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国境の南、太陽の西
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国境の南、太陽の西の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.22pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全233件 141~160 8/12ページ
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ジャズを流す上品なバーを経営する主人公。過去の孤独感を拭う順風満帆な生活の前にある女性が現れる。孤独感の先にある虚無。虚無の中に身を委ね、自らを馴染ませようと努める。自己の存在意義に対して何らかの意味を見いだすためには、力の及ぶ限り続ける必要があるのかもしれません…。 「とても残念なことだけれど、ある種のものごとは、後ろ向きには進まないのよ。それは一度前に行ってしまうと、どれだけ努力をしても、もうもとに戻れないのよ。もしそのときに何かがほんの少しでも狂っていたら、それは狂ったままそこに固まってしまうのよ」 | ||||
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なんとなく男気のない主人公が展開する物語で、特にうらやましいとも思わないし、さらっとした小説。会話のやり取りや表現の妙味を楽しむ本だと思います。村上氏独特の言い回し方であり、言い訳めいた主人公の言葉の言い回しと究極的にはどっちでも自分は対応するというスタンスはやはり残っており、女性陣の妙な決めつけたような考え方(それが常識であるように言うが、一般的には疑問な発言)で応酬する会話。この部分が村上氏のなんとなく気持ちよくさせる効果であるため、ストーリーをまとめたらなんということない話であると思います。 性描写については、ほとんどさらっと読み飛ばしているので、他の書評にあるように気にとめていなかったので、逆にびっくりする感じです。 これだけの多くの読者がいるため、なぜ多くの読者が魅了?されているか、非常に不思議な感じがしますが、村上作品が受ける理由というのを知りたいものです。 | ||||
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難解な作品が多い村上作品ですが、この本は読みやすいかな?スラスラと読んでしまいました。また、読み終わった後で、読み直したくなりました | ||||
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この作品は、現実的世界での恋愛小説です。 主人公のハジメくんと、彼の周りの女性たち、 小学校の同級生・島本さん、高校時代のガールフレンド・イズミ、 ハジメくんの妻などが折りなす物語なのですが、 どの登場人物の視点に立っても私は共感してしまいます。 恋愛などで感じたことのある“気持ちの揺れ”。 どちらともハッキリさせずにやり過ごそうとする、大人の狡さと、 全てを明らかにしてしまって、新しい方へ踏み出したい衝動。 どちらも身にしみて理解できるので、この作品には近しいものを覚えるんだと思います。 かなり好きな作品です。 | ||||
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村上春樹の作品の中で、一番切ない物語だと思う。 登場人物にもクセがなく、あの独特の雰囲気もない。 ただひとつ、村上作品を通して流れている「生と死」というテーマをもっとも濃厚に感じることが出来る作品。 12歳で通う中学が離れて以降、心残りはあっても、一度も顔を合わすことがなかったハジメと島本さん。 ハジメはそれなりの学生生活を送り、教科書出版会社でサラリーマンとして働く。 しかし、心の中はいつもぽっかりと穴が開いていた。 それは、 彼のそばに島本さんがいなかったから。 彼は、結局のところ「島本さんから離れるべきではなかったのだ」 旅行先で現在の妻と出会い、結婚。 義父が持つ青山のビルで始めたジャズバーが成功し、二人の娘にも恵まれる。 実業家としての地位も手に入れ、最愛の妻と二人の娘と絵に描いたような生活をおくるハジメ。 37歳になった彼の前に、島本さんは突然姿を現す。 抑えようにも抑えられない感情。 一方、穏やかな生活は手放したくない。 運命との葛藤。 二人は深夜、車で箱根へ向かう。 島本さんは言う。 「私を手に入れるには中間はないの。全部手に入れるか、全部手放すか」 島本さんが持ってきたプレゼントは、昔二人で聞いたナット・キング・コールの「国境の南」が入っているレコードだった。 切ないな。 すべてが切ない。 何度読んでも切ないのだけど、何度読んでも心惹かれる。 若い頃は「ノルウェーの森」を超える村上作品はない、と思っていたのに。 この作品が心に染みる年齢にたどり着いたんだろう。 20代に読んだ時、30代に入った頃読んだ時。 これほど心には染み入って来なかった。 40を過ぎた今改めて読み返して、心にズーンと響いてきた。 年を経る度に自分の心も変遷していくんだ。 | ||||
