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閉ざされた夏



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【この小説が収録されている参考書籍】
閉ざされた夏 (講談社文庫)
閉ざされた夏 (光文社文庫)

閉ざされた夏の評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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(8pt)

記念館は隠したい過去まで曝け出すのか?

今や葉村晶シリーズで『このミス』ランキングの常連となった若竹七海氏。
その彼女の評価は鮮烈なデビュー作『ぼくのミステリな日常』以降、このようなランキングで取り上げられるほどではなかった。しかしその実力は織り込み済みで常に一定レベルの作品を残しており、1991年デビュー以降、コンスタントに作品を出し続け、そして昨今の好評価に繋がっている。もともと地力のある作家と思っており、私も先述のデビュー作以来2作目の若竹作品となったわけだが、いやあ、地味な作品ながら実に読ませる。そして面白い。

物語は架空の都市新国市。そこで生れ育ち、そして夭折した架空の作家高岩青十の功績を遺すために建てられた高岩青十記念館が舞台。そこに勤める嘱託の学芸員、佐島才蔵とその妹のミステリ作家でもある楓を通じてそこで起こる殺人事件の謎を解き明かすといった内容だ。

こう書くと実にオーソドックスなのだが、実は殺人事件は物語の中でも約半分くらいのウェートしか占めない。残りの50%は才蔵たち学芸員たちの日常と、架空の作家高岩青十と、彼を取り巻く人々の隠された過去の謎だ。
そしてこの残りの50%が実に面白い。

まず才蔵たちの日常を通じて語られる学芸員の仕事について私は実に興味深く読んだ。

彼が勤めていた会社が倒産したことがきっかけで親戚の伝手で働くことになった記念館の日常は、我々サラリーマンのそれと違い、実にゆったりとして牧歌的だ。
一応才蔵は大学で学芸員過程を履修した、学芸員志望の青年なのだが、彼の採用理由はお茶を淹れるのが上手であることと、記念館の創設者高岩佐吉氏が才蔵という名前から霧隠才蔵を連想し、自身の従兄弟で先代の総裁佐助の名と縁を感じたというものだ。

そんなどこか浮世めいた世界で、正直私なんかはこのような施設に勤務する人たちの一日はどんな風に過ぎていくのだろうと思っていただけに本書に書かれている内容は新鮮だった。

とはいえ、正直云って彼らの平素の業務は日常の管理と印刷物の発注ぐらいで本書のメインとなっている特別展の企画の準備の様子が知的好奇心をそそるのだ。

特別展のパンフレットの校正の様子はもとより、特に青十が趣味で集めていた絵葉書の内容から日記に記載されているものを探し出す作業が面白い。

特に当時の切手を頼りに昭和12年に葉書の郵送費が値上がりした史実に基づいて時系列に並べて関連性を繋げたり、また日記の記述から当時の貨幣価値を探るといった歴史探偵的興趣に溢れている。そこで参考にされていた『値段の風俗史』という本は個人的にも興味を覚えた。いつかは手元に置きたい書物だ。

また著作権が切れると出版社は遺族に金を支払う義務が発生しなくなるので一気に復刊やリメイクが進むことになることも昨今の昭和の名作の復刊ブームや映像化の現状を見ているようで興味深い。
なお本書では著者の没後50年が期限と書かれているが、令和元年現在では没後70年まで延長されている。

また当時の記述から流行や風物を問答で探るなども実に面白い。私がやりたい仕事とはまさにこのようなものだ。

そんな業務を通じて佐島才蔵はじめ、先輩学芸員の浅木知佳と岡安鶴子、アルバイトで高岩家の遠縁でもある笹屋夕貴、記念館の市の担当課長三田朝日、カメラマンの品川たちのキャラクターが次第に読者に浸透していく。

彼ら彼女らが実に人間的であるがために後半の殺人事件が起きてからのギャップが激しい。

殺されるのは才蔵の憧れの存在でもあった岡安鶴子。
彼女の死を調べていくうちに次々と不審な事実が発覚する。

鍵のかかった鶴子の机の引き出しにはどこかには存在すると思われながら発見されてなかった青十の姉涼子の日記のコピーと展示資料の絵葉書が隠され、また貯金も2,300万円もあり、一介の学芸員にしてはかなりため込んでいたこと。

