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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1136

全1136件 61~80 4/57ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.1076: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

つかみどころのない悪に、全身で怒りを爆発させる畝原!

「探偵・畝原シリーズ」の第2作。素性を隠して暗躍する詐欺グループと新興宗教のつかみどころのない悪に戸惑いながら、絶対に許せない所業に全身で怒りを爆発させる熱いハードボイルド・サスペンスである。
女子高生を出入りさせているマンション住人・森の調査を依頼された畝原は事実関係を調べ上げ、役割を果たしたのだが、森の父親が息子を説得する場に立ち会うように求められた。乗り気しないまま出かけた畝原は、教育者である父親が息子を殺害し、その場で自殺するのを目撃することになった。その後、事件の情報をつかんだテレビ局から「行方不明になった少女・本村薫の家族と森が関係があるらしいので、調べて欲しい」と頼まれる。本村一家は生活保護を受けているのだが、森は福祉担当だったとは言え、区は異なっており、不自然さは明らかだった。さらに、畝原が調査を始めると同時に、森親子の事件関係者が放火で死亡し、畝原に仕事を発注したテレビ局員が自殺するという異変が起き、しかも畝原自身も何者かに狙われるようになる…。
本作で畝原が相手をする悪は実体が見えず、その狙いや犯行動機も不明で事件の構図が掴めない不気味さが圧倒的。また、それに対する畝原の怒りの表出が強烈で、シリーズの中でも異彩を放つ作品である。シリーズ作品としては、周辺人物のキャラクターが揃ってきて家族思いの探偵という畝原の立ち位置が固まってきた、展開点の作と言える。
社会派のハードボイルドのファン、東直己ワールドのファンにオススメする。
流れる砂 (ハルキ文庫)
東直己流れる砂 についてのレビュー
No.1075: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

記憶喪失・入れ替りものの古典。一読の価値あり

1962年に刊行されたフランスのミステリー(東京創元社の2012年の新訳版)。火事で大火傷を負って救出された若い女性・ミは伯母の莫大な遺産を受け継ぐことになるのだが、同じ現場で焼死した若い女性・ドと入れ替わったのではないか? 火事の衝撃で記憶を喪失したミには、自分がミなのか、ドなのか自信が持てず、周囲の証言を聞くたびに揺れ動いてしまうという、極めてトリッキーな謎解きミステリーである。
物語は主人公が探偵・証人・被害者・犯人であるという衝撃的な構成で、しかも記憶喪失のため確かな証言が得られず、視点人物が替わるごとに事件の様相が変わってくる。物語の最後まで、読者は作者が繰り出す場面転換の妙に幻惑され、最終盤の謎解きでも疑心暗鬼に陥るのを免れない。蜘蛛の巣に絡め取られた昆虫の境地を味わされる。
記憶喪失・入れ替りものの古典的名作で、一読の価値ありとオススメする。
シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)
No.1074:
(7pt)

珍しい舞台、珍しい事件だが、あまり納まりが良くない

オーストラリアのベテラン・ジャーナリストの小説デビュー作で、英国推理作家協会最優秀新人賞受賞作。内陸部の小さな町で一年前に起きた事件をテーマにしたルポのために訪れた記者が新たな事件に遭遇し、閉鎖的なコミュニティの隠された人間関係と現代社会の闇に迷う、ワイダニットミステリーである。
オーストラリア内陸の小さな町の教会で、牧師が銃を乱射して5人を殺害してから一年、町の変化を取材しようと訪れた新聞記者のマーティンは旱魃で干上がった生気のない町、姿を見せない住人に戸惑いながらも地元警察の巡査、ブックカフェの女主人などと知り合い、町がどうやって事件を受け入れたのかを取材する。すると、忌まわしい事件を起こした牧師を非難するより擁護する声が多いことに気付く。事件は犯人である牧師が地元警察の巡査にその場で射殺されて一件落着したのだが、犯行動機については不明点ばかり残されていた。そんな中、大規模な山火事がきっかけで身元不明の遺体が2体発見され、事態は一気に混沌としてくるのだった…。
住民から親しまれていた牧師は、なぜ銃を乱射したのか。身元不明の遺体との関連は? 探偵役が記者で捜査権が無いため、真相解明のプロセスは行ったり来たり、読んでいてもどかしさが募っていく。しかも途中から警察ばかりでなく国の情報機関も介入してきて話があちらこちらに飛び、さらにコミュニティ内部の複雑な人間模様、ジャーナリスト間のつばぜり合いも目が離せなくなる。そのため、最後は状況説明を重ねてクライマックスにするという、収まりの悪い作品になったのが残念。オーストラリアの大乾燥地帯という珍しい舞台設定を差し引くと、かろうじて合格レベルのミステリーである。
スーパーヒーローではない主人公が悩み、惑いながら真相に辿り着くヒューマン・ミステリーのファンにオススメする。
渇きの地 (ハヤカワ・ミステリ)
クリス・ハマー渇きの地 についてのレビュー

