■スポンサードリンク
(短編集)
13・67
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
13・67の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.39pt |
■スポンサードリンク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全55件 1~20 1/3ページ
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
・中国現代文学のベスト10リストに入っていたので手にした。 ・絶賛したいほど面白く、読みだしたら止められなくなる推理小説だ。評者は76歳、推理小説の面白さを数十年ぶりで堪能させてもらった。 ・サスペンスと同時に、香港の激変の50年を逆にたどる歴史小説でもあるので、ズシリと胸にこたえ、現在の香港・中国に関する問題を考え巡らせるのに、格好の契機にもなった。 ・欧米の政治家は、中国による香港統治を、民主化弾圧や人権抑圧だと鬼の首を取ったようにして避難しているが、返還前の植民地状況で英国がやっていた非道を考えれば、そうした欧米の中国に対する非難は、噴飯ものであることが、本書を通じて伝わってきた。 ・多くの日本人に読んで欲しい。推理小説の楽しみを味わうと同時に、香港問題を理解する手掛かりにしてほしい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
. 現在の香港は、中国に服属している。 テレビニュースでも広く知られているとおり、近年、香港では「一国二制度」を守ろうとする市民たちの反体制活動が活発化していたが、それも中国独裁政権の圧倒的な力の前に押さえこまれ、よく言っても「風前のともし火」状態にある。 日本のテレビニュース番組にもしばしば登場し「民主化運動の女神」として親しまれた周庭(しゅう てい、英名: Agnes Chow Ting、アグネス・チョウ、1996年12月3日 - )ら、民主化運動の若きリーダー3人も、当局によって逮捕起訴され、2019年6月に香港政府の「逃亡犯条例」改正案に抗議して警察本部包囲デモを扇動したとして、無許可集会の扇動罪に問われて有罪判決を受けた。3人はそれぞれに、13ヶ月から7ヶ月の懲役判決を言い渡され、刑務所に収監されることとなったのだ。 彼らへの判決を「意外に軽い」と感じるのは、独裁国家の現実を知らない人の感覚である。 彼らは、服役を終えて刑務所から出てきたとしても、また活動をすれば、すぐに逮捕されて、より長い期間、刑務所に収監されることになるだろう。つまり、彼らは当局の弾圧に対し、屈辱的な服従と沈黙を受け入れないかぎり、生涯にわたる「服役」を覚悟しなければならないのだ。また、彼らは「政治犯」なので、海外逃亡などほとんど不可能で、反政府活動を断念してもなお、生涯、当局の監視下に置かれて、陽の当たらない生活を送らなければならないことになるのである。 これが、死刑にも勝る、長く果てなく残酷きわまりない「見せしめ刑」であることが、ご理解いただけよう。そして、そんな彼らの姿を見せつけられて、今や香港は、絶望の淵に沈められたと言っても、決して過言ではないのである。 ○ ○ ○ 本書『13・67』は、そんな香港在住のミステリ作家・陳浩基が2014年に刊行した、香港の現代史ミステリである。 2013年を舞台にした作品に始まる6つの短編は、それぞれ、2003年、1997年、1989年、1977年、1967年という具合に香港の歴史を遡っていく、非常に凝った構成の作品だ。 6つの短編それぞれに「本格ミステリとしての仕掛け」がほどこされていて、それだけでも十分に楽しめるのだが、後の作品は、先の作品の「背景」をなすものとなっており、「現在」が「過去」の上にあるものだという、当たり前でありながら、私たち日本人が忘れがちな「歴史的事実」の重みを教えてくれる。 そんな本作を、楽しむためには、最低限、下に紹介した程度の「香港の歴史」は押さえておく方が良いだろう。 知らなくても読める作品にはなっているが、知っていて読むならば、そこに描かれていることの「重さ」を何倍も実感することができるからである。 . 『1842年の南京条約(第1次アヘン戦争の講和条約)によって、香港島が清朝からイギリスに割譲され、イギリスの永久領土となった。さらに、1860年の北京条約(第2次アヘン戦争(アロー号戦争)の講和条約)によって、九龍半島の南端が割譲された。 その後、イギリス領となった2地域の緩衝地帯として新界が注目され、1898年の展拓香港界址専条によって、99年間の租借が決まった。以後、3地域はイギリスの統治下に置かれることとなった。 1941年に太平洋戦争が勃発し、イギリス植民地軍を放逐した日本軍が香港を占領したが、1945年の日本の降伏によりイギリスの植民地に復帰した。その後1950年にイギリスは前年建国された中華人民共和国を承認した。この後イギリスは中華民国ではなく中華人民共和国を返還、再譲渡先として扱うようになる。 (中略) 1979年、香港総督として初めて北京を訪問したクロフォード・マレー・マクレホースは、中華人民共和国側に香港の帰属をめぐる協議を提案した。しかし、中華人民共和国側は「いずれ香港を回収する」と表明するに留まり、具体的な協議を避けた。それでもイギリス側は「1997年問題」の重要性を説き続けた。 1982年9月には首相マーガレット・サッチャーが訪中し、ここに英中交渉が開始されることになった。サッチャーは同年6月にフォークランド紛争でアルゼンチンに勝利して自信を深めていたが、鄧小平は「香港はフォークランドではないし、中国はアルゼンチンではない」と激しく応酬し、「港人治港」の要求で妥協せず、イギリスが交渉で応じない場合は、武力行使や水の供給の停止などの実力行使もありうることを示唆した。当初イギリス側は租借期間が終了する新界のみの返還を検討していたものの、イギリスの永久領土である香港島や九龍半島の返還も求める猛烈な鄧小平に押されてサッチャーは折れた恰好となった。 