そして400万円が最近になって振り込まれていたこと、更に妊娠3ヶ月だったこと。
更には青十の持ち物である中国の古墨で売れば30万円もする高級なものを学芸員の立場を利用して勝手に持ち去っては転売しようとした節が見られたこと。

更に市の担当課長である三田朝日も不倫の疑惑があり、才蔵たちはその相手が誰かと思案し始める。そんな時に受付の女性遠山修子が目に痣を作り、それが不倫がバレて夫に殴られたようだと噂される。

才蔵をして春の陽だまりのようなのんびりとした穏やかな職場だと云わせた記念館が一転人間不信の塊の伏魔殿のように変わっていくのは物語に、登場人物たちに没頭していただけに何とも切ない思いがした。

またデビュー作『ぼくのミステリな日常』が会社の社内報という印刷物という位置付けであったことで各編にその月の内容を記載した目次が挿入されていたのが特徴的だったように、本書でも若竹氏は色んな資料を物語に取り入れている。

まずは高岩青十記念館のパンフレット。よくこのような施設に行くと入館料と共に渡される冊子だが、記念館のある公園と記念館そして青十が生まれ育った旧館の見取り図が付されているという懲り様。きちんの記念館設立の経緯、高岩青十の生い立ちまで記載されており、恰も実在した作家のような錯覚を覚える。

更に文学館の存在意義について語った中村たかを氏の『概論博物館学』からの抜粋、記念館で開かれる特別展『隠された青十展』の企画書とその特別展の目次と続く。

そしてこの実に一般的な、何の変哲もない無味乾燥とした書類にきちんと若竹氏は事件の手掛かりを入れているのだから大したものである。

更にはこの架空の作家の代表作『蔦騒ぎ』の粗筋もきちんと作り、それを物語に有機的に繋げる手法も素晴らしい。
まさに印刷され、そこに字が書かれて読まれるものであれば全てミステリに取り込む、それが架空の物であってもという若竹氏の刊行物や小説を含む書物への思いの深さを思い知る一端だ。

事件の真相が判るとこの物語の舞台を記念館としたのはなんとも皮肉に思える。

記念館とは故人を偲び、その功績を、足跡を遺したいという想いから成り立っている。大抵の人は生きていた痕跡はその周囲の人の記憶に留まり、そしてそれらの人が亡くなることでやがて消えていく。

しかし記念館は形として、記録として残すことでその館が存在する限り、故人の記録や記憶は無くならない。

本書は思慕や想い出を遺したい、後世へと引き継ぎたいという一途な思いと過去を葬り去りたいと望んだ人たちが招いた悲劇。

画家は慕った女性の面影を遺すために絵を描き、そして密かに持っていた愛しの君の日記を託す。

生きていた証を残したいというのは誰もが抱く願望だ。
しかし皮肉なことにそれらの人の思いとは裏腹に残したい物は全て消え去る。

そして案外故人の生前の痕跡を残す記念館は当の故人にとって葬り去りたい過去まで晒される、実に迷惑な代物なのかもしれない。

しかしこの題名『閉ざされた夏』は作者のどういった思いが込められているのだろう。
上に書いたように文字が書かれたものに対しては貪欲なまでに物語に取り込む、いわばこれほど文章に鋭敏な作者だけに、一連の物語とこの何とも云えない寒々とした題名が結びつかないのだ。
唯一想起させられるのは先にも書いた佐島才蔵が述べた記念館の職場の雰囲気、「春の陽だまりのよう」といった記述だ。

つまり温かい春のような職場がいつの間にか起こった事件で佐島才蔵1人になってしまった、閉館に追い込まれた冬が一気に訪れ、来るべき夏は来なかった、つまり夏は閉ざされてしまったということを指しているのだろうか。

しかしこの佐島才蔵とミステリ作家楓のコンビは親近感を覚える兄妹だった。残念ながら本書はノンシリーズ、つまり彼らが活躍するのは本書限り。
寂しいがこの後の若竹作品ではまた別の愛すべきキャラクターに逢えるに違いない。それを期待してまたいつか彼女の作品を手に取ろう。


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