No.1073:

熾火 (ハルキ文庫)

熾火

東直己

No.1073: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

畝原の怒りが爆発! シリーズでは異色の暴力的ハードボイルド

「探偵・畝原シリーズ」の第4作。血まみれで足に縋り付いてきた少女を保護したことをきっかけに、畝原が狂った犯人グループと警察に怒りを爆発させるハードボイルド・サスペンスである。
真夜中の街中で突然、畝原の足に縋り付いてきた少女は着ていたTシャツが血まみれで、裸足で、悪臭を放っていた。成り行きで病院まで付き添い、児童相談所に保護されるのを確認した。翌日、畝原の親友で児相の依頼を受けたコンサルタントの姉川と、少女が入院中の病院で待ち合わせたのだが、そこで少女を奪おうとする集団に襲撃され、姉川が連れ去られてしまった。ところが、警察の対応は鈍く、真剣に捜査する様子がないばかりか、何かを隠しているようだった。姉川の身を案じる畝原は、元警察官の玉木、旧友の探偵社社長の横山などの助けを借りながら、サイコパスとしか思えない犯人たち追う。そこに立ちはだかったのは、北海道警察の上層部、悪徳キャリア官僚たちだった…。
本作は腐敗した警察への怒りが凄まじい。これまでも警察には批判的なテイストだったのだが、それが極点まで達したようで、全身で怒っている。さらに、犯人たちの犯行、それに対する畝原の反撃がアメリカン・ノワール並みの激しさで、気の弱い読者には刺激的過ぎるかもしれない。家族想いで温厚な畝原の激変が強いインパクトを残す、シリーズでは異色の作品と言える。
シリーズ愛読者はもちろん、ハードボイルド、アクション・サスペンスのファンにもオススメする。
熾火 (ハルキ文庫)
東直己熾火 についてのレビュー
No.1072:
(8pt)

良くも悪くも「目的は手段を正当化する」国だ、アメリカは。

日本での刊行は15年ぶりになるという英国人作家の長編ミステリー。ジョージア州北部、山間の町の保安官が疎遠だった弟の死をきっかけに家族の絆、自分の生き方を再生する人間くさいミステリー・サスペンスである。
12年も連絡を取り合っていなかった弟の訃報を受け取ったヴィクターは、気が進まないまま葬儀に参列した。町は違えどヴィクターと同じく保安官だった弟のフランクは、意図的に車に轢かれて殺されたという。兄弟は喧嘩別れになっており、ヴィクターはフランクが結婚したことも、離婚したことも、残された娘がいることも知らなかったのだが、葬儀で初めて会った姪のジェンナに「なぜパパは死んだのか、調べて欲しい」と懇願された。管轄が異なるために積極的にはなれなかったヴィクターだが、事件を担当する市警の消極的な態度に苛立ち、自分で捜査を開始した。すると、フランクが管轄する町の裏社会からフランクに関する悪い噂が流れてきた。果たして、フランクは不正を働き、仲間割れで殺されたのだろうか?
作品の基軸は憎み合って別れた弟との関係を築き直す、孤独な男の再生の物語である。そこに連続少女殺害事件を絡ませ、さらに捜査側とギャングとの闇を重ね、複雑で精妙なミステリーが展開される。主人公のヴィクターは我が道を行く狐狼タイプで、「目的は手段を正当化する」を体現した男なのだが、その根底には家族愛があるというヒューマン・ドラマに重点が置かれていて、単なる謎解き、アクションではない味わい深さがある。
警察ミステリーのファンはもちろん、ヒューマン・ハードボイルドのファンにもオススメする。
弟、去りし日に (創元推理文庫)
R・J・エロリー弟、去りし日に についてのレビュー
No.1071:
(7pt)