1984年12月19日に、両国が署名した英中共同声明が発表され、イギリスは1997年7月1日に香港の主権を中華人民共和国に返還し、香港は中華人民共和国の特別行政区となることが明らかにされた。共産党政府は鄧小平が提示した一国二制度(一国両制)をもとに、社会主義政策を将来50年(2047年まで)にわたって香港で実施しないことを約束した。 この発表は、中国共産党の一党独裁国家である中華人民共和国の支配を受けることを良しとしない香港住民を不安に陥れ、イギリス連邦内のカナダやオーストラリアへの移民ブームが起こった。 (中略) 1997年6月30日、チャールズ皇太子と江沢民国家主席、トニー・ブレア首相と李鵬国務院総理の出席のもと、盛大な返還式典が行われ、世界各国で中継放送された。 (中略) 返還後に香港特別行政区政府が成立し、董建華が初代行政長官に就任した。旧香港政庁の機構と職員は特別行政区政府へ移行した。また、駐香港イギリス軍は撤退し、代わりに中国本土から人民解放軍駐香港部隊が駐屯することになった。 2014年12月、香港の「高度の自治」を明記した1984年の中英共同声明について、1997年の返還から50年間適用されるとされていたが、2014年11月に駐英中国大使館が、「今は無効だ」との見解を英国側に伝えていたことが明らかとなった。これに先立って、中国当局は英下院外交委員会議員団による宣言の履行状況の現地調査を「内政干渉」として香港入り自体を拒否していた。 2017年、中国政府はもはや中英共同声明は意味を成さない歴史的な文書であると表明。2019年には香港で逃亡犯条例改正案をめぐり反政府デモが頻発する事態となり、同年8月にフランスで開催されたビアリッツサミットでは首脳宣言の代わりに発表された成果文書の中で、中英共同声明の重要性が指摘された。』(Wikipedia「香港返還」) . 本作作者の陳浩基は、現在も香港に在住のようだが、彼が近年の民主化運動をどのように見ており、香港の将来をどのように考えているかは想像に難くない。 本作『13・67』にも描かれているとおり、陳浩基は単純な「反体制派」などではないし、そうした運動の「正義」を単純に信じたりしないというのは、本集の最後の短編「借りた時間に」での、イギリスの統治下にあった香港の左翼反体制運動の描き方にも明らかである。 本作の主人公にして探偵役となる、ロー警部とクワン警視(ローはクワンの弟子であり、最初の2作はローが、残りはクワン中心の物語となっている)が掲げるポリシーは「警察官は市民のために働く」という、これである。言い換えれば、警察官は、国家に忠誠を尽くすこと、国家の安寧を保つことが、その本分ではない。大切なのは、あくまでも「市民のための警察」であり、それが「正義」なのであって、その「正義」を守るためであれば、ローやクワンは、警察組織を裏切りもすれば、法を犯すことも辞さない。なぜなら、彼らにとっての警察とは、本来、市民のためのものだからで、それに反するような警察組織や法は「正義」ではあり得ないからである。 言うまでもなく、いくら「市民のため」に徹した無私なものだとは言え、彼らの「正義」もまた、しばしば独善の影を帯びて危険ものですらあるのだけれど、しかし、この世に絶対的な正義がないのだとしたら、「国家よりも市民」という彼らの信念は、きわめて健全なものだと言えよう。 しかしながら、現実は「市民よりも国家」という結果になってしまっている。 それは何も、香港や中国だけの話ではなく、わが日本においてだって、本質的には大差ないのではないだろうか。いや、世界のどこでだって、よほどの例外的状況でないかぎり、国家権力は常に、市民・国民よりも、国家自体(国体)を守ろうとするものなのである。 したがって、ロー警部とクワン警視のようなヒーローは、ほとんど実在し得ない。実在したとしても、香港の民主化運動家たちと同じような運命をたどる蓋然性がきわめて高い。だからこそ、この作品を読んだ者の多くは、この世界の暗い運命に心を痛め、この作品を書いた作者の想いに、自身の想いを重ねて、心を痛めざるを得ないのだ。 本作は「本格ミステリ」として、大変よくできた作品であることは、すでに周知の事実である。 しかし、「本格ミステリ」の誇る「ロジックとトリック」が、フィクションの中でしか通用しないという現実を、私たちはあらためて突きつけられている。 本作を読んで、いっとき「トリックとロジックの楽園」に遊ぶことは、決して罪ではない。 けれども、今この時、ローやクワンが、私たちにいったい何を求めているのか、それを考えることも必要なのではないだろうか。少なくとも私は、そうした点でも、作者とその〈痛み〉を共有したいと思わずにはいられないのである。 . | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
. 現在の香港は、中国に服属している。 テレビニュースでも広く知られているとおり、近年、香港では「一国二制度」を守ろうとする市民たちの反体制活動が活発化していたが、それも中国独裁政権の圧倒的な力の前に押さえこまれ、よく言っても「風前のともし火」状態にある。 日本のテレビニュース番組にもしばしば登場し「民主化運動の女神」として親しまれた周庭(しゅう てい、英名: Agnes Chow Ting、アグネス・チョウ、1996年12月3日 - )ら、民主化運動の若きリーダー3人も、当局によって逮捕起訴され、2019年6月に香港政府の「逃亡犯条例」改正案に抗議して警察本部包囲デモを扇動したとして、無許可集会の扇動罪に問われて有罪判決を受けた。3人はそれぞれに、13ヶ月から7ヶ月の懲役判決を言い渡され、刑務所に収監されることとなったのだ。 彼らへの判決を「意外に軽い」と感じるのは、独裁国家の現実を知らない人の感覚である。 彼らは、服役を終えて刑務所から出てきたとしても、また活動をすれば、すぐに逮捕されて、より長い期間、刑務所に収監されることになるだろう。つまり、彼らは当局の弾圧に対し、屈辱的な服従と沈黙を受け入れないかぎり、生涯にわたる「服役」を覚悟しなければならないのだ。