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(短編集)
くじ
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くじの評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.63pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全30件 1~20 1/2ページ
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その昔、確かに読んだ記憶がある短編集。ラストに置かれた、名作「くじ」のストーリーはよく覚えていたが、後はほとんど記憶の隅にも残らず、ただ冒頭の作品が意味不明だった記憶だけは残っている。今回読んでみてやっぱり面白さがわからなかった。何十年もたって、読解力が進歩してないのに苦笑。 それはともかく、人間の黒い感情がにじみ出るような、底意地の悪い作品群は、十分楽しめた。何度も出て来る「ハリス」「ジム」「ジミー」と言う男が、女性をたぶらかす悪魔らしいのだけれど、その辺リちゃんと理解出来なかった気はする。 「ホラー」に分類したが、鬼面人を驚かすような怖さはなく、嫌な気持ちにさせる、奇妙な味の作品集と言う感じだった。現在の感覚で言えば「純文学」でも通ると思う。最後に一番印象的だった場面を記すと、「アイルランドに来て踊れ」で、老人が言い放った一言「わしはばばあは大嫌いだ」。 | ||||
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シャーリー・ジャクソンの『くじ』は、現在の日本では、シャーリー・ジャクソンの代表的な短編集として認知されており、タイトルになっている「くじ」は傑作として知られているが、 ここでは、この文庫本の最後に収録されている、深町眞理子氏の、 「駆けだしのころー解説にかえてー」というテキストについて、特に書いておきたい。 こういう、時代の証言者のようなものは、貴重なものであり、 実際、シャーリー・ジャクソンの「くじ」の、日本における出版の歴史のようなものを、ググっても、 初めて雑誌掲載された時には、翻訳者としては福島正実氏名義だったということまでは、ヒットしない。 シャーリー・ジャクソンの『くじ』は、深町眞理子氏の、翻訳者としての処女訳作品であるが、 このハヤカワ文庫版『くじ』は、深町眞理子氏による、四十一年以上前の訳の徹底的な改訳である。 特に、 「それともう一つ、大昔のことゆえ、フカマチマリコさんもずいぶん”ものを知らな”かった。」 として、 「さらに恥ずかしいことに、元版の「訳者あとがき」で、訳者はこう書いているーー”このエピローグとして掲げられた一篇の詩が、作者の創作にかかるものか、あるいは古くからあったのを作者が引用したものかーー原文にはかなり古い英語が用いられているーーは、浅学にしてよくわからない。どなたかご教示いただければさいわいである”。いやはや。ただ、これは負け惜しみかもしれませんが、当時、福島氏をはじめ、先輩諸氏のどなたからもこれについてダメは出ませんでしたし、まちがっていると”ご教示”くださったかたも皆無。チャイルドの本が、世間全般にはさほど知られていなかったのだと自分を慰めるべきなのか、それとも、反応皆無なほどに『くじ』が読まれなかったのだと落胆すべきなのか。複雑なところです。」 という部分は、これを読むためだけでも、この本を買う価値があるほど、胸に迫るものがある。 現代の日本であれば、こういった情報については、インターネットで簡単に調べられるのだが、 インターネットがインフラになる以前の時代は、こういった情報を入手するのは困難だった。 しかも、 「先輩諸氏のどなたからもこれについてダメは出ませんでしたし」 という箇所は、 当時の日本人の英語力の低さに加えて、 こういう状況で翻訳に取り組まなければならなかった、深町眞理子氏の心情を思うと、 今回のハヤカワ文庫版の改訳『くじ』は、深町眞理子氏にとっては、 エイハブ船長の片足を食いちぎったモビー・ディック(白鯨)のようなもので、 それに対する報復なしには、人としての矜持を保てないようなものであり、 今回の改訳が出版されたことで、ようやく過去の自分を許せる、といったものではないだろうか。 私自身、欧文のテキストを入手するには、丸善のような洋書を扱っている書店で何ヶ月も待って輸入してもらうか、神田神保町のような古本街で探すか、 学術雑誌総目録で調べて、国内の図書館で所蔵しているところがあれば、 国会図書館は当然として、自分の大学の図書館の司書さんに紹介状を書いてもらって、普段であれば入れないような「女子大」にまで、コピーを取らせてもらいに通ったし、 UMI論文だと、雄松堂書店を通して、ゼロックスコピー版を送ってもらうか、 ニューヨークにある、その分野に特化した古本屋からカタログを送ってもらって、個人で輸入する、ということが中心だったし、 とにかく、基本文献のようなものも含めて、情報の入手が困難だった時代を覚えている。 インターネットそのものは、1980年代には作られていたが、1990年代だと、「常時接続」できたわけではなかったし、 インターネット上にあるデータベースにアクセスするために、日本橋の丸善に頼んで、項目が列挙された程度のものをプリントアウトしてもらうだけでも、とんでもなく高い値段だったことを覚えているし、 仕事でも、メールではなくFAXでのやり取りだったことを考えると、現在の状況は本当に楽になったと思う。 私が、アマゾンや電子書籍化を支持するのは、 紙の本のかたちでも入手が楽だし(古本であっても、日本中・世界中の古本屋から探せる)、 家の中が紙の本で埋まる、という状況から開放されるだけでなく、 インターネット以前は、今にして思うと非常に高価だった洋書を、 現在であれば、安く簡単に入手できるので、 当時の「恨み」をはらせる、といった感情があることも否定できない。 現在の、インターネット環境が当たり前に生まれた時からインフラとして存在している世代には、想像しづらいと思うが、 英語の文献のようなものであれば、自分が語学を学びさえすれば、容易に読めるものが簡単に入手できる時代とは異なり、 基本文献の存在を知ることさえ困難だった時代に、 翻訳者としてのキャリアをスタートさせた、深町眞理子氏の、記念すべき処女訳作品の改訳版である本書は、 それを思いながら読むと、 深町眞理子氏のような優れた翻訳者の存在のありがたみが実感できるものであり、 シャーリー・ジャクソンによる原作の面白さとともに、 読書の喜びを味わえるものとして、お薦めできるものである。 | ||||