いろいろと型破りだが、まとまりが悪いかなぁ

スウェーデンで人気上昇中という作家の新シリーズ第1作。切れ者の女性刑事が警察内部の性差別と闘いながら連続誘拐殺人犯と対決する、警察ミステリーである。
マルメ警察署重大犯罪課の若手女性警部・アスカーは、二人の若者の失踪事件の捜査を進めていたのだが、元上司で国家作戦局のヘルマン警視に指揮権を奪われ、署内の吹き溜まり部署に左遷されてしまう。やる気も能力もなさそうな同僚に囲まれながらもアスカーは決して諦めず、独自の捜査を続け「山の王」と名乗る連続誘拐殺人犯のサイコパスを追い詰めていく…。
一匹狼の女性刑事(よくあるキャラクター)もの、問題児ばかりの吹き溜まり部署(最近、多くなったジャンル)もの、サバイバリストの父親に育てられた過去が影を落とす主人公のキャラクター(これも、最近増えている)もの、さらには都市廃墟探検や鉄道模型ジオラマといった特殊な分野の舞台設定など、これまでの北欧警察ミステリーでは見られなかった物語構成が、本作の最大の特徴である。これだけの多彩なジャンルを統合して論理的に破綻のない物語を作り上げるのは並大抵ではないとみえて、事件の真相はきちんと明らかにされるのだが、登場する様々なエピソードの関連性にやや無理があり、全体としてまとまりが悪いのが残念。
正統派北欧警察ミステリーというより、キャラクターゲーム的なエンタメ作品として読むことをオススメする。
(下巻373ページの最後の行にガクッとする誤訳?、校閲の誤りがあった)
山の王(上) (海外文庫)
アンデシュ・デ・ラ・モッツ山の王 についてのレビュー
No.1070: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犯罪を消し犯人を作り出す、マジシャンのような辣腕(?)弁護士

1976年から書き継がれている12本の連作短編を一冊にまとめ、新たに翻訳した短編集。どんな依頼人であっても、無罪判決を得るのではなく無実にしてしまうエイレングラフ弁護士の魔術的弁護活動をユーモラスに描いたノワール・ミステリーである。
エイレングラフ弁護士のポリシーは「裁判に持ち込まずに依頼者を自由の身にする」こと。それが実現できなかった場合は報酬はもちろん、必要経費まで受け取らない。ただし、弁護料は法外なまでに高額で、一切値切ることはできない。という極めて特異な弁護士である。たとえ本人が犯行を自供していても、裁判が始まる前にいつの間にか別の犯人が名指しされる、その手練手管は魔術のようで、その実際はかなりの悪辣さである。弁護士ものと言えば、圧倒的に不利な被告を正義の熱弁で救う法廷シーンが読みどころなのだが、本短編集では法廷シーンは皆無で、容疑者から無実の人へのドンデン返しはエイレングラフの頭の中で展開され、読者はそのシナリオと結果を見せられるだけである。しかし、その技巧が切れ味鋭く機知に富み、12作品それぞれにインパクトがある。
弁護士もの、法廷ミステリーというよりノワール、コン・ゲーム的な味わいが濃い特殊な作品群だが、短編集ならではの軽妙さもあって、多くの人を満足させるエンタメ作品としてオススメしたい。
エイレングラフ弁護士の事件簿 (文春文庫)
No.1069: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

人は見たいものを見、聴きたい声を聴く(非ミステリー)

自分に自信が持てず、鬱々とした日常に埋没していた40代独身の瀬戸口優子は、通勤途上の国道で出会った黒馬と目が合った瞬間から「心が通じ合」った。その黒馬・ストラーダは乗馬倶楽部の馬で、優子は試乗から始まり馬主になり、ストラーダの栄光を取り戻させようと、どんどんのめり込んでいく。優子は高額な出費を賄うために「一時的に公金を借り」始めたのだが、その総額は一億円を超えてしまった。そしてついに横領がバレたとき、優子はストラーダとともに逃げようとする。
言葉を介さない心と心の繋がりという幻想。その美しさと残酷さを、ほんの少しのユーモアと共に描いたファンタジック・ロマンである。
私の馬
川村元気私の馬 についてのレビュー
No.1068: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

完全犯罪を成し遂げた女が自首してきたのは、なぜか?

