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国境の南、太陽の西
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国境の南、太陽の西の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.22pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全233件 101~120 6/12ページ
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何度も読みこなして、自分なりの読後感覚をなんとなくつかめてきた。インパクトのある作品です。 1,2回読んだときは、自分を満たしてくれる(と感じている)初恋の人に20年後に出会い、すべてを投げ打って溺れかかったものの、結局喪失していくストーリーやその描写のインパクトの強さに浸ってしまい、島本さん命って感じで。年甲斐もなく島本さんの美しさを思い浮かべる読後感。 でも何度か読んこんでいくうちに、2つの出来事を通して島本さんの印象が徐々に消えていく後半最後部の雰囲気に着目できるようになった。 もやもや感を強引に言葉にすると、村上さんは、その意図の有無はわからないけど(結論ありきで書かないとどこかで読んだ)国境の南≒満たされる夢が存在するあっちの世界、太陽の西≒中間がない虚無のみが存在するあっちの世界であり、結局、人間はその現実、営みを通して国境の南を追い求めるものの、知らぬ間にあるいは意図的に太陽の西にたどり着く、でもどんなに封印しても国境の南を追い求める疼きはやってくる、という感じを表現しているのではと。 でも村上さんの作品全体に言えるけど、自分個人的には虚無として表現されたことが神の存在に近い気がしてならない。 たとえば、最後部の「広大な海に誰に知られることもなく密やかに降る雨」なんていうフレーズからは虚無より、神がかった雰囲気を(神の存在)感じ取ってしまうけど。表裏一体なのかな。 | ||||
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アマゾンの評価がよかったので、書店で購入して読みました。 不倫がテーマの本をずっと読みたいと思っていて たどり着いたのがこの作品。 村上春樹の本を読むのは初めてでした。 読み始めると、独特な文体であっという間に読破。 続きが気になってしまい、すべて読んでしまいました。 まだ10代の私には理解しきれない「大人の世界」でしたが ものすごく切ない話でした。 村上春樹の惹きつける文章の書き方。 また、彼の本を読みたいと思いました。 | ||||
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「忘れられないヒト」「再会」というキーワードで検索し、この作品に出会いました。 大変読みやすく止めることができずに一気に読了しました。 10代のころに触れた村上春樹さんの作品の印象を覆し、文章の技巧の素晴らしさに圧巻 しました。 主人公と島本さんは小学校時代の友人。 互いに当時少なかった一人っ子としての欠落感を互いに埋めあうように色々な話をしたり、音楽を聴いたり、多くの時間を過ごした。 中学以降は疎遠になっていたが37歳で再会。 そしてふたりは・・・ 37歳の主人公には大切な家庭があります。 その家族を愛していて、絶対に離したくないということはわかっていても・・・ 島本さんのことで頭がいっぱいになっていく様子、気持ちの動きが、 上手に描写されています。 読み終えると、 当然のようなモラル、を超えた誰かを想う気持ちの切なさ、素晴らしさを痛感します。 様々な人生のタイミングにより、大切な人を大切と気づくタイミングが必ずしも道義にもとるわけではないと思います。 良い悪いではなく、こんなにも心を占拠される人に出会えた奇跡、その思いを無視するのは愚かしいかもしれません。 主人公は島本さんへの想いをきちんと自分なりに整理しながら受け入れているのが好感もてました。 40代になった今、懐かしい人、忘れられないヒト私も、もちろんいます。 この作品はまた数年後に読み、どんな感想を抱くのか楽しみな作品です。 | ||||
