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Tetchy さんのレビュー一覧

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レビュー数889

全889件 661~680 34/45ページ

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No.229:
(7pt)

物語の雰囲気は好みだが、それぞれ難がある作品たち

島田氏の短編集としては珍しく吉敷も御手洗も出てこないノンシリーズ物ばかりだった。短編集とは云え、一番短いのが冒頭の「ドアX」の70ページでその他2編はどれも100ページを超える作品で、どちらかと云えば中編集といった方が正しいだろう。

ハリウッド女優を夢見る女性のあまりに出来すぎた世界が語られる「ドアX」はその明かされた真相からして長編『眩暈』の変調のような味わいがある。最後に志賀直哉の短編「出来事」を髣髴させるところは作者の手腕だが、「ドアX」の正体が途中で判るのが災いして却って蛇足になった感がある。

次の「首都高速の亡霊」はタランティーノの映画に触発されたような内容で、ある一点から語られる凶事がそれぞれ登場人物の視点、立場で語られることでからくり仕掛けのおもちゃを見ているようで結末の恐ろしさが強調されるというより物語進行のユニークさが印象に残った。最後の死体が首都高速の外灯に持たれるように偶然腰掛けるような姿勢になるというのがどうしても想像できず、これさえもっと簡潔であればすっきりした好編になったのだが。

最後の「天国からの銃弾」は島田的ロス・マクドナルド調綺譚といった感じで、結構好きな一編。定年退職した老人の富士山を撮り続ける趣味を発端として息子のソープランドの屋上での首吊り死が起き、その事件の真相を調べていくうちに息子夫婦の知られざる暗黒が次第に明かされていく。
しかしこれには一点、大きく物語のリアリティに欠ける部分がある。主人公の老人がプロ級の射撃を持つ、その事ではない。毎週射撃の練習を神奈川県のど真ん中でやる、これも瑕疵ではない。その一点についてはネタバレの欄に記載しておこう。

以上3編、どれも佳作だがそれぞれに弱点や瑕疵を備えているので今回は7ツ星とする。


▼以下、ネタバレ感想
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天国からの銃弾 (光文社文庫)
島田荘司天国からの銃弾 についてのレビュー
No.228:
(8pt)

グロテスクな設定を豪腕で料理した怪作

今回もクーンツは非常に魅力的な導入部を演出してくれる。
ふと目が醒めると知らない所にいる男、フランク。最初は簡単な依頼かと思われたあるコンピュータ会社の仕事で危機一髪の危難に見舞われる夫婦探偵。このフランクの、見知らぬ場所で目覚めるという設定のオチがテレポートだったとき、『ライトニング』など散々使い古された手の亜流でしかないのかと思われたが、最後に明かされるフランク、キャンディらポラード一族の血縁のおぞましさにはかなりガツンと来た。
これほどの真相はかの名作『ウィスパーズ』に勝るとも劣らない。しかし、ここまでやると次はどんな手が残されているのだろうか?

しかし、往々にして苦労して手に入れた小説というものはその希少さゆえ駄作であるというのがパターンとして多い―売れないから重版されない、つまり手に入れにくい―のだが、今回は違った。寧ろ世評が低いのが不思議である。着地も突飛ながら私的には許せる範囲だし、結末もボビーとジュリーのエピローグもあって纏められている。
いやあ、東京、横浜、博多と探し当てた甲斐があったよ。


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バッド・プレース (文春文庫)
ディーン・R・クーンツバッド・プレース についてのレビュー
No.227:
(7pt)

プロになった人の作品はやはり一味違う

素人の手遊びという印象が読書前にあった。実際、最初の方は変に凝ったペンネームの人や、無闇に捏ね繰り回した表現を使う文体が散見され、やれやれといった感じだったのだが、後半の数編にはこれは!!と瞠目させられる物もあり、結果的には満足した次第。しかし、館物、山荘物、密室物が非常に多く、食傷気味である。また40ページ前後の作品にもかかわらず連続殺人が起きたりと贅沢に盛り込みすぎた作品もあり、この辺が逆に素人ぽさを醸し出しているのが皮肉だ。

