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終わりの感覚
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終わりの感覚の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.07pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全22件 1~20 1/2ページ
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<概要> 穏やかな引退生活を送る男のもとに、見知らぬ弁護士から手紙が届く。日記と500ポンドをあなたに遺した女性がいると。記憶をたどるうち、その人が学生時代の恋人ベロニカの母親だったことを思い出す。託されたのは、高校時代の親友でケンブリッジ在学中に自殺したエイドリアンの日記。別れたあとベロニカは、彼の恋人となっていた。だが、なぜ、その日記が母親のところに?ウイットあふれる優美な文章、衝撃的エンディング。記憶と時間をめぐるサスペンスフルな中篇小説。2011年ブッカー賞受賞作。(表紙カバー見返し文より引用しました) <感想> 忘れていた学生時代の記憶が、一通の手紙から蘇っていく。妻と離婚しながらも、ときどき食事を共にし、孫の成長を喜ぶ老人が、学生時代に自ら命を絶った友人の秘密に巻き込まれていく。最後は、まさかの結末だが…。 老人が、忘れていた若き日の記憶をたどるという点では、ジョン・バンヴィル「海に帰る日」に似てはいるが、「終わりの感覚」では、自ら積極的に追憶するのではなく、弁護士も絡む手紙が、否応なしに過去の記憶をたどることを強要する。 丁寧ではあるが、主人公の回想、思考の文章表現はリアルだった。また、生々しかった。 綺麗ではあるが、妙に高貴なわけではなく、大衆的な表現も混じる。結構、読み始めるとのめりこみ、184ページの中篇小説だが、一気に読んでしまった。また、読み終えてから、再度、要所を読み返し、「そういう事だったのか!」と納得した。読んだ後に、作者の巧妙な仕掛けに気づいた。すべてが氷解するような気分になる小説だった。真面目な小説が、実はサスペンスで、しかもどんでん返しする、すごい小説でした。(65歳男性) | ||||
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2011年ブッカー賞受賞作。購入した当時はあまり記憶に残らない読書となった本書。 SNS 疲れから、紙の本を読む様になって本棚から選んで3日間で読了。 本を読むことの上質な楽しさ、思考に与える導きを思い出させてもらいました。 技巧を凝らした作品でもあり、遊び心に満ちた作家の世界を堪能する事が出来ました。 いっときの感情を非対面で他者にぶつける事が これほど愕然とする未来へ繋がるなんて誰も思いもしないだろう。 読了直後、映画「ベロニカとの記憶」も観ました。 映画では主人公の偏屈さが薄れていて若さゆえの過ち程度で 私自身は本の方が心を揺さぶられるものがあったと感じました。 | ||||
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公務員として、平凡な人生を送ってきた主人公が老齢の入り口に差し掛かり、自分の知らなかったかつての恋人の人生が明るみになる。 過去の友情や恋愛といった些事よりも、はるかに巨大な性の魔力が、現在の状況を作り出したことを主人公は理解する。 主人公の驚きや価値判断に一切触れずに物語は終わる。この文学では余計なことを滔々と主人公に語らせるのは間違っている。母娘の葛藤や父親の自棄の念などにも言及されない。このあたりの余白感は正しく英国的な文学といえよう。「大人ならわかるよね。これは善悪の問題ではないし、好悪の問題でもない。こういうことが起こったにすぎない。あとは自分で考えてね。」 優れた芸術家であるバーンズは芸術のうしろに隠れて、舞台袖のカーテンの隙間から観客の様子を眺めている。 | ||||
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初読のあと、再読するまでの間に大きな心理的変化があったせいか、一年ほど間をおいてもう一度読むと、この本は、恐ろしいほど澄んだ音で自分の中に浸透していった。 エイドリアンとベロニカとトニー。この三人が絶妙。 エイドリアンとベロニカは、結局はトニー側からのイメージでありその内実は終わりまで読まないと見えてこないんだけど、それでも(だからこそ?)十分に生々しく描かれていて、三者三様に自分が重なる。エイドリアンは、苦悩に対して理性で回答を導こうとして静かに滅びに向かったところ。ベロニカは、爆発寸前の苛立ちと孤独と、あとは血を流すような苦痛。