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タイトルの通りです。中篇だから読みやすいだろうというような理由でこれを初めての村上春樹として選ぶのはもったいない。 コース料理で言うなら何種類もある前菜のうちの一番重めの料理になるだろうか?それともメインが出た後のサラダになるだろうか?そういった難しい位置にある作品だと思います。 自分も20代前半で一度読んだときは「ねじまき鳥」の出がらしだと思いました。主人公の気持ちは全く理解できなかったから。 しかし30台も半ばが過ぎ、40が見えてきたこの頃読み返すとなるほど、と見えてくるものがありました。 得意の近現代劇の中にそっと雫を垂らす様な描写でちょっとしたファンタジーを含ませてますがあくまでもそれは隠し味。 不倫を扱ってますがそれがメインテーマではないところに気付くと20代の時に見えなかった深みがほんのり見えてきました。 しかしもう一度読み直してもやはり「ねじまき鳥」の出がらしの印象はぬぐえません。一番茶で物凄く濃いお茶が「ねじまき鳥」で、出がらしと言えどそこそこ美味いお茶が「国境の南」。 近現代劇の中に織り込むファンタジーと物語の結末に向けて収束する加速感こそ村上春樹の真骨頂だと私は思うのですがこの作品にもそういった氏の血流が伺えます。 私は傑作とは思えませんが氏の作品の中でもそんなにクオリティが低いようには思えない、充分な佳作ではないかとあらためて思いました。 でも初めて村上春樹を読むのであれば同じ中編小説でもデビュー作の「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」をお勧めします。そちらのほうが氏の世界観を色濃く表現されています。 「国境の南」は一度読んでみて、忘れた頃に(出来れば40代前後で)読み直されると良いのではないかと思います。 | ||||
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村上春樹の代表作を教えてくださいというと、それは「ノルウェーの森」だったり、「海辺のカフカ」だったりするのだけれども、これは目立たないけど名作だと思う。不倫というありふれたテーマで、これだけ読ませるのは、作者の力量がかなりすごい事を示している。 | ||||
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この小説は、恋愛、結婚、育児、仕事を一通り経験した30代以上になって読むと心の琴線に触れる何かがある。 まだ人生経験が浅かった思春期の頃は刺激的で、感覚的に時間が長く感じた恋愛も 一通り人生経験を積み年齢を重ねると、慣れのせいか当初覚えた心の躍動、感動を覚えなくなってしまう。 もちろん、自分も変わるし、周りも変わっていく。 その変化は、現在の生活を築く上で必要だったかもしれないが、逆に失ってしまったものもある。 過去を共有した人と再会した時に、その変化をどう感じるのか? 過去は過去とわりきれるのか、 それとも逆に現在の生活への空虚感、喪失感を抱くのか? 主人公は、過去を共有した人と再会することにより、現在の生活から別の世界に踏み込んでいく。 その世界は、単なる過去の再生ではなく、「国境の南、太陽の西」にあるもの。 そこで感じる幻想感、浮遊感は、現実の世界にある空虚感を埋めるものであり、 奥行きのある会話とともに、変わらない、変えようがない過去への郷愁を誘う。 「しばらくっていうのは、待っているほうにとっては長さが計れない言葉なんだ」 「でもたぶん、そういう言葉が必要な状況というのがあるのよ」 「そしてたぶんというのは重さの計れない言葉だ」 「そこは(国境の南、太陽の西)はたぶんの多い国なの」 | ||||
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不倫と正直に、公正に向き合いながらも 描写にこれだけの清潔さを維持させる物語構造、 美しい感情移入のさせ方は大変見事なもの。 線引きの難しい卑屈と謙遜の境界を上手いこと渡りながら 真摯な自嘲を決して忘れない。 そしてやはり村上春樹の恋愛小説の根底にあるのは 高度資本主義の構造=システムの矛盾を内側から掘り崩す 攻めの姿勢ですね。一見ヤワに見える文体だが その裏に見え隠れするのは、確固としたシステムへの闘争心です。 妻の父に「たまには浮気もいい、そんな息抜きがあったほうが かえって夫婦生活は上手くいくものだ」というようなことを言われる シーンがとても印象に残っています。このような、何気ない言葉から 資本主義を軒下から支える恋愛観や結婚制度、性欲の洗練化といった システムと、人間にもとより備わっていた心象のカオスとの弁証法が 心地良い密度で持って僕らの価値観を刺激してくれるのです。 主人公が、大好きだった曲『スタークロスト・ラヴァーズ』を 聴きながら零す終盤の台詞がたまらない。 | ||||
