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寒い国から帰ってきたスパイ



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寒い国から帰ってきたスパイの評価: 7.00/10点 レビュー 3件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全3件 1~3 1/1ページ
No.3:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

これが本当のスパイの世界

本書はジョン・ル・カレの名を広く知らしめたスパイ小説の金字塔と云われている作品で私もこれまで数あるガイドブックを読んできたが、スパイ小説の名作として必ずこのタイトルが挙げられていた。それはこれまでジェイムズ・ボンドのようなスーパーヒーロー然としたスパイ小説がまかり通っていた時代に秘密兵器や美女が登場しない、実にリアルで泥臭く人間らしいスパイを描いたことがこの作家の最大の功績だと云えよう。
従って今読むといわゆるスパイ小説の典型のように思えるが、実はそれらの系譜の起源は本書なのである。
そして私がこの度、ル・カレ作品に着手するにあたり、最初に手に取ったのが本書だ。ル・カレ作品としては第3作目にあたる。

このル・カレの名を知らしめた本書はアレック・リーマスという50歳のベテラン英国情報部員の物語だ。彼が英国側のスパイとして潜入していたベルリンで次々と彼の部下が、また仕込んでいたスパイが殺され、とうとう最後の1人で最も有望視されていた東ドイツ社会主義統一党最高会議のメンバー、カルル・リーメックが目の前で殺され、やむなくイギリスに帰国せざるを得なくなるところから始まる。

そして英国情報部は悉く自分たちの部員を殺害していった東ドイツ情報部副長官のハンス・ディーター・ムントの抹殺を企てる。その任務を負うのがアレック・リーマスで彼はそのために上司の管理官の指示に従い、まず彼が情報部の仲間の目を欺くためにベルリンでの任務失敗の責任を負って銀行課という内勤の仕事に付けられた腹いせに素行不良な情報部員となったと見せかけて馘首になり、彼に目を付けた新聞記者を通じてオランダを介してベルリン行きになり東ドイツの情報部員と接触する。

全ては憎き敵ムントを殺すために仕組んだ作戦だが、リーマスがドイツ側に英国情報部の内情を明かしていく。
それがいくら作戦とはいえ、ここまで教えていいものかと明らさますぎるほど微に入り細を穿っているのだ。
従ってリーマスは本当に任務として告白しているのか次第に疑わしくなってくる。そしてリーマスを信用した東ドイツの対敵諜報課の課長フィードラーはムントが英国駐在時に英国情報部員が2名殺され、そしてジョージ・スマイリーすらも殺されかけたフェナン事件に関与しながらも空港から出発して帰国したことからムントが英国側に転向させられた二重スパイだったとし、ムントを逮捕して査問会で彼の罪を糾弾し、死刑に追い込もうとリーマスに持ちかける。

一方英国共産党の一員でリーマスが図書館勤務時に愛人となったリズ・ゴールドは東ドイツの共産党との交流会に党の代表の1人として選ばれて参加することになる。しかしそれはその査問会に駆り出されるための布石だった。

さてリーマスの語りを通じて知らされる諜報活動の内容と情報部員であるリーマスの特殊な思考はさすが作者自身が英国情報部の人間だっただけにリアリティがある。

例えばある情報部員が潜入先のベルリンでどれほどスパイ候補となる有力候補と接触してもなかなか協力者が得られなかったのに、ある日家族と共にピクニックに行った際に、帰る段になって車に戻ってくると東ドイツの最高会議の議事録が収められたフィルムが入っており、それ以降報酬を入れたピクニック用ケースを車中に残すと帰って来た時にはフィルムの入った煙草缶が残されるようになったといったエピソード。

また酒好きのリーマスがどれほどアルコールを摂取しても日付と名前を正確に覚えて話したり、旅行ごとに偽名を取り換えたパスポートを使用していたことや、入国はスタンプが必要なため自身のパスポートを使うが、銀行では身分証明に見せるだけなので預金引き落としの時は偽装したパスポートを使用するなど。
また彼はいつどんな時に襲われた時でも身の回りの物を武器にして人を殺す術を体得している。

また尋問されたらわざと扱いにくい人物となって、向こうが苦労の末に情報を引き出したように思わせることで信憑性が増すと上司に云い渡され、ひたすら自分の創造した人物に同化させようと一人でいる時も成りきることを継続する。

これらは様々なスパイ映画や小説が書かれている今となっては珍しくもないスパイの特殊技能や独自の世界観であるが、本書が発表された1963年当時では驚愕だったに違いない。これはやはり自身が情報部に身を置いていたル・カレだからこそ書けたディテールなのだ。
云い替えれば今日のスパイ小説や映画の素となった1つが本書なのだ。

スパイとは、諜報活動とは従来の人間の尺度では測れない次元の理論で物事が繰り広げられるが、それはつまり人間らしさという邪魔な感情を排しているからこそ一般の人には理解できないのであり、一方で任務のためならそんな感情をも利用してみせることが出来るのだ。