また、彼らは「政治犯」なので、海外逃亡などほとんど不可能で、反政府活動を断念してもなお、生涯、当局の監視下に置かれて、陽の当たらない生活を送らなければならないことになるのである。 これが、死刑にも勝る、長く果てなく残酷きわまりない「見せしめ刑」であることが、ご理解いただけよう。そして、そんな彼らの姿を見せつけられて、今や香港は、絶望の淵に沈められたと言っても、決して過言ではないのである。 ○ ○ ○ 本書『13・67』は、そんな香港在住のミステリ作家・陳浩基が2014年に刊行した、香港の現代史ミステリである。 2013年を舞台にした作品に始まる6つの短編は、それぞれ、2003年、1997年、1989年、1977年、1967年という具合に香港の歴史を遡っていく、非常に凝った構成の作品だ。 6つの短編それぞれに「本格ミステリとしての仕掛け」がほどこされていて、それだけでも十分に楽しめるのだが、後の作品は、先の作品の「背景」をなすものとなっており、「現在」が「過去」の上にあるものだという、当たり前でありながら、私たち日本人が忘れがちな「歴史的事実」の重みを教えてくれる。 そんな本作を、楽しむためには、最低限、下に紹介した程度の「香港の歴史」は押さえておく方が良いだろう。 知らなくても読める作品にはなっているが、知っていて読むならば、そこに描かれていることの「重さ」を何倍も実感することができるからである。 . 『1842年の南京条約(第1次アヘン戦争の講和条約)によって、香港島が清朝からイギリスに割譲され、イギリスの永久領土となった。さらに、1860年の北京条約(第2次アヘン戦争(アロー号戦争)の講和条約)によって、九龍半島の南端が割譲された。 その後、イギリス領となった2地域の緩衝地帯として新界が注目され、1898年の展拓香港界址専条によって、99年間の租借が決まった。以後、3地域はイギリスの統治下に置かれることとなった。 1941年に太平洋戦争が勃発し、イギリス植民地軍を放逐した日本軍が香港を占領したが、1945年の日本の降伏によりイギリスの植民地に復帰した。その後1950年にイギリスは前年建国された中華人民共和国を承認した。この後イギリスは中華民国ではなく中華人民共和国を返還、再譲渡先として扱うようになる。 (中略) 1979年、香港総督として初めて北京を訪問したクロフォード・マレー・マクレホースは、中華人民共和国側に香港の帰属をめぐる協議を提案した。しかし、中華人民共和国側は「いずれ香港を回収する」と表明するに留まり、具体的な協議を避けた。それでもイギリス側は「1997年問題」の重要性を説き続けた。 1982年9月には首相マーガレット・サッチャーが訪中し、ここに英中交渉が開始されることになった。サッチャーは同年6月にフォークランド紛争でアルゼンチンに勝利して自信を深めていたが、鄧小平は「香港はフォークランドではないし、中国はアルゼンチンではない」と激しく応酬し、「港人治港」の要求で妥協せず、イギリスが交渉で応じない場合は、武力行使や水の供給の停止などの実力行使もありうることを示唆した。当初イギリス側は租借期間が終了する新界のみの返還を検討していたものの、イギリスの永久領土である香港島や九龍半島の返還も求める猛烈な鄧小平に押されてサッチャーは折れた恰好となった。 1984年12月19日に、両国が署名した英中共同声明が発表され、イギリスは1997年7月1日に香港の主権を中華人民共和国に返還し、香港は中華人民共和国の特別行政区となることが明らかにされた。共産党政府は鄧小平が提示した一国二制度(一国両制)をもとに、社会主義政策を将来50年(2047年まで)にわたって香港で実施しないことを約束した。 この発表は、中国共産党の一党独裁国家である中華人民共和国の支配を受けることを良しとしない香港住民を不安に陥れ、イギリス連邦内のカナダやオーストラリアへの移民ブームが起こった。 (中略) 1997年6月30日、チャールズ皇太子と江沢民国家主席、トニー・ブレア首相と李鵬国務院総理の出席のもと、盛大な返還式典が行われ、世界各国で中継放送された。 (中略) 返還後に香港特別行政区政府が成立し、董建華が初代行政長官に就任した。旧香港政庁の機構と職員は特別行政区政府へ移行した。また、駐香港イギリス軍は撤退し、代わりに中国本土から人民解放軍駐香港部隊が駐屯することになった。 2014年12月、香港の「高度の自治」を明記した1984年の中英共同声明について、1997年の返還から50年間適用されるとされていたが、2014年11月に駐英中国大使館が、「今は無効だ」との見解を英国側に伝えていたことが明らかとなった。これに先立って、中国当局は英下院外交委員会議員団による宣言の履行状況の現地調査を「内政干渉」として香港入り自体を拒否していた。 2017年、中国政府はもはや中英共同声明は意味を成さない歴史的な文書であると表明。2019年には香港で逃亡犯条例改正案をめぐり反政府デモが頻発する事態となり、同年8月にフランスで開催されたビアリッツサミットでは首脳宣言の代わりに発表された成果文書の中で、中英共同声明の重要性が指摘された。』(Wikipedia「香港返還」) . 本作作者の陳浩基は、現在も香港に在住のようだが、彼が近年の民主化運動をどのように見ており、香港の将来をどのように考えているかは想像に難くない。 本作『13・67』にも描かれているとおり、陳浩基は単純な「反体制派」などではないし、そうした運動の「正義」を単純に信じたりしないというのは、本集の最後の短編「借りた時間に」での、イギリスの統治下にあった香港の左翼反体制運動の描き方にも明らかである。 本作の主人公にして探偵役となる、ロー警部とクワン警視(ローはクワンの弟子であり、最初の2作はローが、残りはクワン中心の物語となっている)が掲げるポリシーは「警察官は市民のために働く」という、これである。言い換えれば、警察官は、国家に忠誠を尽くすこと、国家の安寧を保つことが、その本分ではない。