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表題作が一番良い。文章がきちんと締まっていて過不足がない。他の作品は短いのに冗長だとかおかしいのが多い。 | ||||
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1日遊んだ帰り道。 誰にも見られないだろう。 パンプスを脱ぎ、ぺたぺたと歩く。 ひんやりとしたアスファルトが心地よい。 家まであと25メートル。 おっさんが吐いたであろう痰を踏み抜き滑る。 そんな気持ちになれる本。 | ||||
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異色作家短篇集、シャーリー・ジャクスンの巻。 収録作品全て高水準で面白いですが、名作「くじ」のインパクトが大きくて、他の短篇が若干見劣りしたのも真実でした。 その「くじ」は今の視点で読んでも結構強烈に思えました。どこの国や地域でもある時代まではこういう儀式があったであろう事は想像できますが、それを最後まで判らない様に描いた所も意外な結末風で良く出来ている様に思えました(深町さんの訳者あとがきはネタバレなので未読の方は読まないように)。 この短篇は周知の通り、あまりに反響が大きかったので、その反響だけでまた短篇を書いた事でも有名で、短篇集「こちらにいらっしゃい」で読めるので是非読んで頂きたいです。 正に異色短篇と呼ぶに相応しい作品集。是非ご一読を。 | ||||
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何を書いてもネタバレになってしまいますが、表題作は一番面白かったです。この本では真っ先に読む事をオススメします。 | ||||
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背中がやけてましたがコンディションは良好で良かったです | ||||
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1964年初刊行の短編集。 全22話、不思議な雰囲気のストーリー。 表題作『くじ』はわりと有名、かつ本書収蔵のなかではいちばん読ませる。 残り21作は退屈、つまらない。 皮肉だが訳者の「あとがき」がおもしろかった。 | ||||
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おそらくこの本を買う99%の人は表題作を目当てに買うと思うんだけど、 何でラストに持って来るかなあ・・・・。 短編集の良い所は、目当ての作品以外にもサクッと自分に合った良作を 見つけられるメリットがあって、ちょうど、アルバムを聴く感覚に近いかもしれない。 であれば、それをラストに持ってくるのは、そういった楽しみを放棄するどころか おざなりに他を読み飛ばしてしまうリスクもある。そもそもラストだと浮くだろこれ。 こういうのって読む側の視点になればすぐわかりそうなものだけれど、 編集側のレベルの低さを嘆くしかない。作品も翻訳も良いだけに残念。 作品の話をすると、名作「くじ」はさておいて、他も面白い。 よく奇妙な味とか、日常と非日常の境界とか紹介されているけど、 個人的には日常に非日常がちょこんといる、って感じかな。 モーパッサンとか、フランス文学と相性が良いかなと思う。 家具を買いに行く話とか、あの毒にも薬にもならない感覚。 逆に言うと、サキとは似て非なるもの。 サキ好きな人は、意外とジャクソン合わないかもしれない。知らんけど。 | ||||
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タモリの世にも奇妙な物語の原形の様な小説です。短編はプロテスタントのキリスト教教育に使われています。リベラル教育に力を発揮するようです。 | ||||
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ハヤカワの「異色作家短編集」で読んでいるけど、新しい文庫が出たので買った。 表題作はインパクト抜群の問題作だが、他の作品はまるで捻りがない。 奥さんが女中の扱いに困ったり、ハイミスが婚約者にすっぽかされたり、嫌な事件が起こるだけ。オチも何もない。 こういうのを文学と言うのだろうか。表題作だけを評価して、星三個。 | ||||
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「チャールズ」の方がぞくっとしたかもしれません。 ホラーでもなんでもないお話なんですが、子供特有の残酷さというのが。 あと「塩の柱」は聖書からの引用のようで少しわかりづらかったかもしれません。 この作品に限らず、欧米の作品は聖書からの引用が多いので聖書を読んでいないと理解できない箇所が多いです。 | ||||
