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スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編
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スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.30pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全58件 21~40 2/3ページ
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このスタンドバイミーを読んだのは高校生の時が最初だが、それ以来何度も読み返しています。 読み返すたびに新しい発見があり、読むたびに全く違った種類の感動を感じますy。 それは、作者の子供時代から現代まで抱いてきたいろいろな思いがぎゅっとつまっているからだろうと思います。 たぶん、また2, 3年後に読み返えすと、またさらに違ったものが見えてきそうです。 ぜひ、手元に置いておきたいし、いろんな人におすすめしたい一冊です。 | ||||
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少年たちが轢死体を探しに冒険するという、現代の感覚からすればちょっと変わったストーリー。 でも何というか、読みながら自分の思春期を振り返ってみると思い当たる節がちらほらある。 四人の少年たちは最初はただの野次馬根性やいささかの虚栄心で行動を始めるのだけれど(ここが本当にガキんちょっぽい!)、 冒険を進めていくうちに自分の振る舞い方とかを見つめなおすことになって、ただの純粋な子供たちの仲良しグループとしては どうしてもいられなくなってしまう。この感覚は思春期を経た人なら誰しも一度は経験するものではないだろうか。 そしてこの物語の圧巻はやはり、タイトルの「スタンド・バイ・ミー」のフレーズの意味が明らかになるところでしょう。そのシーンの 絶望感というか、カッコ良さというか、凄まじさというか、それまでの少年たちそれぞれの心境や状況の丁寧な描写を踏まえた上での あのシーンには何とも言えないほどの感情を覚えずにはいられない。 それとまた物語の背景も良い。まだ開拓の余地があって、列車が威勢よく走り回っていた時代のアメリカ、派手にほつれたジーンズと 瓶詰めのコーラが最高に似合いそうな(もっとも、これは私の勝手なイメージだけど)この舞台がこの物語に格別の情緒を与えている。 と、ここまで「スタンド・バイ・ミー」の感想を私なりに必死に語ったのだけれど、これでも星五つをつけずに四つにせざるを得なかったのは 本書の後ろの方にもう一遍の話があるから。こちらの作品にケチをつけるつもりはもちろん全く無いのだけれど(どちらも紛れもなくいい作品です)、 できれば「スタンド・バイ・ミー」の話を読み終えたあとの、あの冒険がすべて終わったという感覚を残したまま本を閉じて机に置いてしまいたかった。 「スタンド・バイ・ミー」は長編として十分過ぎるほどの出来ばえなのだから、これ単体で一冊の本として出すか、あるいは 「マンハッタンの奇譚クラブ」を収録するにしても掲載の順番を変えてこちらを本の前の方に持ってきてほしかった。 私個人の勝手な思いですし出版の都合等もいろいろあるのでしょうけれど、この作品が紙の本の良さを再確認できる類の作品だった手前、 純粋な読後感として私はついそう感じてしまいました。 | ||||
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この小説は宗教小説なのでは ユダの裏切りと思しきエピソードがあるし 死体を見つける場面は復活に重なる そもそもBODYとはキリストの遺体のことでは そう考えると大人になってしまった主人公が 誰にそばにいて欲しいのかわかるような気が | ||||
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ゴールデンボーイと同じ感想になりますが、映画より現実的ですが、 映画を先に見た人でもスタンド・バイ・ミーは十分楽しめます。 奇譚クラブは意外な方向に走り、強烈な印象を残しました。 村上春樹に似ているなと思いました。 また、この作品を「きみは赤ちゃん」を書いた川上未映子は読んだのかなと思いました。 キングを映画の原作者としてくくってはいけない作家と気が付きました。 只この4編は「トロッコ」通じるものがあり、女性はどのような感想を持つのでしょうか。 | ||||