大切なのは、あくまでも「市民のための警察」であり、それが「正義」なのであって、その「正義」を守るためであれば、ローやクワンは、警察組織を裏切りもすれば、法を犯すことも辞さない。なぜなら、彼らにとっての警察とは、本来、市民のためのものだからで、それに反するような警察組織や法は「正義」ではあり得ないからである。 言うまでもなく、いくら「市民のため」に徹した無私なものだとは言え、彼らの「正義」もまた、しばしば独善の影を帯びて危険ものですらあるのだけれど、しかし、この世に絶対的な正義がないのだとしたら、「国家よりも市民」という彼らの信念は、きわめて健全なものだと言えよう。 しかしながら、現実は「市民よりも国家」という結果になってしまっている。 それは何も、香港や中国だけの話ではなく、わが日本においてだって、本質的には大差ないのではないだろうか。いや、世界のどこでだって、よほどの例外的状況でないかぎり、国家権力は常に、市民・国民よりも、国家自体(国体)を守ろうとするものなのである。 したがって、ロー警部とクワン警視のようなヒーローは、ほとんど実在し得ない。実在したとしても、香港の民主化運動家たちと同じような運命をたどる蓋然性がきわめて高い。だからこそ、この作品を読んだ者の多くは、この世界の暗い運命に心を痛め、この作品を書いた作者の想いに、自身の想いを重ねて、心を痛めざるを得ないのだ。 本作は「本格ミステリ」として、大変よくできた作品であることは、すでに周知の事実である。 しかし、「本格ミステリ」の誇る「ロジックとトリック」が、フィクションの中でしか通用しないという現実を、私たちはあらためて突きつけられている。 本作を読んで、いっとき「トリックとロジックの楽園」に遊ぶことは、決して罪ではない。 けれども、今この時、ローやクワンが、私たちにいったい何を求めているのか、それを考えることも必要なのではないだろうか。少なくとも私は、そうした点でも、作者とその〈痛み〉を共有したいと思わずにはいられないのである。 . | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
. 現在の香港は、中国に服属している。 テレビニュースでも広く知られているとおり、近年、香港では「一国二制度」を守ろうとする市民たちの反体制活動が活発化していたが、それも中国独裁政権の圧倒的な力の前に押さえこまれ、よく言っても「風前のともし火」状態にある。 日本のテレビニュース番組にもしばしば登場し「民主化運動の女神」として親しまれた周庭(しゅう てい、英名: Agnes Chow Ting、アグネス・チョウ、1996年12月3日 - )ら、民主化運動の若きリーダー3人も、当局によって逮捕起訴され、2019年6月に香港政府の「逃亡犯条例」改正案に抗議して警察本部包囲デモを扇動したとして、無許可集会の扇動罪に問われて有罪判決を受けた。3人はそれぞれに、13ヶ月から7ヶ月の懲役判決を言い渡され、刑務所に収監されることとなったのだ。 彼らへの判決を「意外に軽い」と感じるのは、独裁国家の現実を知らない人の感覚である。 彼らは、服役を終えて刑務所から出てきたとしても、また活動をすれば、すぐに逮捕されて、より長い期間、刑務所に収監されることになるだろう。つまり、彼らは当局の弾圧に対し、屈辱的な服従と沈黙を受け入れないかぎり、生涯にわたる「服役」を覚悟しなければならないのだ。また、彼らは「政治犯」なので、海外逃亡などほとんど不可能で、反政府活動を断念してもなお、生涯、当局の監視下に置かれて、陽の当たらない生活を送らなければならないことになるのである。 これが、死刑にも勝る、長く果てなく残酷きわまりない「見せしめ刑」であることが、ご理解いただけよう。そして、そんな彼らの姿を見せつけられて、今や香港は、絶望の淵に沈められたと言っても、決して過言ではないのである。 ○ ○ ○ 本書『13・67』は、そんな香港在住のミステリ作家・陳浩基が2014年に刊行した、香港の現代史ミステリである。 2013年を舞台にした作品に始まる6つの短編は、それぞれ、2003年、1997年、1989年、1977年、1967年という具合に香港の歴史を遡っていく、非常に凝った構成の作品だ。 6つの短編それぞれに「本格ミステリとしての仕掛け」がほどこされていて、それだけでも十分に楽しめるのだが、後の作品は、先の作品の「背景」をなすものとなっており、「現在」が「過去」の上にあるものだという、当たり前でありながら、私たち日本人が忘れがちな「歴史的事実」の重みを教えてくれる。 そんな本作を、楽しむためには、最低限、下に紹介した程度の「香港の歴史」は押さえておく方が良いだろう。 知らなくても読める作品にはなっているが、知っていて読むならば、そこに描かれていることの「重さ」を何倍も実感することができるからである。 . 『1842年の南京条約(第1次アヘン戦争の講和条約)によって、香港島が清朝からイギリスに割譲され、イギリスの永久領土となった。さらに、1860年の北京条約(第2次アヘン戦争(アロー号戦争)の講和条約)によって、九龍半島の南端が割譲された。 その後、イギリス領となった2地域の緩衝地帯として新界が注目され、1898年の展拓香港界址専条によって、99年間の租借が決まった。以後、3地域はイギリスの統治下に置かれることとなった。 1941年に太平洋戦争が勃発し、イギリス植民地軍を放逐した日本軍が香港を占領したが、1945年の日本の降伏によりイギリスの植民地に復帰した。その後1950年にイギリスは前年建国された中華人民共和国を承認した。この後イギリスは中華民国ではなく中華人民共和国を返還、再譲渡先として扱うようになる。 (中略) 1979年、香港総督として初めて北京を訪問したクロフォード・マレー・マクレホースは、中華人民共和国側に香港の帰属をめぐる協議を提案した。しかし、中華人民共和国側は「いずれ香港を回収する」と表明するに留まり、具体的な協議を避けた。それでもイギリス側は「1997年問題」の重要性を説き続けた。 1982年9月には首相マーガレット・サッチャーが訪中し、ここに英中交渉が開始されることになった。