しかし、現在ミステリ作家として活躍している柄刀氏の短編は、最後に人情のスパイスを仕込むなど、他の作品にないサムシング・エルスがあり、感心した。
最も驚いたのは新麻氏の「マグリットの幻影」。何よりも実体験的にトリックを実証する趣向が抜群で、正直度肝を抜かれた。正に「目から鱗」である。

今後このシリーズは更なる深化を遂げるのか、はたまたマンネリに陥るのか、期待と不安が入り混じっている。
本格推理 〈3〉迷宮の殺人者たち (光文社文庫―文庫の雑誌)
鮎川哲也本格推理3 迷宮の殺人者たち についてのレビュー
No.226:
(8pt)

メイスンの作品では断トツ

A・E・W・メースン!!大学生の時に『矢の家』を読んだくらいで、その作品も詳細はもはや定かではないが、秘密の通路をメイントリックにしていたのにとてもガッカリした記憶が鮮明に残っている。
そのメースンの作品を再び読むことになろうとは全く思ってもいなかった!!しかも映画原作というから二重の驚きである。よくもまあ100年以上も前の作品を映画化しようと思ったものだ。

で、前述のように『矢の家』では大変失望させられたメースンのこの作品、予想以上に面白かったというのが正直な感想。
「臆病者」の烙印を押された元将校の主人公が自らの誇りを取り戻すため、かつて「臆病者」呼ばわりした同僚を危難から単独救出に向かう。要約すればこれだけの話で、至極単純な構成なのだが、今回は婚約者の女性も同様に主人公を「臆病者」呼ばわりするのがミソ。しかも結構きつい性格をしており、おいおい、ここまで云うかとばかり主人公を貶める。だって周囲を誤魔化すためのダンスでようやく終わりが見えた時に、「何で私がこんなに苦しまなきゃならないの!」なんて云うか、普通!?ここらへんの容赦なさといい、更にこの女性―エスネという名前―を苦しめる盲目になった主人公の登場といい、作者はかなりの小道具を要して物語を盛り上げる。

最初の同僚の救出劇は同僚の口から元恋人に告白されるだけだったので、迫力に欠け、物語の主題は専らこのエスネの揺れる恋心を綴った先駆的ハーレクイン・ロマンス物かと心配したが、やはりトレンチ救出の顛末はもう迫力もので、いつ計画が破綻するものかと緊張感に満ちており、非常に堪能できた。
とにかく、100年以上も前に書かれた作品とは思えぬほど、中東戦争の描写の丹念さや物語の登場人物が織り成す心の綾などが非常に丁寧に描かれ、はっきり云って21世紀に残る作品といっても過言ではないだろう。メースンの評価を改める必要があると本統に痛感させられた。

サハラに舞う羽根 (角川文庫)
A・E・W・メイスンサハラに舞う羽根 についてのレビュー
No.225:
(7pt)

サービス精神旺盛であるがゆえに

クーンツ初の本格冒険小説は、やはり他の作品と変わらず、実にクーンツらしかった。

欧米の水不足を北極の氷山の欠片を持ってくることで解消しようという田中芳樹の冒険小説を髣髴とさせる大胆な設定を皮切りに、いきなりの海底地震によって寸断された氷山に取り残されたプロジェクト・チーム、彼らを襲うのは皮肉にも自らが仕掛けた爆弾だった。しかも途轍もない嵐によってあらゆる救助は不可能。そして正体不明の殺人鬼がメンバーの中にいる。
どこまでも読者を飽きさせないこのサービス旺盛さ。あいかわらずメンバーの個性は類型的だが、読んでいる最中は気にならない。アリステア・マクリーンに敬意を表した作品だというが、私は彼の小説を読んでいないので正当な判断はつかないけれど、どうもその域には達していないように思われる。

この過剰なるサービス精神が名作を残すのを妨げているように思われるのだが、どうだろうか?
アイスバウンド (文春文庫)
ディーン・R・クーンツアイスバウンド についてのレビュー
No.224:
(7pt)

ベストセラーの方程式どおり?