2022年のコニャックミステリー大賞を受賞し、人気上昇中のフランス女性作家の日本デビュー作。男を殺害して焼いたとして自首してきた女の自白に始まった捜査が、焼かれた遺体の残骸はもちろん周辺証拠さえ発見できず迷宮入りする一方、さらなる犠牲者が発見され、想像を超える展開を見せていく、警察小説であり謎解きミステリーでありノワール・エンタメ作品である。
レイプされそうになって男を撲殺し、証拠隠滅のために死体を焼いたと言って、24歳のローラが自首してきた。自白に基づいて捜査を開始したダミアン警視のチームは死体を焼却したという現場で何の痕跡も発見できず、たちまち捜査は行き詰まる。さらにローラは「必要なことは全部話した」として黙秘するばかりだった。犯行は事実か狂言か、捜査陣は確信を持てないまま地道な聞き込みと証拠調べを続け、わずかな手掛かりから事件の構図を掴んだと思ったのだが、次々と想定外の事態に遭遇し、迷路に誘導されるのだった…。
ダミアン警視を中心に物語が進むため警察小説だと思っていると、あっと驚く仕掛けが登場し、ノワール・サスペンスに変身する。そこが本作の新しさ、面白さと言える。事件の真相、結末は警察ミステリーというよりイヤミスで、読者の評価が分かれる作品である。
警察ミステリーファン、イヤミスファンのどちらからも絶大な評価は得られないだろうが、読んで損はない作品としてオススメする。
あんたを殺したかった (ハーパーBOOKS)
No.1067: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

さらにスケールアップした、警察ミステリーの大傑作

一作ごとに評価が高まる「ワシントン・ポー」シリーズの第4作。部長刑事ポーと分析官ティリーのコンビの殺人事件捜査にMI-5とFBIが絡んでくるという、国際謀略小説のテイストが加味された本格警察ミステリーである。
貸金庫を襲った強盗団は何も盗らず、仲間の死体とネズミの置物を置いて立ち去った。その3年後、先進国首脳会議が行われる町の場末の売春宿で、首脳の搬送を委託されているヘリコプター会社の経営者が殺害され、政治的テロを警戒した英国政府はMI-5を通じポーに捜査を命じた。首脳会議が始まるまでに解決することを要求されたポーたちはMI-5やFBIが口を挟む、難しい捜査を強いられて苦戦するのだが、売春宿の現場にもネズミの置物があり、誰かが持ち去ったことを発見、そこから捜査はアフガニスタン戦争にまで遡る戦争謀略を背景にした壮大なスケールの犯罪に直面することになる…。
貸金庫強盗と売春宿での殺人、無関係に見える二つの事件がネズミの置物から繋がって驚くべき真相が明らかになる。舞台と展開の華やかさは007ばりのスパイ・冒険小説だが、ミステリーとしての核心はデータ分析を主体とした王道の警察小説で、ポーの直感と行動力、ティリーの恐るべきITスキルが遺憾なく発揮される。フーダニット、ワイダニットは壮大かつ破綻がない構成で、クライマックスへの持っていき方も上手い。今回、フリン警部はお休みだが、ポーとティリーの奇妙なバディ関係は健在で、シリーズとしての円熟度はますます高まっている。
700ページを超える長編だが、中だるみなく読み進められる傑作であり、シリーズ愛読者はもちろん、警察小説ファンに自信を持ってオススメする。
グレイラットの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴングレイラットの殺人 についてのレビュー
No.1066: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