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おしゃれな経営者って誰でもあこがれるような生活かもしれない そう思いつつ 教科書出版社でも十分幸せだよなとかも考えて 今の時代ならどちらでも負け組みではない恵まれた人の悩みっぽくて 贅沢な悩みなのかも… とか気になった。 | ||||
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友人に勧められて読みましたが、あり得ないほどつまらなかった。やはり村上作品は私の好みじゃない…以前ノルウェーの森を読んで正直全く良いと思えなかったのでそれ以来村上作品は読んでなかったけど、今後もたぶん読まないと思う。どこかで読んだような感じと、全体的にカッコつけてる感じが私はダメでした。 | ||||
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評価とおり綺麗な商品でした。^_^評価とおり綺麗な商品でした。 | ||||
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新作のレビューで、新作はこの作品に似ているというものが多かったのでトライしてみましたが、 なぜか読み進めたいとは思えず、第一章で断念。 春樹作品では初めてのことでした。 たいてい面白く読めるのだけれど、これはどうにも共感できない。 私も一人っ子ですが、同じような感覚はもっていない。なぜだろう? 世代の違いなのだろうか。でもおそらく、この主人公とさして変わらない世代のはずなのだけれど。。 もしかしたら、すっかり私が歳をとってしまったのかもしれない。 虚無を抱いていた時代に読んでいたら共感できたのかもしれない。 二十代前半までに読んでおけば良かったのかな・・・。 | ||||
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今回の “僕”は少年時代の終わり頃、12歳からはじまる。思春期を経て、37歳の中年の僕へ・・・。 人間のもつ本能(動物的欲求、野獣性、利己主義)と理性(いたわり、人間性、知性)の葛藤を描いています。 だれも傷つけたくないが、正直に生きると避けられないときもある。 男性が読むのと、女性が読むのとではかなり受け止め方に違いがでるかもしれません。特に夫の浮気を経験したことのある女性では“嫌悪感”なるものが生じるかもしれません。あくまでもフィクションであり、人それぞれ感性が異なるので、評価も分かれると思います。初恋の女性を思う男性の内面をハルキ流のタッチで描き、とても楽しむことができました。 | ||||
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村上春樹の本で、読んだのはまだ二冊目(一冊目は「風の歌を聴け」)だが、すぐにぐいぐいと引き込まれて、一気に読んでしまった。 最初の半分くらいまでは、とても気軽に読めたし、「風の歌を聴け」の延長線上の作品のような、ポップでおしゃれな小説、という印象を受けた。 この作品を読んでいて、あらゆる箇所で、私自身の青春時代を思い出したし、青春時代から青年期にかけて私自身の身に起こったことや、出会ってきた人ですでに忘れてしまっていたような出来事や、人々を思い出しながら読んでいた。 この作品には、私自身の青春時代の体験がかなり重なっりあっているような気がして、私自身の人生をも深く回想させられた。 そういう意味で、とても懐かしさのこもったような作品であった。 時代背景もそういう時代を思い出させるものだったのだとおもう。 そして、後半からは、何かミステリーを読んでいるような不思議な幻想感が漂い始めた。 そして、どんどん、怖いお話の印象が強まってきた。 次に何が起こるのか、怖いもの見たさで、眠るのも忘れてページをめくっていた。 最後に徹底的に怖いことが起こるに違いない・・・と思いながら、そして、主人公の身勝手さにかなりがっかりしながら、最後の展開を待った。 結局、決定的に怖いことは起こらなかったものの、最後の最後で、ん? なぜ? なにこれ? と、考えさせられて答えを探している。 作者は、このミステリーの答えは、読者自身が探して、自分で見つけてくれ、 と言っているのかもしれない。 答えを出すことはそれぞれに任されているのかもしれないが、いろいろと考えさせられるという意味で、最後の終わり方はすごい。 後半の4分の1くらいは、主人公の葛藤もよく描かれていて、それらにも共感させられた。 一番よかったのは、主人公が妻に声を荒げて初めて、義父のやり方に対して、自分自身を出せて、抵抗をしたところかとおもう。 | ||||
