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寒い国から帰ってきたスパイ



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寒い国から帰ってきたスパイの評価: 6.00/10点 レビュー 2件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.00pt

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No.1:
(7pt)

寒い国から帰ってきたスパイの感想

この作品には、(というかルカレの作品には)美女をはべらせスポーツカーを飛ばし、銃弾を交わしながら悪の大物を追いつめるようなスパイは登場しません。悲しいかな、偏狭で融通のきかない巨大な官僚機構の歯車にすぎないと書かれています。そういった設定は大変にリアルに感じられました。作品には現地スパイへの送金方法、敵の目のくらまし方など多くのスパイ小説なら書かれないような要素が紹介されます。もちろんフィクションなのでしょうが、登場人物にのみにスポットを当てる作品と異なり組織そのものがリアルに描かれるところが面白いのです。
本作は動きに乏しく、走ったり跳んだり格闘したりというのはごくわずかで、大半が会話で成り立っています。嘘か真実か腹を探り合いながらの激しい頭脳戦が見どころになっています。会話の進行はマトリョーシカを開けるようであり、嘘を開けて中を見ると中にもまた嘘があります。チェスとして例えるよりむしろ、ブラフ全開のポーカーでしょう。しかも大胆なイカサマポーカーで、カードが配られる前から仕掛けが始まっているのです。そしてゲームは話者の意図が明らかになるにつれ、さらに緊張感を増していきます。会話だけでこれほどの緊張感を保てるのは凄いものがあり、幾多のスパイものの中にあって決して避けては通れない作品であることは確かです。雨後の筍生え出した凡百のスパイ小説とは異なって、独特の位置を確立したことは確かで価値の高い作品であることは誰もが認めることでしょう。しかし、absinthはこの作品を好きなのかと聞かれると答えるのは難しいです。やはり作品のトーンが重苦しく、わくわくしながら再読できる作品ではないからです。
衝撃のどんでん返しはありますが、これは良くあるように読者をビックリさせようと意図するものではありません。何も信じることは許されない、スパイには確かなものは何もないのだと思い知らせるために用意されています。それにしてもなんというニヒリズムでしょう。任務のためには名誉も外聞も捨てわざわざ恥をさらし、冷徹に貫いてきた作戦の成否が、主人公にわずかばかりに残された最後の人間性によって暗転するのですから。
社会主義は、その崇高な目的のためには個人の犠牲が必要なのだと教えています。そういう恐ろしい教義を民衆に強制する悪の社会主義を倒すためにこそ、正義の民主国家のスパイ組織があるのであって、そしてその崇高な目的のためにはやはり個人の犠牲が必要なのだ……というどうしようもない矛盾。犠牲をやめさせるためには犠牲が必要なのだという矛盾。それが本書のテーマです。こういうテーマを選んだら、ルンルン気分で楽しく読める作品にはなりえないでしょう。
absintheは荒唐無稽と言われても、もう少し華のある作品が好きです。

absinthe
BZLMTCHK

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