ヘヴン

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ヘヴンの評価:

3.42/5点 レビュー 157件。 B ランク

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平均点3.42pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全54件 1〜20 1/3ページ
No.54
(3pt)

思考の深みにハマる

黄色い家を読んでから、川上作品を遡っています。
この作品を好きな作品と挙げる人が多い気がしたので、読んでみた。
とあるレビューで、プチサルトルと、プチボーヴォワールである、というものがあり、主人公が斜視という点で、なるほどサルトルかと思ったが、読み進めていくうちに、主人公である「僕」はサルトルではなく、どこにでもいる私達と同じ弱い人間であり、コジマはガンディーでありシモーヌ・ヴェイユであると思った。

感じたことはいくつかある。
いじめの描写がつらい。Audibleで聞いたが、過去最速の2倍速まで早めてしまった。書籍ながら細目で読み飛ばしていただろう。人間サッカーなんかは、怒りで震えた。いじめが苦手な人は要注意である。

次に、コジマについて。彼女については、賛否両論あるだろう。
コジマが「僕」のことを理解していると思っているのが、初めから間違いのような気がする。コジマは「僕」のことを理解してなどいない。本当は、彼女の母親と同じで、「僕」のことを「かわいそう」と思っていたのではないか。
いらいらした。自分の理想を押し付けるコジマ。自らいじめを受ける要因を作り、そして抵抗しないことを正当化するコジマ。(抵抗することでいじめっ子はますます喜ぶので、ある意味正解ではあるのだけれど、逃げることは決して間違いではない)
コジマがいじめを我慢することで、誰かが救われるわけではない。
コジマの父親は、コジマが「しるし」などというものを作って皆にいじめられることよりも、コジマが幸せに暮らすことを望んでいるはずだ。
と、思って読み進めていたが、クライマックスではコジマに圧倒的な強さを見せつけられ、そのような私の思考は、吹き飛んでしまった。コジマは「ほんもの」であった。

そして、百瀬。この人に関しては、単なる思考停止であり、論理も哲学も正義もない。
「自分にはそれができる」と思っている、という点に疑念を抱かないという点で、思考停止している。
根深い差別は、差別する側が差別される相手を憎んでいるのではなく、「自分たちには当然その権利がある」と思い込んでいて、なぜそう思っているのかに疑念を抱かないものだからだ。
百瀬が「僕」になんの興味もないのも、そのような理由であると思う。まだ、二ノ宮のほうがマシなのかもしれない。相手を憎んだり、笑ったりすることは、相手を同じ人間だと認めているといえることだからだ。

クライマックスの百瀬とコジマが交互に現れるような描写は見事で、「僕」の混乱が追体験できた。何度も聴いてしまった。

伏線の回収不足、という声もあるが、川上さんは純文学志向なのではないだろうか。文章が平易なので、純文学らしくはないが。
最近のエンターテイメント性の高いミステリー小説などは見事に伏線を回収するものばかりだが、純文学であれば、書いたら書きっぱなし(言い方)なのは当然ではあるまいか。私は嫌いじゃない。むしろ好き。
ただ、色々なことを考えすぎて、総合的にこの本をどう評価すればいいのか、わからなくなってしまった。レビューを書くのにも、何日もかかってしまった。好きか嫌いかでいうと、「好き」である。
思考の深みにハマりたい人にオススメしたい。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.53
(3pt)

思考の深みにハマる

黄色い家を読んでから、川上作品を遡っています。
この作品を好きな作品と挙げる人が多い気がしたので、読んでみた。
とあるレビューで、プチサルトルと、プチボーヴォワールである、というものがあり、主人公が斜視という点で、なるほどサルトルかと思ったが、読み進めていくうちに、主人公である「僕」はサルトルではなく、どこにでもいる私達と同じ弱い人間であり、コジマはガンディーでありシモーヌ・ヴェイユであると思った。

感じたことはいくつかある。
いじめの描写がつらい。Audibleで聞いたが、過去最速の2倍速まで早めてしまった。書籍ながら細目で読み飛ばしていただろう。人間サッカーなんかは、怒りで震えた。いじめが苦手な人は要注意である。