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帯はなかったがカバー、本体に擦り傷、折れ傷、日焼け、汚れ等もなく満足した。 | ||||
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今回初めて中古本の注文です! 梱包も丁寧でしたし、何よりあの安さ・・ビックリです! | ||||
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最も村上春樹らしい1冊は、多分これかもしれない。相変わらず、私は好きになれないが、作者の個性がよく結晶した作品だと思う。1人っ子、という観点を最初に持ってきて、自分が特殊な存在で、なにかが欠落している、と主人公は思う。1951年生まれというから、これはなかなか上手い設定だ。孤独感のお膳立てが出来ている。そして、現代。中国をはじめ、1人っ子が多くなり、主人公に共感しやすい人々が世界中に溢れている。当初、例外的な少数者だったはずの主人公が、いつの間にか多数派の一員になっている。村上春樹が、現在世界で読まれていることと見事に符合する。内容もわかりやすい。1人っ子は、概して甘やかされてわがままに育つ。主人公も不本意ながらそれを自覚している。そして、村上春樹の小説では、いつものように独特の世界観が展開する。甘やかされたわがままな小説だ。そこには、サマセット・モームが「人間の絆」等で描いたような、人間存在の不可解さや、異性の吸引力に対する痛ましい心理の葛藤はない。見事なまでに欠落している。主人公は、生活に困る様子もなく、おしゃれでいつも女の子にもてる。無意味にセックスをして、自身の性器の状態にしか関心を示さない。何の苦労もないような時間を過ごしながら、孤独感や喪失感を楽しんでいる。そして、「みんないろんな生き方をする。いろんな死に方をする。でもそれはたいしたことじゃないんだ。あとには砂漠だけが残るんだ。本当に生きているのは砂漠だけなんだ」というセリフが繰り返し出てくる。この乾いた感性と、ぬるぬるとした性描写。好き嫌いが分かれるところだ。仏教の話でもするのであれば、私も共感するかもしれないが、村上春樹は宗教をバカにしている。ドストエフスキーやカフカの話をするときも、一番大事なキリスト教の視点を無視する。日本人らしいところではあるが、私には、村上春樹にかつて小説の神様ともてはやされた志賀直哉と通じるものが感じられてならない。志賀直哉は文章が上手かった。自分本位だった。世界の苦悩なんかには関心がなかった。世間をバカにした。自分の身近な出来事を重大な出来事のように書いてみせた。それでも、書いた小説はよく売れた。そんな志賀直哉を、晩年の太宰治が糾弾した。あんたには苦悩がない。 | ||||
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ネタバレって程じゃないけど、ちょっとネタバレしてます。 少しの情報も欲しくない人はこのレビューは読まないでください。 さて、本作ですが、 自身から一歩離れたところから自分の出来事や感情を描写してる感じが、これが村上春樹流のハードボイルドなんだと思いました。一歩離れてるところから自分の事を描写しているからこそこの主人公はとても冷めてる男のように読者の目にうつるけれど、その内面はおそらく狂人のようなものなのかもしれません。 リアルな物語だったけれど、とてもファンタジー的でもあって、どこまでが現実でどこまでが幻想なのかが最後まで分からなく読者に考える余地を与えてる感じがします。すべてが主人公の美化された初恋の像が生み出した幻想だったかの様にも思えますし、そのような伏線も思い返してみれば沢山ありました。 そして物語の内容にかなり共感しました。 主人公は人生の中で何人かの女と出会うわけですが、その何人かの女性像や相手に対しての愛の形はかなり異なるのですけれど、その全部の愛の形が矛盾するけれども僕の中にも在ったからです。物語の中盤から終盤はリアル(家庭)とファンタジー(初恋で突然現れたソウルメイト)との間での葛藤が描かれていますけれども、これにはとても共感しました。僕のような非現実的な人間にとって、リアルとファンタジーとの葛藤は一生背負って生きていかなければならない問題でもあったし、よくよく考えてみると、そこにはやはり中間的なことは許されていなかったのであったから、とても孤独です。 | ||||