トニーの心理描写は本当に丁寧で舌を巻いてしまうけど、特に「平和主義」という名の事なかれ主義(あるいは怠惰)に対する自己反省と、それから…そうだな、親友に恋人を奪われる、陳腐だけど(「リスボンへの夜行列車」を思い出した)それを起爆剤として描かれる、トニーのベロニカに対するベクトルが精緻で独特で、そして…痛いほど身に覚えがある。 一度引き込まれると、著者バーンズの鋭い知性と小説の旨味がどんどん分かってくる。細部に無駄がない。すごい。これは…大した本だ。 知性と人格についての語りもとてもよかった。著者の思想といってよいものだろう。エイドリアンの翼の生えたような知性を語る際の「思考の交通整理」という言葉がすばらしい。いるのですよ本当に。天分のごとき知性を自在に操りながら、軽やかに周りの人たちを高みに連れていってくれるような人間が…。そして人格。この年になると染み渡るように理解できる。製鉄に似ている。ときに暴力を伴う鍛造を経て、透き通る音の響く鋼になる…それは実感として自分の中にある。 なんというか、再読してこれだけ劇的に印象が変わるのだから、この本は好き、この本は嫌い、などと軽々しく言うもんじゃないなと自戒。当たり前だけど、しかし自分で思っていた以上に、精神状態というか心のありようは、読後の印象を大いに支配するし歪めもする。成熟に応じた味覚の変化っていうのは、何もごはんに限ったことじゃないんですね。 それにしても、心の一番奥の、湖底の静寂の中にまだ残ってちりちりと涼しい音を立てているような… うう、出会ってしまった、と思ってしまったのでした。 | ||||
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S・ランプリング主演で映画化するときいて、読んでから見ようと購入。 結果、先に読んで大正解...安っぽい言い方ですが、超面白かった... 話は男性主人公のノスタルジックな一人語りから始まります。学生時代の生意気でいまとなっては恥ずかしい背伸びした思い出から、美少女ベロニカとの出会い...そこから内容が単なる思い出物語ではなくなっていきます。 読んでのお楽しみなので詳しくはかけませんが、中盤からのミステリー天下の見事さには、読んでいるだけなのに目の前で行われているかのように感じられます。 面白い小説ってこういうのをいうんだよな、と読書の魅力を再発見させてもらいました。 ちょっと自分に酔ってる主人公を、後半からそのプライドをズタズタにするような展開には、友達でもないのに赤面... そのような作者が作った仕掛けを、最後まで緊張感が途切れず日本語に完璧に移し替えた翻訳家にも感服です。 | ||||
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バーンズらしさと、らしくなさが印象に残る作品でした。らしさは、伏線や構成や機知に富んだフレーズ。らしくなさは、そのわかりやすさですが、もしかしたら「全然わかってないし、これからもわからない」だけなのかもしれませんが。 映画も先日、観ましたが、プロットや細部は原作に忠実に作られていました。ただ、原作は、やはり小説であるので、トニーを視点人物に据え、その内省を軸にして作られているため、老いることであったり、愛と性であったりに関する思索をめぐる物語になっています。 また、これは勇足の誹りを受けそうですが、トニー、ヴェロニカ、ソーニャ、エイドリアンの関係は、先生、お嬢さん、その母、Kの「こころ」の変奏曲のようにも読めました。「『こころ』大人になれなかった先生」の石原千秋さんなどは同意してくれるのでは。 | ||||
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2018年1月この本を原作とした映画「ベロニカとの記憶」が公開されるとのことで読んでみた。 この小説のポイントは時相がふたつあること。35-40年前の主人公20代の頃の出来事、そして現在の出来事。ところが過去の出来事があたかも事実のように書かれていながら、じつは現在からの回想でしかないところが大きな仕掛けになっている。そして、現在のある出来事(過去に書いた手紙)によって、回想そのものの信頼性が大きく損なわれる。つまり、前半の若いときの話は主人公の都合のいい回想に過ぎなくなってしまう。都合の悪いことは思い出されていない・・・。 冒頭から読むとこの仕掛にまんまとのせられてしまう。だから最後まで読んでも???なことがいくつか残る。なぜベロニカと別れたあと母親から手紙がくるのか。エイドリアンはなぜベロニカとつきあっていながら母親とできてしまい妊娠までさせてしまったのか。死ぬ前はなぜ幸せだったのか。なぜ自殺しなければならないかったのか。なぜ母親は遺産とエイドリアンの日記を主人公に送るのか。血の報酬の意味は。 これらがもやっとしてクリアにならないのは前半の回想部分に意図せざるうそや省略があるからだ。 でも、それがどんなうそか、何が省略されているのか、読み手は想像するしかない。 主人公はベロニカの母親とできていた(目玉焼きのシーン)けどそれが書かれていない、のかもしれない。もっと突飛なことを考えると、エイドリアンの実母がベロニカの母で、障害をもったエイドリアン2世は、エイドリアンとベロニカ、兄妹の子供なのかもしれない。そんな多様な読みができる構造ゆえに読後の浮遊感があるような気がする。 「終わりの感覚」は2度めは書かれていないことを考えながら読まなければその本質がわからない、いや、そう読んでも浮遊感が残る、不思議な構造になっている。レビューの評価が割れるのは、どこまでも残るはっきりしない感を受け入れられるかどうか、ということか。 | ||||