こんな初期作品が邦訳されただけで幸せ

巨匠の初期も初期、1967年に発表された長編第2作目。アフリカの小国の首相選挙に駆り出された選挙コンサルタントと広告マンがあらゆる手段を講じて狙い通りの結果を引き出そうとする、寓話的コン・エンターテイメントである。
選挙コンサルタントと広告マンの二人が、イギリス連邦から独立しようとする小国を引っ掻きまわす様相には、「五百万ドルの迷宮」などの後期作品につながるスケールの大きなコン・ゲームもの(大ボラもの)の萌芽が感じられる。ただ、絶頂期の作品に比べると暴力、仕掛けの巧妙さ、サブストーリーのユニークさなどの点で力不足。それでもロス・トーマスらしさは十分に味わえる。登場人物の関係が分かりやすいのも良い。
コン・ゲームとしても、政治エンタメとしても完成度は高くないが、歴史的価値でロス・トーマスファンには喜ばれる作品と言える。
狂った宴
ロス・トーマス狂った宴 についてのレビュー
No.1065: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

監禁サバイバルものの新機軸ではあるのだが

パリで育ちアメリカでジャーナリストとして活動している女性作家のデビュー作。連続監禁殺人犯に監禁されたた女性が脱出するサバイバル・サスペンスである。
監禁殺人犯・エイダンにレイチェルと名付けられた若い女性はエイダンと妻、娘が住む屋敷の小屋に閉じ込められていたのだが、妻が死亡したことから引っ越すことになり、新たな家でのレイチェル、エイダン、娘のセシリアの3人による奇妙な同居生活が始まった。物理的な監禁以上に精神的に支配されたレイチェルは家の中では動けるものの一歩も外に出ることはできなかった。それでも脱出の望みは消えることなく心の奥に燃え続けていたのだが、エイダンの娘・セシリアを置いて逃げることは想定できず、焦燥感を募らせていた。ある日、エイダンに熱を上げる女性・エミリーが無断で家に入ってきたことから事態は急展開することになった…。
女性が監禁される作品は数多あるが、家の中を自由に動き、毎日、犯人の娘とも一緒に食事をする被害者というのが新機軸。さらに、周囲からは好人物と評価されている犯人を娘、恋人、被害者の3人の女性の視点から描くことで単なるサバイバルものを超える不気味さが生まれている。ただ、話を広げ過ぎた結果、話の結末がパターン化されてしまってるのが物足りない。
監禁・脱出もののファンにオススメする。
寡黙な同居人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
クレマンス・ミシャロン寡黙な同居人 についてのレビュー

No.1064:

鈴蘭

鈴蘭

東直己

No.1064:
(8pt)

探偵・畝原がジョー・ピケットに見えた

「探偵・畝原」シリーズの第8作。2010年の作品だが、それ以降は新作が出ていないのでシリーズ最終作なのだろうか? ゴミの山に埋もれて暮らす変人と同居していた女性、ヤクザの高校時代の恩師という二人の行方不明者探しを基軸に、今の時代が抱える問題と真摯に向かい合う畝原の熱い思いを描いた社会派ハードボイルドである。
テレビ局からの人物調査依頼で札幌郊外のナチュラルパークに出向いた畝原は、大音量と共に現れた車から飛び出した男が暴れるのを制圧し、警察に引き渡したのを機にパーク経営者の早山と知り合った。早山によると男は嶺崎という老人で、パークと山を隔てた土地を不法占拠し、ゴミの山と痩せこけた多数の犬猫と暮らしているという。そこで、2年ほど前から嶺崎のところで暮らしていた女性が最近、姿を見せないので、その女性の行方を探してほしいと依頼された。同じ頃、知り合いのヤクザ関係者・兼田から「高校時代の恩師が消息不明になったので理由を調べてもらいたい」との依頼があった。二つの調査を進めた畝原は、その背後にある社会の病理、過去に縛られる個人の苦悩、懸命に生きた末に辿り着く老人の孤独の深さに震撼する。それでも畝原は人間の善性を信じようと前を向くのだった…。
家族を愛し、人間の善性を信じ、損得なしに正義を貫いて行く。畝原シリーズの集大成とも言える作品で、札幌の私立探偵・畝原がだんだんワイオミングの猟区管理官・ジョー・ピケットに見えてくる。熱くてハートウォーミングなハードボイルドの完成形が、ここにある。
派手なアクションや銃撃戦はなくてもハードボイルドの面白さを堪能できる傑作として、多くの人にオススメしたい。
鈴蘭
東直己鈴蘭 についてのレビュー
No.1063:
(7pt)