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村上春樹を読んでいると、感情のヒダを、逆なでしているのか、癒しているのかわからなくなる。 結局、感想としては、イタキモチイイ、のではあるけれど、それは崇高な感覚ではない。 三島由紀夫が芸能人なら、村上春樹は隣のお兄さん感覚で、私の内面をさらけ出そうとするのだ。 だからこそ、リアルで卑猥で、ひたすらザワツキ、現実を眼前に突きつけられるのだ。 そう、私も同じです、と。 だからこそ、この作品も、とても愛しく感じられると共に、村上春樹の才能に、ただひれ伏すのみである。 この本を読み進めながら、うんうんと頷きながらも読者として感じていたことは、オトシドコロはどうするのか?ということであった。 しかし、本作品はほぼ完璧であったと思う。 唯一、「ハテナ」と感じたのは、妻の存在だ。 願望として、いてほしい、こうあってほしい、と私自身心から憧れるけれど、現実的ではないような気がした。 しかし、現実的であることの意味はどうでもいいほど、最後の最後まで、この作品は良くできていた。 最後の一行まで、私には、この結論以外には考え付かないほど、お見事であったといえる。 きっと多くの人が思うだろう。 「僕」は僕です、「僕」は私です。 と。 それほどに、この作品は、臨場感あふれる作品だったと思う。 ちなみに、私も9年ぶりの再読組です。 | ||||
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村上春樹は有名すぎて、「自分の感想に自信がもてない・・・」という妙な感覚が あるのですが、この作品は心を通るものでした。多くのことをおきざりにしながら、 手に入れてきた現実・・・そこから時折、逃げたり飛び越えたりしたくなる・・ 自分がそんな年齢だから、響くことが多かったです。 | ||||
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物語の筋だけをいえば、 主人公が恋をして、恋をしながら学生が終わり、社会人になり、年をとり・・・ その間には、住む場所が変わったり、仕事が変わったり、 お金や車も、昔とは全然違っていく。 でも、10年たっても、20年たっても、40年たっても、 最初の恋を忘れない。 何度読んでも不思議な本で、人生の長さを、 そしてやはり、「人生は短い」と感じさせてくれる本。 だって1つの恋も忘れないうちに、どんどん年ばかりとっていってしまうんですから。 | ||||
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瑞々しい文章を書かれる作家さんと聞いて、店頭で何気なく購入してみました。 その際ページをパラパラと捲って中身を軽く覗いてみたのですが、一行あたりの文章量が多く、「読むのに疲れそうだな」と思いました。 ですが、読了後の感想としましては「買って良かった」の一言です。 購入前気になっていた文章ですが実際のところ、一文一文はさっぱりとしていて余計な付属品がなく、単純に読み進めているだけで面白味がありました。他の方の言うとおり、確かに登場人物たちの会話はどこか冷静すぎて、一つの問いかけに関してまるで一週間ほど家で考えてきたような印象を受けます。が、私としては逆にそこが良かったですね。 物語については……購入される前にあれこれ言ってしまうのはどうかと思うので、少しだけ。 少なくとも二十一歳男性の私でも共感、感心するものが随所にあり、決して年齢を選ぶような作品ではないと思えます。そのあたりで購入を検討されている方にはお勧めしたい作品です。 | ||||
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読んでみて、この本での一番の重要人物は有紀子の父なのではないか、という気がしました。そして、彼に教わった「自己増殖していくシステム」との「僕」の闘いが描かれているように思われます。その過程で「僕」は多くの人を傷つけてしまう。そういう風に、というより、そういう風にしか「僕」は生きていけない、という点が重要なのではないか、と思いました。 『国境の南』を聴きたくなりました。 | ||||
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春樹作品の中で、最も認めている作品のひとつです。いつもと同じように内向的で欠如を抱えた主人公が、これまで出会った重要な女性達(=初恋の人、初体験の人、妻)を愛したり傷つけたりしながら、大人になってしまった自分の社会生活や家庭と向き合っていくストーリです。 自分ひとりで煩悶し、妻に問いかけることが全くなかった主人公が、妻にそのことを指摘されてからのポジティブな感じが、他の春樹作品には余りない読み心地を生んでいます。 「少年が大人になること」をいつも書いている作者が、一人の男が「大人であろうとすること」に焦点を当てて書いたこの作品の持つ、「救いようの無さ」と「救いの感じ」の両面性が好きです。 | ||||
