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夏物語
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夏物語の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.46pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全14件 1~14 1/1ページ
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昭和末期から平成初期にかけてあたりの、おばちゃんパーマをかけた中年女性がまだスタンダードだった頃の大阪のコテコテな雰囲気を根底に漂わせる物語で、 貧乏生活をひたすら描いてくる序盤でややしんどくなり、 さらに子供を産むのが女の幸せだとでも言うような遊佐の存在に辟易しながらも読み進めたが、 最後まで読んでも結局はそうなのかと… ただ、結婚して子供を産めば幸せ、みたいなお花畑思考ではなかった点だけは良かったかもしれない。 主人公の決断よりも善百合子の弁舌こそ共感できる人が今は少なくないのではなかろうか。 途中で出てきた提供者の男性の気持ち悪さが妙にリアルで印象的だった。 本編とは関係はないが、帯で世界が絶賛するとか言って名前を出してるのがアメリカのメディアしかないのは誇大広告ではないかとげんなりした。 | ||||
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主人公が結局、色んな人との出会いや葛藤の末「やっぱり私の人生には子供欲しいし私が欲しいと思うなら人を誕生させる」と決めた事がすごく残念というか、突き落とされたような気持ちになった。 善百合子の言っていた通り、なんだかんだ理屈つけながらも結局自分の欲求に従うんだなぁというか。「忘れるより間違う事を選ぶ」とはそういう事なのだと感じた。 仙川さんや善百合子の気持ちや考え方にすごく共感しながら読んで、初めて自分以外にもこういう思いの人がいるんだと思えたからこそ余計に残念。反出生の立場ではないけど、なんというか、30代後半になってやばいそろそろ産めなくなるかもと色々焦り出すっていうのも安直だけどたぶんこの年齢でこういう葛藤に直面する女性が多いのも現実なんだろうと思う。 でも、結局この決断をするんだなぁと。 もちろん夏子の人生だし、川上さんが描きたいものを描いたということだしそれは自由なのは大前提なんだけど。 私にとっては仙川さんと善百合子の語りのシーンがこの本で1番輝いていて、胸にストレートに届いた。 だからこそ、仙川さんや善百合子の生き様や考え方が、生命の誕生や生まれる事、生まれない事、そうしたテーマを巡る物語の思考実験の当て馬にされているような構成の感じを受けてとても残念だった。 結局こういう物語の締め方をするんだ、、と。 このお話をどんどん好きになっていってたから余計に。 結局人生なんやかんや色々あるけど生命の誕生はやっぱ素晴らしいし子供生まれたらそれまでの子供いない人生がどれだけちっぽけなものだったか気づくくらい感動するよと暗に示すような文章もあるし、明るい未来への希望みたいな終わりも、結局こういうラストかと個人的には感じた。 子供を持つことや生命の誕生は当然素晴らしい事という立場だったり、「そりゃ人生色々あるけどやっぱ自分の子供欲しいじゃん」って考えをもし自分が持ってたら、最後は気持ちよくスッキリして読み終えられたんだろうなという気がする。 川上さんの物語も文章も、登場人物達の細やかな心理描写もテーマも好きだしこれはすごい本に出会ってしまったと興奮しながら途中まで読んでたけど、とにかく終盤が結局それか、、、という気持ちになった。 物語自体も文章の表現も傑作だと思う。 ただ、結局自分の感じ方考え方は世の中の「圧倒的多数派・大正義スタンダード」に対して少数派であり後ろ向きであり何も生み出さないものと突きつけられ再認識させられ、疎外されているような気持ちに読後なったので、上記のように思うのかもしれない。 | ||||
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重いけど、うれしくなるかも。 なんだろう?うまく言えないけどゆっくり読むのにオススメです。 | ||||
