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(短編集)

オーブランの少女



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オーブランの少女の評価: 9.50/10点 レビュー 2件。 Aランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点9.50pt

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全2件 1~2 1/1ページ
No.2:
(10pt)

圧倒的な物語の強さに酔いしれる

2015年は発表されるなり各書評で大絶賛されていた米澤穂信氏の『王とサーカス』がその年の『このミス』で上位を、いやかつて誰もなしえなかった2年連続1位を成し遂げると予想されており、実際その通りになったのだが、その下にある第2位の『戦場のコックたち』という書名とその作者深緑野分氏という全く知らない名前を見て驚いた。それもそのはずで2013年に刊行された本書でデビューしたばかりの新人であり、『戦場のコックたち』はまだ第2作目に過ぎなかったのだ。

しかしその斬新な設定とアイデアは読者の耳目を集め、予想外の好評を持って迎えられた。
私も全くノーマークの作家だっただけにこの結果には衝撃を受け、彼女を作品を読みたいと強く思った。そして私のみならず巷間のミステリ読者の期待の雰囲気が察してか、東京創元社がその願望に答えてくれた。それがこの本書である。

ミステリーズ!新人賞で佳作に輝いた表題作から本書は幕を開ける。
読後思わずため息をつき、茫然とどこかを見つめざるを得なかった。たった60ページで書かれた物語はそれほど中身の濃い、哀しくもおぞましい物語だった。
彼女たちは外部との接触を一切禁じられ、自由はあるものの私設から一歩も出ることはもちろん、手紙を送ることさえも許されていなかった。そして集められた少女たちは一様にどこかに障害を持っていた。
オーブランの忌まわしき過去を語る物語はマルグリットと名付けられた、血液の病気で収容された少女の手記で語られるが、これが後の管理人老姉妹の妹になる。そこで仲良くなったミオゾティスと名付けられた美しい、しかし左足が悪いために鋼鉄の歩行具をつけることを余儀なくされた少女こそが管理人老姉妹の姉にあたる。
何かの秘密を湛えたサナトリウムは私も人身売買のための不具者を集めた施設かと予想していたが、作者はそんな読者の予想に敢えて導いて意外な正体を用意していた。
ゴシック的で耽美な、そして情緒不安定な少女たちのどこか不穏な空気を纏った物語は戦争という狂気が生んだ悲劇へと導かれる。
ここにまた傑作が生まれた。

表題作の舞台は第二次大戦下のフランスだったが、次の「仮面」は19世紀末のイギリスが舞台。
朴念仁で長年女性に縁のなかった不器用な医師アトキンソンを中心に語られる一連の計画殺人に至るまでの顛末は一転して女の情念の恐ろしさを知らされる物語へと転じる。特に社会的弱者として描かれ、傲慢な有閑マダムに折檻されて日々暮らしているという不遇な女性像をアトキンソンへ刻み付けたアミラの隠された生きる意志の強さが最後に立ち上る辺りは戦慄を覚える。
いつの世も男は女性には敵わないものだと思い知らされる作品。
そしてまた女性同士もまたお互いに出し抜き合い、したたかに生きていることを知らされる。特に恵まれない境遇だと思われた醜いメイドのアミラに秘められた過去に興味が沸く。恐らくは美しく人目を惹く風貌であったと思われる彼女がなぜ顔の皮膚を焼き、そして鼻を曲げ、唇をナイフで切り裂いたのか。なぜ彼女は身分を隠してしたたかに生きる道を選んだのか。
彼女の過去は明らかにされないがまたどこかで彼女に纏わる話が語られるのだろうか。非常に興味深い。

翻って「大雨とトマト」は場末の食堂を舞台にした大雨の日に起きたある出来事の話。
3作目の舞台はなんと現代の日本。しかもどこかの町にある冴えない安食堂が舞台。
嵐の中訪れた2人の客。一方は十年以上も通ってくれているが名も知らない常連客。一方は初めてやってきた少女。しかしその少女は一度の浮気相手の女性に似ていたため、男は隠し子騒動に動揺する。
いわゆる日常の謎系の物語だが、判明するのは店主の間抜けぶりと常連客と少女の意外な正体という、ちょっぴり毒気が混じった内容だ。これもまたこの作者の持ち味なのかもしれない。