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「スタンド・バイ・ミー」 レイバー・デイと新学期の始業の日に先立つ週末でもある金曜日の朝 行方不明だった少年の事故死体が森の奥にあるとの情報を掴んだ4人の少年たちは、死体探しの旅に出る その2日間を通して、誰もが経験する少年期の特異な友情、それへの訣別の姿を、成人して作家になった仲間の一人が描く、という形をとった著者の半自伝的な作品 映画をご覧になった方も多いことでしょう 特に有名なのは、少年たちが鉄橋で列車の前を必死に走るシーンでしょうか 私がよく覚えているのは 鉄橋のシーン 少年たちの野宿のひと晩 作中作のブルーベリーパイ早食い大会の顛末 死体を発見した時の年上の不良たちとのやりとり などです 少年時代の色々な感情が混ざった思い出を感傷的に綴った物語ではありませんね 目の前の出来事に夢中になり遊び回っていた少年たちの狭い世界 彼らの目に映る周囲の大人の狡さや矮小さ 親や兄弟への絶対的な愛情 やがて彼らは成長し、家庭環境の違い、価値観の違いから、別々の道=親が暮らすのと同じ世界に進みます あの日仲間たちと渡った川がまだ流れているように、少年だった語り手も変わっていくのです 「マンハッタンの奇譚クラブ」 ニューヨークのとある会員制社交クラブが舞台 このクラブではメンバーたちによって様々な物語がかたられる 特に、年に一度のクリスマスの夜には、とっておきの話が聞けるのです ある年のクリスマス・シーズンに80歳になる老医師が語ったとっておきの話とは… ホラー作品ではない、普通の2作 堪能させていただきました | ||||
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キング作品は読んだ事はないが、万人向けの名作の映画版が気に入ったという人は読むのを避けた方がいいかも。 映画は原作のひどい部分を抜かして、美しく映画化した物なので、原作の ひどい暴力や子供でも向き合わされる人生の不可避の酷さは出てきません。 そもそも原題からして、「スタンド・バイ・ミー」でなくて、「Body」(死体)なので、 言葉からイメージする通りのキングらしいえげつない内容です。 大人もクズみたいな連中ばかりしか出てきませんし。 底辺層・ロクでもない家庭環境に生まれ育ったり、ひどい障害を持っていたりと、 マトモな未来など有り得ない十代前半の少年たちは、一夏の死体探しという冒険の後に何かが変わったか? ・・・ジュブナイルや青春小説のような爽やかさ・暖かさは微塵もありません。 なんか漫画家・西原理恵子の育った町のひどさに通じるものがありますね。 私も多少、既視感があります。 今の日本にもこんな場所、子供たちは大勢いるんだろうな。 ちなみに、表題作は、キングの超常ホラーでない中編集「Different Season」の4編の内の1つ。 ホラー物でないのをアピールするためにこの題にしたそうですが、邦題が「恐怖の四季」 では意図が台無しだと思うのですが。 | ||||
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大人と少年少女って、恐らく「人種」以上に もはや「種族」が違うのではないか。 少年達の楽しみが大人達を時おり困惑させ憤らせるのは、自分達が失った素晴らしく輝かしい「何か」を持った種族に対してある種の羨ましさを感じるからかもしれない。 その少年達独特の、魔法のような煌めきが本書では余すところなく描かれている 安っぽく口にされる冒険も彼らが体験すればそれは本物であり誇らしいのだ。 大人に汚い仕打ちをされたクリスも、自身を見つめることのない両親を持つゴードンも、少年らしい誇りと情熱を武器にエースに対峙した。 大人になれば、道は違うかもしれないが、そこにあった四人の友情が失われたわけではない。 暗黒の塔で語られた「カ・テッド」であり、彼らは 「ケフ」をわけあった仲なのだろう。 これに恐怖を加えた物語がかの長編「イット」であると言える。 屈指の名作なので、気になる方はお薦め致します。 | ||||
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映画が公開された時小学校高学年だった私だが、大人になって思い立って原作を手にとってみた。 この話のテーマは格差だと思う。お金のあるなしだとか頭のよしあしだとか(確かにそれもあるだろうが)というよりは意識の格差と言った方がいい。 小説と映画ではほぼ同じストーリーながら印象がかなり違う。ちなみに原作のタイトルはTHE BODY(死体)だ。 映画最後の台詞『あの十二歳のときのような友達は出来ない』 は確かに小説でも中ごろに出てくるが、その意味は純粋な意味というより自分と違った世界の友達はそれ以後できなかったという意味合いの方が強いように思える。 小説の最後はこうだ。テディ(眼鏡)とバーン(太っちょ)はこの旅をきっかけにゴードン(主人公)とクリスから離れていく。