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北海の墓場



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北海の墓場の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

新機軸への意欲的な作品

マクリーン16作目の舞台は厳寒の北極海。ベア島なる孤島に向かうハリウッドのロケ隊の一行。主人公はその映画会社オリンパス・プロダクションに雇われた医師マーロウ。
今までのマクリーン作品の読者ならば、厳寒の海が舞台であればまたも過酷な環境と苦難の連続の航海が一行に待ち受けているだろうと想像するが、本書はそんな読者が抱く先入観を裏切り続けて物語は進行する。

まず一行を運ぶモーニング・ローズ号、この豪華客船はかつてトロール船として海を馳せた老船である。そんなもはや老朽化という言葉を超えた船の乗客や乗組員が直面する災難は荒々しい波濤や物の数秒で凍てつくブリザードでも、触れるだけで大破するほどの絶望的な大きさを誇る流氷などが現れる極寒の環境ではなく、なんと激しい船酔いなのである。

この船酔いは主人公の医師マーロウによって集団食中毒であることが判明する。さらに死亡者が出るに至り、それは何者かによる毒殺事件へと発展する。
そんな不穏な空気を助長するかのように船内で連続して不審死や失踪事件が発生する。そして無線機も何者かによって壊され、疑心暗鬼の中、船は目的地であるベア島に到着する。
ここまでが物語の中盤だ。

物語の後半はベア島が舞台となる。そこでもたとえば『ナヴァロンの要塞』で我々読者をそこまでしなくてもいいだろうと思わせるほど危難に次ぐ危難、肉体の限界を超えた戦いが登場人物たちには待ち受けているわけではない。
まず到着早々にマーロウと親しくしていた航海士スミシーが失踪する物々しい幕開けを見せるが、実は航海士スミシーは主人公の医者マーロウと同じ組織に属するイギリス政府から派遣された者であることが判明する。彼らは第二次大戦中にナチスが各国から略奪し、世界中に隠した金、宝石、絵画、有価証券の在処を探る任務に就いており、映画製作者の1人で脚本家のヨハン・ハイスマンがその一人であることを突き止め、彼のそばについて隠し場所と思われるベア島のロケに同行したのだった。

そしてベア島に着くと一行は島にある観測隊が以前使用していた小屋に落ち着くが、いきなり第一の殺人が起こる。それを皮切りに次々と関係者が一人また一人と不審死を遂げる。犯人は島にいる関係者の中にいるというシチュエーション。
つまり厳寒の島で繰り広げられるのは何と本格ミステリでいうところの“嵐の山荘物”なのだ。しかしなんと島に留まっているのは主人公のマーロウを含めて22人にも上る。なんとも容疑者の多すぎる孤島物ミステリだ。

とこのように本書は極寒の海と島を舞台にしながらも従来のマクリーン作品の定型を全く裏切った展開を見せる。

そして物語は事件の謎を追いかけるうちに関係者たちに隠された過去を掘り出し、またマーロウの目的である盗まれた金の在処を探る冒険もあり、そして最後にはそれらの謎に加え、真犯人の思惑などサプライズが複層的に織り込まれている。そして最後には関係者を一堂に集めてマーロウによる推理が開陳され、黄金期の本格ミステリを髣髴させる。

しかし私が最も意外だったのは主人公マーロウの設定だ。ロケに同行する医師と見せかけて政府の者というのは確かにマクリーン作品の常套手段ともいうべき手法だが、今までの作品では掴みどころのない性格で一見軽薄そうな人物が実は情報部の諜報員だったという、素早い判断力と超人的な運動神経で危難を幾度となく克服するヒーローという設定だったのに対し、本書のマーロウと中盤で仲間だと知れる航海士のスミシーはスーパー・エージェントではなく、大蔵省の役人でしかない。
彼らは銃を持たず、また格闘術を教わっているわけでもなく、ましてや肉体の限界を超えて自然に立ち向かうストイックさもない。いわゆる我々のような一般人ぐらいの体力しかないのである。
このあたりからもマクリーンが新機軸を打ち出そうとしているのが行間からひしひしと伝わってくる。

さて毎回アイデア豊富のマクリーンだが、本書では彼の得意とする武器、兵器、機械や乗り物の専門知識や過酷な環境下で起こる災厄の詳細な描写はなりを潜めている。しかしマクリーン作品の中でも全450ページ弱という比較的厚い本書には第二次大戦後の世情やマクリーンの体験が盛り込まれているように感じる。