次の「片想い」も舞台は日本だが、時代は昭和初期で創成期の高騰女学校が舞台となっている。岩本薫子と水野環という2人の女子高生の友情の物語だ。
昭和初期の高等女学校という実にレトロな雰囲気の中、ちょっと百合族的な危うい雰囲気を纏って展開する物語はいわば深緑野分風『王子と乞食』となるだろうか。
本書の主眼は2人の女学生の友情物語であることだ。思春期という多感な時期に同じ屋根の下で暮らす女性2人の間に芽生え友達以上恋人未満にも発展した深い深い友情は切なくも苦く、限られた時間であるがゆえに眩しい。作者の長所がいかんなく発揮された作品だ。

最後の「氷の皇国」は北欧と思しきユヌースクという国が舞台の物語だ。
極寒の小国ユヌースク。そこを統治する残虐な王と彼が溺愛する美しい皇女ケーキリアと無邪気で残酷な王子ウルスク。そしてかつて近衛兵で妻を王の乗せた馬車に轢かれて亡くしたヘイザルと娘エルダトラ。ヘイザルの親友でガラス細工職人のヨンに彼の娘でエルダトラの親友のアンニ。これらの人物たちに訪れたある悲劇の物語だ。
首のない死体が流れ着き、それに涙する老婆というだけで悲劇が約束されたような物語である。冷たい皇女の企みを軟禁状態だった皇后が突如現れ、見事な推理で暴く。しかし公然と彼女を犯人にするわけにはいかず、最も彼女が苦しむ選択を下す。
誰もが多大なる苦痛を抱きながら、最小限の犠牲で皆を救う選択をした皇后はある意味最も政治家として正しいものだったのかもしれない。尊い犠牲の上で安住の地に流れ着いた彼女たちは果たして幸せだったのか。複雑な感傷を抱かせる作品だ。


いやはやこれまたすごい新人が現れたものだ。
洋の東西を問わず、しかも現代のみならず近代から中世まで材に取りながらも、まるで目の前にその光景があるかのように、さらには色とりどりの花木や悪臭などまでが匂い立つような描写力と、それぞれの時代の人間たちだからこそ起きた事件や犯罪、そして悲劇を鮮やかに描き出す深緑野分氏の筆致は実に卓越したものがある。

プロットとしては正直単純であろう。表題作は美しい庭に纏わるある悲劇の物語で、次の「仮面」は偽装殺人工作。「大雨とトマト」はある雨の日の出来事で「片想い」は女子高生の淡い友情物語。そして「氷の皇国」は流れ着いた死体に纏わるある悲劇の物語。既存作品に着想を得て書かれたものだとも解説には書かれている。

しかしこれらの物語に鮮烈な印象を与えているのは著者の確かな描写力と物語を補強する数々の装飾だ。そして鮮烈な印象を残す登場するキャラクターの個性の強さだ。
従って単純な話であっても読者は作者の目くるめくイマジネーションの奔流に巻き込まれ、開巻すると一瞬にしてその世界の、その時代の只中に放り込まれ、時を忘れてしまう。濃密な時間を過ごすことが出来るのだ。

それはまるで作者が不思議な杖を振るって「例えばこんな物語はいかがかしら?」としたり顔で微笑みながら見せてくれるイリュージョンのようだ。

収録された5編は全て甲乙つけ難い。どれもが何らかのアンソロジーを組めば選出されてもおかしくないクオリティに満ちているが、敢えて個人的ベストを選ぶとすると表題作の「オーブランの少女」と「片想い」の2作になろう。