最終章の章題が「寒い国から帰る」。寒い国とは即ちベルリンの壁で仕切られた東側だと思われたが、最後に至ってその寒い国の真の意味が解る。

そんなタイトルや章題に至るまで作者のダブルミーニングの意図が施された本書はまさに自身も英国情報部に勤めていた作者ならではの仕事だと云えよう。

さて本書ではバイプレイヤーとしてジョン・ル・カレ作品ではおなじみのジョージ・スマイリーが登場する。
今回彼が表立って活躍する場面はなく、リーマスが英国情報部を首になってオランダに渡り、そこから東ドイツに送られる間に彼が最後に逢った図書館の同僚で愛人でもあるリズ・ゴールドを訪ねる時と最後リーマスがベルリンの壁を超える時にリズを置いて西側へ来るよう叫ぶくらいだ。
調べてみると彼はル・カレのデビュー作からこの3作目の本書まで登場しているようだ。

私は読むと決めた作家の作品は1作目から順を追って読むようにしているが、2020年12月に逝去したル・カレというビッグネームであってもその第1作『死者にかかってきた電話』と『高貴なる殺人』が絶版で手に入らず、図書館にもないのは何とも残念である。

つまりこのジョージ・スマイリーの歩みを途中から体験することになるのは何とも悔やまれる。ル・カレ追悼記念としてこの機会に一度絶版となった作品も続々と復刊してほしいものである。

スパイ小説を読むことは実は歴史を学ぶことに似ている。
しかし学ぶのは学校の授業や教科書では語られなかった歴史の暗部を覗くことだ。
死の直前まで現役のスパイ小説家であったル・カレの諸作を読むことは第2次大戦後から現代まで連綿と続く裏側の歴史を追うことでもある。

冷戦が終わった時、多数のスパイ小説家が失業すると云われたがその言葉を覆してル・カレは様々な手法でスパイ小説を書いてきたのだ。
実はル・カレを意図して読もうとしたのではなく、たまたま私のルールに則って選んだ次に読む作家がル・カレだったのだ。
つまり私はまたもや“本に呼ばれた”のだ。
彼が亡くなった今こそ彼の諸作を読むことは意味があるのだろう。噛みしめるように読んでいきたいと思う。

▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.2:
(5pt)

動きがありません

面白くありませんでした。

わたろう
0BCEGGR4
No.1:
(7pt)

寒い国から帰ってきたスパイの感想

この作品には、(というかルカレの作品には)美女をはべらせスポーツカーを飛ばし、銃弾を交わしながら悪の大物を追いつめるようなスパイは登場しません。悲しいかな、偏狭で融通のきかない巨大な官僚機構の歯車にすぎないと書かれています。そういった設定は大変にリアルに感じられました。作品には現地スパイへの送金方法、敵の目のくらまし方など多くのスパイ小説なら書かれないような要素が紹介されます。もちろんフィクションなのでしょうが、登場人物にのみにスポットを当てる作品と異なり組織そのものがリアルに描かれるところが面白いのです。
本作は動きに乏しく、走ったり跳んだり格闘したりというのはごくわずかで、大半が会話で成り立っています。嘘か真実か腹を探り合いながらの激しい頭脳戦が見どころになっています。会話の進行はマトリョーシカを開けるようであり、嘘を開けて中を見ると中にもまた嘘があります。チェスとして例えるよりむしろ、ブラフ全開のポーカーでしょう。しかも大胆なイカサマポーカーで、カードが配られる前から仕掛けが始まっているのです。そしてゲームは話者の意図が明らかになるにつれ、さらに緊張感を増していきます。会話だけでこれほどの緊張感を保てるのは凄いものがあり、幾多のスパイものの中にあって決して避けては通れない作品であることは確かです。雨後の筍生え出した凡百のスパイ小説とは異なって、独特の位置を確立したことは確かで価値の高い作品であることは誰もが認めることでしょう。しかし、absinthはこの作品を好きなのかと聞かれると答えるのは難しいです。やはり作品のトーンが重苦しく、わくわくしながら再読できる作品ではないからです。
衝撃のどんでん返しはありますが、これは良くあるように読者をビックリさせようと意図するものではありません。何も信じることは許されない、スパイには確かなものは何もないのだと思い知らせるために用意されています。それにしてもなんというニヒリズムでしょう。任務のためには名誉も外聞も捨てわざわざ恥をさらし、冷徹に貫いてきた作戦の成否が、主人公にわずかばかりに残された最後の人間性によって暗転するのですから。
社会主義は、その崇高な目的のためには個人の犠牲が必要なのだと教えています。そういう恐ろしい教義を民衆に強制する悪の社会主義を倒すためにこそ、正義の民主国家のスパイ組織があるのであって、そしてその崇高な目的のためにはやはり個人の犠牲が必要なのだ……というどうしようもない矛盾。犠牲をやめさせるためには犠牲が必要なのだという矛盾。それが本書のテーマです。こういうテーマを選んだら、ルンルン気分で楽しく読める作品にはなりえないでしょう。
absintheは荒唐無稽と言われても、もう少し華のある作品が好きです。

absinthe
BZLMTCHK

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