彼らは次第に不良へなっていき、若くして事故で亡くなってしまう(クリスが亡くなるのは小説も一緒だが、二人はそれより前に亡くなってしまう)。 小説の最後に出てくるのは車で遺体の所へ行った不良のリーダー・エースだ。小説家になった主人公は故郷でエースを見かける。不良だがハンサムだった彼は、太ってその面影を全くなくし工場で働いていた。小説の最後の一文はこうだ。『川はまだ流れている。そして私も、そうだ。』 誤解を恐れずに言えば、大人へと変わる過程で落ちていってしまう人がいる。成長をあきらめてしまう人が少なからずいる。 四人の小旅行は、少年の日の美しい思い出などではなくて、運命をくっきりと分けた残酷なターニングポイントだったのではないかと思う。 大人になった今ならゴードンやクリスの悲哀と苦悩、そして大人になることの残酷さが痛いほどわかる。 数年前に6才くらい下の人達とお酒を飲んだことがあったが、その中で主題歌「スタンドバイミー」をソラで歌えるのは自分だけだった。私の世代にはやはり特別な歌なのだと思う。 そばにいられないからこそ人はそばにいてほしいと言うのかもしれない。 | ||||
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これは、出版されると同時に原書で読んだ。Different Seasons は、実質的に Four Seasons。 春が、Rita Hayworth and Shawshank Redemption。長年待ったかいがあって、名作映画になった。夏の Apt Pupil も映画化されたが、あまり注目されなかった。秀才でありスポーツ万能の高校生が自己崩壊してゆく物語。 秋の The Body は Stand By Me として、映画化され高く評価されたため、改めて説明する必要もないが、body は死体のこと。少年達が死体を探しにゆくという設定であるものの、薄気味悪さはなく、Stephen King の作品としては、数少ないノスタルジーに満ちた友情物語に仕上がっている。 冬の The Breathing Method は、ニューヨーク・マンハッタンにある奇譚クラブが舞台。それなりの趣向はあるものの、上記3作と比べるとやや印象度が落ちる。そのためか、映画化はされていない。 以上、映画化率は 7割5分。名作映画化率は 5割 という傑作集であったことが今更ながら、本書の価値を裏付けている。ぜひ読まれることをお勧めしたい。 | ||||
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高校生の頃に初めて読み、何とも言えない気持ちに満たされた。 当時の友達に「こんな良い話なんだけど…」と話をふっても「なんだよ、それ」みたいに理解して貰えなかった。 そして今、あの頃の友達との付き合いは無くなりました。 この作品は過去への決別と言うよりも、過去から現在への流れを優しく辿ったものだと思います。 胸に切なさや疼きを感じながら、主人公はまた流れて行くんだと思いました。 そして私も疼きを感じながら、流れて行きます。 | ||||
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【恐怖の四季(秋の目覚め):スタンド・バイ・ミー】 ゴードン、クリス、テディ、バーンの4人は物語の主題の死体探しが終わったあと、それぞれの人生を歩んでいきます。映画でそれらの役を演じた俳優達もまた人生色々。 以下、映画DVD(http://amzn.to/as81Vc)の方のレビューで語られるべき内容だと思いますが、以下ご了承ください。 ◆ウィル・ウィートン(ゴードン役、語り部):あまり日本では有名ではないが、テレビドラマで主に活躍中。私がこの俳優さんを知ったのは『スタートレック Next Generation』のウェスリー・クラッシャー役でした。この役でもゴードンと同じくナイーブな少年を演じていました。ギーク、パソヲタ。 ◆リヴァー・フェニックス(クリス役):この映画で注目を浴び『旅立ちの時』でアカデミー助演男優賞にノミネートするなど非常に将来が期待されるも、薬物中毒により1993年10月31日23歳という若さで死亡。生きていたらブラピどころじゃなかったと思う。 ◆コリー・フェルドマン(デティ役):順調に名俳優としての道を歩むも、成人後に薬物中毒につまづき、現在更生中。 ◆ジェリー・オコンネル(バーン役):映画はでぶっちょの気の弱い少年役でしたが、その後ダイエットして見違えるようないい男に。奥さんはレベッカ・ローミン(元夫ジョン・ステイモスを捨てて再婚)双子の娘を持つ幸せ者で、リヴァー・フェニックスなき今、4人の中では一番の出世頭。 以上、小説の主人公4人が映画で役を演じた4人とシンクロして、読んでいてなんともいえない気持ちになりました。 