D.D.とフローラのコンビにキンバリーが加わる豪華メンバーで

ボストン市警の部長刑事「D.D.ウォレン」シリーズでは11作目、監禁事件からの生還者「フローラ」とのタッグでは4作目。かつてフローラを監禁したジェイコブの過去が再び露わになり、FBI捜査官・キンバリーと組んでアパラチア山中の町に隠されてきた闇を暴いていくサスペンス・ミステリーである。
ジョージア州北部、アパラチア山中で発見された遺骨は、8年前にフローラを誘拐監禁したジェイコブが15年前に誘拐した最初の被害者と判明した。事件を担当することになったキンバリー特別捜査官は、地元の保安官事務所と組んだ捜査本部にジェイコブの被害者でサバイバーのフローラとD.D.を呼び寄せた。さらにフローラの友達でコンピュータ・アナリストのキースも加わり事件の真相を探り始めるのだが、すぐに新たな遺骨が3体分見つかり、事件は異なる様相を見せ始めた…。
D.D.とキンバリーのベテラン捜査官の細い糸を手繰るような綿密な捜査、フローラとキースの直感と信念に突き動かされた行動が相まって、山中の観光地で隠されてきたみにくい秘密が露わになるプロセスはダイナミックで面白い。さらに、子供の頃の傷が原因で口を聞けない10代の少女「わたし」が事件のキーポイントとして独自性を発揮しているのも味がある。巨悪の背景がやや弱い点を除けば読み応え十分なサスペンス・ミステリーである。
シリーズ愛読者はもちろん、サイバイバーもののファンにもオススメしたい。
夜に啼く森
リサ・ガードナー夜に啼く森 についてのレビュー
No.1062: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

クズで落ちこぼれの八目(主人公)は成長したのだろうか?

久しぶりにリーダビリティが良い桐野ワールドが堪能できる、2021年刊行のダーク・ノワール。何をやってもダメな派遣社員が、唯一の拠り所としてきたカリスマ性を持つ親友を探してカンボジアの闇の奥に分け入って行く冒険小説風エンタメ作品である。
何ら誇れるものがなく、その反動で周囲に無益な反発をして自分の首を絞め、ゲームにしか生きがいを見出せない八目晃。高校時代にそのハンサムな姿で学校中のカリスマとなっていた野々宮空知と仲が良く、彼のウチに遊びに行っていたことだけが、密かな誇りだった。だが野々宮の父親の葬儀の日、空知がカンボジアで消息を絶ち、美人で評判だった姉と妹も行方が分からなくなっていることを知らされる。さらに、空知の母親や姉妹の関係者を名乗る男たちから「カンボジアで3人を探して欲しい。資金は出す」と依頼されたことを、職場を離れる絶好の口実にして、半分遊山気分でカンボジアへ旅立った。海外旅行経験は皆無、社会的な常識にも欠ける八目はカンボジアに着いた初日から、様々な災難に見舞われることになる…。
あれこれありながらも東南アジアの過酷な現実を生き延び、それなりに逞しくなった八目は3人の所在を確認するのだが、それは想像もしなかった壮絶な現実を見せつけるものだった。そのプロセスはダメ人間の成長物語ではあるが、その成長は果たして善きことなのか。なかなかにダークな幕切れが衝撃的である。
最近の桐野作品では最もエンタメ性がある作品であり、多くの方にオススメしたい。
インドラネット (角川文庫)
桐野夏生インドラネット についてのレビュー
No.1061: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

