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(短編集)

レタス・フライ



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レタス・フライの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

シリーズ読者へのサプライズと思いがけないプレゼントのような短編集

森氏の第5短編集。森氏の短編は長編に比べて抒情的な作品が多く、また作中で解かれない謎が隠されている。
はてさて今回はどうだろうか。

幕開けの「ラジオの似合う夜」はある人物の海外出張で出くわしたある不思議な事件の話だ。
一人称叙述でどこかの会社員の体で語られる本作は物語が進むにつれて、あることが判明する。
彼が相手をした外国の研修生X・Jは1年の研修で主人公に惚れてしまったようでこの研修でもその想いを隠さない。
そして彼が出張に来た彼女の国はやたらと秘密が多く、宿泊先のホテルでは監視カメラで監視され、捜査の見学をしに来たのに警察署にも行けず、そして唐突に帰国させられるといったもの。
事件は一応答えが出されるが、残された別の指紋については正直アンフェア感を拭えない。
なかなか考えられた展開ではあるが、本作の味わいはそんな窮屈な国で優秀な捜査員として生きるX・Jと主人公の間に生まれた愛のようなものがそんな政治事情で引き裂かざるを得なかった悲哀であることだ。やはり森氏の短編はセンチメンタルだ。

次の「檻とプリズム」は観念的な話だ。小さい頃から檻に入れられて育てられた少年はやがて近所の1人の少年と親しくなる。しかし彼に関心を持つ少女が現れ、街で起きている幼女殺人事件の犯人ではないかと彼を疑っていると打ち明けられる。
物語はこの3人のなんとも微妙な関係が語られる。少女は少年の3つ年上の友人を殺人犯として疑い、少年は友人にそのことを打ち明けようか迷う。
少女はもしかしたら彼の友人に気があったのかもしれない。もしくは少年自体に気があり、友人から離そうとしたのかもしれない。少年は友人に結局そのことを話すが、友人は彼女こそ危険な空気をまとっていると少年に話す。
いわば奇妙な三角関係を感じさせる。
少年が友人と交わす会話の中で彼が全ての生き物はかつて植物で動物もそうだったが、大地から離れることを選んだので植物より早く死ぬようになったというなかなか面白い話がある。そして主人公は動物たちが以前持っていた幹や枝や根はどうしたのかと訊くと、学者たちによればそれはすっかり無くなってしまったというが友人はまだあると信じてそれを調べていると話す。。
また一方タイトルの檻は少年が子供の頃に閉じ込められていた檻も指すが、みんなが檻から出たがっているという精神的な檻をも指す。つまり常識でいることは檻に入っているようなものだという意味だ。少女が少年の友人に関心があるのは友人が彼女にとって恐れるものでありながらも興味が尽きない存在であるからでその一歩が踏み出せないのは彼女が檻から、普通という名の檻から出る必要があると少年は説く。
まあ、なんとも観念的な話である。

次からはショートショートが5作続く。
まず「照明可能な煙突掃除人」は星新一作品を想起するショートショート。最後のオチは同氏のある有名作を想起させる。

2つ目の「皇帝の夢」は夢で聞いた囁きが中国の皇帝の名だと知り、その皇帝の墓を訪れた無職の男の話だ。

3つ目の「私を失望させて」は退屈しのぎに面白い話を始めた女ともだちの話。それは桃太郎を題材にした現代風の内容だったのだがというもの。童話桃太郎の話に潜む違和感に突っ込みを入れつつ、またおじいさんとおばあさんをおにいさんとおねえさんに変えたり、桃太郎が必ずしも鬼退治をしに出掛けたわけでなく、たまたま海水浴に行った無人島に鬼がいたのでついでに説教したという現代風(?)にアレンジされているのだが、何とも脱力的なオチ。これなら題材は正直なんでもいいではないか。

4つ目の「麗しき黒髪に種を」は子供会のピクニックの時のある思い出を語ったもの。
この物語は長い黒髪を持つ女性に纏わる苦い思い出について不意に思い出す内容で、なんだか作者の実体験のように感じられる。最後にそんな事態になってしまったことを悔む自身の心情が描かれている。最後のどうでもいいようなオチは作者自身を出し過ぎたゆえの照れだろうか。