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桜庭一樹『私の男』(文藝春秋2007年)を読んでいて、本書の存在を 思い出した。 ずっと以前、出たばかりのときに読んだときは何だか当惑させられた。文 章そのものは、いつもの村上テイストだからどんどん読めるけど、セック ス描写がとても多くて、辟易してしまったのだ。セックスだけが持つある 種の力が、小説の主題なのだから、描写が多いのは当然なのですが。 今回、『私の男』と並べて読んで、小説のつくりとテーマが、初読のとき より遥かによくわかった。『私の男』は、同じ一つの部屋で、ひたすら深 く濃い関係を持つ設定で、性の深さをさぐっていく小説である(時系列を ひっくり返すなどの仕掛けはあります)。それに対し、こちら『国境の南、 太陽の西』は、主人公の僕と島本さんの関係は、決して縦に深まっていく わけではない。むしろ、セックスを軸に主人公のいる場所は横にどんどん 動いていく。最後の最後に、深く濃いところへ入っていこうとするのだけ れど、それはほとんど死と隣り合うような場所である。 こうまとめてしまうと、つまらない感じですが、実作はもちろんもっと余 白に満ちていて、もちろんこんな拙い要約からは漏れてしまう広がりを 持っています。 本書は、きっと作者の村上さんの実体験・実感が小説的に変奏されている のだと感じられました。この通りの経験が生のものとしてあったというの ではありません(小説家という人種はそんな風には素直でない。まして村 上春樹なのだから)。言いたいのは、100%想像力で書かれたファンタ ジーではなく、実感の裏打ちのある小説だという意味です。 だから素直な小説というのが、再読の感想です。1949年生まれの春樹 氏は、本書出版時で42歳。そのぐらいの年齢以上の人が読むと面白い小 説だと思います。 | ||||
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10年以上前に大学生だった僕は、世間の評判と同様、まったく面白さを感じることができなかった。 先日、再度読み返してみると、この作品の面白さ、すごさを感じることができた。 この主人公と全く境遇も異なるし、不倫なんてできっこないのではあるけれど、日々の生活の空虚感や島本さんの「吸引性」など、共感するところ多く、考えさせられた。 渋谷や青山の細かい描写も学生時代と比較して、今はよく知った土地・地域となっているのも過去読んだ時と異なり、現実味が出てきている。 過去、駄作と評し全く読み返していない方へ是非お勧めします。 | ||||
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私は、この「国境の南、太陽の西」が村上春樹作品の中で一番好きだ。10代の学生の頃によみ、20代、30代と思いだしたようにページを開く。10代の時には分からない主人公の心情が分かるようになってくる。 本書主人公「はじめ」は経営者として成功をし、妻子もあり幸せな部類に属す生活をしている。しかしある日突然、小学校の頃に好きだった女性が現れ、今ある全てを捨てる覚悟を一度する。どのようの転んでもおかしくない精神状態の中で主人公は人生の選択をしなければいけなくなった。結末は本書に譲るが、大切な局面での人生の綱渡りの在り方を考える。 この物語を読んでいると、なぜか自分の人生にあてはめて考えこむ。とても良い小説です。 | ||||
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20代の頃から(現在45才)作品を読んできましたが、この作品は若い時に読んでも、たぶん読めなったでしょう。 私は主人公の男性の感覚に共感する部分が非常に多く、島本さんに対する主人公の感情に移入してしまい切なくなりました。 人生も40才に近くなると、生活の安定と引き換えに背負うものも多くなり、時には辛く逃げ出したりなくなる瞬間があります。そんな時、自分について考え過去に関わりあった人を通じて自分を再確認したくなる瞬間があります。実行に移すかどうかは別として。そんな時、封印されていた記憶が抜け出してきて、今の自分を試します。過去の恋人やもっと早く出会うべきであった人と出会った時に。 そんな感覚を持ってしまった世代なら、この小説は特別なものとなるでしょう。 特に村上体質の人には。 けれど女性の立場として、島本さんは、男性の「妄想の対象としての理想の女性」という感が拭えませんが。そういう女性に魅かれる男性がまたいいんですけどね。 | ||||
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この本のテーマはノルウェイの森、ダンス・ダンス・ダンスに共通のものがある。成熟しきれない主人公は自分でそれに気付いているが、どうしたらいいのかはわからない。しかし最終的には自分の責任で自分の世界を創ることに希望を見い出していく。人生が物語のようなものと考えると、この繰り返されるテーマは作家自身が自分を癒すために書いたものなのだと解釈できる。人間は同じ話を何度もすることによって悩みや苦しみから開放されていくものだからだ。しかし、村上作品の良いところは、そうであっても決して「自分には同情しない」ことである。このクールに、しかし誠実に自分を見つめた結果、それは現代の我々と共通のもの、あるいは人間の普遍性を教えてくれるのだ。だから同じテーマを読んでも私はそこに常に新しい発見をする。村上作品が癒しになっているのはそういう理由なのだろう。 | ||||
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