなあ、と思っていたら、最終章があった。要するにサロートの言葉のように彼はコジマの呪縛を超えたのだろう。目の手術をして「開眼経験」を持てるようになったのとともに目を閉じた、ともいえる。実際にはコジマは脊椎損傷で寝たきりになってしまったのかもしれないし、二ノ宮たちは補導されて施設に入れられてしまったのかもしれない。ともかく学校とは縁を切った主人公は斜視の手術とともに清々しい明るさを持てるようになる。結構、結構。
というわけで、物語作者としてのベテランが本領を発揮した作品といえる。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.201
(4pt)

超えた、かな

いじめられる主人公、いじめる二ノ宮や百瀬、そこに登場するマイペースな不思議っこコジマ、この関係は次第に強烈さをまし、くじら公園での事件に発展するのだが、そこには金色の雨が降るといったような不思議さが漂っている。コジマという少女には最後まで現実感がないけれど、これはまあ狂言廻しということだろう。しかし中学二年という設定は、百瀬と主人公の対話部分のレベルをみるとちょっと無理がある。あんな話ができるのは高校生くらいでしょう。
ともかく、主人公はくじら公園での事件以降、コジマには会っていないという。そこで終わるのは何だなあ、と思っていたら、最終章があった。要するにサロートの言葉のように彼はコジマの呪縛を超えたのだろう。目の手術をして「開眼経験」を持てるようになったのとともに目を閉じた、ともいえる。実際にはコジマは脊椎損傷で寝たきりになってしまったのかもしれないし、二ノ宮たちは補導されて施設に入れられてしまったのかもしれない。ともかく学校とは縁を切った主人公は斜視の手術とともに清々しい明るさを持てるようになる。結構、結構。
というわけで、物語作者としてのベテランが本領を発揮した作品といえる。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.200
(1pt)

がっかり2

又吉先生のオススメということで読んでみたが、がっかりした。
残酷さを売りにしてるだけ、
自分に読解力がないだけかもしれないが、何か面白いか分からなかった。
精神的に参って病んでるいじめられっ子がこんな思考が出来るわけがない。
まぁ創作、表現の自由だから何を書いても良いと思うが、自分的にはハズレでした。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.199
(1pt)

がっかり2

又吉先生のオススメということで読んでみたが、がっかりした。
残酷さを売りにしてるだけ、
自分に読解力がないだけかもしれないが、何か面白いか分からなかった。
精神的に参って病んでるいじめられっ子がこんな思考が出来るわけがない。
まぁ創作、表現の自由だから何を書いても良いと思うが、自分的にはハズレでした。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.198
(3pt)

リアリティとしては欠くように思えた

いじめられている中学2年生が主人公の作品です。

主人公の内省、
同じクラスでいじめられている女の子と主人公の会話、
いじめている男の子と主人公の会話、
どれも深いです。

なぜ人はいじめられるのか、なぜ人はいじめるのかについて
著者がとても考えた上で書かれた作品だからなのでしょう。

なので、登場人物の中学2年生の頭が良過ぎます。
中学生ではそこまで考えられないでしょう。
いや、考えはするでしょうが、冷静に客観的は捉え切れないでしょう。

大人になって、当時はそこまで思いを言葉にできなかったけど
今振り返れば、そう思っていたんだろうな、ということが
非常に適切に表現されています。

そのため、リアリティとしては欠くように思えたので
★★★としました。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.197
(3pt)

リアリティとしては欠くように思えた

いじめられている中学2年生が主人公の作品です。

主人公の内省、
同じクラスでいじめられている女の子と主人公の会話、
いじめている男の子と主人公の会話、
どれも深いです。

なぜ人はいじめられるのか、なぜ人はいじめるのかについて
著者がとても考えた上で書かれた作品だからなのでしょう。

なので、登場人物の中学2年生の頭が良過ぎます。
中学生ではそこまで考えられないでしょう。
いや、考えはするでしょうが、冷静に客観的は捉え切れないでしょう。

大人になって、当時はそこまで思いを言葉にできなかったけど
今振り返れば、そう思っていたんだろうな、ということが
非常に適切に表現されています。

そのため、リアリティとしては欠くように思えたので
★★★としました。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.196
(4pt)

読みごたえあるストーリーと描写力

正直、いじめの描写は、見たくない読みたくないテーマで、読んでいてつらく、目を覆いたくなりました。
が、文章力でぐいぐい引き込まれ、一気にラストまで読んでしまいました。
いじめられる側の、弱さを受け入れることの「意味」に、いじめる側(それを看過する側)の論理である、人間の欲望における「無意味」さを対峙させて、主人公の中に相克を引き起こす構成はスリリングで、読み応えがありました。個人的には、コジマの手紙やせりふの細部、描写の的確さが素晴らしいと思いました。自意識過剰になりがちなテーマでありながら、最後まで、人物との距離を保って描き切っているのは、著者の力量と思います。また、登場人物が、主人公から見て非常に浅く描かれているのも、そこが狙いであると思いました。いっしょに住んでいるのに、表面的な会話だけの継母(ある日いきなり家にやって来た)。たまにしか会わない父親。表面的な心配しかしない教師や医師。その救いのなさが、現代社会のリアルだと私は感じました。
本来であれば、5つ星ですが、途中で出てきた、二ノ宮のトイレのシーン、百瀬の妹のシーン、百瀬と二ノ宮の関係性など、伏線かと思わせる部分が回収されていなかったことと、ラストシーンが無駄に美しいことの意味がいまいち腑に落ちなかったので、マイナス1です。でも、読む価値は十分ありです。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.195
(4pt)

読みごたえあるストーリーと描写力

正直、いじめの描写は、見たくない読みたくないテーマで、読んでいてつらく、目を覆いたくなりました。
が、文章力でぐいぐい引き込まれ、一気にラストまで読んでしまいました。
いじめられる側の、弱さを受け入れることの「意味」に、いじめる側(それを看過する側)の論理である、人間の欲望における「無意味」さを対峙させて、主人公の中に相克を引き起こす構成はスリリングで、読み応えがありました。個人的には、コジマの手紙やせりふの細部、描写の的確さが素晴らしいと思いました。自意識過剰になりがちなテーマでありながら、最後まで、人物との距離を保って描き切っているのは、著者の力量と思います。また、登場人物が、主人公から見て非常に浅く描かれているのも、そこが狙いであると思いました。いっしょに住んでいるのに、表面的な会話だけの継母(ある日いきなり家にやって来た)。たまにしか会わない父親。表面的な心配しかしない教師や医師。その救いのなさが、現代社会のリアルだと私は感じました。
本来であれば、5つ星ですが、途中で出てきた、二ノ宮のトイレのシーン、百瀬の妹のシーン、百瀬と二ノ宮の関係性など、伏線かと思わせる部分が回収されていなかったことと、ラストシーンが無駄に美しいことの意味がいまいち腑に落ちなかったので、マイナス1です。でも、読む価値は十分ありです。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469