【恐怖の四季(冬の物語):マンハッタンの奇譚クラブ】 物語の中で更に語られる物語のあっと驚く展開と、英国の紳士クラブの雰囲気の描写が見所。オチ(クラブ及びクラブの執事の正体とか)がよくわからなかったけど、雰囲気を楽しめばいいんですかね。この物語。 ホラーとファンタジーの絶妙な融合具合がさすがスティーヴン・キング。出産に対するさまざまな描写及び知識が『ダーク・タワー』 http://amzn.to/9BhxPL のスザンナの出産エピソードに活かされてるんじゃないでしょうか。 ☆『恐怖の四季』春夏秋冬残りの春夏の物語もオススメです! http://amzn.to/cPc7VP☆ | ||||
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普通は短編集というと、いいものもあるけど駄作もいくつか含まれている、というものだと思いますが、これは4篇ともすべてが極上の作品。すべてが深い感銘を残す、すばらしい短編集です。キングの作品をあらかた読んできましたが、実はまだ若い頃に書いた、この短編集が、彼の最高傑作じゃないかなと私は思っています。キングの長編は、途中からだれてくる傾向があって、最初は猛烈にのめりこんでも途中からは退屈し始めることが少なくないのですが、短編は無駄がない分、非常に密度か濃いのもこの作品のいいところです。「キング=ホラー」という通念のゆえにキングを敬遠していた人は、ぜひご一読を。 | ||||
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春夏秋冬4編の作品からなるキングの傑作です。 秋冬のスタンドバイミー、有名な映画ですね。映画も印象的でしたが、原作はなお良かったです マンハッタンの奇譚クラブ、これだけ映画化されていませんが、独特の雰囲気を持った良い作品です。 キングは人物や情景、心理の描写がすごい。まるで最高の俳優の演じる映画を観ているような感覚にとらわれます。 ホラーは苦手なのでもっとこういう普通のちょっとだけスパイスの効いた作品を書いて欲しいです。 最高に良い作品です。 | ||||
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映画化もされたあの有名な「スタンド・バイ・ミー」と「マンハッタンの奇潭クラブ」の二作を収録。表題作の「スタンド・バイ・ミー」は、「刑務所のリタ・ヘイワース」や「グリーンマイル」と並ぶ、キングの非ホラー作品の最高傑作。少年の轢死体を探訪しに脛に傷を持つ四人の少年達が繰り広げる一夏のアドベンチャーだ。 「死体を探す」というスリリングなテイストを内包しながらも、作品自体はあくまでビルドゥンスク・ロマンであり、後に作家になった主人公による回想という形式も、作品のドラマ性に磨きをかけている。 アル中の父親や不良の兄などを抱える少年達の成長が、猛犬や不良達との対決、神秘的な鹿との出逢い等を通して叙情的に綴られ、強いベクトルを持った少年達の個性に人生の悲喜こもごもを堪能できるのも魅力の一つだ。主人公ゴードンがキングの少年時代のメタファーであり、キングの自伝的作品となっているところも、リアリティーを感じさせる。因みに、途中に挿入されているゴードン作の二作の掌編は、若い頃のキング自身による習作でもあるという(巻末の訳者の解説より)。 対極的に、「マンハッタンの奇潭クラブ」は、キング的な小気味よさに満ちたホラー作品。蠱惑的なプロットは空恐ろしいし、医師と妊婦のエピソードはモダンホラーの帝王の名に相応しい戦慄もの。 だが、主人公の描写に比較して冗長すぎる医師の語りや、いかにもホラーとして常套的である結末が、作品本来の恐怖の可能性を狭めてしまっており、かえすがえすも残念だった。 | ||||
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4つの中編でうち3つが映画化されている。3番目のThe Bodyはあまりにも有名な「スタンドバイミー」で映画とは異なる部分があるが、やはり愛すべき小説か。もっとも良い作品と思いました。1つ目のShawshank Redemptionは、してやったりの映画ほど痛快ではないが、余韻を残す良い作品と思いました。 2つ目のApt Pupilは、180ページで4作品の中では一番長く、何故こんな小説を書くのかと思ってしまうほどいやな作品でした。 4つ目のThe Breathing Methodは、本当に短編の恐怖小説かな。 いやな作品もあったけれど、読んでみる価値のある小説だと思いました。スタンドバイミーを借りてきてじっくり見たいという気持ちになりました。 | ||||