次に、コジマについて。彼女については、賛否両論あるだろう。
コジマが「僕」のことを理解していると思っているのが、初めから間違いのような気がする。コジマは「僕」のことを理解してなどいない。本当は、彼女の母親と同じで、「僕」のことを「かわいそう」と思っていたのではないか。
いらいらした。自分の理想を押し付けるコジマ。自らいじめを受ける要因を作り、そして抵抗しないことを正当化するコジマ。(抵抗することでいじめっ子はますます喜ぶので、ある意味正解ではあるのだけれど、逃げることは決して間違いではない)
コジマがいじめを我慢することで、誰かが救われるわけではない。
コジマの父親は、コジマが「しるし」などというものを作って皆にいじめられることよりも、コジマが幸せに暮らすことを望んでいるはずだ。
と、思って読み進めていたが、クライマックスではコジマに圧倒的な強さを見せつけられ、そのような私の思考は、吹き飛んでしまった。コジマは「ほんもの」であった。

そして、百瀬。この人に関しては、単なる思考停止であり、論理も哲学も正義もない。
「自分にはそれができる」と思っている、という点に疑念を抱かないという点で、思考停止している。
根深い差別は、差別する側が差別される相手を憎んでいるのではなく、「自分たちには当然その権利がある」と思い込んでいて、なぜそう思っているのかに疑念を抱かないものだからだ。
百瀬が「僕」になんの興味もないのも、そのような理由であると思う。まだ、二ノ宮のほうがマシなのかもしれない。相手を憎んだり、笑ったりすることは、相手を同じ人間だと認めているといえることだからだ。

クライマックスの百瀬とコジマが交互に現れるような描写は見事で、「僕」の混乱が追体験できた。何度も聴いてしまった。

伏線の回収不足、という声もあるが、川上さんは純文学志向なのではないだろうか。文章が平易なので、純文学らしくはないが。
最近のエンターテイメント性の高いミステリー小説などは見事に伏線を回収するものばかりだが、純文学であれば、書いたら書きっぱなし(言い方)なのは当然ではあるまいか。私は嫌いじゃない。むしろ好き。
ただ、色々なことを考えすぎて、総合的にこの本をどう評価すればいいのか、わからなくなってしまった。レビューを書くのにも、何日もかかってしまった。好きか嫌いかでいうと、「好き」である。
思考の深みにハマりたい人にオススメしたい。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.52
(3pt)

理不尽な暴力への抵抗

この世の中は理不尽な暴力に満ち溢れている。国家による侵略、残虐なテロ、学校でのいじめ。それらに対抗する唯一の策は、相手に自らの非をわからせてやるまでひたすらそれを受け入れ続けることなのか。それですべての暴力がなくなるわけではない。相手が自分の非に気が付くことはまれである。だから、暴力を受ける側がそこから逃避することも選択肢としてはあるだろう。それを潔しとせず、逃げるものを非難する権利は誰にもないし、逃げるものが罪悪感を感じることもないはず。ただ、当事者でなければ、こうした暴力は日々のニュースの中で流れ行くだけで、やがてみな忘れてしまう。筆者は当事者でない読者にこの問題の重さを突きつけているのだ。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.51
(3pt)

理不尽な暴力への抵抗

この世の中は理不尽な暴力に満ち溢れている。国家による侵略、残虐なテロ、学校でのいじめ。それらに対抗する唯一の策は、相手に自らの非をわからせてやるまでひたすらそれを受け入れ続けることなのか。それですべての暴力がなくなるわけではない。相手が自分の非に気が付くことはまれである。だから、暴力を受ける側がそこから逃避することも選択肢としてはあるだろう。それを潔しとせず、逃げるものを非難する権利は誰にもないし、逃げるものが罪悪感を感じることもないはず。ただ、当事者でなければ、こうした暴力は日々のニュースの中で流れ行くだけで、やがてみな忘れてしまう。筆者は当事者でない読者にこの問題の重さを突きつけているのだ。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.50
(3pt)

対象の読者は限られるかもです。

「黄色い家」が面白かったのと、賞を受賞した本という事で読みました。延々と、主人公の男子中学生と同級生の女子中学生が学校でいじめられる光景が続きます。しかも結構エグいいじめです。読むべき人は限られるのかも知れないですね。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.49
(3pt)

対象の読者は限られるかもです。

「黄色い家」が面白かったのと、賞を受賞した本という事で読みました。延々と、主人公の男子中学生と同級生の女子中学生が学校でいじめられる光景が続きます。しかも結構エグいいじめです。読むべき人は限られるのかも知れないですね。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.48
(3pt)

文芸小説として☆2つ。大衆小説として☆3.5

低評価の主たる原因である、伏線の未回収については、あえて不要な描写をすることによって想像の余地を残し、個々人にその後の展開を含ませる効果を狙ったものかと思います。全ての描写について意味が求められる文芸に対するアンチテーゼなんでしょう。
ただ、あまりにあからさまな伏線を多数放置しているため、読後感は悪いです。