サッチャーは同年6月にフォークランド紛争でアルゼンチンに勝利して自信を深めていたが、鄧小平は「香港はフォークランドではないし、中国はアルゼンチンではない」と激しく応酬し、「港人治港」の要求で妥協せず、イギリスが交渉で応じない場合は、武力行使や水の供給の停止などの実力行使もありうることを示唆した。当初イギリス側は租借期間が終了する新界のみの返還を検討していたものの、イギリスの永久領土である香港島や九龍半島の返還も求める猛烈な鄧小平に押されてサッチャーは折れた恰好となった。 1984年12月19日に、両国が署名した英中共同声明が発表され、イギリスは1997年7月1日に香港の主権を中華人民共和国に返還し、香港は中華人民共和国の特別行政区となることが明らかにされた。共産党政府は鄧小平が提示した一国二制度(一国両制)をもとに、社会主義政策を将来50年(2047年まで)にわたって香港で実施しないことを約束した。 この発表は、中国共産党の一党独裁国家である中華人民共和国の支配を受けることを良しとしない香港住民を不安に陥れ、イギリス連邦内のカナダやオーストラリアへの移民ブームが起こった。 (中略) 1997年6月30日、チャールズ皇太子と江沢民国家主席、トニー・ブレア首相と李鵬国務院総理の出席のもと、盛大な返還式典が行われ、世界各国で中継放送された。 (中略) 返還後に香港特別行政区政府が成立し、董建華が初代行政長官に就任した。旧香港政庁の機構と職員は特別行政区政府へ移行した。また、駐香港イギリス軍は撤退し、代わりに中国本土から人民解放軍駐香港部隊が駐屯することになった。 2014年12月、香港の「高度の自治」を明記した1984年の中英共同声明について、1997年の返還から50年間適用されるとされていたが、2014年11月に駐英中国大使館が、「今は無効だ」との見解を英国側に伝えていたことが明らかとなった。これに先立って、中国当局は英下院外交委員会議員団による宣言の履行状況の現地調査を「内政干渉」として香港入り自体を拒否していた。 2017年、中国政府はもはや中英共同声明は意味を成さない歴史的な文書であると表明。2019年には香港で逃亡犯条例改正案をめぐり反政府デモが頻発する事態となり、同年8月にフランスで開催されたビアリッツサミットでは首脳宣言の代わりに発表された成果文書の中で、中英共同声明の重要性が指摘された。』(Wikipedia「香港返還」) . 本作作者の陳浩基は、現在も香港に在住のようだが、彼が近年の民主化運動をどのように見ており、香港の将来をどのように考えているかは想像に難くない。 本作『13・67』にも描かれているとおり、陳浩基は単純な「反体制派」などではないし、そうした運動の「正義」を単純に信じたりしないというのは、本集の最後の短編「借りた時間に」での、イギリスの統治下にあった香港の左翼反体制運動の描き方にも明らかである。 本作の主人公にして探偵役となる、ロー警部とクワン警視(ローはクワンの弟子であり、最初の2作はローが、残りはクワン中心の物語となっている)が掲げるポリシーは「警察官は市民のために働く」という、これである。言い換えれば、警察官は、国家に忠誠を尽くすこと、国家の安寧を保つことが、その本分ではない。大切なのは、あくまでも「市民のための警察」であり、それが「正義」なのであって、その「正義」を守るためであれば、ローやクワンは、警察組織を裏切りもすれば、法を犯すことも辞さない。なぜなら、彼らにとっての警察とは、本来、市民のためのものだからで、それに反するような警察組織や法は「正義」ではあり得ないからである。 言うまでもなく、いくら「市民のため」に徹した無私なものだとは言え、彼らの「正義」もまた、しばしば独善の影を帯びて危険ものですらあるのだけれど、しかし、この世に絶対的な正義がないのだとしたら、「国家よりも市民」という彼らの信念は、きわめて健全なものだと言えよう。 しかしながら、現実は「市民よりも国家」という結果になってしまっている。 それは何も、香港や中国だけの話ではなく、わが日本においてだって、本質的には大差ないのではないだろうか。いや、世界のどこでだって、よほどの例外的状況でないかぎり、国家権力は常に、市民・国民よりも、国家自体(国体)を守ろうとするものなのである。 したがって、ロー警部とクワン警視のようなヒーローは、ほとんど実在し得ない。実在したとしても、香港の民主化運動家たちと同じような運命をたどる蓋然性がきわめて高い。だからこそ、この作品を読んだ者の多くは、この世界の暗い運命に心を痛め、この作品を書いた作者の想いに、自身の想いを重ねて、心を痛めざるを得ないのだ。 本作は「本格ミステリ」として、大変よくできた作品であることは、すでに周知の事実である。 しかし、「本格ミステリ」の誇る「ロジックとトリック」が、フィクションの中でしか通用しないという現実を、私たちはあらためて突きつけられている。 本作を読んで、いっとき「トリックとロジックの楽園」に遊ぶことは、決して罪ではない。 けれども、今この時、ローやクワンが、私たちにいったい何を求めているのか、それを考えることも必要なのではないだろうか。少なくとも私は、そうした点でも、作者とその〈痛み〉を共有したいと思わずにはいられないのである。 . | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
