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トリプル・クロス



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トリプル・クロスの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

題名のようにシリーズ登場人物たちが“クロス”すればいいのに

フリーマントルが自身のノンフィクションルポルタージュ作品『ユーロマフィア』で述べていた、複数の国に君臨するそれぞれのマフィアによる犯罪ネットワークの構築、これが本書の主題である。一応本書では今回がまだその計画の端緒に過ぎないことが謳われている。
それはそうだろう。なぜなら私にはどうしても納得できない事があったからだ。

それはアジアと中南米の市場に関して何ら触れられていないからだ。
中国マフィアがアジアに、そしてアメリカに及ぼす影響力は無視できる物ではなく、特にアジアでの勢力は強大である。しかも人口が膨大であるから、莫大な利益を上げるには無視できないマーケットである。
また中南米も縦横無尽に張り巡らされた麻薬カルテルが多数存在し、定量的な麻薬の確保にこの地方のマフィアと協定を結ぶのは必要不可欠だろう。そこの詰めの甘さを上述のように、本作では取っ掛かりに過ぎないという表現で上手く逃げているように取れる。

これは西洋人の作家と日本人作家との違いもあるだろう。やはり西洋人であるフリーマントルはアジア圏内よりも欧米圏に精通しており、マフィアといえばロシア、イタリア、アメリカとすぐに浮かぶのだろう。
これが日本人作家ならば、例えば大沢在昌氏や馳星周氏ならばすぐさま中国系マフィア、韓国系マフィア、台湾系マフィアと近隣アジア諸国の勢力を題材に扱う事が多い。この辺が住む世界での違いだと感じた。

そしてこのマフィアの世界のなんとも恐ろしい事。敵・味方内部では裏切りの連続で腹の探りあいの毎日。そして誰もが一番上の地位を虎視眈々と狙っている。笑顔で右手で握手しながら左手は後ろに隠してナイフを持っている、そんないつも心を許さない日々を送る。今日の信頼が明日まで続くとは限らず、いつ自分も他の仲間と同様に報復の道を辿るかわからない。
かつて『ユーロマフィア』でフリーマントルは「犯罪はペイする」と述べたが、得られる富が莫大なだけにこのリスクと人間不信に満ちた世界から逃れられない輩が常にいるのだろう。私はこんな世界、御免だが。

我々が日々の暮らしの中で常に求めるのは何だろう?それは「安心」ではないだろうか。今の生活を続けられるよう、人は働き、糧を得る。それは「安心」を得るためだ。
しかし彼らマフィアはその「安心」が自らの地位向上、権力の拡大、更なる利益に特化しており、それが更に彼らの「不安」を助長し、どんどん排他的になっていく。「安心」を得るために続けた事が自らの「不安」を掻き立てるのだからなんとも皮肉な稼業である。

シリーズも4作目になって、今まで抜群のコンビネーションで二国間に跨る犯罪を解決してきたダニーロフとカウリーの2人にある変化が訪れる。
まずダニーロフは私怨からくる復讐を抱え、1人の警察官ではなく、己の正義のための死刑執行人として捜査に携わる。そしてこの復讐が本作のもう1つのテーマになっている。
なんと前々作でロシア・マフィアに爆死させられた愛人ラリサの仇が本作で出てくるのである。いつもは沈着冷静に行動するダニーロフが今回は右腕ともいえる部下のパヴィンや相棒のカウリーの忠告も聞かず、傲慢に捜査を進める。そのせいだろうか、ロシア独特の原理主義で巻き起こる上司との軋轢や彼らの“椅子取りゲーム”に翻弄されるダニーロフの微妙な立場に関していつも多く筆を裂かれているのに、本作では全くといっていいほど、ない。

そしてカウリーは、本作ではなんと下巻も100ページ辺りになってようやく自らが捜査に乗り出すのだ。なぜならば今回彼は作戦の統括管理官という立場になり、下院議長の甥である野心家ジェッド・パーカーが彼に代わって現場での指揮を執る事になるからだ。
これはチャーリー・マフィンシリーズでもナターリヤが同様の立場に任命され、作戦の成否の責任を一身に担う、云わばジョーカーを引かされた役を務めていたが、今度はカウリーがその役を負わされることになっている。従ってカウリーは自身の能力から来る失敗ではなく、部下の過信から来る失敗の責任をも負わされるのだ。つまりカウリーは今まで無縁だった中間管理職の危うい立場と長官の政治的駆け引きをも強いられることになっている。
これはチャーリーならばお手の物だが、カウリーは現場主義者なので、今まで上役との駆け引き、長官がホワイトハウスに向けて行う声明などには忖度する必要はなく、己が築き上げた地位を守るために自らの能力に頼み、事件に専心していた。この馴れない業務に対する彼の苦渋が今回はほとんどを占めているのが特徴的だろう。
従って彼は以前身を滅ぼすことになったアルコールに手を出す事になる。それの歯止めとして前回パートナーとなったパメラが生きてくるのだ。
彼の心の支えとなるのがパメラの役割だが、カウリーはまだパメラに全てを委ねてはいない。本当に愛しているのか、それとも単なる恋愛に終わるのか、まだはっきりしない。この2人の関係は今後も引き続き書かれることだろう。

そして今回の敵役のオルロフを忘れてはいけない。
ロシアの一介のマフィアから№1マフィアを葬る事でのし上がってきた男。しかし彼はコンプレックスの塊で誰も信用しない。自分がそうであったように、彼の取巻きが自分の地位を狙って、いつ寝首を掻かれるか、恐れている反面、拷問で人が苦しむ姿を見ることにエクスタシーを感じる男である。そしてそれが用心深さを生み、不安要素となる人間を容赦なく排除する。そして自分の犯罪ネットワークの構築にも周到な注意を払い、常にロシア民警、FBI、さらにドイツ警察の先回りをし、裏を欠き、更には爆弾を仕掛けて爆死させるという残忍さを披露する。

さて複数の国に跨る国際犯罪に対して関係諸国の諜報機関、警察機構が協力して合同特別捜査班を組むという趣向はこれまでチャーリー・マフィンシリーズでは何度も取り上げられたが、そのシリーズがイギリスの諜報機関に属するチャーリー側から描かれているのに対し、本作ではカウリーが属している関係上、FBI側から描かれているが、どちらもFBIが捜査の主導権を握りたがるというのは変っていないところが面白いではないか。
これは英国人フリーマントルの偏見なのか、それともやはり一般的なイメージどおり、アメリカとは常に世界のリーダーシップを取りたがる事に関する証左なのか解らないが。

しかしこれほど国際的な犯罪を扱ったシリーズ作品を手がけているのに、フリーマントルは自らの作品世界をリンクさせない。つまりチャーリー・マフィンシリーズにはカウリーやダニーロフは出ないし、逆もまた然り。
マイケル・コナリーやエルモア・レナードは積極的に行っているのに、なぜだろう?私はチャーリーとカウリー、ダニーロフ、更にはユーロポールのプロファイラーであるクローディーン・カーターが一同に会して捜査を行う小説を読みたいと思うのだが。

もしそれが実現すれば一個人読者としてはかなり胸踊る作品である。今年で御齢82歳のフリーマントルが存命中にどうかこの願いを叶えてくれる事を密かに願っている。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
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