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デッド・ゾーン



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デッド・ゾーンの評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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No.1:
(8pt)

“デッド・ゾーン”の本当の意味は?

哀しき超能力者の物語。

キングの、リチャード・バックマン名義の物を除いた長編第5作目の本書は事故により予知能力が覚醒した青年の物語だ。
1979年に発表された後、デイヴィッド・クローネンバーグによって1983年に映画化され、その映画の評価も高いという作品。そして今でもキングの名作の1つとして挙げられている。

そして本書は『シャイニング』を皮切りに特別な能力を持つ特定の人を扱った、つまりシャイン―かがやき―と称される能力を持つ者たちの系譜に連なる作品でもあるのだ。

まずシャイン、もしくは“かがやき”という特殊能力を持つ登場人物は『シャイニング』のダニー・トランス少年、『ザ・スタンド』でもマザー・アバゲイルがそれぞれ予知能力を持つ人物として登場した。前者はまだごく一部の人間にしか認知されていない一介の少年で、後者のマザー・アバゲイルは実質的な主人公ではなく、救世主的な役割を果たす人物であった。

この三者の能力も巷間に流布している超能力の種類で云えばサイコメトリーであり、彼らはサイコメトラーとなるだろう。
しかしダニー少年が生来この能力を備えているのに対し―マザー・アバゲイルもそうだったのかは記憶が定かではないため、割愛する―、ジョン・スミスの場合は脳の一部を損傷するほどの交通事故に遭い、約5年に亘る昏睡状態から目覚めてから能力が発動する。

さて今回ジョン・スミスが他の2人と大いに異なる点はその能力ゆえに人から畏怖され、時には、いや往々にして関わりを持ちたくないと嫌悪の対象になることだ。

まず『シャイニング』のダニー少年はその能力を隠して生活をしていた。さらに物語も冬の山奥のホテルのみが舞台であり、それも一冬の出来事であった。また『ザ・スタンド』の舞台は新種のインフルエンザによって死に絶えた世界であり、マザー・アバゲイルがその不思議な力で救世主のように崇められていた。
翻ってジョン・スミスは1975年のアメリカで超能力に目覚めた人物。人々は自分の秘密を暴かれることを恐れ、ジョンの存在を恐れるようになる。

ところで本書の題名ともなっているデッド・ゾーンとはいったい何なのだろうか?
交通事故に遭ったジョン・スミスの脳には不完全な部分があり、イメージが喚起できない、もしくは名称が浮かばない場面や物が発生する。それら欠落した部分をデッド・ゾーンと呼んでいることに由来する。本書の言葉を借りれば発語能力と象徴機能双方に障害を発生させている部分ということになる。しかしこの不完全な部分を補う形でジョンにサイコメトリーの能力が発動するのだ。

しかしこの能力は最終的には幼少の頃のスケート場で遇った事故にて既にその萌芽があったことが明かされる。そしてその時の衝撃に後に肥大する腫瘍が備わり、そしてそれこそがジョンの隠された能力を拡充していったこととジョンは理解するようになる。

そんな特殊能力に目覚めた青年の物語をしかしキングは相変わらず丹念に描く。例えば通常主人公が事故に遭って4年5ヶ月後に目覚めるとなると、事故のシーンから主人公が目覚めるシーンまで物語は飛ぶものだが、なんとキングはその歳月を丹念に描いてそれまでのジョンに関係していた人々の生活を描く。

まず恋人のセーラは弁護士の卵と結婚して、その夫も司法試験に合格して弁護士となっている。一番痛々しいのはジョンの両親ハーブとヴェラのスミス夫妻だ。もともと信仰に傾倒していた母はジョンが昏睡状態に陥ったその日からいつか目覚めると信じてますます信仰にのめり込む。キリストのみならず円盤に乗って宇宙に行って選ばれし民を連れてくるために戻ってきたという怪しい夫妻が運営するコミュニティにものめり込み、狂信ぶりに拍車がかかる。

さらにその後もジョン・スミスが各所で能力を発揮して事故や大惨事を未然に防いだり、連続殺人鬼の逮捕に協力したりとエピソードを重ねていく。

触れられるだけで自分の内面を丸裸にされるような思いがさせられ、周囲はジョンがサイコメトリーを発揮した後ではよそよそしい態度を取るようになる。また新聞記者はジョンの能力に興味深々であるものの、触れないでくれとはっきりと告げる。