数年前の年末のミステリーランキングで抜きんでた評価を得たこの作品は、私自身香港を舞台にした「社会派推理 小説」の範疇に入るものであろうと想像していた。だが、作品を読み始めるとこれは本格的な謎解き推理小説 ではないかと思うようになってくる。まず作品の構成だが、6篇の中編ストーリーでなる。主人公は香港警察で 「神眼」と呼ばれた伝説のクワン警視。そして副主人公として彼に鍛えられるロー警部が登場する。特徴的なのは この6篇の中編が「逆・年代記」の形を取っていること。最初の中編である「黒と白のあいだの真実」では、 主人公のクワン警視が死を迎える場面から始まる。そして最後の中編「借りた時間に」では、彼の若年時代が 描かれる。この6篇の中編とも、クワン警視の推理を核とした本格的な推理小説である。トリックや推理、設定、 そしてどんでん返しなど、どの中編も卓越している。だが、この作品を読み進めているうちに、やはりこれは 本格派かつ社会派推理小説だと読者は確信するようになる。それぞれの作品での香港警察の置かれた状況が 描かれることで、英国から中国に返還される経過の中での警察官の苦悩が触れられていく仕組みになっている。 題名の「13・67」は2013年/1967年の意味で、この作品の舞台となった年代を指している。67年は、英国からの独立を主張する民衆がおり、そして2013年は中国への返還後の香港警察への民衆の不信が背景となっている。 作者も後書きで「本格派推理小説を描くつもりだったが、手法が社会派にぶれた」と述べており、私の印象が あながち間違ってはいないことが分かる。作者の巧妙なトリックがいろいろなところに散りばめられており、 それぞれの作品の読後に必ず唸らされる。高評価を得たことがよく理解出来る作品である。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
島田正彦賞受賞作品『世界を売った男』を読んで、香港ミステリに非常に興味が沸いてしまい、次作である本作『13・67』を購入しました。 名前が中華系の名前であり、ややとっつきにくいところを除けば、ミステリの謎解きと展開、人間ドラマ、そして現代の政治的混迷を占うかのような過去の香港社会(かつてはイギリス領でした)が描写されるなど非常に興味深い作品でした。また往時の香港の様子がノスタルジックに描かれており、そこもまた趣深かった。 一番特徴的なのは、筆者があとがきで書いているとおり、本格ミステリに社会派的要素を混ぜた点であると思います。私はとても好きで、非常に面白く読めました。 香港と言えば、アヘン戦争を経て英国領となったものの、第二次世界大戦後は中国の影響もあり左派がその影響力を伸ばした時代もありました。またアジア通貨危機を経て中国返還、一部香港市民は体制の変更をおそれて周辺各国へ移民として流出していった事実もある。その後SARSに見舞われたり、あるいは一国二制度のもと民主政治と共産主義との対立としての雨傘革命は2020年現在まで勢いを保ったまま残っていますね。 ということで、以下、所収されている各作品の概要と感想を記載します。 『黒と白のあいだの真実(2013)』・・・香港の有力企業の一つ、豊海グループのトップ阮文彬が殺害された。香港のやり手の警官であるロー警部は、死の床につこうとするクワン警視のベッドに被害者家族や関係者ら5人を集めた。コンピュータにつながれたクワン警視とロー警部との掛け合いから意外な真実があぶりだされる。そして真の犯人とは? ~ ちなみに私はこのお話が一番しっくりきませんでした。ただ、この話からその後のすべてがつながっていきます。 『任侠のジレンマ(2003)』・・・新興ヤクザのリーダー左漢強。多くの犯罪への関与を疑われながらも、フロント企業として営む芸能プロダクションの社長としてアイドルのプロデュースをしつつ社交界で地歩を固めつつある。そんな中、所属タレントのアイドルが殺害されたビデオがネット上に流れる。果たして犯人は誰か?対抗ヤクザの任徳楽が疑われるなか、物語は意外な展開に。警部補に昇進したローと特別顧問に退いたクワンとが織りなす謎解きの妙。 ~ 最後にSARSに触れている部分があり、現在のCOVID-19とシンクロします。 『クワンのいちばん長い日(1997)』・・・マフィア調査室がとらえた2名の不審な外国人の入国。彼らは何を企んでいるのか。他方、断続的に発生するビルからまかれる『硫酸爆弾』事件。またもや硫酸爆弾がまかれた日、かつてクワンがとらえた凶暴犯である石本添が刑務所から脱走した。混乱する香港市内と潜伏する石。当局内部の内通者は一体だれなのか?クワン上級警視の最後の出勤日に起きた事件に、弟子のローと共に鮮やかに解決へと導く ~ 「国家安全法」に揺れる現在の香港のごとく、中国返還前の社会的不安が鮮やかに描かれている。 『テミスの天秤(1989)』・・・香港裏社会で幅を利かす石本添・石本勝兄弟。香港警察の目下最大の敵である石兄弟の潜伏先が割れた。彼らを一網打尽にすべくチームが組まれたが、警察は弟の石本勝を射殺するだけであった。むしろ多くの一般市民が巻き添えをくらい石に殺害されてしまった。ところがその場に偶然居合わせた本庁課長のクワン警視が見た真実とは。。。警察の裏社会とのつながりを色濃く反映した社会派要素の強い一篇。ちなみにこの時ローはまだ駆け出しの刑事。 『借りた場所に(1977)』・・・借金返済のためにイギリスから香港に出稼ぎに来たグラハム・ヒル。看護師の妻と一粒種のかわいいアルフレッドと共に暮らしていたある日、息子のアルフレッドが誘拐された。警察の汚職を取り締まる廉政公署に勤めるグラハムには、自身の捜査対象である香港警察に頼らざるを得なかった。外国人がまだ珍しい香港で、彼のもとにやってきたのはイギリス帰りの刑事クワンであった。用意周到な犯人の要求に応えようとした果てに身代金の受け渡しに失敗したグラハム。事後、彼に事の真相を述べるクワン。往時の香港警察の乱れ具合がしのばれる社会派な一篇。 『借りた時間に(1967)』・・・戦後20余年の当時、香港は共産主義化への波で荒れていた。左派過激派は打倒イギリス帝国主義を標榜し武力での解決を目指し、香港警察と真正面から衝突していた。駆け出し警官であったクワンは商店の店員からの情報から大規模テロ事件を事なきものとする。 ~ 主義・思想のためには多少の犠牲もいとわないとする登場人物に、やるせなくなる作品。今や純然たる共産主義はキューバや北朝鮮くらいであり、しかも大成功とは言いが居たい。こうした体制のために流れた血や命を思うとやるせなくなる。 ・・・<おわりに> 長々と書きましたが、繰り返すと、本作は面白いです。 一篇一篇に謎解きや展開の面白さがあることはもちろんのこと、リバーステクノロジーという、歴史をさかのぼるスタイルは斬新(分かりづらい!?)であるとともに、物語どうしのつながりが後になってから見いだせる点が非常に秀逸だと思いました(読めばわかります!)。また、どのような社会体制であれ警察の使命とは一般市民の安全と保護である点を強調するクワンの存在は決してそうではなかった・あるいは今もそうではないことを暗にほのめかしており、そうした社会問題を暗に喚起している点でも興味深く読めました。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