クーンツがベストセラー作家として確立されているだけに、ストーリーが定型化しすぎていると痛感させられた。映画にすれば各々の登場人物の演じる俳優のイメージが固定化される思いもした。
導入部はいつもながら物凄い。いきなりクライマックスを迎える。それから膨らむ主人公の周囲を取り巻くエピソードも興味深く、これを貫けばある意味、小説の大家としての地位も確立できるであろうと思うのだが、やっぱりクーンツは怪物や宇宙人が好きなんですねぇ~!

得体の知れない怪物の話は今までになく幻想的で想像力膨らむが、無敵度を強くしすぎたせいか、最後の対決は何ともしぼんだ内容になっている。ここがいつもながら作家としての脆弱さを露呈させているのだ。ベストセラー作家というのが必ずしも良い意味に採られない典型でしょう。

あと、主人公以外の登場人物の使い捨て癖が顕著だった。エドゥアルド・フェルナンデスはプロット上、死ぬことは必要だとしても、獣医のトラヴィス・ポター、弁護士のポール・ヤングブラッドなどは単なる怪異の証言者の1人でしかない。この辺の使い方が書き殴っているようでどうもいけ好かないのだ。

ともあれ、重傷を負った警官とその家族を主人公に、殺人鬼が実はカルト的人気を誇る映画監督だったことから起因する主人公達への冷たい世間の仕打ち、怪異にストイックに立ち向かう朴訥な老人、カウボーイスタイルが似合う老弁護士、宇宙人の来襲を疑問もなく受け入れる男、恐怖や死を知らず憎悪のみを糧に生物を征服しようとする地球外生命体など、エピソードや人物設定などを取り上げれば面白くなる要素ばかりなのだが、それらを十全に活かしきれないクーンツ。

しかし時々『ウォッチャーズ』みたいな傑作が生まれるから目が離せないんだよな~。

ウィンター・ムーン〈上〉 (文春文庫)
No.223:
(8pt)

アレさえきっちりしていれば傑作

またもセイヤーズ、恐るべし、と手放しで歓びたい所だが、今回はどうもそうは行かない。

まず賞賛の方から。岸壁で1人のロシア人が殺されている、このたった1つの事件について600ページ弱もの費やし、さらにだれる事なく、最後まで読ませたその手腕たるや、途轍もないものである。事件がシンプルなだけにその不可能性が高まり、今回ほど本当に真相解明できるのか、危ぶまれた事件は(今までの所)ない。しかも最後の章でまたも驚きの一手を示してくれるサービスぶりはまさに拍手喝采ものである。あの1点でトリックが全てストンと落ち着くのが非常に気持ちよかった。

しかし―ここからが批判である―、腑に落ちないのは結局動機が何なのか判らなかった事。意外な犯人という点では今回は申し分ないだろうが、動機が判らない。
しかしポーの『黄金虫』ばりの暗号解読といい、バークリーばりの推理の連続といい、かなり本格推理小説を意識した作品であるとみた。動機の問題さえなければ星10だったのになぁ。

余談だが、今回は表紙の装画に非常に助けられた。この装画がなければ現場の状況を克明にイメージできなかっただろう。イラストを描いた西村敦子氏に感謝。


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死体をどうぞ (創元推理文庫)
ドロシー・L・セイヤーズ死体をどうぞ についてのレビュー
No.222:
(7pt)
【ネタバレかも!?】 (1件の連絡あり)[]   ネタバレを表示する