大衆小説として、表現は平易で読みやすくテンポもよい。展開に期待を持たせる描写も良いかと。

文芸小説としての欠点は、例えば
・主人公の内面描写が単純。その他の人物も元ネタがあからさまにわかる。
・登場人物が自己の哲学を語りだすが、長すぎて不自然。
・場面の主題に対して、登場人物それぞれの回答が浅い。または答えがない。その後の変化もない。
・展開が予想の範囲を超えてこない。
などなど。

もし、芥川賞作家の作品でなかったなら、評価されることはなかったのではないかという感じです。
が、勝手に期待して、勝手に残念がっている、私のような読者に対するアイロニーも含んでいると思うと、再考の余地があるのかもしれませんね。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.47
(3pt)

文芸小説として☆2つ。大衆小説として☆3.5

低評価の主たる原因である、伏線の未回収については、あえて不要な描写をすることによって想像の余地を残し、個々人にその後の展開を含ませる効果を狙ったものかと思います。全ての描写について意味が求められる文芸に対するアンチテーゼなんでしょう。
ただ、あまりにあからさまな伏線を多数放置しているため、読後感は悪いです。

大衆小説として、表現は平易で読みやすくテンポもよい。展開に期待を持たせる描写も良いかと。

文芸小説としての欠点は、例えば
・主人公の内面描写が単純。その他の人物も元ネタがあからさまにわかる。
・登場人物が自己の哲学を語りだすが、長すぎて不自然。
・場面の主題に対して、登場人物それぞれの回答が浅い。または答えがない。その後の変化もない。
・展開が予想の範囲を超えてこない。
などなど。

もし、芥川賞作家の作品でなかったなら、評価されることはなかったのではないかという感じです。
が、勝手に期待して、勝手に残念がっている、私のような読者に対するアイロニーも含んでいると思うと、再考の余地があるのかもしれませんね。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.46
(3pt)

なぜできないのか

3.56点くらいはつけられる本だと思います。個人的にはいじめの本というよりも悪と日常という内容だったという方が正確かもしれません。

何よりも善悪というより、「なぜ他の人はできて、自分にはできないのか」を筆者は書きたかった部分なのではないでしょうか。小さなきっかけ、心理的な思い込みなど多々あるけれど「なぜできないのか」について考えるきっかけをくれた良本だと思います。

これは特に文学的な側面や深い考察、ノンフィクションの類ではありません。エンターテイメント小説として読めば、とてもいい本だと思いました。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.45
(3pt)

なぜできないのか

3.56点くらいはつけられる本だと思います。個人的にはいじめの本というよりも悪と日常という内容だったという方が正確かもしれません。

何よりも善悪というより、「なぜ他の人はできて、自分にはできないのか」を筆者は書きたかった部分なのではないでしょうか。小さなきっかけ、心理的な思い込みなど多々あるけれど「なぜできないのか」について考えるきっかけをくれた良本だと思います。

これは特に文学的な側面や深い考察、ノンフィクションの類ではありません。エンターテイメント小説として読めば、とてもいい本だと思いました。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.44
(3pt)

回収不足(*ネタバレ注意)。(初版第1刷)

著者の本はいくつか読んでいますが、その中では圧倒的に読みやすいです。
『乳と卵』、『わたくし率 イン 歯ー、または世界』は私には理解が難しいものでした。エッセイ類に至っては(ものにもよりますが)はっきり言って理解困難、読みにくいことこの上ないという感じでした。

著者の小説の中では、圧倒的によいものではあるのですが、数ヵ所、「回収不足」と感じる箇所がありました、
例えば、
 ・放課後、二ノ宮があわてたように百瀬を探しに来た理由
 ・百瀬の彼女?(の存在) (後で僕が1人でしている時の想像の中にちょっと出てはきますが、それだけでは弱いというか、その出てきた必然性も感じられない)
 ・百瀬が体育の授業をいつも見学している理由 (後に百瀬が病院にいたことと関係しているのだとは思いますが)
 ・(現在の)両親の関係がどうなったのか(なりそうなのか)
等々、これらはそのまま放置しておいてよいものとは私には思えません。

著者の小説の中では圧倒的に読みやすく、おもしろいと言うことのできるレベルであるだけに残念です。これらが解決、回収できていれば★★★★☆ぐらいつけられたかも知れませんね。