素晴らしい。香港の知っている場所の名前がいっぱい出てくるので物語が身近に感じる。勿論ストーリー、構成も素晴らしい。ずっと読んでいたくなる。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
あまりに面白く最後まで一気に読みました、香港の英国統治時代から中国返還後の警察権力の変化で今の香港が見えてくる、おすすめです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
香港旅行、香港映画で見た情景を思い浮かべながら読みました。 時間を忘れるくらい没頭しました。 最近読んだフィクションの中でダントツの一位。 「世界を売った男」も良い作品でした。次回作が楽しみです。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
出会ったことのない構成の推理・探偵小説だった。読後は満足感に浸った。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
ここ数年で1番の作品です。内容は語りませんが、香港に住んでいるので今のデモが67年あたりのデモと繋がっているようで興味深いです。作者に番外編でいいので19を追加して欲しい。映画化も楽しみにしています。 評価が低い人のコメントにあったのですが、年表とか香港の歴史概略や地図、登場人物の説明が後ろにでも付いていると分かりやすかったと思います。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
もしかすると、これは永遠のテーマかもしれない。あるときは善良なる一般市民の味方であり、あるときは国家権力の手先であり、またあるときは有力者のために奔走する。香港警察のクワンザンドーは、数少ない市民のために働く警察官だ。ただ、そのクワンも定年を迎え末期ガンにより病院のベッドで昏睡状態にある。それが「黒と白のあいだの真実」つまり(20)13年の、主人公・クワンである。クワンを主人公とする短編は、次第に時をさかのぼる。6つめの短編で「借りた時間に」つまり(19)67年のクワンが警察官を目指した理由がわかる。 イギリスの植民地時代を経て中国へ返還され、1國2制度のあとやがて本土に組み込まれつつある香港。その間、警察は権力者と市民の間で揺れ動いた。国家の忠実な僕として行動するのか。正義の具現者として行動するのか。あるいは現実に絶望して「何もしない」ことを選択するのか。 クワンは市民の側に立つことを決意するのだが、その「市民」とは何か。左翼の活動家やテロリストも「市民」を名乗る。6番目の「借りた時間に」ではクワンの部屋の隣人がテロを計画する。そして哀れな犠牲者が。警察官は、逮捕権と拳銃を使用できる特殊な立場にある人間だ。だからこそ苦悩も深い。死にゆく自分の体さえも利用する、あっぱれといえる警察官魂。おそらく、そうした気概を持った警察官は数多く存在するのだろう。最近の香港のニュース映像を見るたびに、警察官の気持ちを思ってしまう。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
物語は一人の警察官の死から幕を開ける。「今、彼の命が尽きようとしている。そして長年、彼が身をもって築き、支えてきた香港警察のイメージもまた、風前の灯であった」。わたしはこのくだりを読んで、2019年現在の香港の姿を思い浮かべずにはいられなかった。本書が書かれたのは雨傘運動前夜、2013年のことだが、すでに香港警察の威信は色あせつつあったのである。 そんな現代を皮切りに、時代がどんどんさかのぼっていく構成が面白い。始まりが2013年で、終わりが1967年。つまりタイトルの『13・67』とは、リバース・クロノロジカルな中身を端的に表しているのだ。また、お気づきの方も多いのではないかと思うが、原題も最初の2話は中国語表記で、返還前後の2話は中国語/英語併記、最後の2話は英語表記である。香港の移り変わりを、こんなところにも反映させているのだろう。 形式的には連作短編(ボリューム的には中編)だが、一つひとつの話がとにかく濃くて、読み終えたときは6本分の長編を味わったような充足感があった。本格ミステリとしての複雑さにヘトヘトになってしまうようなところも正直あるけど、久しぶりに読んだなあという重量感のある読書だったことは間違いない。本を閉じるときには、この壮大なサーガに仕掛けられた企みに、深い嘆息を漏らしてしまった。一方で、揺れに揺れている今(2019年)を舞台にするなら、どんなミステリになるだろうと想像を巡らせた。 訳者についても触れておきたい。天野健太郎という名は、台湾関係の本に興味がある方ならよくご存じだろう。かく言うわたしも台湾が大好きなので『台湾海峡一九四九』『歩道橋の魔術師』(ともに白水社)といった訳書を読んだことがある。近年はアジアで優れたミステリ作家を発掘する「島田荘司推理小説賞」の功績もあり、陳浩基のような逸材が登場してきたため、優れた中国語翻訳者の仕事にミステリという幅が増えてきているのである。 素晴らしい訳に最大限の敬意を払いつつ、1点だけミステリファンとして気づいたうっかりミスの正誤を以下に挙げさせていただく。本格ミステリでは、こういうちょっとした表記ミスでも読者を悩ませてしまうと思うので。 【P212上段14~16行】 ×「予行演習とするなら、場所は百歩譲って中環のグラハム・ストリートでいいだろうし、土曜日か日曜日を選ぶはずだ」 ○「予行演習とするなら、場所は百歩譲って中環のグラハム・ストリートでいいだろうが、土曜日か日曜日を選ぶはずだ」 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