なかなか納得いきません

折原一氏の『倒錯』シリーズ第2弾である。今回はアパートに住む女性と向かいの伯母の家に住む中年独身の翻訳家との「覗き合戦」趣向のドラマで云わば此岸と彼岸の倒錯物語である。
このシリーズの特色は結局登場人物皆が狂気の底にどっぷり浸かってしまう不気味さがあるのだが、その狂気が故に引き起こる事の真相を受け入れるか否かで折原作品の是非が決まるのだ。私の評価としてはどちらかと云えば非に傾いた中立の位置である。

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倒錯の死角(アングル)―201号室の女 (創元推理文庫)
折原一倒錯の死角 についてのレビュー
No.221:
(7pt)

原題の“Unpleasantness”に込められた意味

今回のセイヤーズは小粒で、事件も(終わってみれば?)呆気ないほど、単純。
ただ、ピーター卿がこの上なく女性に優しいのを今まで以上に実感し、読後感は非常に快い。

また原題の「Unpleasantness」に込められた意味も非常に多種多様で、広告のコピーライターをしていたセイヤーズならではの題名である。翻訳の都合で「不愉快な事件」と名付けざるを得なかったのが非常に残念である。

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ベローナ・クラブの不愉快な事件 (創元推理文庫)
No.220:
(7pt)

出し惜しみしすぎて途中でだれてしまいました

上下合わせて1000ページ強の超大作でしかもクーンツにしては文字のぎっしり詰まった作品で、なんと読むのに3週間弱を費やしてしまった。とにかくクーンツは冒頭が素晴らしく、今回もその例に漏れない。夢遊病の作家、突然遁走の危機に見舞われる若き女医、神を信じられなくなった神父、暗闇恐怖症のモーテル経営者など、一見何の関係もない彼ら・彼女らがある1つの場所に収斂していく手並みは流石。
ただ、なんかシドニー・シェルダンの作品を読んでいるような各登場人物のエピソードが非常に長く感じたのは確か。彼らの抱える悩みがある1点に収束していくのをクーンツ特有の「出し惜しみ文体」でちくりちくりと小出しにしていくのだが、とにかくくどい(まあ、その内容は結構面白いのだけれど)。

冒頭はサイコ・サスペンス、続いて軍事スリラーに、そして最後はSFと、かなり贅沢な作品であるのは間違いなく、当時としてはクーンツの集大成的作品だったのかもしれない。しかし、最後がいやにメルヘンチックな締め括り方をしていたのと、やはりどうにも無駄に長いという感が拭えず、総合的には平均的な佳作だと結論に至った。面白くないわけではないんだけどねぇ…。
ストレンジャーズ〈上〉 (文春文庫)
ディーン・R・クーンツストレンジャーズ についてのレビュー
No.219: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

芳醇な想像力の賜物ですな。

正直な話、SFでこれをやるかという驚嘆がまず最初だった。本編はユリアンがイゼルローンに移住してからヤン艦隊が初出動するまでの約4ヶ月間を日記形式で綴っているのだが、問題はそこ。
よくもまあ、これほど多種多様な内容を描いた物だと感心する。しかも所謂我々が住む日常的空間を想定した小説ならば作家という職業上、4ヶ月分の日記を考えるのはつまり自分の日常生活と照らし合わせて使えるものをピックアップしていけばよいのだが、これをSFでやるとなると世界観が作者の頭で描いた仮想空間であるため、迂闊な事を書いてしまうと矛盾や決してありえない事が生じ、収拾つかなくなると思われる。
しかし、そこを危なげなく処理している辺り、見事としか云いようがない。確かに各登場人物とのやり取り、日常生活のエピソードなどはSFとは関係ない部分も案外あったが、やはりイゼルローンからハイネセンへ捕虜を運ぶエピソードを物語の核に持ってきて、作者はいささかも恐れず、真っ向から勝負してきている。また膨大な登場人物が登場する本シリーズにおいて実はほとんど名のみでしか紹介されていない人物、特にリンツ、イワン・コーネフなどは如何に人間くさい人物かも記されていて、物語、いや彼らに深みが増した。