5つ目の「コシジ君のこと」は小学生の時のクラスメイトが大人になって毎日夢の中に登場するという話だ。コシジ君というそのクラスメイトは華奢で虐めの対象になっていた。そんな彼が大人になって夢に現れても実に冴えない。そしてある日小学校の建物が取り壊されることになったのでお別れ会が開かれ、そこで久しぶりに当時担任だった先生に逢って、コシジ君の話をしたら、コシジ君はふざけて遊んでいたサッカーゴールの下敷きになって死んだことを思い出す。そしてそれ以来彼は夢に出てこなくなった。この喪失感はグッとくる。

次は短編と云っても少し長めのショートショートと云えるか。「砂の街」は久しぶりに故郷の街に主人公が帰ってみると街中が砂に覆われていたという実に奇妙な設定だ。
家路に至るまでに主人公はどこもかしこも砂だらけな風景を目にする。そして奇妙な砂をまき散らす丸い装甲車みたいな車が通っているのを目にする。そして家に着いてみると鍵が閉まって入れないので裏口から回って入ろうとしたところに隣家の昔馴染みの鎌谷さんというおじさんに見つかり、電話を貸してやると云われてお邪魔するとなぜかそのままお茶を出されて自分と同じように大学院に通っている姪を紹介される、と全く先行きが読めない話が続く。

「刀野津診療所の怪」はGシリーズ物の短編だ。
これはまさに収穫の1作。もやもやしていたGシリーズの中で一番面白い話かもしれない。
島の診療所で起きたと噂される怪異現象について全ては説明されないが、これが読後に話を整理していくとだんだん見えてくるからまた面白い!
ところで「刀つのPQR」の意味は何か?これだけが解らない!あ~、もどかしさが止まらない!

最後の短編「ライ麦畑で増幅して」もまたもどかしさが残る作品だ。
「午前と午後が背中合わせ。それが小川君のものだ」
本書の謎は実は上の遺言の意味にある。そしてそれについては明かされないのだ。このもどかしさが森ミステリの歯がゆくも面白いところだろう。これはネタバレサイトでググるしかない!
ところでこの小川令子とこの後に出てくる美術鑑定士の椙田泰男は自分の記憶ではこれまでの既出作には出てきてないキャラクタだが、今後出てくるかもしれないので記憶しておこう。


森氏5冊目の短編集はシリーズは彼が手掛ける全10作のシリーズの5作目と10作目の次に出される周期になっていたが、4作で完結の四季シリーズからGシリーズ3作目で出版されたもので周期が異なっている。もうその辺にはこだわらなくなってきたのだろうか。

しかし5冊目となる本書は上に書いたように既に4つのシリーズを経ており、従って収録された短編もそれらのシリーズキャラが登場するものが増え、それぞれのシリーズのボーナストラック的な内容となっており、ファンには嬉しい贈り物となるだろう。

従って本書では10作品中シリーズ物の短編が2つ入っており、従来入っていたS&Mシリーズ物はなく、VシリーズとGシリーズ物になっている。但しGシリーズは犀川と萌絵が再登場しているシリーズなのでどちらかと云えばS&MシリーズはGシリーズに移行したと考えるのが妥当だろう。

1作目の「ラジオの似合う夜」は主人公の一人称叙述で始まるため、最初は不明だが物語が進むにつれてVシリーズのある人物が語り手であると解ってくる。

「檻とプリズム」はノンシリーズ物で、云うならばアンファンテリブル物だ。
幼女が殺される事件が連続して起きており、それが主人公の友人ではないかと忠告する少女が現れる。
檻は自分の中にある心の殻であり、プリズムはその少女の瞳を指す。そして少女と2人の少年の関係は疑いを持ちつつも関心を抱く微妙な心模様が読みどころか。

また5つのショートショートが載っている。
「証明可能な煙突掃除人」は亡くした父との邂逅を、「皇帝の夢」は成人した大人のある様子を、「私を失望させて」は桃太郎を現代風にアレンジした内容を、「麗しき黒髪に種を」は長い黒髪を持つ女性に纏わる自分の過去の苦い思い出を、「コシジ君のこと」は小学校の同級生が毎日夢に出てくる話が語られる。
「私を失望させて」は単なる一人の人形劇である、いわば作中作ネタなのだが、それ以外は過去や忘れていた思い出を奇妙な形で思い出させる、もしくは出くわさせられるといった作品である。