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Audibleで途中からは2.5倍速で聞きました。表現として優れているのか凡庸なのかわからない文章が続き、文学賞の下読みってこんな感じなんだろうかなどと考えながらも、朗読と自分の相性がよかったのか聞き終えることができました。職場で仕事ができるとされている人が考えると、こうなりますというような内容で、間違ってはいないけれども面白くはないという状況説明や描写が多いという印象でした。広い意味で常識的に生活していて、そこに何の疑問も感じていないような人は、この作品に共感できて、自分の考えていることがここには書かれていると歓喜するのは想像できます。AIDについてまとめてみました!という学生のレポートと何が違うのか、悩ましい作品でした。 | ||||
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1ヶ月前に乳と卵を読み、面白かったので、その8年後が描かれる本作を読みました。 第一部は乳と卵のストーリーをそのまま持ってきていますが、登場人物間の会話の内容、主人公の回想の内容が変わっています。巻子と夏子姉妹の過去のエピソードや、生まれ育った街に住む当たり屋九ちゃんのエピソード、巻子のスナックで一時期働いていたノゾミの話など、面白く読みました。巻子がノゾミを見舞いに行った時の話など、巻子の人となりが乳と卵の補足のように分かり、より好きになりました。 回想や会話の中で描かれる人物の細かい描写が絶妙で、会ったことはないけれど、わかるわかる、こんな人るな、と想像、共感できる人物を創るのがすごいなと思いました。 第二部以降は一部の8年後からが描かれています。望んでもいないのに成長して大人になることを辛がっていた緑子は20歳になり、大学に通い、恋人がいます。 豊胸手術を病的なまでにしたがっていた巻子は精神的にも肉体的にも以前より健康になっています。 この2人の親子が、大変なりにも幸せそうでほっとしました。 そして、主人公夏子が精子提供を受け、子供を産むことを望み、迷い、決断をくだす話がメインで描かれています。 私は既婚の28歳で、子供を産むか産まないかについてここ数年ほどずっと考えています。そのための参考として以前に同作者の君は赤ちゃんを読み、その延長で乳と卵を読み、本作も読みました。 本作で遊佐が言う『子供を産んでから、子供を産む前は世界の半分が手付かずだったと気付いた』という主旨の発言が胸に刺さりました。 と、同時に、善さんの『産まれることによって、人生が死ぬことよりももっと苦痛なものになってしまう人間が一定数存在するのにも関わらず、子供をうむのは完全に親のエゴ』『自分から望んで生まれてきた人間はこの世に1人もいない』という考えにも完全に納得しました。 主人公は最終的に『例えどんなに自分の選択が間違っていたとしても自分の子供に会ってみたい』と産むことを決断します。子供を産んだ川上さんだからこそこの結末になるのは当然のことなのかもしれませんが、これから子供を産むかもしれないものとして、背中を押されるような作品でした。 | ||||
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前半は面白く読んだのですが、後半からは結局、両思い(?)の男女ペアができてそれで……という流れに肩透かし感がありました。 | ||||
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『乳と卵』をリメイクした前半から、AIDを材に取った後半まで、女性であることの痛み、苦しみが繰り返し描かれている。気になるのは全体のリズムやクオリティにばらつきがあることだ。この作家の場合、大阪弁全開のところはスピード感があって面白いのだが、標準語で村上春樹的な比喩を多用するところは退屈。所々、こんなに下手だったっけ、と感じる。人物造形も仙川涼子や善百合子が中途半端。何より帯や書店で「感動」を宣伝しすぎではないか。 | ||||
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川上未映子さんの大阪弁を交えた会話、長い文体に驚きながらなんとか読了しました。無類の本好き、活字好きですが、小説でこれほど時間のかかるものを読んだのは珍しい限りです。多分思考経路自体が作者とは根本的に違うのを認識させられたのかもしれません。好みが分かれます。 女性の性について、これでもかと見つめている主人公の自意識に触れ、到底分かりえない心情の吐露というものと遭遇した気分です。読書というのは意識的に作家を選ぶ過程が途中で入りますので、これまで避けていた作家ではありますが、評判の良さに乗じて読み進めていたところエアーポケットにはまった感がありました。 非配偶者間人工授精(AID)という精子提供を取り上げながら、女性の性の辛さや受容性を通奏低音のように絡めて進行していました。面々と続く独白が情緒的な主人公の人柄を浮き彫りにしており、とりとめのない会話自体が作者独特の文体を彩っているのに遭遇したという感じです。 