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本書は二部構成。前半は、学生時代の回想。後半は退職し一人暮らしをしている現在。 人は自分に都合良く過去のストーリーを書き換えている。それが一通の手紙によって揺らぐ。新たな記憶がよみがえる。結局人生とは何だったのか。釈然としない感じが残るが、その意味でリアリティのある小説。 | ||||
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著者の世代の学生時代の思い出から、老後の現在を綴る 人生の「終わり」を見据える思いテーマながら 深刻さはなく、むしろ著者の悟りの静寂を思わせる文体 中年の自分が何度も呼んで、自分の学生時代を思い起こさせ 懐かしい気分にさせるとともに、「死」を見据えたブッタの境地の片鱗のような 示唆も感じさせる | ||||
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この作品は、純文学愛好家だけに独占させるのは勿体無い傑作です。 サスペンス好事家の紳士淑女の方々こそ、ゼヒとも読まれるべし。 人生はシンプルで短く、謎に満ちている。そして謎には、必ず見えない因果がある。そして因果は、常に人間に残酷である。 純文学的に言いますと、物語の根幹をなす主人公の手紙が、とにかく大傑作で驚きました。品のない、醜悪な、若気と馬鹿気の至り以外の何物でもない軽薄な文章。しかし読了したあと読み返すと、この文章を書いたバーンズという作家さんは、つくづく天才だな、と。 個人的には、何が謎かもよくわからない、現在の主人公とベロニカのやり取りの長さに、大いに焦らされました。主人公に焦らし屋呼ばわりされたベロニカの手練手管は、そのままバーンズの小説家としての渾身のプレイです。 ぜひ一気読みし、単調な前半戦の意味が二回瓦解し、深いクライマックスに導かれる様を堪能して下さい。 | ||||
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ジュリアン・バーンズというと、『フロベールの鸚鵡』『10 1/2章で書かれた世界の歴史』等の 作品の題名だけは知っていて、いささか前衛的な作風の持ち主という先入観があったので、 本書を読み始めて、かなり読みやすく単純に面白い話でもあることにまず惹きつけられたし、 話が進むにつれて徐々に明らかになる仕掛けの巧みさには、ただただ感嘆させられた。 内容については他のレビュアーが詳しく書かれているので省略するが、「過去への悔恨」を 主題に据えた本書の底深い苦さには特筆すべきものがあり、おそらく老境に入った手練れの 作家にして、初めて描き得る境地ではないかという気がした。たまにこういう作品に出会う ことがあると、文学もまだまだ捨てたものではないなと勝手に思ってしまうのである(笑)。 | ||||
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「終わりの感覚」(原題The Sense of an Ending)ってどういう意味だろうと興味を持って読んでみた。 穏やかに人生を過ごしてきた初老の男性トニーに、学生時代の恋人ベロニカの母が日記といくらかのお金を遺して逝ったことが伝えられる。その日記はその男性の高校時代の親友でケンブリッジ在学中に自殺したエイドリアンの日記だった。ベロニカはトニーと別れた後、エイドリアンの恋人となっていたのだが、なぜ彼の日記をベロニカの母が持っていたのか? どちらかというと事なかれ主義で生きてきたトニーは、この不可解な日記遺贈の出来事から、心に蓋をして忘れ去ってきた学生時代を思い出していく。そして、いつしかその日記に書かれていることを読まなければならない気持ちになるのだが、日記はベロニカが手元に置きトニーに渡すことに必死に抵抗する。そこにはいったい何が書かれていて、なぜベロニカは日記を渡そうとしないのか…。謎を解くために、トニーの追究が始まる。そして、その結果トニーが得た苦い真実とは…。 すべてがわかったあとで、トニーの記憶の中で語られていたベロニカ、エイドリアン、ベロニカの母、そしてトニー自身が、実は本当の姿ではなかったことに、読者もそしてトニー自身も気づく。 