更に連続殺人事件の犯人逮捕の援助を頼んだ保安官はジョンが発見した真相に嫌悪感を示し、その真実を認めようとせずに罵倒する。

卒業パーティーの会場が落雷によって大火事に見舞われることを予見し、パーティーの取り止めを促すが、人々はせっかくの晴れの席を台無しにされたと怒り、彼を非難する。息子の家庭教師にジョンを雇った実業家は理解を示そうと代わりに自宅をパーティーの会場にして、賛同する者のみを招待する。そして実際に火事が起こるや否や、人々はジョンの能力に感謝するどころか畏怖し、あまつさえ実はジョンが超能力で着火したのではないかとまで云う―ここで「小説の『キャリー』みたいに」と自作を宣伝するのが面白い―。

そしてようやく物語の終着点となるジョン・スミスの宿敵グレグ・スティルソンを目の当たりにするのが下巻の170ページ辺りだ。しかしそれまでのエピソードの積み重ねが決して無駄になっておらず、このクライマックスに向けてのオードブルであるところにキングの物語力の強さを感じるのだ―特に避雷針のエピソードは秀逸!―。

人に触れることでその人に関する未来や過去をヴィジョンとして捉える能力はしかし本書でも述べられているように、現実世界では人間はことが事実になるまでは本当に信じる気になれないのが世の常であり、人々はことが起きた後でその正しさを心に刻み込む。従って未来を正確に予見できるジョンは常に異端者であり、場合によっては忌み嫌われる存在になるということだ。
『ザ・スタンド』の舞台となった人類のほとんどが死に絶え、明日が見えない世界においてはこの能力を持つ者は導き手として崇められるが、では現実世界ではどうかというと逆に恐怖の存在となる。

苦悩する、理解されない救世主の姿が本書では描かれているところに大きな特徴があると云えるだろう。

ただ唯一の救いは作者が決してジョン・スミスをただの狂えるテロリストとして片付けなかったことだ。

さてキングに登場する人物、特に母親に関してはどうもある一つのパターンを感じる。
本書ではジョンの特殊能力を救済のために使うのだと告げ、死後もなお呪縛のようにジョンを苛んだ母親ヴェラはそれまでのキング作品に見られる、狂信的な母親像として描かれている。上にも書いたようにこの女性はジョンが昏睡状態に陥ってからは狂気とも云える神や超常現象にのめり込んでいく。

どうもキングが描く母親にはこのような神や信仰に病的にすがる母親がよく登場し、一つの恐怖のファクターになっているようだ。

また一方で男性には癇癪もちや暴力的衝動を抱えた人物も出てくるのが特徴で今回はグレグ・スティルソンがそれに当たる。彼の略歴が下巻の中盤で語られるが、高校を卒業して早くから独り立ちし、雨乞い師という異色な職業を皮切りに塗装業、聖書のセールスマン、保険会社外交員から政治家へと転身した彼は暴力と恐怖で敵を制圧し、ヒトラーを思わせるほどの雄弁な話術とパフォーマンスで人気を獲得していく。一皮剥けば野獣―本書では笑う虎と称されている―といった圧倒的な権力や支配力を備えた敵の存在はキング作品におけるモチーフであるようだ。

ところで本書ではちょっとした他作品とのリンクが見られる。ジョン・スミスがサイコメトリーを発揮したニュースを観て脳卒中を起こした母親が担ぎ込まれた病院のある場所がジェルーサレムズ・ロットの北に位置する町にあるのだ。即ち吸血鬼譚である『呪われた町』の舞台である。この辺りはキング読者なら思わずニヤリとしたくなるファンサービスだ。

さて2016年アメリカは第45代大統領にドナルド・トランプ氏を選出し、そして2017年就任した。この実業家上がりの大統領が本書で後にアメリカ大統領となり、全面核戦争の道へアメリカを導くと恐れられたグレグ・スティルマンと重なって仕方がなかった。
現実問題としてトランプ大統領は北朝鮮に対して核戦争も辞さぬ挑戦的な態度を取り続けている。本書はもしかしたら今だからこそ読まれるべき作品かもしれない。
彼らが選んだ大統領はスティルマンのように一種狂宴めいた騒ぎの中で選んだ過ちではなかったのか。1979年に書かれた本書は現代のまだ見ぬ過ちを予見した書になる可能性を秘めている。
実は本書のタイトル“デッド・ゾーン(死の領域)”はスティルマン選出後のアメリカをも示唆しているのであれば、まさにそれは今こそ訪れるのかもしれないと背筋に寒気を覚えるのである。


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