表題作はオーブランという美しい庭を管理する2人の老姉妹に突然訪れたある衰弱した女性による殺人事件と、後を追うように自殺した妹の死に隠されたある悲劇の物語という非常にオーソドックスな体裁ながらも、かつてそこにあったある施設が読者の予想の斜め上を行く真の目的と、寂しさゆえに取り返しのつかない過ちを犯してしまった主人公が招いたカタストロフィが実に心に深く突き刺さる。

後者の「片想い」はまだ設立間もない東京の高等女学校を舞台にした、長野の病院のお嬢様に隠されたある秘密が暴かれる物語だが、何よりも主人公であるルームメイトの大柄な女性の純心がなんとも心をくすぐる。なんともまあ瑞々しい物語であることか。

この2作に共通するのは女性の友情を扱っている点にある。
表題作は戦火を潜り、まさに死線を生き長らえた2人の女性が決意の上、秘密の花園を生涯かけて守り抜き、そして彼女たちに悲劇を与えようとした女性の長きに亘る復讐という陰惨さがミスマッチとなって得難い印象を刻み込む。

後者は何よりもなんとも初々しい昭和初期の女子高生たちが築いた友情が実に眩しくて、郷愁を誘う。

多感な時期に得た友情は唯一無比で永遠であることをこの2作では教えてくれるのだ。

他の3作も上で述べたように決して劣るものではない。
「仮面」ではわざと美しい顔を傷つけ、身元を隠してしたたかに生きるアミラという女性に隠された過去に非常に興味が沸き、「大雨とトマト」の場末の安食堂の主人の家族に起こるその後の騒動を考えると、嵐の前の静けさと云った趣が奇妙な味わいを残す。掉尾を飾る最長の物語「氷の皇国」の北の小国で起きたある悲劇の物語も雪と氷に囲まれた世界の白さと氷の冷たさに相俟って底冷えするような余韻をもたらす。

そしてこれら5作に共通するのは全て少女が登場することだ。それぞれの国でそれぞれの時代で生きた少女の姿はすべて異なる。

死線を共に潜り抜け、死が訪れるまで共に生き、死ぬことを誓った少女。

美しい妹を利用し、貧しいながらも人を騙して生きていくことを選んだ少女。

一時の好奇心で図らずも妊娠してしまい、居ても立ってもいられずにその自宅に衝動的に訪れたものの、これからの将来が見えずに途方に暮れる少女。

共に学業に励み、恋心に似た感情を抱きながらも隠していた感情を爆発させ、瑞々しい友情を築いていく少女たち。

父親の犠牲の上に自由を得、そして悠久の時間を経て父親と再会した少女。

ある意味これらは少女マンガ的題材とも云えるが、繰り返しになるが一つ一つが非常に濃密であるがゆえに没入度が並大抵のものではない。どっぷり物語に浸る幸せが本書には詰まっているのだ。

物語の強さにミステリの謎の強さが釣り合っていないように思えるが、それは瑕疵には過ぎないだろう。
私は寧ろミステリとして読まず、深緑野分氏が語る夜話として読んだ。ミステリに固執せず、この作者には物語の妙味として謎をまぶしたこのような作品を期待したい。

もっと書きたいことがあるはずだが、今はただただ心に降り積もった物語の濃厚さと各作品が脳内に刻んだ鮮烈なイメージで頭がいっぱいで逆に言葉が出てこないくらいだ。

こんな作者がまだ現れ、そしてこんな極上の物語が読めるのだから、読書はやめられない。
そしてこれからこの作者深緑野分氏の作品を追っていくのもまた止められないのだろう。実に愉しい読書だった。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

オーブランの少女の感想

”少女”にまつわる作品を集めた短編集。著者の作品は、その文体から欧州を舞台にした翻訳調の小説がよく似合っていると思う。
とくに表題作は格調高い文体ではあるが、おどろおどろしいホラー小説のような要素を含んだ、短編ながら読み応えあるものとなっている。中には表題作に比べるとややトーンダウンの感があったりするが、それぞれに趣向が凝らされており、著者の腕の確かさを感じます。収録作品の中で表題作以外ではやや長めの「氷の皇国」は、著者の特徴がよく出ていると思います。

本好き!
ZQI5NTBU

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