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コインロッカー・ベイビーズ
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【この小説が収録されている参考書籍】
コインロッカー・ベイビーズの評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.13pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全178件 21~40 2/9ページ
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| はじめて読んだ村上龍さんの小説です。おもしろくて一気に読みました。 舞台は1989年の日本。17年前に別々のコインロッカーに捨てられていた2人の男児キクとハシは里親に引き取られ、九州の廃炭鉱の島で兄弟として育てられる。 2人が17歳になったある日、ハシは本当の母親を探すと言って東京に家出し、キクと養母は彼を探しに行く。 東京に出現した立ち入り禁止のスラムで弟キクと再会したハシは、彼がロック歌手としてデビューすることを知らされる。 一方でキクは東京で変わり者のモデルの美少女アネモネと出会っていた。 コインロッカーの中のように狭く無秩序で息苦しい東京で、ハシはミュージシャンとしての成功と共に本当の自分を見失い、キクとアネモネはこの偽りの自由に充ちた世界(ディストピア)の崩壊を望む。 その時キクの頭の中に蘇ったのは、かつて炭鉱の廃墟の町で出会ったバイク乗りの青年ガゼルが教えてくれた「ダチュラ」という謎の言葉だった・・・。 というのが物語のあらすじです。主人公のキク、ハシ、アネモネは、自由なはずの現代日本で閉じ込められているような不自由の感覚に身悶えし、その脱出路を求めて足掻きます。 当時、単行本が上下巻合わせて200万部売れたそうですが、主人公ら苛立つ若者の自由への渇望は普遍的な欲求というか、40年も前の作品のはずなのに古さをあまり感じませんでした。 (というかむしろ、読みやすく疾走感のある文章と、主人公の少年が個性的な美少女と出会うというストーリー展開は、まるで今時のライトノベルと純文学のマッシュアップのよう) 個人的に、キクとアネモネが結婚式のような格好(白のワンピースと白のスーツ)でバイクに2人乗りし、東京に向かうシーンは爽快感さえ覚えました。名シーンですね。 それと、ネットで調べたら、エウレカセブンというアニメのアネモネというキャラクターは、元ネタがこの「コインロッカーベイビーズ」のアネモネだそうです。 エンタメ性が高く読みやすいので、村上龍作品を読んだことのない人や、純文学はあまり読まないという人にもおすすめです。 あと関係ないことですが、ふと気づくと、「おもしろい」と思う日本文学の大半が自分の産まれる前の作品ばかりでした。中上健次さんや遠藤周作さんもそうですが、この時代(昭和)の文学は内容の深さと物語の勢いがあっていいですね。 | ||||
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| 異様なまでの力強さとスピード感。 わき目もふらず駆け抜ける文字が一つ一つ重い。 なのに速い。 黄土色の濁った大河が荒れ狂って流れているようなそんな物語。 生後直ぐにコインロッカーに押し込められコインロッカーで必死に泣き叫んだ二人。 コインロッカーは彼らにとって2つ目のお腹の中であり産道だった。 強烈な文章の連続とそこで紡がれる異常な出来事を当たり前に受け入れながら育つ彼ら各々の中で育まれていく得体のしれない何か。 その何かはきっと私たちの中にもそれぞれあるものだろう。 私たちにとって何がコインロッカーで私たちの何がダチュラなのか、それを理性で追いながら読もうとしてもその理性が置いてけぼりを食らっていく。 頭をハイジャックされるような世界観。 完全に別の世界の話という感覚ではなく、なぜかこの異常な世界がしっかり私の住んでいる世界の地続きにあるという感覚を抱かせる。 だからこそ凄まじい不快感をリアルに感じるのだろう。 その不快感を自分の中に取り込んでしまうと新しい世界が広がっていく。 | ||||
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| 読みながら、だんだんとハマっていく | ||||
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| 『コインロッカー・ベイビーズ』は1980年に刊行された小説で、大学紛争以後の若者文化を開拓した作品です。『コインロッカー・ベイビーズ』の後半ではキクたち不良少年(と言うか、犯罪少年)が刑務所から脱走し、深海に眠る「ダチュラ」という毒物を探しに行きます。たまに指摘されることですが、『コインロッカー・ベイビーズ』の作風は『AKIRA』にけっこう似ています。1988年のアニメ映画『AKIRA』でも不良少年が活躍し、東京オリンピック会場に眠る「アキラ」が重要な鍵を握っていました。80年代は、何だか不良が元気だと感じます。 また、80年代に多大なインパクトを与えた歌手・尾崎豊は、デビューアルバムのレコーディング前日に『コインロッカー・ベイビーズ』を一気読みしました。そして、尾崎は「太陽の破片」という歌を歌っていますが、「太陽の破片」という言葉は『コインロッカー・ベイビーズ』に載っている言葉です。新装版のp.250を読んでみると、「太陽の破片」という言葉が出てきます。尾崎豊は、明らかに『コインロッカー・ベイビーズ』の影響を受けています。 『コインロッカー・ベイビーズ』を読み、尾崎の歌を聴き、『AKIRA』を観ていると、80年代の不良や暴走族のエネルギーに圧倒されます。今の日本は80年代ほど不良が元気ではないと思いますし、「不良が暴走し、閉塞した世界を破壊する」という『コインロッカー・ベイビーズ』の想像力は、だいぶ「古い」と感じました。でも、この小説が持つ危険なエネルギーは、今読んでも瑞々しいと思います。 | ||||
