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ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編
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ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.51pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全67件 61~67 4/4ページ
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| 「刑務所のリタ・ヘイワース」は、まったくの予備知識がなくて読んだほうがおもしろさは倍増する。だからあえてここではどんな物語かは触れない。映画を見た人は、この物語の「希望」というキイ・ワードにいたく感動するものらしい。もちろん私も感動した。しかしつづいて「ゴールデン・ボーイ」を読むと、もしかしたらこの作者は「希望」なんてものを人間の生きる指標の一つなどとは思っていないのではないか、そう思いたくなる。「ゴールデン・ボーイ」の少年は、たまたま友だちの家の車庫にあった古雑誌でナチの犯罪物語を読む。嫌悪と興奮と頭痛。それが心の闇の何かを刺激する。彼は、人間の心の闇のフタを不用意にもそっとあけてしまったのだ。性を知る直前の少年は、それが官能につながっていることに気づかない。そこにある得たいの知れない感情は、恐怖と官能で少年に襲いかかる。じわじわと闇が日常のなかに染み出し、事件への布石がそっと置かれる。キングの手際のあざやかさ。 正直なところ、この悪夢のような犯罪に、途中で何度も投げ出しなくなった。しかし投げ出してしまえば、中断した物語の切り口が乾ききらない傷痕のようにいつまでも気にかかる。それを阻止する唯一の方法は、一刻も早く読みおえてすっきりするしかない。これこそまさに、この小説のなかで登場人物が犯罪に手を染め、抜き差しならなくなった状況と同じではないか。クソッ! どこから見ても非のうちどころのない家庭で育った少年。しかしアメリカ社会が大義名分で抑圧した精神の病んだ部分が、少年の心のなかにとりつく。アメリカの健全神話の裏に、じつはこんなものがべったりと貼りついていたのだ。題名のゴールデン・ボーイとは、アメリカの無垢の象徴だろう。 読みおわってみると、「刑務所のリタヘイワース」の犯罪者たちが妙にいとしくなる。人間に残された希望というささやかな砦を、いかにみごとに守りきったことか。「ゴールデン・ボーイ」の悪夢のあとでは、いっそすがすがしいほどだ。「ゴールデン・ボーイ」は、もしかしたら前作をこのように光らせるために読まれるべきものなのかもしれない。キングの凄味のある合わせ技と言ってみたくなる。 | ||||
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| 実は「ゴールデンボーイ」の映画を見る前に原作を読んでおこう、くらいの気持ちで購入したのですが、「ショーシャンクの空に」の原作も収録されてるとは知らず、ちょっと得した気分です(笑)。「ショーシャンク」の原作は意外と短いのですね。ある意味、こちらの原作の終わり方のほうが爽やかで希望に満ちた感じで好きです。「ゴールデンボーイ」の方は短編としてはわりと長いので読み応えがありました。海外小説の翻訳モノは苦手だったのですが、この翻訳はとても自然で、上手に訳してあるなと思いました。 | ||||
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| 「ショーシャンク・・・」が映画化されたとき、「さもありなん。」と思った。が、多くの例がそうであるように、やはり映画は原作を超えることは無かった(唯一の例外は「フォレスト・ガンプ」くらいか)。映画を先に観てしまった人を憐れだとすら思う。本作に関して言えば、原作の方が少なくとも250倍は素晴らしい。なぜなら、「希望」を与えてくれるから。是非、春先に読むことをお勧めする。 | ||||
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| 映画「ショーシャンクの空に」を見て感動して買いました。だから、ゴールデンボーイよりも「ショーシャンク」の原作のほうを期待していたのですが、結果は逆。私は映画を先に見てしまったせいでしょう。「ショーシャンク」は結末までしっかり描かれている映画のほうが好きです。映画のほうが人物の対比などがはっきり表れていたのでわかりやすいということもあります。「ついで」に読んだ「ゴールデンボーイ」ですが、こちらのほうが私にとっては心に残るものがありました。ごく普通の少年が、偶然元ナチの将校に会ったためにナチの残虐行為に興味を持ちました。最初はきっとホラー映画と同じような感じで面白半分だったのが、元ナチの将校が関わった強制収容所での出来事を聞きつづけることで、人間に対して温かい気持ちが持てなくなり、果てには殺人を犯してしまいます。元ナチの将校もナチハンターにつかまらないためにひっそりと暮らしていたのが少年に偶然正体を見抜かれてから、ナチ時代の話をするようになり、当時の悪夢から開放されるために逆にまた動物や人間に残虐行為をする人間に戻ってしまいます。当時のナチの行為は絶対に否定されるべきですが、人間の心のどこかには面白がる気持ちはなくてもそういうことに好奇心をもってしまう面があるのは否定できないと思います。私自身は当時人間はどこまで残虐になれたのかを隠さずに知れば、人間はそんなことは繰り返さないと思いたい。ですが知ることは一部の人間には悪夢であると同時に誘惑にもなるのかもしれません。残虐行為をされる人の立場で考えるいう視点がこの小説からは意識的に排除されているようで、(元ナチの老人の行く末を決める人物が登場するまで)それが大人びている主人公の少年の未熟さをあらわしているのかもしれませんね。スティーブン・キングはあまり人気がありすぎてそれまで興味が持てませんでした。私は映画でしか接したことがなく、今回始めて原作を読みましたが、人気だけでない、すごい小説を書くなというのが正直な感想です。キングファンには鼻で笑われそうですけど。 | ||||
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| キングの作品には直接的な恐怖とともに、そこに至る、それ以上の恐怖があることを示唆するものがある。この作品はその典型のように思う。キングが書きたかったのはナチの悪夢ではない。現代アメリカの抱えている、もっと根深い病巣について彼は書いているように思う。そして、なによりこの作品が恐ろしいのは、そういった病巣を書くのに、まだ若い少年を主人公に持ってきてさえ表現できてしまうという点だ。そして、この病巣は今の日本にも芽生えているような気がしている。 | ||||
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| テレビで、ショーシャンクの空に、を見たときは、感動した。原作と知らずに、ゴールデンボーイを買い、壁の中のリタヘイワースを読み、原作と知ってうれしかった。私は、映画から入ったせいか、映像も、原作に劣らず名作だと思った。スティーヴンキングの作品はほとんど映画化されている。筋はいざ知らず、表現に少し品がないのでは、と感じるのは私だけだろうか。その中で、私の一押しの作品。(原作、映画とも) | ||||
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| 短編というよりはちょっと長めの中編集だが、最初の「刑務所のリタ・ヘイワース」がいい。題名は確かにボクラの世代にはリタヘイワースから喚起されるイメージがなくてつらいかも(あるいはボクが無知なだけか?)、映画化もされていて「ショーシャンクの空に」なんて題名じゃなかったかな、ビデオで見た気もするけど、知的で不屈の闘志をもった主人公の魅力を映画で描くのはかなり難しいでしょ、映画の方はイマイチの失敗パターンってところだったと思う。 ただし原作の方はその魅力をいかんなく書き出している。一読をお奨めする。 | ||||
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