海外でも評判のようですが、翻訳自体も大変でしょうね。この文体を多言語に置きかえる過程の難しさは想像できます。ました主語述語が明確で、主張そのものがくっきりと浮かび上がる文章とは対極的な内容ですし、婉曲的に書き、その意図を察しながら読者もストーリーの展開についていくわけですから。友人との会話の中での『〇〇こつき労働力』という表現にも出くわしました。好き嫌いが分かれるのも尤もです。 第1部の緑子が第2部で成長して登場することで読者は少し救われた気がしました。ラストはその方向に向かうのはある種の必然性なのかもしれません。 主人公の幼少期の大阪の街の描写も特有の詳しさで臨場感をもって読み進めました。このあたりの上手さが作家の芥川賞をはじめ、各文学賞を受賞している力量の片鱗なのだと妙に納得しました。 | ||||
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独身女性の人工授精がテーマ。 全体の流れに波があるというか、前半は冗長でまぞここを乗り切らないといけない。 姉とその子供が中心で、その後の展開とのつながりにしっくりこない。 ただ中盤からは、一気に読ませる。 主人公が作家になり編集者との関係や、人工授精で生まれた人の葛藤などは惹きこまれていく筆力。 それだけにラストにまた平凡にもどってしまうのが、なんとももったいない。 長編でなくて、もっと思い切って内容を削ったほうが迫力あり読み応えあった感。 | ||||
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まず、小説云々を言う前にちょっと日本語がおかしいと思うのですが、編集者は直したりしないのでしょうか。 真剣にびっくりした とか 今夜最大にびくついた とか挙げていけばもうたくさん。 40歳にもなって高校生のような言葉を使わないで欲しい。プロの小説家ならば、美しい日本語で書きましょう? これは『文学作品』なんですよね?ケータイ小説じゃないんですよね? よくこれで翻訳とかできますね。外国人の翻訳者が、この意味不明な日本語を訳せるのか? いや、訳した方が逆に読みやすい文になるかも…。 でもまあ、後半は文章もうまくなっていたと思う。 ところで前半部分は必要だったのかな?お姉ちゃんの長話とか。銭湯行くとか、なんやらかんやら。緑子の日記も。 38歳、女、彼氏ナシ。だけどこのままでいいの…?みたいなとこから始めた方が良くなかった? 生殖倫理を問うとか人工受精だなんとかっていうテーマで売り出すのならね。 まあ普通、そこから 婚活!ってなるけど。主人公の頭ぶっ飛び過ぎだよね。 そして後半。人工受精で産まれた人のエピソードが続いてなんだか疲れてくる。あれ、私、わりとこのテーマどうでもいいわ…と思いながら頑張って読み進める。 そして作者が言及というか批判したいのは実は日本の家長制度とか、男尊女卑文化なんじゃないのかなー、てか最近の過激派フェミニストってなんか恐いよね、と思いながら進む。 そして主人公は時に人に励まされ、時に勢いで進み、精子提供を受けてめでたく妊娠&出産。精子を提供してくれたのはまさかの逢沢さん。 あれ?これってなんの話だったんだっけ 普通に好きな人の精子をクリニックで人工受精しただけやん。ただの不妊治療…。 そして素朴な疑問なんですが、そうまでして女も子供、欲しいかな? ひとりで生きていくのも大変なこの時代に? というか主人公、これから産後の身体抱えて、ひとりで乳幼児世話して、仕事すんの?詰むやん。 作者もそれが分かっているから、産まれたところで話を終わらせたんだろうねー。 はい、感想以上です。 悪かった点としてはやはり無駄に長いということ。 もう少し、主人公のどうでもいい思考とかは省いても良かったんじゃないかなと思う。特に前半が辛かった。 後半に入ってももっともっと駄文は削るべき。なんでもかんでも足してきゃいい、書けばいいってもんじゃないでしょうよ。 文章の幼稚さと無駄な長さが読者に負担をかけた作品のような気がします。 これを500ページ読みきった自分にお疲れさま。 あと20回くらい推敲できたら良かったんじゃないかなと思う。 あとやっぱり、村上春樹パクり過ぎじゃない? 結局この本から学んだこと : 文才のない奴が村上春樹のような個性的な文体をパクるとなんかイタイことになる。 | ||||