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何といえば良いのでしょう。 12歳の少年が大好きだった初恋の相手と25年ぶりに巡り合う大恋愛物語。 大人になった少年が、一人の人間として新しく更新する物語。 傷つけあいながらも幸福を求めてさまよい続ける男と女の物語。 思春期の頃に抱いた思いは、一生消えることはありません。 好きでたまらないのに、嫌われることが怖くて遠ざかったのは何故? 好きになればなるほど、怖くなっていったんですね。 忘れかけていた思いが必ず甦ってくる作品です。 『国境の南』は、ナット・キング・コールの歌の題名からとられています。 作中で、使われているのが『スタークロスト・ラヴァーズ』というデューク・エリントンの曲です。 不運な恋人、という意味で、ロミオとジュリエットを言い表している言葉だと解説されています。 胸が熱くなる恋のドラマでした。 | ||||
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先日領土問題に絡んで村上春樹さんが使用された表現ですが、この言葉を目にしたとき、本当に胸がスッキリしました! 安酒の酔いに似ている!安酒の酔いに似ている! 村上春樹の諸作品を形容する上で、これ以上の表現があるのでしょうか!? いやぁ、長い間村上春樹をどう評価したものかとモヤモヤしていたのですが、今後はその必要が無さそうです。 えぇ、勿論この物語も、まさしく「安酒の酔いに似て」います。むしろ最もそれが良く出ている作品かもしれません。 参考までに、他の方のレビューも見てみることをお勧めします。高評価を付けている皆さんはずいぶん自分に酔っていらして、とても頭が悪そうだと気付いて頂けるかと思います。 結局、簡単に安酒に呑まれるくらい、知性と品性に欠けている。それが村上作品を読み耽るのに必要な素養なのでしょうね。 | ||||
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そんなに頻繁ではないが、無性に読みたくなる佳作。単行本の表紙にはレコードの 取り扱い方法が記載されている。CD がほぼメンテナンスフリーなのに対してレコードは、 ひどいときには内袋から取り出した瞬間に静電気でほこりまみれになってしまう。 (宇宙戦艦を彷彿させる)静電気除去装置や乾/湿式クリーナはもちろんパックや 洗浄まで行い細心の注意を払っているのにもかかわらず(だからこそ?)、緊張のあまり 手が震えてレコード針を盤上に落として傷つけてしまうことがある。しかし失わない 術はなく、失わないモノもない。この葛藤は自分自身が失われることで終わる。 | ||||
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私がこれまで読んできた村上春樹は羊、ねじまき鳥、1Q84、とちりばめられた謎がページを追うごとに解明されていく、 もしくは進められていく、ミステリーのような長編作ばかりだった。 どれも抽象的でいて、重要な本質を内に含ませる村上春樹独特の文体で創りだされてはいたけれども これらにはストーリーがあり、冒険があり、どきどきわくわくしながら続きをめくってしまうものだった。 しかしこの「南の国境、太陽の西」はそれらとは少しばかり雰囲気が異なっていた。 なんていうか、純文学なのだ。 しかもこれまでに読んだ村上春樹の中でも、彼の人生が沢山につまっているように感じる。 ん、これは以前にも感じたことがあるエネルギーの色だ。 それは太宰治の人間失格を読んでいたときだった。 これはもしかして村上春樹の私小説なのではないだろうか。 太宰治の私小説と異なると感じた部分は、それは流石村上春樹とでも言えば良いのか、これこそが村上春樹を成しているとでもいえばいいのか その物事の本質のみを抜き出す抽象的な文体だ。 人間が成長するにつれて「普通」になっていく、まるで魔法が解けていくみたいに。 そこから感じる空白や虚無感。そして具体的に自己に迫ってくる孤独。好きな音楽を好きと思えなくなってくることによる恐怖。 どんな形にもなりえた少年時代が、歳をとり大人になるにつれてセメントのように固まっていく。 これで、いいのだろうか。何が正しいのだろうか。自分とはいったい何者なのか。 数多くの失敗、そこから努力次第で新しい立派な自分に生まれ変われる。 そのために捨ててきた、多くのモノたち。まだ、間に合う。大丈夫…。 そこに現れたのは昔から変わらない島本。 