冒頭のストーリーの設定から『SF?ミステリー??』と一気に引き込まれました。香港の社会や風俗描写もおもしろく、香港に行ったことがある方ならわかる場所や地名も。『聖地巡り』したくなるかもしれません。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
香港作家のミステリである。中国系作家の純粋なエンタメは読む機会が少ないので、ありがたい翻訳だ。 2013年から1967年までの香港で起こった事件を伝説の名探偵クワンが解明する。 時代を遡る六つのショートストーリーは、いずれもプロットが凝りに凝っていて、二重三重の謎解きが味わえる。 『黒と白のあいだの真実』2013年、大富豪が殺された。 単純な強盗事件と思われたが、精査の結果は内部の犯行あることを示している。 「天眼」と呼ばれた名警部クワンの出馬を願いたいが、彼は肝性昏睡で死の床についているのだ。 愛弟子のロー警部は、脳波によってクワンの意見を確かめながら、犯人を追い詰める。 いきなり度肝を抜かれた。昏睡探偵なんて前代未聞だ。謎が明かされていく緊迫感は手に汗握るものがある。 『任侠のジレンマ』2003年、裏社会を牛耳るマフィアのボスには、誰も手が出せない。 ローは引退して顧問となったクワンの助言を得て、この難題に取り組む。 いわゆる本格謎解きと反社会勢力は、相性が悪い。人を殺してチンピラを自首させる連中に、謎もくそもないからだ。本作ではアイドル歌手殺害の謎解きで見事に両立させている。闇に潜むボスを引きずり出す論理に唸らされた。 『クワンのいちばん長い日』1997年、クワンは返還を一か月後に控えて退職が決まっている。 最後の一日に、にぎわう露店街にビルの上から硫酸を振りまくという凶悪事件と対峙する。 テーマは古典的なトリックなのだが、途中までまったくそれと気づかなかった。 『テミスの天秤』1989年、雑居ビルに潜む凶悪犯と警官が撃ち合いになった。 犯人は全員射殺したが、一般市民に大量の犠牲者が出てしまった。 同時期に流行していたチョウ・ユンファの映画を思わせるようなバイオレンス篇である。 これこそ名探偵の出番がないような話だが、実はとてつもない謎が隠されていた。 『借りた場所に』1977年、廉政公署主任ヒル(イギリス人)の一人息子が誘拐された。 誘拐サスペンスのスリルに加えて、謎解きの醍醐味も味わえる。 『借りた時間に』1967年、香港は反英暴動の嵐が吹き荒れていた。 「私」は顔なじみの警官アチャと共に仕掛けられた爆弾の行方を追う。普通の事件とは一味違った対テロ捜査ものだ。それに加えて語り手と相棒は誰なのか?と興味をそそられる。最後はかなり驚かされた。 時系列を追うのではなく、歴史を逆行していくのがユニークだ。時代を感じさせるには、このほうが効果的だろう。 作者は「エピソードは本格派で、全体として社会派推理としたかった」と述べている。意図は完全に成功している。 カイタック空港の時代から香港は大好きだったので、地名や街の雰囲気がとても懐かしく、 ミステリと香港近代史で二回美味しかった。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
評価が高いので読んでみました。面白いと言えば面白いから 損をしたとは思わないが最初の章は評価しない。ばかばかしいと思った。後半の章はだんだん面白くなるが 年代をさかのぼるのは 特別の仕組みかどうか知らないが 普通の順番の方が ずっと読みやすい。これでHKの歴史が知りたいと思う方には さほどお勧めしない。観光案内の一助といわれてもねぇ。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
久しぶりにページを捲る手が止まらない小説に出会った。最初から最後の一文まで、読み終わった後の余韻まで素晴らしく良かった。読めて良かった。 ただ、訳者の方が後書きで「翻訳の結果としての日本語」を書いたと記していたが、それが本当に残念だった。「大圏」くらいわかるので造語を使わず注釈付きでそのまま書いてほしかった。どこまで原文通りなのか全て疑いの目で見てしまう。訳者に不信感を抱いたのと、ところどころ言葉の訳し方も不思議だったので☆は4。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
すごく良くできている。登場人物もとても魅力的。香港の歴史と共に読ませる構成もいい。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
香港を舞台にした刑事クアンの物語。連作短編集のような構成であるが、時間軸を現在から過去に遡って物語が展開する。なので、最初の作品はクアンが死にかけているところから始まる。そして最後は駆け出しのクアンまでさかのぼる。 短編それぞれをとっても、いわゆる本格と呼ばれるもので、自分好みである。それだけでも楽しいが、香港が英国領から中国に返還される時代背景で、大きく変わる香港を描きながら、人間の関係を作品の横軸を貫いて描かれる。ひとつの長編作品としても楽しめた。 本格ミステリでありながら、本格を超えようとした著者のチャレンジが成功しているように思う。推理からアクションまで、人を楽しませる要素が満載で、心から楽しめた。 | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
---|---|---|---|---|
時系列を逆に遡る形で話は進むが、当時の香港の文化や社会が垣間見えてとても面白い。読み終えるのが寂しくなったのは馳星周の「不夜城」以来だ。 | ||||
| ||||
|
■スポンサードリンク
|
|
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!