平凡に穏やかに人生を過ごし、大きな悔恨もなく一生を終えるはずだったトニーは、ぞの人生が終わりに近づいたこの時になって、自分の若かりし頃の愚かなふるまいを思って途方に暮れる。自分のしたことの重さを知らずに過ごしてきた時間を悔いても、もう時をさかのぼってやり直すことはできない。トニーは、おそらく死の間際まで悔悟の念から逃れることはできないだろう。 記憶を巡って、一つの出来事から人生が鮮やかに反転するこの物語は、多くの読者にとっても長く記憶される作品であると思う。なぜなら、私たちもトニーのように自分の記憶を自分の都合のいいように書き換えて生きているから。いつ、何かの出来事でトニーのように人生が反転するかわからないから。 この物語を、ベロニカが、そしてベロニカの母が語ったらどんな物語になるのか、この本を読んだ後、私はずっとそれを考えている。 | ||||
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新年早々素晴らしい本に出会いました。 内容は、非常に哲学的でミステリアスです。 でも、文章は非常に読みやすく、すっと胸に落ちてきます。 物語は、六十代半ばを迎えた主人公アントニーが、かつての初恋の女性の母親の死により、初恋の女性と結婚し自殺した友人の日記を遺産として受け取ることになったことから端を発します。 小説自体は、その子どもの時代から描かれているのですが、それらの至る所に伏線が敷かれており、最後のどんでん返しに繋がってゆきます。 哲学的と言う意味は、この本の中で若さと老い・愛と性・人生・記憶・死(自殺)等について、何度も何度も語られます。 子どもの時代に背伸びしながら考えたことであり、若さゆえの考えであり、人生を長く経験してからの考えと様々です。 その時毎に、ニュアンスの違いを内包しつつ語られます。 そして、それがこのミステリーを解き明かすキーにもなっています。 いろんな意味で考えさせられ、楽しめる一冊でした。 | ||||
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今年(2013年)の「このミス」海外編第8位。文芸評論家の池上冬樹氏がトップにランクし、「素晴らしい純文学であると同時に緊張感のある巧緻なミステリー」と評しているのを読んで、興味が湧きました。そして、「大人向けの本屋」として名高い「代官山蔦屋書店」の方もトップに挙げて、「これはトリックではないし、誰も誰かを引っかけようなんてしてない」というコメントを読んで、さらに気をそそられました。さらに、老境の主人公がはるか昔の学生時代を振り返る「悔恨と人生の孤独を描く戦慄の心理ミステリー」という解説を読んで、即座にショッピングカートへ入れました。これまで「このミス」でこれはと思って読む本になかなかヒットはなかったのですが、これはスリーベースヒットやホームランには届かないまでも、文句なしにツーベースヒット。やれトリックがどうだ、ロジカルがどうした、フェアだフェアじゃない……なんぞというレベルのミステリー談義をはるかに飛び越えた「読みで」があります。 | ||||
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終わりの感覚 じわりじわりとその痛みは広がっていく。 深く広くなのか、それとも突き刺さったところから奥へ奥へなのか。 その痛さの違いは、記憶の違いだ。 「思い出」という甘い言葉のオブラートで包もうとする事実の違いだ。 学生のときにしてしまった思いがけない出来事を 私はもう忘れてしまっていた。 それを何年も経って、かつての恋人につきつけられるまで。 彼女は、自分のかつての彼女は、 自分のかつての親友とつきあっていた。 その親友ももうこの世にいない。そう、彼は自殺したのだ。 その自殺の原因は何だったのか。 そしてなぜいま、彼女はこんなにも怒っているのか。 久しぶりにやり取りが復活しても、彼女から出てくる言葉は 「あなたは、昔も今も、わかっていない」 記憶とは、言い換えればどこかでねつ造された歴史だ。 歴史とは、ある一方からみて、記された事実で もう一方から見ると事実ではないことがある。 それを学生時代、歴史の時代に先生から彼は教わった。彼も、彼の親友も、 学生時代の悪友たちとともに。 その授業の内容の記憶が何十年も経ち、 人生のいわば晩年を迎えた彼によみがえる。 歴史とは、記憶とは、そう思おうと自覚していようがいまいが どこかに自身の気持ちが反映されてしまうもの。 その「真実」に思い至ったのが、もうあまりにも遅いことに気づいたこの 主人公。 そして彼=何年後かの私たちでもありうるという可能性。 それがこの小説が伝えてくれる真実、なのだ | ||||
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終盤に向かう畳み掛けるよな高ぶりもさることながら、主人公自身が、平々凡々な人生を歩み、どうも、「もう少しこうしていたら○○できたのに」といった何ともいえず自分に投影されるようなやり切れなさにもどかしさを感じるなど、様々な感情を見出ししてくれる好著。 | ||||