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帯にある「黒い感情がにじみ出す~」との言葉通り、 人の心の底の異常な部分をじんわりと匂わせるような、 不条理がただよう作品集。底意地の悪いストーリー ばかりが並び、下手なホラー小説よりも読者によっては 嫌悪感が強いかもしれない。 個人的には有名な表題作よりも、「魔性の恋人」の一篇の ほうが印象的。 | ||||
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嫌な気持ちにさせられる話ばかりで、読み進める毎に気が滅入ってくるので、途中でやめました。 | ||||
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ここ数年で一番つまらない読み物でした。もとより短編集は苦手でしたがその思いを新しくしました。 | ||||
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表題作を含む全22の短編を収録した短編集。私は作者の作品は初読だが、日常生活における微妙な"ズレ(歪み)"を掬い取り、それに伴う人間心理の機微を時には冷笑的に、時には不気味に、時には哄笑的に、時には幻想的に、時には(宗教を背景として)悪魔的に描くという作風らしい。独自の作風の作家ではある。なお、全短編は「魔性の恋人(作中に同名の短編あり)」という詩に触発されているらしい(各編に"ズレ(歪み)"を生じさせる悪魔的人物が登場するという意味)。 女流作家らしく日常生活の描写は確かに非常に木目細やかであるが、奇想や奇抜なオチで勝負するタイプではなく、読んでいて物足りなさを覚えた。表紙の帯に「宮部みゆき氏推薦」とあるが、読む者にとって毀誉褒貶の激しい作風との印象を受けた。例えば、「大きな靴の男たち」はヒュー・ウォルポール「銀の仮面」を想起させるモチーフなのだが、残念ながらそこまでの迫力はない(慎ましく書いて、読者の想像力に訴える作風とも言えるが)。結局、他の短編とは作風の異なる掉尾の表題作「くじ」のみが<奇妙な味>の佳作として印象に残る様では寂しいと言う他はない。 これが作者の代表短編集かと思うとお寒い限り。独自の作風だけに、上述した通り、読者によって好悪が別れる作家・作品だと思った。 | ||||
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「くじ」が面白いと言われていますが、つまらないです。 意味不明の、妄想読者だけが喜ぶ作品でしょう。 こんなの文芸作品としては、最低だと思います。 レビューの高評価はまったく当てになりません。 | ||||
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シャーリイ・ジャクスンが「くじ」と長編「山荘奇譚」の作家として高名なことは知っていました。 が、実はこういう作家だったとは! いわゆる「奇妙な味」系のミステリー・ホラーは、もう別にいいかなという思い込みから手を出さず…代表作が文庫になってはじめて読む気になったのですが、いや、これはミステリーでもホラーでもない。 あくまで普通の小説なのに、なんとも言えない味わいがあるのです。 心理実験で、被験者に看守役をさせたり、別の人間に電流を流させたり、わざと不公平なゲームをさせたりして、時間経過とともに被験者が残忍性を増してゆく様子を記録しているヴィデオをTVで何回か見ていますが、本書の収録作は、そうした人間の心理を、様々な物語としてこれでもかというように見せつけているような作品揃いです。ただ、その筆致は、予想していたよりずっとシンプルで、グレイス・ペイリーあたりを思わせる作品もあり、またクリスティアナ・ブランドが普通小説を書いていたらこう書いたのでは、と思うような作品もあり、全体のトーンに統一感はありますが、物語の魅力は一律ではありません。 こんなに面白い作家だったとは。これまで読んでなかったのは失敗でした。 | ||||
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SFでもホラーでもない、だけど日常生活で起こる奇怪な話にぐいぐい引き込まれます。隣人の秘密に触れてしまったようなドキドキワクワク感と一癖ふた癖ある登場人物とセリフ回しがこれまた面白く読者を物語にどんどん引き込んでくれます。 読書にマンネリを感じている方々にこそ是非手に取ってもらいたい小説です。 | ||||
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当方が「くじ」の存在を知ったのは・・・おそらく10代の頃だったろうか。省略された形で、子供向け(にしてはデイープな内容の、アンソロジーだったが)に編集された書籍にて一読したときの衝撃は忘れがたい! なぜ、「くじ」をひかねばならないのか? 「くじ」に当たった家族はどうなるのか? さらに、その家族から最終的に選ばれた一人の運命は? ・・・一切の説明をはぶいて、ただただ進行する「くじ引き」。前提となる設定も、あとづけの解釈も何も、ない。だからこその・・・恐ろしさ! 凄絶さ! 何度か版型を変え、シリーズ名を変え、ついこのあいだまでは入手困難であった「くじ」が、文庫化されるとは! 当方にとってS・ジャクスンは「山荘奇談」(丘の上の幽霊屋敷)と、この「くじ」の2作によってクラシックスになりえた才媛のイメージが強すぎる。もちろん、収録されている他作品もジャクスン節大全開ではあるが・・・「くじ」の不条理性・破壊性にはとうてい、及ばない。抜きんでている! それだけ、この作品は珠玉とだけ言っておこう! 発表時も問題視されたというがーーむべからぬかな。 時代背景、社会性、倫理性、暴力描写。そうして人間の根源を越えて・・・おそらく「普遍的」なものを内在している、と! | ||||
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