後はやはり、中学生(思春期)男子の心理・行動の描写が弱いと思いますね。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.43
(3pt)

回収不足(*ネタバレ注意)。(初版第1刷)

著者の本はいくつか読んでいますが、その中では圧倒的に読みやすいです。
『乳と卵』、『わたくし率 イン 歯ー、または世界』は私には理解が難しいものでした。エッセイ類に至っては(ものにもよりますが)はっきり言って理解困難、読みにくいことこの上ないという感じでした。

著者の小説の中では、圧倒的によいものではあるのですが、数ヵ所、「回収不足」と感じる箇所がありました、
例えば、
 ・放課後、二ノ宮があわてたように百瀬を探しに来た理由
 ・百瀬の彼女?(の存在) (後で僕が1人でしている時の想像の中にちょっと出てはきますが、それだけでは弱いというか、その出てきた必然性も感じられない)
 ・百瀬が体育の授業をいつも見学している理由 (後に百瀬が病院にいたことと関係しているのだとは思いますが)
 ・(現在の)両親の関係がどうなったのか(なりそうなのか)
等々、これらはそのまま放置しておいてよいものとは私には思えません。

著者の小説の中では圧倒的に読みやすく、おもしろいと言うことのできるレベルであるだけに残念です。これらが解決、回収できていれば★★★★☆ぐらいつけられたかも知れませんね。

後はやはり、中学生(思春期)男子の心理・行動の描写が弱いと思いますね。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.42
(3pt)

コジマの不快さ

いじめというものについて、僕、コジマ、百瀬の3人の視点で捉えているのですが、まず百瀬の捉え方については特に意外なものではなかった。コジマについてはしるしだの受け入れるだのと崇高なことを語っているけれど単純に自分を可哀想と言ってもらいたい、注目されたい、そして自分が可哀想と思える人を求めている、自分を正義と思っている浅い思考にしか思えなくて嫌悪感が強かった、コジマは弱い側の人間ではないよね。
色んな悪のかたちがあるなと思いました。良い小説ではあると思うけれど、コジマが個人的に悪い意味で不快だったので3にしました。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.41
(3pt)

コジマの不快さ

いじめというものについて、僕、コジマ、百瀬の3人の視点で捉えているのですが、まず百瀬の捉え方については特に意外なものではなかった。コジマについてはしるしだの受け入れるだのと崇高なことを語っているけれど単純に自分を可哀想と言ってもらいたい、注目されたい、そして自分が可哀想と思える人を求めている、自分を正義と思っている浅い思考にしか思えなくて嫌悪感が強かった、コジマは弱い側の人間ではないよね。
色んな悪のかたちがあるなと思いました。良い小説ではあると思うけれど、コジマが個人的に悪い意味で不快だったので3にしました。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.40
(3pt)

可もなく不可もなく

可もなく不可もなく、結局何だったんだ?何が伝えたいのかあまりよくわからなかった。
他の作品でもあるけど、その描写いる?と思うのが多い(部屋での射精のくだり等)
面白いかと言われるとそうでもないけど、つまらないわけでもない。
ただこの人の小説は読みやすいのでスイスイ読めます。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.39
(3pt)

可もなく不可もなく

可もなく不可もなく、結局何だったんだ?何が伝えたいのかあまりよくわからなかった。
他の作品でもあるけど、その描写いる?と思うのが多い(部屋での射精のくだり等)
面白いかと言われるとそうでもないけど、つまらないわけでもない。
ただこの人の小説は読みやすいのでスイスイ読めます。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.38
(3pt)