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不正確な記憶と不充分な文書によってうまれる確信に裏切られ、読み終わると物語が最初から最後まで回帰した。 | ||||
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ボランテティアをしながら慎ましく引退生活を送る60代の主人公に、 学生の時別れた恋人の母親から、500ポンドと若くして亡くなった親友の日記を遺される。 なぜ母親から? その時から40年前の苦い青春を回想することになる。 主人公は大学生の時に初めてできたその恋人を高校時代の親友達に会わせたが、 案の定、その中の一番のエリートに恋人を取られてしまう。 主人公はスマートにそれを受け入れたはずでした。 ところが。。。 忘れたわけではなく、思い出したくなくて脳の奥底にしまっていた過去が 突然フラッシュバックのように鮮明に出てくることはありませんか? 人に迷惑もかけず平凡に生きてきたと自負しているあなた。 傷ついている人は少なくとも数人はいるはず。 でも、過去は掘り起こさないほうがいい。 さもないと主人公のように悔恨の海に溺れてしまいます。 恥ずかしい青春時代は何層も何層も下の わからなくなるくらいの記憶の谷間に深く埋めておきましょう。。。 もう、穏やかな老後は望めない。 考えさせられるし、余韻が残り、もう一度読みたい小説です | ||||
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この物語は主人公の目線で語られる。彼の人生、彼の価値観、彼の記憶・・・・。その記憶は本当に正しいのか。 若くして自殺した天才肌の友人エイドリアンの自殺。その真相の解明に向かって後半は物語がまるでサスペンスのように進んでいく。 その結末は、衝撃的で苦い。 記憶の濁流は、セバーン川の潮津波のように、主人公の人生の記憶を巻き戻し、濁流させ、結果、読者の読み進めてきた物語をも巻き戻し、濁流させる。 エイドリアンの自殺の真相は・・・・ 結局のところ、真実は本人にしかわからない。その原因となるエピソードが解明されるにすぎない。 物語全体に細かに張り巡らせされた伏線のように、その伏線に絡め取られて、余韻が残る。 「人生を見つめて思索する責任ある個人は、求めずして与えられた贈り物を拒否する権利を持つべきだ。」 エイドリアンは、結局、この言葉にどれほどの理解があったのか。 ただ、若く世間知らずの粋がった発言だったのか・・・。 エイドリアンの生い立ちを考え、そして自殺に至ったエピソードを考える。 主人公のエイドリアンへの理解も二転三転する。そして、それも結局は受け取り手の理解にすぎない。 破天荒な人生を生きてきた人と比較的平穏な人生を生きてきた人では、この小説の評価は大きく変わるかもしれない。 読む年齢によっても変わるだろう。 ただ、ある一定の年齢になり、ふと立ち止まったとき、過去からのメッセージが悔恨とともに何度も噛みつき、 自分の人生に対する理解を大きくゆらがせる・・・。 いつの日か、その日が来るのかもしれないと深く考えさせられた。 | ||||
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60を過ぎた主人公トニーが、60年代の若かりし頃を回想することで物語がスタートする。途中で仲間に加わった秀才で特異な存在であるエイドリアン、トニーの恋人ベロニカとのことが並行して語られ、やがてこの2人が交錯する地点から物語の空気は変わり始める。前のめりになりがちな若者の行動や考えは生々しくも傷つきやすく、しかし決して不快ではない。自分の若い頃と重なる所もあり、ほろ苦い。ただ、エイドリアンが自殺し、彼の日記があろうことか一度しか会ったことのないベロニカの母親が持っていたというところから、話は急展開となる。酸いも甘いも噛み分け、慎重に事を運んで来、若かったころには見えなかったものが今では分かる60過ぎのトニーが、エイドリアンが遺した日記を巡ってベロニカと再会することによって、ボロボロと見逃していたこと・考え至らなかったことを思い知らされていく。このあたりが、すでに若きを過ぎた読者の口中に苦い味わいを漂わせ続ける。この小説の読みどころのひとつはここにある。更にエイドリアン・ベロニカ・ベロニカの母の実像がどんでん返しを伴って分かることで、最終的に読了後のトニーの行方にも想いを馳せてしまう。これがもうひとつの読みどころだと思う。歳を経ることによって得られたはずのものは、実は自分の思い上がりや独りよがりではなかったのか?苦い苦い、味わい深い作品である。 | ||||
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