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前半を読んでいて途中で、あれ?これ乳と卵?と思いつつも新鮮な部分もあり読み進め後半、そちらは事前情報として反出生主義がテーマっぽかった(現代思想 反出生主義を考える に引用が出ていた)ので期待して楽しく読んだ。後半中盤で出てくる恩田のシーンが心底キモすぎてさすがだった。キモすぎて逆に笑った。この辺は夏子と友達の気分で、よく無事で帰ってきたね〜とわかち合い慰めたい気持ちになった。これをそこらの男性作家が書いていたら絶対このキモさをなんか美化か擁護かしちゃってここまで完全に有りそうなキモさを表現できなかったろうと思う。 その後も仙川さんとか善さんは良かったし夏子もそちらが正しいって思ったりするのに「最後へ向かうところ」はやっぱり明確な理由がなくても一般的な方に流れるんだなと残念だった。帯に村上春樹氏の推薦コメント載ってて「とくに最後に向かうところが僕はなにより好きだ」とのことですが。村上春樹苦手だし納得したけど。結局反出生主義は取り残されたかわいそうな人にしか見えず。というか最後に夏子が善さん呼び出してわざわざ話すのが残酷だなと思った。善さんにそんな宣言しなくてもいいのに…。「忘れることよりも、間違うことを選ぼうと思います。」って名言っぽく言ってるけどきついなこの人と思った。そんなこと言われて泣かれても、善さん災難過ぎる。 遊佐さんみたいな、男性のことはもう信用できなくてシングルマザーになったけど子どもは素晴らしいよ産むべきだよ人生変わるよ、というタイプの人にはとてもフィットしそうな話だと思った。遊佐さんも良い人で好きですが。反出生主義はメインではなかった。 | ||||
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「生まれることに自己決定はない。だが産むことには自己決定がある」・・・・本当にそうだろうか? 私は10年ほど前に長年、不妊治療をしていた経験から、「生むことに自己決定はあるのだろうか・・・・?」と感じながら読んでいた。ある意味、「生むこと」には自己決定があるのかもしれない、でも、子どもを「作ること」には、そんなに自由に自己決定して作れるものではないことを実感として感じてきた。どんなに最先端の技術を使っても、命を授かるということはとても難しく、本当に奇跡的なことなのだと思う。だから、例えどんな方法を使い、どんな理由で授かったとしても、命を授かるということは生まれる側に自己決定があって、やってくるのではないかと思う。授かった命を「生む」「生まない」というのは、人が決定できることなのかもしれないが、その前の段階として、どんなに「作る」と決めたとしても、そんなに簡単に命は授かるものではない・・・・だから、もし命を授かったのであればそれに従えばいいのではないかと思った。 「作る」ということに対しての議論に関しては・・・わからない。でも、そんな方法であれ、授かるということは生んでいいということだと思う。 | ||||
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無常の感じが淡々と書かれていて、芸術的でした。 結末に向けて、大衆迎合してしまった感があって、私は一気に冷めてしまいました。世の母親には丁度バランスが良いのかもしれませんが、もっと曖昧にもっと無常に、最後まで芸術的に迎合しないで欲しかったなぁと、勝手ですが思っております。 | ||||
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中学生時分、「生理が来そう」をとても嬉しそうに、「昨日もおりものがおりたの」と友達内に報告してた子を思い出した。「喜ぶ人も居るんだ」に驚き、同時に「嫌で嫌で堪らない」自分が、物凄くスレた人間になった気がしたっけ… 「父親の種ではない」と知った人が「騙されていた」になる、その回路が自分にはどうにもピンと来ない 常日頃から雑に扱われてきたなら「ああ、なるほど」で、何不自由なく丁寧に扱われてきたなら「赤の他人の子によくぞそこ迄」位で止まってしまう 「ルーツ」とか「アイデンティティ」を「精子」に求める気持ちは理解不能…当事者になってみないと分からないんだろうけどなあ AIDに関して気になるのは、「提供者」の「子」が通常ありえない程の数はびこる。の、ただ1点 「提供者1人(←1回じゃなくて)に付き、〇人まで」とかの規制が必要だと思っている ンでもAIDで生まれた事を、ことさらに「誇れ」と教える親は嫌だなあ 単に目的と手段、じゃダメなんかなあ。と 「非匿名」の精子提供した人に求められるアフターサービスを考えると、提供者は一体どんだけ報酬貰うんだろう?ボランティアで数十年後のアフターサービスまで引き受けられる人って実際に居るんだろうか?と、どうも情緒とはかけ離れた方向への興味だけが募ってしまった 基本楽しく読みました | ||||
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