信用できない語り手の新バージョン

ヤング・アダルトで実績がある米国女性作家の初の大人向け長編ミステリー。ボスに強制されてなりすましで仕事をしてきた若い女性が調査対象者に恋をして、揺れ動きながら組織に反逆するノワール・サスペンスである。
エヴィーと名乗って調査対象のライアンに近づき、いい関係に持っていき着々と任務を果たしていたのだが、ライアンと出かけた先で自分そっくりの外見で、自分の本名であるルッカと名乗り、自分の経歴を披露する女性に出会い驚愕する。「私になりすましてるの何者か? 何の目的があるのか?」。ルッカの正体を追い始めたエヴィーは組織のボスの意図を察知し、自分の任務や役割が変化していることに気が付いた。果たして今まで通りのやり方でいいのか、否か。ITの天才でかけがえのない仲間であるデヴォンとともに知恵を凝らして組織に対抗しようとする…。
ライアンの調査という現在のパートと、エヴィーになるまでの経緯が語られる過去のパートが重なり合って、物語の全体像が明らかにされるストーリー展開は見事でサスペンスがある。最後のオチもなかなか。「信用できない語り手」の作品は数々あるが、その中でも斬新なアイデアが光る作品である。欲を言えば、恋愛のパート、人物造形がいかにもヤング・アダルト風でやや物足りない。
ロマンス風味が強いノワールもののファンにオススメする。
ほんとうの名前は教えない (創元推理文庫)

No.1060:

眩暈

眩暈

東直己

No.1060: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

卑しい街の悲しい風に抗う、家族思いの探偵・畝原

探偵・畝原シリーズの第七作。偶然、少女殺害事件に関わってしまった畝原が、誰に依頼された訳でもないのに事件の真相を解明していくハードボイルド・ミステリーである。
夜中にタクシーで帰宅途中、何かから逃げている様子の少女を見かけた畝原は一旦は通り過ぎたのだが気になって引き返し、運転手と共に探したのだった。しかし少女は見つからず翌日、刺殺死体で発見された。少女を見かけた時点で声をかけていればと自責の念に駆られた畝原は、償いのつもりで事件の真相を探ろうとする。最初に被害者の両親を訪ねたのだが、彼らの反応は要領を得ず、何の成果も得られなかった。そうこうするうちに、タクシー運転手が殺害されて見つかった。彼も自責の念からあれこれ探っていたようだった。一方、ネット世界では10年前に少女連続殺人を犯した少年Aが社会復帰し、札幌に住んでいて、真犯人ではないかと騒がれていた。果たして2つの殺人と少年Aは関係があるのだろうか?
依頼者がある仕事ではなく、ただただ自分を納得させるために卑しい街を駆け巡る探偵・畝原のひたむきさが印象的。その畝原のバックボーンとなっているのは家族への愛で、損得抜きの純粋さが眩しい。世の中の権威や風潮に従わず、己の信念を貫くところはハードボイルドだが、その言動には常に弱者への優しさがある。これが畝原シリーズの最大の読みどころ。家族を愛する畝原にとっては苦さばかりが蔓延っている現代だが、それでも希望を見出すところに微かな救いがある。
本シリーズの中では動機や犯人像に力がない作品だが、絶対に読んで損はない。オススメだ。
眩暈
東直己眩暈 についてのレビュー
No.1059: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

味わい深くなってきた、ポーとティリーのバディ物語

「ワシントン・ポー」シリーズの第三作。クリスマス前後に3件、立て続けに発生した切断された指2本が見つかる事件をきっかけに、想像を超える残虐な犯罪を暴くことになる警察ミステリーである。
クリスマスイブからクリスマス翌日にかけて、クリスマス・プレゼントの箱の中、ミサが行われた教会の洗礼盤、ショッピングモールの精肉店のカウンターで切断された指2本が発見された。3人の被害者は男性1人、女性2人。年齢も職業もバラバラで唯一の共通点は現場に「#BSC6」という謎の一文が書かれていたことだった。フリン警部の指揮のもとポーを始めとするSCASメンバーは被害者の身元確認から捜査を始めたのだが、現場検証でも検視解剖でも、動機や犯人像を示唆するものは全く見つからなかった。それでも分析官・ティリーのIT技術とポーの鋭い直感が反響し合い、ネット社会の裏に蠢く怪しいシステムを突き止め、犯人を絞り込んでいった。だが、最重要容疑者の背後には、更なる巨悪が潜んでいたのだった・・・。
謎解きのプロセスに説得力があり、読者はリアルタイムでポーと一緒に捜査を進めるサスペンスが味わえる。真犯人と動機については賛否が分かれるだろうが、最初から最後までストーリー展開に緩みはない。また、上司のフリン警部、分析官・ティリーなどお馴染みのメンバーとのやり取りがこなれてきて、前二作より遥かに味わい深くなった。特にティリーとの独特の関係は、これまでのバディものにはない新鮮さで印象に残る。
英国警察ミステリーの王道を行く傑作として、多くの方にオススメしたい。
キュレーターの殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
M・W・クレイヴンキュレーターの殺人 についてのレビュー
No.1058: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

謎解きミステリーの真髄、という謳い文句は妥当か?