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| 待ってました!Kindle化。 昔は忙しくて読む精神的な余裕がありませんでしたが、自粛期間の良き友です! | ||||
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| この本の文には類を見ない魅力というか、性質があります。しかしそれは決して傑出しているというわけでなくもっと独特で、読んでいると顔が腐り落ちていくような感覚になります。僕にとって特別な本の一つです。 | ||||
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| This 'other' Murakami makes the 'first' read like Fairy Tale. Everything feels so graphic that I had to stop reading at some points thinking things weren't about to happen. Spoiler: they did. Each paragraph places you in the scene; they can be violent, they can be gross, they can be wrong, they can be all together some times. Even the written description of music, non-real rhythms and pieces of sound flowing out mouths becomes very present. The arc of each character closes in a startling way, but like you will want to read. I started this book unsettled to meet another Murakami I hadn't even heard of, but it paid out very well and I have found out a new favorite book. It might be time to change this Murakami hierarchy. | ||||
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| "銀色の塊りが視界を被う。巨大なさなぎが孵化するだろう。夏の柔らかな箱で眠る赤ん坊達が紡ぎ続けたガラスと鉄とコンクリートのさなぎが一斉に孵化するだろう。"実際に起きた事件から着想を得て、ジョン・レノンが射殺された1980年に発刊された本書は、バブル時代の退廃的な空気を端々で感じさせつつ、そのスピーディで映像的な文章がやはり素晴らしい。 個人的には、著者の作品の中では最高傑作と感じていて、その取り憑かれたかの様な文章の流れの迫力はあらためて再読しても驚かれされ、やはり引き込まれました。(アネモネが"ゼルダ"というのも、ようやく気づきました) 80年代の日本の空気感を感じたい誰か、尾崎豊ファン、あるいは村上龍の最初の一冊にオススメ。 | ||||
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| A surreal tale with superb storytelling and intriguing character development. Made me crave rice omelettes | ||||
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| 当然ながら使用感たっぷりでしたが、この値段で楽しめました。重いテーマでしたが、あっという間に読み終わりました。ありがとうございました。 | ||||
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| とても面白かったです。この値段で十分楽しめました。また利用したいと思います。 | ||||
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| 説明をよく読まず買ったのですが解説は別の人が良かったです。内容は圧巻です。 | ||||
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| いらない描写ばかり書いて文字稼ぎしてるの?と思った。 まだ序盤だが本当に読むのが疲れる。 | ||||
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| Did not even bother finishing this one as it was just very strange indeed. | ||||
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| Brilliant. | ||||
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| 村上龍の本をどれか一冊選べと言われたら、やはり本書を選ぶだろう。 もう何度読み返したか分からない本書、それでも読むたびに本書に込められた密度の高い熱の塊に興奮させられる。 そんな凝縮された猛烈な熱を持ちつつも、本書における村上龍のネーミング力は非常にクールだ。 巨大な鰐を飼う「アネモネ」、廃坑の廃墟に住む「ガゼル」、ハシのスタイリスト「ニヴァ」、そして東京を真っ白にする薬「ダチュラ」。 実家で飼っている犬は本書の影響を受けて「ミルク」と名づけた。 また、村上龍の優しさ(特に、キクとハシを養親として引き取る和代の描かれ方)も感じられる。 コインロッカーに捨てられた二人の赤児、本書の主人公キクとハシは肉体と病気の関係だ。 肉体は解決不可能な危機に見舞われたとき病気の中に退避する。 運動神経抜群で棒高跳びの選手となるキクは言う。 