描写は素晴らしいが、いじめの認識に不満がある

この小説のすぐれている点は、予定調和的な筋ではないということ、そして何よりも迫力のある描写だろう。以上は小説家として素晴らしい技量だと思う。共感できなかったのは、登場人物の思考が中学生のそれではないということだ(登場人物は大学生くらいが適していると思った)。
では、具体的に述べたい。
自分たちは意味を知っていじめを受け入れているというコジマの主張には感動する。しかしそれなら結末に近いところで二人(「僕」とコジマ)とも暴力を受けた後、「それが僕が見た最後のコジマの姿になった」のはなぜか、理解できなかった。この小説の結末に関して、コジマを称える終わり方を私は望んでいたのだが(四十年以上前、学園紛争が激しかったころ、自分は無力だ、自分に出来ることはこれくらいだ、と言って真冬の構内でハンストを試みた教授がいた。コジマはそこに連なるのかと期待していたのだが)、コジマは正体不明のまま小説世界から消えた。
「僕」と病院で出会った百瀬との議論についてだが、百瀬の考えは成熟していない。<誰でも自分の考えを持ち、それを実行する自由があるが、それを実行できるかどうかは人によって異なる>みたいな考えは受け入れがたい。時事問題となっている少女誘拐や無差別殺人をしていいと言う人はいない。百瀬の理屈を読まされる読者はちょっとフラストレーションを感じる。
いじめについての作者の認識は、残念ながら、実態と大きくずれているように思う(特に前半)。主人公もコジマも、あれほどの暴力を受けていれば、学校に行く気がしないはず(とても落ち着いて勉強できない。引き出しの中も見られるだろうから、引き出しの中に伝言を張ることはできない)。さらに、「僕」は外出も容易ではないのではないか(二ノ宮たちと会う恐れがある)。コジマも外出はいやなはずで、そうなると二人が手紙のやり取りを何度も重ねる設定は非現実的だ(いじめられる側が、放課後は自由に振る舞えるのなら、いったいそれはどんないじめなのか)。いじめの首謀者二ノ宮は、成績が良く、ハンサムで、スポーツも得意、先生からは認められ、他の生徒からも人気があるようだが、こういう生徒がいじめたりするだろうか。いじめの首謀者はどこかで破綻しているものだ。また、顔面に大怪我をした主人公を見た担任がその怪我を追及しないのもおかしい。このように凄惨ないじめがある以上、その学校は学校の体を成していないはずだが、そのことに触れられていないのも納得できない。
さらに、細かい点で私の推測を付け加えれば、夏休みに入ると主人公は宿題をすぐに仕上げてしまったようだが、まさか? と思った。どうして勉強に意欲的に取り組めるのか。私の知っている被害者の子は、夏休みに入った途端昼夜逆転の生活を始めた。それが一番安全だからだ(家の中では安全、という小説中の「僕」の気持ちは、私には理解できない。いじめる側は家の外をうろつく。大声で呼び掛ければ家の中にいても聞こえる。また匿名の電話という手段もある)。もう一つ、主人公の継母が初めの頃は主人公のいじめに対して鈍感で(子がいじめられていることに気づかない)、いじめを知った後では理想的な母親に変身する(子をすべて信じて、学校に行かなくてもいいと言う)。これは少々不自然に感じた(数年の葛藤を経たのち、親はやっと変れるのではないか)。
結論:「僕」はいじめに対して徹底して受け身を貫き、斜視の手術だけは積極的に受けて、最後はいじめ解決の兆しがほの見えた、というストーリーだ。しかしこのような受け身を貫くことができる生徒はめったにいないのではないか。川上氏は、個々のいじめの事例には極めて詳しくその描写もすばらしいが、暴力による精神的ダメージについては無頓着であるような印象を受けた(日常的に暴力を受けているような子が、どうして毎日他の生徒より早く登校できるのか)。にもかかわらず、作品は小説として完璧に仕上がっているように思える。川上氏は、小説を書こうと思えば、小説が書ける人なんだと思う(この意味は、私が小説を書こうと思っても小説に成らないということ)。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.37
(3pt)