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20年近い昔、自分が中学生の時に出会った作品。 起点になるのは、新聞の片隅に載るようなありきたりな事故死。ラジオのニュースを聞いた4人の少年は、同世代の見知らぬ少年が行方不明になったことを知る。森の奥の線路際に横たわる死体を探しに、彼らは数日間の旅に出た…。この中編(他の作家なら立派に長編として通用するボリューム)は、1960年、メイン州の片田舎に訪れた一夏を、少年の視点で体感させてくれる。 舞台はキャッスルロックという架空の街だが、そこに描かれる風景には、作者の経験が色濃く投影されている。少年達の家庭に共通する経済的な貧しさや、家庭の歪みが彼らの日常に暗い影を落としている。だがそんな彼らが街を一歩出ると、郊外の自然が無関心に出迎える。 どこまでも続く一本の線路のまわりには無人の草地と森林。暑ければ裸で水浴びをしてヒルに食いつかれ、近道をするために目もくらむような陸橋を渡り、夜はたき火の前で胸につかえていた感情をはき出す。日常のあちこちにある不条理にとまどい、傷つき、反発する少年たちの心理的な葛藤が、旅の中で一つ一つ明らかにされていく。向こう見ずな勇気と、繊細な感受性が同居する彼らの心象風景は、読者を釘付けにする。子供の世界の敵意や友情は、形式化された大人のそれと違い、生の感情のぶつかり合いだ。しばしば劇的な形で内面をさらけ出す彼らの姿が、読者の深い感動を呼ぶだろう。仲間内での衝突と和解、また、年上の不良グループとの深刻な対立…昼夜を越えてついに死体を見つけ出した彼らが迎えた、苦い結末。 キングの筆には雨粒の冷たさまで実感させてくれるような凄みがある。楽しさ、哀しさ、悔しさ、可笑しさ…この小説には、豊かな感情が詰まっている。ジャンルの垣根を越えた、彼の代表作だと思う。 | ||||
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映画もすばらしかったですが、映画のメーキングも、4人のうちの一人が、若くしてなくなったことを知らせてくれています。 死体を見に行こうという話から、生きることの意味を考えさせてくれるかもしれない一冊です。 自分がそうだったので、映画を見てから読まれることをお勧めします。 | ||||
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どうしてこんなにうまく小説が書けるのだろうと不思議でしかたなく、何度も読み返すばかり。 収録作はここで改めて触れるまでもなく、世界中で愛される紛れもない傑作だが、巻末に収められた著者による本書の出版経緯の記述、すなわちステレオタイプな世間の見方に負けず、書きたいものを書き、そして数多くの人にその作品が愛されることになったといういきさつも極めて小説的。 | ||||
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映画を観たことがある人も、ない人も読んで後悔はない。 観たことがある人は映画との違いが楽しめるだろうし、観たことがない人は読み終えたあと、きっと映画を観たくなるだろう。 試写会で映画を観賞したあと、スティーブン・キングは「よく僕の原作をここまで素晴らしいかたちで映像化してくれた」と言って号泣したそうだ。 久しぶりに読み返してみて、その比喩の巧みさにひたすら感動した。わかる、わかると何度ひざを叩いたことか。今更ながら、彼の文章力を痛感した。山田氏の翻訳もきっと素晴らしいのだろう。もし僕がアメリカ人で、原語で読むことができたならば、その世界観を今以上に深く理解できるのかなと想像し、それって信じられないくらいにすごいことだなと思った。だってすべてを理解できない今でもかなり入り込めるし。 小学生の頃、たしかに自分の周りの世界は小さかったが、そのちっぽけな世界の中で、子供ながらにも心が複雑に揺れ動いていたことを思い出させてくれる。そんな小説です。 | ||||
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恐らく、世界最高の友情、青春小説だと思う。 出来事としてはたった2日、それでも彼等を自我ある大人に成長させた2日 それが歴史に名を残す小説家、Sキングの文章力で細部まで描かれている。 この小説には青春物に付き物の陳腐な恋愛などは一切無い。 そこがまた素晴らしい。 青春の香り、友情の儚さ、無力から少なくとも成長した現在の自分。。 ホラー作家である彼が「人間」を描ける。 一芸に通じるものは多芸に通じるという事か。あるいはホラーを描くことは人間を描くのか。 そういったことも考えさせる。 大学生以上の年齢の人に読んでもらいたい作品(それ位の年齢の人ではないと深く理解できないだろう) | ||||
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