「自分が最も欲しいものは何か分かっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対にできない」 そんなキクに廃坑に住むバイク乗りのガゼルは言う。 「破壊の衝動がものを作らせる。壊すのは選ばれた奴だ、お前なんかそうだぞ、キク、権利がある。」 一方身体が弱くホモセクシャルのハシは、その天才的な歌声を見出され歌手となる。そんなハシは 「一万匹に一匹の割合で人間の顔をした蠅がいるのだそうだ。口を開けて寝ているとその人間蠅は人間の声帯の匂いにつられて口の中に入ってしまうことがある。声帯の肉は人間の体の中で最も甘い味がするらしい。人間蠅を食べてしまうと人間は発狂する。頭の中で蠅がブンブン飛び回るからだ。その人間は蠅の言いなりになってしまう」と聞き、自ら愛するものを殺すしか自身を開放するすべがないと思い込む。 「東京がキクに呼び掛けている。壊してくれ、すべてを破壊してくれ。町を廃墟に戻せ」 村上龍は、本書の後「愛と幻想のファシズム」「昭和歌謡大全集」「五分後の世界」「半島を出よ」といった本書に通ずるニュアンスを持った傑作群を発表しますが、それでもやはり作者の気合の入り方というか熱量の高さと疾走感、文学性と物語性の両立といった意味で、本書に勝るものはないと思う。 村上龍の最高傑作というにとどまらず日本文学の最高傑作といっても過言ではない。 | ||||
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| 高校生の時、母から薦められて読んだ。コインロッカーに棄てられた「要らない子ども」だったキクとハシ。彼らの、特にキクの原動力となる破滅的エネルギーは、彼に呼応し共感するアネモネのおかげもあって印象深く私の記憶に残っていた。 それから十年経って再読した。当時、言語化できなかったものが波のように押し寄せてきた。コインロッカーで生まれた、母親の心臓の音の在り処を知らない子どもたち。コインロッカーの中と変わらない、窮屈で息苦しい、閉塞感に見舞われる社会。 ちょうど東京の気温が38度を超えて、無性にむしゃくしゃして、胸を掻き毟る焦燥感の中で不意にこの本を読みたくなった。 キクとハシを動かす生きる力は暴力的だ。キクはわかりやすく外部からの破壊、肉体的欠損を伴う形で、ハシは内部からせり上がってくる形で。共に人間の皮を剥ぎ取って肉を、内面を暴いていく。 小説は、物語は、人の内面にある喜怒哀楽を文字という形で表出させ、鮮明に映し出してくれるものだと私は信じている。反戦・平和のメッセージに涙をしたり単純爽快コメディを読んでゲラゲラ笑って喜んだりすることとコインロッカーベイビーズを読んでぐちゃぐちゃになった感情を克明にするのは地続きにある。コインロッカーベイビーズの社会は閉じていて暑苦しいし、鬱陶しいし、キクとハシの境遇は悲惨と称されるものだけど彼らは別に社会に怒りを感じているわけではない。子どもが生まれたときに産声をあげるのが自然であるように、衝動そのままの感情が書いてある。「殺せ、壊せ」という感情はカテゴライズするなら怒りだろう。 私は彼らみたいに逼迫した生き方をしてない。だから共感なんてできないけど、それでも急に手を取りたくなったのは怒りたかったからだった。喜んだり悲しんだり楽しんだりするのと同じように怒りたいとき、コインロッカーベイビーズを連想する。 | ||||
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| 青春と暴力、破壊衝動、とテーマはわりと好みだしストーリーも微妙に非現実的で面白い | ||||
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| キクとハシは別々のコインロッカーに閉じ込められ、対照的な発見のされ方をしますが、それがそのままキクとハシの対照性を表しているようです。二人の子供の頃の遊び場は軍艦島を思わせる退廃的な島ですが、それが二人の心に刻まれた原風景となっているようです。 二人が持つ破壊のエネルギーは、記憶はないものの生後間もなくコインロッカーに閉じ込められ捨てられたことによる圧倒的な恐怖と救いがたいほどの欠落感からくる衝動的なものです。精神科医に自閉症と診断された二人はその治療として「音」によって制御できないエネルギーを一時的に閉じ込められますが、年齢が進むにつれ徐々にそのエネルギーが姿を表し、何によって封じ込められていたかを思い出すようになります。しかしそれは二人のエネルギーを閉じ込めていたものであると同時に破壊を促す信号でもあり、意味としては二重の意味があります。 キク、ハシ、アネモネの3人は孤独を抱えて社会を憎んでますが、キクは強靭な肉体性が、ハシは病的なまでに複雑な精神性が前面に出ていて、アネモネにとってキクは自分の夢を具現化してくれる男です。キクとハシはお互いが鏡のような存在なのですが、そのそれぞれの特性が自縄自縛として作用し、自身を極限まで追い詰めていく過程には著者のテンションの高さがうかがえます。 コインロッカーという特殊な場所は、現在自分達を閉じ込めている社会的で常識的な概念そのものと置き換え可能だと思います。この作品における最終的なに東京の風景は、あの二人の原風景と重なることになるのだろうと想像します。 登場する他の人物もそれぞれ社会における何かを象徴していて無駄がなく、小説全体の印象は非常にタイトです。 | ||||
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| 舞台を観に行く予定があり、評価が良い本だった為、読むことにしました。 130ページくらいまで読みましたが、世界観が肌に合わないです。 他の方のレビューを読んでいると、 刺激的な内容に良さかがあるようです。 主人公のハシ、キクの感情が、無機質な感じで、まったく共感できません。 養母の和代が不憫に思えて、それには泣けました。 愛情がある母ちゃんだと思うけれど、 息子にとっては薄い存在のようで、 ふてぶてしいなと思います。 勝手に家出なんかすんなよぉ。 と思いました。 全体的な場末感の漂う雰囲気も苦手です。 今のところは、ただただ、嫌な気持ちになるだけですが、最後までは読みます。 | ||||
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