本邦初訳となるオーストラリア作家の長編ミステリー。最近のミステリーが物足りなく、探偵小説黄金期の手法で現代ミステリーを書いたのが本書だという。前文に1930年の「ディテクション・クラブ会員宣誓」を、本文の前にわざわざ「ロナルド・ノックス『探偵小説十戒』(1928年)」を掲載してあることからも、その意気込みが分かる。
スキーシーズン真っ盛りのスキーリゾートに、カニンガム一家が顔を揃えることになった。主人公はミステリーの書き方ハウツー本を業とする作家アーニーで、殺人で服役していた兄のマイケルが3年ぶりに戻ってくるのを祝うためだった。ところが猛吹雪に襲われた翌朝、ゲレンデで見知らぬ男の死体が発見され、マイケルが地元警官に拘束されてしまった。カニンガム一家は35年前に父親が強盗事件で警官を射殺し、自分も殺されたのを筆頭に、交通事故で相手を殺してしまった叔母、外科手術で患者を死なせた義妹などメンバー全員が何らかのやましい過去や隠し事を持っていた。アーニーは身元不明死体の謎を解くべく調査を始めるのだが、すぐに第二の殺人が発生。さらに猛吹雪で全員がロッジに閉じ込められることになる。
外部から切り離された環境、怪しい動機を隠したメンバーが一人、また一人と消えていく。まさに古典的フーダニットの典型である。また、ノックスの十戒に忠実に謎解きの鍵は全て本文中に書かれていて、読者に名探偵になるチャンスを与えている。英国本格派謎解きミステリーのファンなら垂涎の作品だろうが、アーニーの謎解き大団円にちょっとした違和感があり、個人的には不満が残った。
本格フーダニットのファンにオススメする。
ぼくの家族はみんな誰かを殺してる (ハーパーBOOKS)
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(7pt)

自分の弱さを自覚した上でも、日本社会の同調圧力に立ち向かっていけるか?

2020年の江戸川乱歩賞受賞作家の受賞第一作。周囲から羨望の目で見られる高級住宅街で起きた一家失踪事件と幼児誘拐事件、二つの事件の背後にうずくまる忖度と同調圧力の「村八分」社会を暴いていく、社会派ミステリーである。
真崎が調査員を勤める法律事務所を訪ねて来た若い娘は望月麻希と名乗り、「所長の昔の友人・望月良子の娘」だと主張した。望月一家は19年前に失踪し、赤ん坊だった自分は捨てられ施設で育ったという。言ってることにはかなりの信ぴょう性があり、所長は真崎に経緯を調べてほしいと言う。現在の住まい、麻希が育てられた施設などを訪ね歩いた真崎は、一家が失踪当時に住んでいた町へ足を運んでみることにした。すると、町の住人は外部の人間にはまともに口を聞いてくれず、真崎は誰かから監視されている気配を強く感じるのだった…。
一家失踪の謎を探る調査が、その3年前に起きた幼児誘拐殺人に繋がり、町ぐるみでの隠蔽工作と対峙することになる調査員ものではよく目にするストーリーだが、町の住民たちの同調圧力の凄まじさが本作の読みどころ。日本中、どこにでも同じような町や村があるよなぁ〜と苦笑させられた。また、真崎をはじめとする調査側が無敵のヒーローではなく、それぞれに弱点を抱えた弱い人なのも感情移入を誘う。
謎解きと日本人ならではの人間ドラマが楽しめる作品としてオススメする。
誰かがこの町で (講談社文庫)
佐野広実誰かがこの町で についてのレビュー