そして奇妙なのは「砂の街」だ。これは主人公が帰郷すると故郷の街が砂だらけになっていたというもの。少しでも歩くと砂が立ち上り、口や目の中に入り込んで難儀する。作中でも少し触れられているが鹿児島の桜島付近で住む人たちは火山灰によってこのような生活を強いられているのだろうかと同情してしまう。

ただこの作品は実に奇妙な形で物語が進む。主人公がコンビニの自動販売機で飲み物を買おうとしていると―というかコンビニに自販機があることが奇妙なのだが―店員がネットオークションで前日に競り合った電気機関車のモデルを送り出すところに出くわして忸怩したり、家の中に入ろうとすると昔から知っている隣のおじさんに呼び止められ、お茶を勧められたかと思うと自慢の姪を勧められ、二人きりにさせられたり、その姪は昔からなりたかったので妹と思ってほしいと頼んだりとシュールな展開が繰り広げられる。
また砂をまき散らす砂連隊なるものも出てきて、日本ではないどこかの話のように思わされる。ラストは色々な意味合いを含んで何ともこの作者のやり口が憎たらしいったらありゃしない。

そして「刀津野診療所の怪」はGシリーズ物の短編だが、実はこれには嬉しいサプライズが詰まっていた。これについては後に述べるが、それまで微妙な感じだったGシリーズのキャラクタに一気に親近感を覚える結果となった。

そして最後の「ライ麦畑で増幅して」はネタバレサイトでこれが後のXシリーズに出てくるキャラクタ2人だというのが判明した。またもこの短編集は別のシリーズへの橋渡し的役割を果たしていたわけだ。
そしてあの謎めいた「午前と午後が背中合わせ。それが小川君のものだ」の意味は解らなかった悔しさよりもカタルシスが先に立った。

本書のベストを挙げると「コシジ君のこと」と「刀津野診療所の怪」になる。

前者は実にシンプルで泣かせに来ているのは判っていても、こういう話に私は弱い。コシジ君をかつての自分の同じようなクラスメイトに重ねてしまうからだ。
そして彼が夢の中でも冴えない風貌で冴えない仕事を一生懸命している姿が主人公に自分のことを訴えかけているように思えた。

後者はもうこれまでのシリーズが見事なまでに結びつく、特にまだVシリーズとS&Mシリーズの関係性を知らなかった頃に読んだ短編「ぶるぶる人形にうってつけの夜」が伏線となっていたことが判明するこのカタルシスが堪らなかった。
森博嗣氏はシリーズ読者を裏切らない!
いや寧ろ幸せにしてくれる!
そう感じた短編だ。

あと珍しく犀川の駄洒落が聞いていた。「ふうん」「何ですか、ふうんって」「漢字変換する前」は実に見事!
爆笑してしまったし、佐々木睦子の「カナダの首都みたいな顔をしている」「トロントしている」も誤ってはいるが実に面白い!
またGシリーズの登場人物の素性も少しずつ明かされたのも収穫の1つか。山吹の実家が人口200人くらいの離島で旅館をやっており彼に寛奈という姉がいたこと。そしてそのことで彼らの誕生月と両親の名前の付け方が分かったことなどなかなか面白い肉付けがされていた。

とまあ、さすがに短編集も5集目になると1集目のようなそれぞれの短編に込められた濃度の高さは低くなったが、逆にここまで来るとシリーズ読者、いや森作品読者にとってのサプライズと思いがけないプレゼント、即ち読んできた者だけが判るご褒美をシリーズの短編で感じるようになった。

しかし毎回思うが以前書かれた作品の伏線が数年後に活かされ、そしてそれらが矛盾やパラドックスなく繰り広げられる物語世界の広さと深さを思い知らされる。

森作品は1作1作のミステリの深度は浅いが、作品を重ねるごとに著作全体に仕掛けられた謎やリンクが立ち上り、むしろそちらの深みこそが醍醐味だろう。
森作品は1作1作がコラージュの1片1片に過ぎなく、それらが集まって壮大な絵が描かれるのだ。

読めば読むほど天才性が際立つ作家だ。

▼以下、ネタバレ感想

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