しかし、本作はいつもの10星よりもランクを下げて8ツ星とする。理由は本書にも書かれているが、物語の構成上、ユリアンの1人称叙述であるのはともかくとして、ユリアンの妄信的なまでのヤン崇拝の様がちょっとくどかった。
作者としては彼の親愛の度合いを伝えたかったのと、ヤンとユリアンの絆の強さを示したかったという意図があったのだろうが、ちょっと食傷気味。

銀河英雄伝説外伝〈2〉ユリアンのイゼルローン日記 (創元SF文庫)
No.218:
(7pt)

ちょっと大人しめかな。

奥付の日付を見ると「平成五年十二月十日 初版発行」とある。この年限り行われた「角川ミステリコンペ」に出展された文庫書下ろしで装丁も当時のものであり、かなり貴重な一冊である。

古書的趣味はそれぐらいにして内容であるが、これが実に折原らしい。事実上のデビュー作である『倒錯のロンド』の系統に連なる作家志望の主人公が織り成す虚実入り混じった叙述ミステリで、本作も縦横無尽に現実と虚構との間を練り歩く。
前半は若手美人作家南野はるかを中心にしたドタバタミステリだが後半は彼女の存在を架空の者としながらも現実の者と肯定するメタミステリの様相を呈していく。

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天井裏の散歩者 幸福荘殺人日記(1) (講談社文庫)
折原一天井裏の散歩者 幸福荘殺人日記1 についてのレビュー
No.217:
(7pt)

タイムパラドックスは大丈夫なのか?

クーンツにしては、という云い方は失礼かもしれないが、複雑なプロットの物語でかなり読むのも苦労をした。タイムトラベル物の一つなのだが、とにかく複雑な構成。パラドックスに関してかなりの時間を費やして考察を行った節があるのだが、最後の敵クライトマンがクリーゲルのチャーチルとヒトラーに対して行った工作が成功した後にも存在していたのは何故?などという疑問もある。
先に読んだ『奇妙な道』にアイデアは似ていると思う。特に防戦に失敗して主人公が死亡した後に、別の手段でやり直しが効くところは正にそっくりだ―まあ『奇妙な道』の方は何度も何度も繰り返され、アンフェアな印象があったのだが―。

しかし、いつものクーンツ作品と違い、事件解決後の後日談があるのも珍しい。ここまでするのならもう一つサプライズがあっても良かったかなとも思ったが。しかしローラの半生を丹念に描くところなんかはシドニー・シェルダンの小説を読んでいるかの如くで、特に『ゲームの達人』が発表された年とこの作品が発表された年とを比較してみるのもまた一興だろう。
ライトニング (文春文庫)
ディーン・R・クーンツライトニング についてのレビュー
No.216:
(8pt)

おしどり怪盗夫婦物は少しですが

文庫の裏表紙に書いてあるイントロダクションを読んでみると、さもおしどり怪盗夫婦シリーズを中心に編まれたように感じるがさにあらず、12編中3編しかない。このシリーズは結局犯行は不成功に終わるものばかりで最後にほろりと温かいテイストが流れるのがミソ。
他は異色のショーショート「のりうつる」以外、天藤真氏の独壇場でこれがやはり前作と同じ手法を採っており、最後の最後まで駄作がなかった。

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犯罪は二人で―天藤真推理小説全集〈17〉 (創元推理文庫)
天藤真犯罪は二人で についてのレビュー
No.215:
(8pt)