例えば映画会社の面々が登場人物の中心になっていることが本書では特徴的だ。
これはやはり出せば映画化と当時人気絶頂だったマクリーンが自作の映画化の際に接した映画会社の人々のその特異性が非常に印象に残っていたのではないか?元教師であるマクリーンにとって、何もかもが破天荒で常識外れが当たり前のエンタテインメント界の不条理さこそ、きな臭い陰謀を持つ組織の隠れ蓑として最適だと気付いたに違いない。

また本書の犯人の1人で中心的人物であるヨハン・ハイスマンはシベリアに囚われの身であり、そこから脱走して映画会社に入ったという異色の経歴を持つ。彼は第二次大戦中に二重、三重のスパイとしてソヴィエトとドイツを股にかけて活躍していたという彼の設定も昔アメリカ映画界を席巻した赤狩りの遺児を思わせ、また映画界で有名な人物が実は元スパイだったというのもキム・フィルビーを想起させる。

さて旧ナチスが隠した金の在処を巡って発生する連続殺人など一連の事件の真相はかなり複雑であるが、しかし、これらの謎が一気にマーロウの口から述べられるのはいささかバランスが悪いように思える。
確かにこれらは本格ミステリの典型であろう。マクリーンが本書で目指したのが本格ミステリであるならばそれも受け入れるが、マーロウが述べる内容は読者の前に伏線として提示されていない物も多く、マーロウが潜入する前に仕入れた情報に基づく内容の比重が大きい。
つまり意外な真相が明かされるものの、アンフェア感が拭えないのだ。
さらに登場人物の多さ。前述したように最終的に島に残る人物だけでも22人もいるのである。物語の前半はこれにモーニング・ローズ号の乗組員も加わり、大方30名前後の登場人物が出てくるのだ。
これだけ登場人物がいればやはり登場人物表は必要だろう。特に今回は船員のみならず映画会社という特殊な職業の人間たちばかりなのだから、人物紹介も容易であろう。
したがってそれらがないばかりに各登場人物たちの意外な素顔が最後で明かさされても、人物像がなかなか結び付かなく、サプライズを満喫できなかった。今回登場人物表を省いたのは出版社の怠慢と云わざるを得ない。

ただやはりマクリーンはサプライズを好む作風であるのだが、どうもそれがうまく機能していないように感じる。
今回は主人公のマーロウがそれほど思わせぶりではなく、また物語の中盤で自身の正体を明かすため、ほどなく物語に入り込めたものの、最終章で一気呵成にマーロウの口から新事実が次々に明かされる構成はやはりバランスが悪く、作者の独りよがりだという感は否めない。専門知識や機器の詳細などの微細な描写や説明、そして不屈の精神を持った人物の描写などは抜群に上手いのだが、物語を書くのがそれほど上手くないのだ。
本書のようにミステリ趣向の作品を読むと如実にそれが表れてくる。手掛かりや伏線の出し方の匙加減が下手だと云ってもいいだろう。

しかし後期に属する本書は世の書評家がいうほど出来が悪いとは思えなかった。
先に書いたように冒険小説と見せかけて実は本格ミステリ的という読者の先入観を裏切る作品であり、意欲的だ。恐らく北上次郎氏のような当時の書評家はリアルタイムでその時代の冒険作家の作品を読んできたがために、時代の変化に対応して作風を変え、新たなテーマを見つけ、変化し続けている作家たちに比べて相も変わらず同じ作風で不屈の主人公を描いているマクリーンがつまらなく思えたのだろう。それ故に後期のマクリーン作品の評判が悪いのではないか。
実際北上氏の『冒険小説論』ではそのように書かれている。しかし裏返せばそれは常に軸がぶれなかった作家だという証拠でもある。いわゆる北上氏がいうところの欧米の冒険小説家が直面した『70年代の壁』は今の読者にとっては壁でもなんでもない。『女王陛下のユリシーズ号』も『ナヴァロンの要塞』もこの『北海の墓場』も全て同じマクリーン作品なのだ。だから時代性に囚われず、純粋に作品の良し悪しで判断できる状況にあるのだ。

恐らく今後読むマクリーン作品の私の評価は世の中の評判とは異なることになるだろう。しかしそれこそ今過去の作品を読む意義ではないか。
後世の今、本書もまた全く話題に上らない作品だが、マクリーンが冒険小説と見せかけて本格ミステリ的手法で旧ナチスの財宝探しを描いた本書は定型を裏切っただけに私にとって案外印象に残る作品なのである。


▼以下、ネタバレ感想

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