12歳のころから変わらない音楽や読書の趣味を持つ彼女に焦り 自分の事を変わらないねと言ってくれる彼女に安心し、 また僕は同じ過ちを繰り返すのだ。 どうやっても、自分は自分でしかありえない。 努力したところで自分は自分なのだ。 自分を受け入れなくては話は進まない。自分は作っていくものなのだ。 捨てて生まれ変わることなんてできない。 全てを抽象化しているからこそ、物事の一番重要な本質が光っている。 さまざまな要素がどんな経験にも感じられる。 太宰治のように、一人の人間をくっきりはっきりと思い浮かばせることのできる主人公ではありません。 現実にこのような人はいない、でも、抽象的で本質的であるからこそ誰にでもなりうる。そんな主人公のように感じます。 きっと、いくつになっても何十年後になって私がこの話を再び読んだとしても また同じことを思い、辛くなり しかし同じことを思う自分に安堵するのだろうと思います。 とても良い本でした。ありがとうございました。 | ||||
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文庫になった村上春樹さんの長編を買い忘れていると気づいて、アマゾンで初めて買った本がこれでした。磨き上げているのかと思ったほど、ピカピカの状態で配達されてきました。既にハードカバーで読んでいましたが、再読すると新たな発見があり、楽しくなりました。 | ||||
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この本を読んだのは二十歳の時でした。 村上春樹は当時、読者とのメールのやり取りをまとめてサイトにアップしていて、そこでこの本を読んだ読者の感想に村上氏自身が解答していました。 ここのレビューにもあるように年を追うごとに理解が深まり共感ができる本だとあったので、当時若かった自分は、もしかしたら未来の自分の姿がこの本の中にあるのかもしれないと考え何十回も読み返し頭の中に叩き込みました。 年を重ねるという事は今まで自分が選択してきたものに押しつぶされていったり、自分が生み出した次の世代の肥やしになっていく事であり、愛する人や子供や成功したビジネスがその選択を正当化する理由にはなりえても、最後に待っているのは責任であり、十分に成熟していないとその責任に耐え切れず夢に逃げてしまう場合が多々あるのでしょう。 人間は状況に流されて自分に合わないものを選択してしまったり、無理に相手に合わせてしまったりしながら膨大な時間を過ごしてしまいます。そいうことを若いうちに気がつくことができました。 周りには不倫で家庭を崩壊させていったり、夢を追って無鉄砲な賭けにでて大やけどしたり、お金を手にしても自分の時間が全くなくなってしまったりする大人であふれかえっています。 辛い時、寂し時、飢え渇いている時、妥協した決断はしない方がいいのかもしれないと思いました。そして妥協しないのであれば腹を括る覚悟も必要です。 もしはじめが寂しさに耐え抜き独身で36歳までいればどこかでまた島本さんと結ばれたかもしれないのですから。 | ||||
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発刊されてしばらくしてから読んだと思うので 今からもう15年近く前だと思います。この本を読んで これ以降の村上さんの本を読むのをやめてしまったので そういう意味で思い出深い本です。 素晴らしい、と言うレビューがたくさんあるので もう1度読み返した方がいいのかもしれませんが その時の印象があまりにも作り物と言うか、上滑りと言うか 心がこもっていないというか・・・ その数年前の作品との重さの違いにちょっと驚いたくらいです。 単行本を買いましたが、たぶんすぐに人にあげたか 処分してしまったと思います。 思えば「TVピープル」の辺りから自分には合わなかったので これが決定的だったのかなと思います。 今でも80年代のエッセイは大好きでよく読みますし その頃の短編、長編は全部好きです。「はいほー」の中の can you speak English? という題のエッセイは まったくその通り、と何度読んでも頷いてしまいます。 村上さんの本を読まなくなって久しいので レビューを書いてもいいものか?と思いましたが 最近ちょっとこの本について話題が出たので 思い出した次第です。 | ||||
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