なんとも唸らせられる

今回の天藤作品も粒揃いの傑作ばかりで、嬉しくなる。今回は特に構成に凝った作品が多かったような印象が強いのだが、振り返ってみると実際に構成が凝っていたのは中編の「日曜日は殺しの日」と「死神はコーナーに待つ」のみだった。ということは如何に印象が強かったかという証左になるわけだ。
特にこの2編は所謂倒叙物の体を成しており、大体犯行の目星がついているのだが、それを約100ページ強を費やして何を書くのだろうと思いきや、自明の理だと思われていた事件が他人が探るに連れ、全く予想外の証言や真相が出没し、正に頭の中を揺さぶられる感覚がした。著者の企みは正にそこにあり、読者にストーリーのあるべき方向を示唆させ、先入観を抱かせることで真相を覆い隠してしまう、この効果が物凄かった。

また他の作品も非常によく、ちょっと狙いが浅かったかなと思わせる表題作はともかくとして、今流行の “日常の謎”ものである「父子像」やミステリアスな結末の「背面の悪魔」、ストレートな「女子校生事件」、実に深い余韻を残す「三枚の千円札」など今見てもすぐに内容が思い出せるものばかり。
一番良かったのは、人間の厭らしい部分を描いても後期の長編群のように嫌味な印象を全然感じなかったこと。どこか人間を観る目に以前よりも優しさが感じられ、読後非常に爽やかだった。

天藤作品も残るはあと一冊。う~ん、読みたいやら、読みたくないやら。
背が高くて東大出―天藤真推理小説全集〈16〉 (創元推理文庫)
天藤真背が高くて東大出 についてのレビュー
No.214:
(7pt)

アイデアはなかなか。だがしかし…

プロットは及第点だろう。登山中の事故で瀕死の重傷を負って自信を喪失した登山家がある事件を切っ掛けに困難に立ち向かいその自信を取り戻していくというストーリーに加え、連続殺人鬼、事故の際に身につけた千里眼の能力など、クーンツの味付けが溢れているし、殺人鬼が1人ではなく、2人が同一の犯行を行うというアイデアも秀逸だろう。
さらにマンハッタンのビルを山に見立て、垂直降下するアイデアも主人公の設定と見事に呼応し、素晴らしい。

しかし、どこか響かない。
名作『ウィスパーズ』や『邪教集団トワイライトの襲撃』に見られる何処か神経を泡立たさせる何かがないのだ。有りか無しかといえば有りだが、文庫で十分だというのも事実だ。
マンハッタン魔の北壁 (角川ホラー文庫)
No.213:
(7pt)

セイヤーズ初体験

セイヤーズ初体験である。
本作は当初 “シャーロック・ホームズのライヴァルたち”と銘打った東京創元社の企画物の1つで独自で編んだ短編集であったらしい。それが長年に渡って繰り広げられ、そして今も継続中のセイヤーズ完訳の第一歩となるとは不思議なものである。

正直な感想を云えば、驚きました。島田荘司氏が本格の定義として提唱している「冒頭の怪奇的・幻想的な謎、そして後半の論理的解明」を正に実践しており、こんな本格が過去、西洋にあったのかと再認識させられた次第。ドッペルゲンガーに悪霊憑き、そして首のない馬車とゴシック風味満載である。色々読みこなした現代においてはそれらの結末は想像の範疇で瞠目させられるものではないにしろ、これほどのものがまだあったことが素直に嬉しい。

読書期間中、第1子誕生と忙しいこともあり、睡魔に負けてほとんど憶えていない短編もあるが、全体的に好印象だった。
ピーター卿の事件簿【新版】 (創元推理文庫)
No.212:
(7pt)

クーンツ要素満載の短編集だが

前作『奇妙な道』とは打って変わってこちらは純粋な短編集。クーンツ得意のモダン・ホラーからファンタジー、幻想小説とその趣向は様々。
全7作の内、最も印象的だったのは最初の「フン族のアッチラ女王」と表題作。特に前者は植物のような宇宙生命体の侵略物語がどう題名に結びつくのかが興味深く、その趣向に1本取られた感じだ(結局、内容的には大したことはないのだが)。後者は家に現れる地下への階段というモチーフが秀逸。つまりこれこそが主人公の心の闇の深さのメタファーとなっており、人の悪意の底知れなさを仄めかして終わるラストも良い。