描写は素晴らしいが、いじめの認識に不満がある

この小説のすぐれている点は、予定調和的な筋ではないということ、そして何よりも迫力のある描写だろう。以上は小説家として素晴らしい技量だと思う。共感できなかったのは、登場人物の思考が中学生のそれではないということだ(登場人物は大学生くらいが適していると思った)。
では、具体的に述べたい。
自分たちは意味を知っていじめを受け入れているというコジマの主張には感動する。しかしそれなら結末に近いところで二人(「僕」とコジマ)とも暴力を受けた後、「それが僕が見た最後のコジマの姿になった」のはなぜか、理解できなかった。この小説の結末に関して、コジマを称える終わり方を私は望んでいたのだが(四十年以上前、学園紛争が激しかったころ、自分は無力だ、自分に出来ることはこれくらいだ、と言って真冬の構内でハンストを試みた教授がいた。コジマはそこに連なるのかと期待していたのだが)、コジマは正体不明のまま小説世界から消えた。
「僕」と病院で出会った百瀬との議論についてだが、百瀬の考えは成熟していない。<誰でも自分の考えを持ち、それを実行する自由があるが、それを実行できるかどうかは人によって異なる>みたいな考えは受け入れがたい。時事問題となっている少女誘拐や無差別殺人をしていいと言う人はいない。百瀬の理屈を読まされる読者はちょっとフラストレーションを感じる。
いじめについての作者の認識は、残念ながら、実態と大きくずれているように思う(特に前半)。主人公もコジマも、あれほどの暴力を受けていれば、学校に行く気がしないはず(とても落ち着いて勉強できない。引き出しの中も見られるだろうから、引き出しの中に伝言を張ることはできない)。さらに、「僕」は外出も容易ではないのではないか(二ノ宮たちと会う恐れがある)。コジマも外出はいやなはずで、そうなると二人が手紙のやり取りを何度も重ねる設定は非現実的だ(いじめられる側が、放課後は自由に振る舞えるのなら、いったいそれはどんないじめなのか)。いじめの首謀者二ノ宮は、成績が良く、ハンサムで、スポーツも得意、先生からは認められ、他の生徒からも人気があるようだが、こういう生徒がいじめたりするだろうか。いじめの首謀者はどこかで破綻しているものだ。また、顔面に大怪我をした主人公を見た担任がその怪我を追及しないのもおかしい。このように凄惨ないじめがある以上、その学校は学校の体を成していないはずだが、そのことに触れられていないのも納得できない。
さらに、細かい点で私の推測を付け加えれば、夏休みに入ると主人公は宿題をすぐに仕上げてしまったようだが、まさか? と思った。どうして勉強に意欲的に取り組めるのか。私の知っている被害者の子は、夏休みに入った途端昼夜逆転の生活を始めた。それが一番安全だからだ(家の中では安全、という小説中の「僕」の気持ちは、私には理解できない。いじめる側は家の外をうろつく。大声で呼び掛ければ家の中にいても聞こえる。また匿名の電話という手段もある)。もう一つ、主人公の継母が初めの頃は主人公のいじめに対して鈍感で(子がいじめられていることに気づかない)、いじめを知った後では理想的な母親に変身する(子をすべて信じて、学校に行かなくてもいいと言う)。これは少々不自然に感じた(数年の葛藤を経たのち、親はやっと変れるのではないか)。
結論:「僕」はいじめに対して徹底して受け身を貫き、斜視の手術だけは積極的に受けて、最後はいじめ解決の兆しがほの見えた、というストーリーだ。しかしこのような受け身を貫くことができる生徒はめったにいないのではないか。川上氏は、個々のいじめの事例には極めて詳しくその描写もすばらしいが、暴力による精神的ダメージについては無頓着であるような印象を受けた(日常的に暴力を受けているような子が、どうして毎日他の生徒より早く登校できるのか)。にもかかわらず、作品は小説として完璧に仕上がっているように思える。川上氏は、小説を書こうと思えば、小説が書ける人なんだと思う(この意味は、私が小説を書こうと思っても小説に成らないということ)。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469
No.36
(3pt)

リアリティとしては欠くように思えた

いじめられている中学2年生が主人公の作品です。

主人公の内省、
同じクラスでいじめられている女の子と主人公の会話、
いじめている男の子と主人公の会話、
どれも深いです。

なぜ人はいじめられるのか、なぜ人はいじめるのかについて
著者がとても考えた上で書かれた作品だからなのでしょう。

なので、登場人物の中学2年生の頭が良過ぎます。
中学生ではそこまで考えられないでしょう。
いや、考えはするでしょうが、冷静に客観的は捉え切れないでしょう。

大人になって、当時はそこまで思いを言葉にできなかったけど
今振り返れば、そう思っていたんだろうな、ということが
非常に適切に表現されています。

そのため、リアリティとしては欠くように思えたので
★★★としました。
ヘヴン Amazon書評・レビュー: ヘヴンより
4062157721
No.35
(3pt)

リアリティとしては欠くように思えた

いじめられている中学2年生が主人公の作品です。

主人公の内省、
同じクラスでいじめられている女の子と主人公の会話、
いじめている男の子と主人公の会話、
どれも深いです。

なぜ人はいじめられるのか、なぜ人はいじめるのかについて
著者がとても考えた上で書かれた作品だからなのでしょう。

なので、登場人物の中学2年生の頭が良過ぎます。
中学生ではそこまで考えられないでしょう。
いや、考えはするでしょうが、冷静に客観的は捉え切れないでしょう。

大人になって、当時はそこまで思いを言葉にできなかったけど
今振り返れば、そう思っていたんだろうな、ということが
非常に適切に表現されています。

そのため、リアリティとしては欠くように思えたので
★★★としました。
ヘヴン (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: ヘヴン (講談社文庫)より
4062772469