虐待者
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
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評判
虐待者の評価:
7.00/10点 レビュー 1件。 C ランク
虐待者の総合評価:
7.75/10点 レビュー 4件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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ユーロポール心理分析官クローディーン・カーター・シリーズ3作目。今回は小児性愛者グループによる幼児誘拐を扱っている。
そして本作では犯人グループがたまたま誘拐したのが将来の大統領候補とも云われるベルギー駐在アメリカ大使の娘であるところがミソ。あえてその娘をテロ行為として誘拐したのではないところがフリーマントルらしい味付けだ。
今回クローディーン・カーターのライヴァルとして設定されているのがFBI人質交渉主任のジョン・ノリス。登場シーンから彼がいかなる凄腕の交渉人であり、しかも変人であるかが雄弁に語られるのだが、ここにフリーマントルの作家としてのあざといまでのテクニックが見られる。
実際語られるノリスの交渉はクローディーンがプロファイルするように自分が偉大な人間だと妄信する単なる勘違い男に過ぎないのだが、フリーマントルはクローディーンと邂逅させるまでに彼が実に切れ者の交渉人であるかをCIA、FBIのスタッフその他と会見させる事で述べる。しかしそれらのやり取りは直裁に語られず、会見後に零す彼らの、例えば「あのくそ野郎は現実の人間なのか」といったコメントによって人物像を形成させられているに過ぎない。つまりこのノリスを強敵と見せ、それをクローディーンに論破させることでフリーマントルはクローディーンの有能さを読者に刷り込もうとしているのが解る。こういう職人的テクニックが最近は頂けないと思うのだ。
特にジョン・ノリスが初めてクローディーンと論争をする際にあからさまに対抗されることに慣れていないという描写があって、あれっ?と私は思ってしまった。人質交渉主任として凄腕ならば数々の事件の修羅場を経験しており、その中には一切、人の話を聞かないでゴリ押しする犯罪者もいたはずである。そういう輩も相手にしてきているわけだから、こういうあからさまな抵抗を受ける事に慣れていないというのはおかしいではないか?
そしてこのノリスは結局自らを追い詰める形で途中退場してしまうのだが、この辺どうも消化不足だなぁと思ってしまった。
また前作ではクローディーン、フォルカー、ロセッティといった多国籍エキスパートチームが少数精鋭で活躍している痛快さがあったが、本作ではアメリカ大使の娘の誘拐という事で、事件の起こったベルギーの警察のみならずフリーマントル作品ではおなじみのFBI・CIAそしてユーロポールの混合チームとなって捜査に当るところが特徴的だ。
というよりもこれによりユーロポールという新進気鋭の組織の特徴が減じられ、特に事件の責任所掌において各要人が自らの保身のために腐心する様子は正にチャーリー・マフィン・シリーズとなんら色が変わらなくなってしまったような気がした。
そしてクローディーンのチームにも変化が訪れる。前作まで無敵のトライアングルを形成していたこの3人に綻びが生じる。それは新たにパートナーになったピーター・ブレークなるイギリスの元スパイの存在。彼の抱えるトラウマが、クローディーンに彼を身近な存在に感じさせたのは間違いない。
また植物人間と化した妻の復活を待つロセッティにクローディーンが疲れを感じていたのも二人の接近を許す事になってしまった。今後これら三角関係がどのようになるのかを匂わせて物語は閉じられる。
前作でもあったが、本作でもクローディーンは自らのプロファイリングに絶大なる自信を持ち、捜査を推し進める。それは自らの正しさを信じることで捜査を確実な方向に導かなければならないというプレッシャーの裏返しでもある。さらにその有能さゆえに自らが抱える孤独に苛まれる。
敵に勝つために自信の鎧を身につけ、それゆえに誰もが不可侵である存在感をも身にまとってしまうことの寂しさ。有能な人間ほど自らの幸福に縁遠くなってしまう。現代の女性の抱える問題をクローディーンは具現化しているようだ。
最後にもう1つ。本作は1998年の作品となっている。捜査ではインターネット、Eメール、携帯電話も登場し、それらの逆探知も行われているが、ドラマ『24』を観た者にとっては時代遅れの感は否めない。なぜにこれほど逆探知に時間が取られるのか、Eメールの発信元探知の遅さ、そしてそれらに対して敵側が何らかのファイアウォールも設定していない事など時代錯誤感を感じた。
10年前の作品だが、やっている事はそれ以上の月日が経っているように感じてしまった。これもハイテク捜査を扱う作品の哀しい宿命を感じずにはいられない。