その他特殊な両手を備えた男の哀しみを描く「オリーの手」、実験で知能を備えた鼠の恐怖を描いた「罠」、異世界から来た熊の私立探偵とその異世界と現世との比較が面白い「ブルーノ」など前述のようにヴァラエティに富んでいるがずば抜けた物がないのも確か。最終巻の『嵐の夜』に期待。
闇へ降りゆく―ストレンジ・ハイウェイズ〈2〉 (扶桑社ミステリー)
No.211:
(7pt)

黒天藤の巻

天藤作品を連続して読む前は、『遠きに目ありて』、『大誘拐』、『鈍い球音』しか読んでないがため、それらに共通する宮部みゆき氏を髣髴させる温かみを彼の作品の特徴だと思っていた。しかし、『善人たちの夜』、『わが師はサタン』までの長編を読破するにあたり、意外にも人間の持つ欲望の意地汚さ、卑しさ、小賢しさを全面に表出させ、女性を凌辱する話も多いことに気付かされた。その傾向は『死角に消えた殺人者』あたりから顕著に見られるようになった。ここに作者の転機があるように思う。

なぜこんな話をするかというとこの短編集がどうもその時代あたりに書かれた片鱗を覗かせるのだ。その特色が表題作の「われら殺人者」から見られる。文庫の裏表紙にかかれた梗概からは天藤お得意の見知らぬ者達が力を合わせ、目的を成すといった奇妙なチームワーク物のように思えたが、意外や意外、何とも泥臭く、後味の悪い結末だった。
最後の2編、「崖下の家」、「悪徳の果て」はもう人間の最も厭らしい部分を見せ付けるような結末で正直、今でも震えが来る。いや、今にして思えばジュブナイル物だろう「幻の呼ぶ声」も結構児童向けにしてはシビアな内容であるから、ここからかもしれない。

結構次作を読むのが怖かったりする。
われら殺人者―天藤真推理小説全集〈14〉 (創元推理文庫)
天藤真われら殺人者 についてのレビュー
No.210:
(7pt)

観てない映画のキャスティングが目に浮かぶ

久々の、本当に久々のレナードである。『ラム・パンチ』以来だから4~5年ぶりか。そしてやはりレナードは面白かった。

とにかく登場人物が洒落ている。活きている。どんどん引きずり込まれる。フォーリーのクールさは映画版のジョージ・クルーニーぴったりだし、キャレンの凛々しさは確かにジェニファー・ロペスだなぁ。本作ではフォーリーは50前、キャレンはどうやら白人という設定みたいだがこのキャスティングは素晴らしいと改めて思った次第。

まあ、観ていない映画の話はこれくらいにして、とにかく車のトランクの中に銀行強盗と女連邦官が一緒に閉じ込められるというワン・アイデアがこれほど面白く働くとは思わなかった。水と油の職業の者同士が恋に落ちるというパターンは山ほどあるが、これほど奇抜でしかも説得力のあるシチュエーションは初めて。ここから織りなされるそれぞれの思いの道行きが大人のムードを醸し出しながらも初々しさを持ち、そして再び出会った時に爆発的な化学反応を起こす、このストーリー・テリングはやはり超一流。スラングを多用し、また地の分に台詞を同化させたレナード・タッチもふんだんに織込まれ酔い痴れました。
ただ2人の恋の盛り上がり方に比べ、結末がドライで呆気なく幕引きになるのが残念。
あとやっぱり『ゲット・ショーティー』の奇跡的な構成が記憶に残っているのでそれを超えられるほどのものがなかったのも物足りなかった。

ともあれ、レナード作品の翻訳再開は非常に嬉しいし、どんどん読みたい。どうか作品紹介が今後も続きますように。
アウト・オブ・サイト (角川文庫)