冬そして夜
- リディア・チン&ビル・スミス シリーズ (11)
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全1件 1~1 1/1ページ
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はじめてローザンを読みましたがミステリーというとりもヒューマンドラマのようでした。謎解きについてはそれほど興味をひかれるところはありませんでしたがアメリカの高校におけるアメフト部員がいかにもてはやされているのか勉強になりました。 | ||||
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MWA最優秀長編賞を受賞している傑作探偵小説です。主人公のビルは足で稼ぐタイプのオーソドックスなスタイルの私立探偵で、真相を究明するための武器はいわゆる聞き込みです。銃を持って乗り込むようなシーンはほとんどありません。 今作では事件自体が失踪した甥を捜すという地味なものです。にもかかわらず最初から最後まで緊張感や興味、興奮が途切れること無く続きます。地味で単純な筈の甥の失踪から事件はどんどん広がりを見せ、ビルの捜査は徐々に事件の裏に潜むゆがんだ高校と町の姿をあぶりだしていきます。 フットボールチームがらみの事件が頻発する米国においてこのテーマを選択したのが、まず見事。そして主人公のビルと対等な立場で捜査を手伝う相棒リディアとの関係がまた素晴らしい。ビルが怒りにかられコーヒーカップを持つ手に力が入った時、割っちゃうとお代わりがもらえないわよ、とリディアがいさめるシーンがあるがリディアの言葉には文字通りの意味と、怒りにまかせて関係を壊してしまったらもう家族と会えなくなるわよという二つの意味があります。こういう深い表現が随所にあり、それがいちいち心を揺さぶります。 ビルと家族の関係というのもこの作品の大きなテーマですが、ビルの内面を掘り下げるために意味無く放り込んだのではなく、事件と密接な関係があり、真相を究明し解決するための重要なカギになっています。そして事件が結末を迎えたあと「また会いにきてくれる?」と聞く甥に対してのビルの答えにうなずくとともに、そんな答えを返せるまともな大人が少ないことにため息が出てしまいました。結末はほろ苦いけど、リアルで希望が感じられる完璧な終わり方だと思います。 | ||||
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疎遠となっていた妹の息子が警察に捕まり 伯父にあたるビルに助けを求めてきました。 そしてつかの間の再会の後 甥は再び姿をくらまします。「しなければならないことがあるんだ」という言葉が気になったビルは 甥一家が住む町へ。 アメリカン・フットボールの盛んな町(甥も選手とのこと)ということですが 町が総がかりで熱狂するさまが 些か理解し切れないところが。 日本で例えると 体罰事件やつぼ八飲酒・喫煙騒動の「駒澤大学附属苫小牧高等学校」や牛肉ミンチ偽装事件の「ミートホープ」でお馴染みの苫小牧市のような町でしょうか? | ||||
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中国系のアメリカ人女性リディア・チンとアイルランド系の中年男性ビル・スミス。このふたりの私立探偵が、主にニューヨークを舞台に、交互に主役をつとめるシリーズの8作目の長編である。 今回の‘わたし’は、ビル・スミスである。 11月の深夜、警察署へ呼び出された‘わたし’は、甥のゲイリーと思わぬ再会を果たす。いったんは自宅へ連れ帰ったが、再び逃げだしたゲイリーを捜すため、彼ら一家が住む町を‘わたし’は相棒のリディアとともに訪れる。そこはニューヨークのマンハッタンから見るとハドソン川をはさんで対岸にあるニュージャージー州の高級住宅街、ワレンズタウンというところで、アメリカン・フットボールの盛んな町だった。 ‘わたし’たちはそこで、ある女子学生の変死事件に出くわし、23年前に起こった婦女暴行事件と併せて、フットボールが何をおいても優先されるという、町が抱えるゆがみと醜聞に、否応なく直面し、巻き込まれてゆくのだった。また、事件にかかわりながら、‘わたし’も自分自身の家族との過去を振り返り、立ち向かい、深く考えざるを得なくなる。私立探偵小説というと、ある意味派手なハードボイルドを連想しがちだが、本書はあくまでも深い悲しみを感じさせる静かなムードがいつまでも印象に残る大作である。 本書は、アメリカにおけるミステリーの最高峰、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞の’03年度ベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)を受賞しているが、明らかに’99年に起きたコロンバイン高校の学生による銃乱射殺害事件に触発されて書かれたに違いない。S・J・ローザンは本書において、さらにその事件の真の意味と問題点を発展させ、小説化したのではないだろうか。そしてMWA賞受賞もなるほどと頷ける力作に仕上げたのだ。作品の舞台である小さな町ワレンズタウンは、まさに悩める現代アメリカの縮図なのである。 | ||||
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中国系のアメリカ人女性リディア・チンとアイルランド系の中年男性ビル・スミス。このふたりの私立探偵が、主にニューヨークを舞台に、交互に主役をつとめるシリーズの8作目の長編である。 今回の‘わたし’は、ビル・スミスである。 11月の深夜、警察署へ呼び出された‘わたし’は、甥のゲイリーと思わぬ再会を果たす。いったんは自宅へ連れ帰ったが、再び逃げだしたゲイリーを捜すため、彼ら一家が住む町を‘わたし’は相棒のリディアとともに訪れる。そこはニューヨークのマンハッタンから見るとハドソン川をはさんで対岸にあるニュージャージー州の高級住宅街、ワレンズタウンというところで、アメリカン・フットボールの盛んな町だった。 ‘わたし’たちはそこで、ある女子学生の変死事件に出くわし、23年前に起こった婦女暴行事件と併せて、フットボールが何をおいても優先されるという、町が抱えるゆがみと醜聞に、否応なく直面し、巻き込まれてゆくのだった。また、事件にかかわりながら、‘わたし’も自分自身の家族との過去を振り返り、立ち向かい、深く考えざるを得なくなる。私立探偵小説というと、ある意味派手なハードボイルドを連想しがちだが、本書はあくまでも深い悲しみを感じさせる静かなムードがいつまでも印象に残る大作である。 本書は、アメリカにおけるミステリーの最高峰、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞の’03年度ベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)を受賞しているが、明らかに’99年に起きたコロンバイン高校の学生による銃乱射殺害事件に触発されて書かれたに違いない。S・J・ローザンは本書において、さらにその事件の真の意味と問題点を発展させ、小説化したのではないだろうか。そしてMWA賞受賞もなるほどと頷ける力作に仕上げたのだ。作品の舞台である小さな町ワレンズタウンは、まさに悩める現代アメリカの縮図なのである。 | ||||
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本シリーズのファンなので、評価は高め、ということで。どんどん人が殺されたり、背筋も凍るような恐怖が主人公を追い詰めたり、謎が謎を呼んだり、銃弾が飛び交いパンチが炸裂し……というような活劇を求める方にはそもそもこのシリーズは物足りないと思いますが、本作も例外ではありません。 タイトルが示す通り、ストーリーは重苦しく、起こる出来事や結末はやりきれなく、理不尽で不条理です。まさに、人生のように。 珍しく、自らの過去に否応なく立ち返らざるを得ないビルは熱くなります。怒り、暴力への誘惑に囚われます。自らの無力さに苛まれます。それでも、光はないわけではない。それもまた、人生。 ビル目線の回なので、リディアがふだんよりもさらにかっこよく、凛々しく、賢く、その分やや都合よく(?)描かれているのが少し不満と言えば不満ですが、まあそれは贅沢な不満と言うべきでしょう。 ローザンは本作でアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞を受賞したそうですが、シリーズ8作目にしてこの力の入り方は凄いと思います。 | ||||
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