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信長の原理
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信長の原理の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.46pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全92件 81~92 5/5ページ
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| テンポよく、織田家家臣団の力動を楽しめます。後半はやや駆け足の印象です。 | ||||
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| 人間も所詮は流転する万物のひとつ。無情なもの。いくら、出世欲、勝ち負け、虚栄心、承認欲、他人からの評価、物欲にまみれても、この世は空疎なもので「無常」であることを、この物語は表現していた。 現代の自分の周りで起こっている事象から、ふとその法則に気づいて、漠然とその虚無感でどのような人生を歩んでいくべきか模索しつつ、やはりこの時、今を生きる、命を燃やす以外ないとの結論に至る。 信長の枠の中で、動いている武将たちが生き残るのは出世競争に勝ち続けるしかない。はじめは、実力主義の前例にとらわれない待遇に恩義に感じ、それをエネルギーに変え、信長の天下布武の志に貢献することで、自尊心が満たされるが、休みなく追い立てられ、理解できない残忍な下知や命令を忠実に遂行し続け、信長に認められ続けることでしか、生き残れないことにふと気づく。 信長から役立たずのレッテルを貼られ容赦なく、放逐、脱落、この世から消えていく無残な姿を横目に、次は我が身と恐れおののきつつ、更にハードワークに突っ込んでいく、そして心身共に疲れ追い詰められていく。そして謀反、裏切りへと変わっていく。 「恐れ」でマネジメントする信長は、最後までなぜ、裏切り続けられるか気づかない。孤独が深まり、さらに、信長は「自分が全て、自分しか信じない」「俺のための天下布武=絶対的な皇帝」じゃないと許せない、思想に固まっていく。それを達するための道具でしかないことに、気づいた武将たちは、さらに恐れ追い詰められていく、スパイラルに入っていき、必然的に結末を迎える。 万物には目に見えない法則があることも、この物語に出てきた。「蟻の法則」が一貫として本書の軸を構成しているが、2:6:2は人間にも通じる。下の2を排除しても、その比率に「復元」する。この法則に抗うことはできるのか?皆が最高のパフォーマンスがでるような組織は可能なのか? 今は戦国の世ではない。殺されることもない。死ぬこと以外はかすり傷、この世は無常であることに気づき、解決できないことを悩まない、苦しまない。押し寄せてくる波を受け入れ「楽しむ」感覚を持てる集団が、最高のパフォーマンスを出すヒントだと思う。それができる今は、戦国時代より恵まれている。 | ||||
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| パレートの法則、またの名を働き蟻の法則、ともいう 20世紀初頭にイタリアの経済学者ヴィルフレド・パレートが発見、提唱した理論であり 蟻の群れを観察すれば良く働き全体を引っ張る蟻は全体の2割、それに同調盲従するのが6割 サボっている蟻が2割というもので2.8.2の法則とか1.3.1の法則とも言う。 この物語が面白いのは、歴史好きについては卒業アルバムに並ぶ同級生か担任の先生みたいに 近しく感じる織田信長や明智光秀について、その組織が胎動し天下統一に拡大し、やがて 本能寺で裏切られる周知の物語りを先ほどのパレートの法則、というたった一つのフィルターを 通してみることにより、すべてが新鮮に、明晰に形を変えて表出する処にある。 それは。今まで攻略の手掛かりもつかめず云々唸っていた数学の問題が、たった一つの解法を 活用することにより、一気にスパン、スパン、と歯車がかみ合うように解けてゆくときの開放感と 小気味良さに溢れている。 信長が幼少の頃より常人と異なる合理的、理知的な発想で世を捉え、それを組織や軍団として 編成、構築してゆく様、秀吉や光秀、といった人材を野から見出し家臣に育てる中で彼等を掌握しつつ 畏怖させ、離反してゆく歴史的な流れが垣根涼介がパレートの法則という定規で補助線を引くことに より一気に証明されてゆく。 この法則によれば、信長が桶狭間で寡兵で今川を破ったのも、繁栄期の織田軍団の中でかつては有能だった 古参の武将が精彩を欠いてゆくのも、そして、光秀が反逆したのも全て法則の通り、5の中では1の 働かない蟻が脱落する、という法則を確実に踏襲したものに過ぎない。 @@@@ここからネタバレ考察です これから読む人は後で確認してください 垣根涼介はパレートの法則で信長を料理するという発想の妙に捕らわれすぎた気がする。 確かに物語後半の織田軍団の古参武将佐久間信盛が脱落するまではピタリと法則が合致して小気味良い。 だが最後のクライマックスで光秀が裏切ること、が5人の有力武将の中の1匹の蟻に例えると いうのは無理筋、強引であったようだ。一匹の蟻は法則では働かない怠惰な蟻で脱落するので あるから主君を下剋上して位置を狙う光秀には当てはまらないのではないか?きっと垣根は これまでの物語の筋が全てパレートの法則に嵌りすぎたため、本能寺の変も多少の意味変を 自覚しつつも此処にも法則を使いたい、と欲目を出してしまった気がする。 世の中にはパレートの法則以外にも神的摂理の法則は数多あるので光秀のエピソードについては むしろ別の法則が最後に一気に登場して度肝を抜くくらいのケレン味が欲しかった。 更に突っ込むと後半生の信長のパレートの法則への対応も間違っていることが目についてしまう。 法則で働かない蟻が出てきた場合にはその蟻を切り捨ててはいけないのだ。信長が秀吉と二千匹の 蟻で実証実験したように、働かない蟻を切り捨てた蟻の母集団の中から新たに働かない蟻が生まれて しまうのがこの法則のはずなのだ、だから、集団の効率を優先した場合には働かない蟻は存続させつつ もその蟻の仕事の内容を集団の足を引っ張らないような別の質の仕事なり部署なりに変えてゆくこと が対処策となる。 既に経済学ではパレートの法則の応用編は解説されており、一番わかりやすいのは組織の比率には 手を触れずにおいて、その組織で一番稼ぎ頭である2割の蟻に更に資本を投下し、働く蟻の能力の 絶対値を引き上げる、というものだ。この場合であれば秀吉や光秀をさらにレベルアップし権力も与え 信長の両腕、いや分身にまで地力を上げることがこの法則の解法なのである。 更に言えばロングテールの法則(パレートの法則を発展させたもの)の様に 母集団の数を膨張させ、その帰結として優秀な2割の蟻の絶対数を増やせば組織力は向上する。といった 視点へも上がることができたかもしれない。 実験に立ち会った二人の賢人、信長と秀吉。 信長は法則を理解しつつも逆らえないものとして法則に囚われ、部下を切り捨てにはしり、 秀吉は法則としては頭では理解しきれないものの直感で法則を応用し、切り捨てない解決策を考案し、実行した。 このような歴史のifがこの小説のアプローチにはある。そして優れた小説とは完全な小説ではなく このような多種の読み手の発展と進化のノックとなるような萌芽を有したものであるに違いない。 実はこの小説中盤、秀吉と光秀の丹波攻略時のエピソードの陰にこのような発展形の芽が隠れているのだが これは垣根涼介の次回作、秀吉の○○、の秘蔵のネタかもしれない。楽しみです。 | ||||
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| 信長だけでなく並居る重臣目線からの苦悩や野心、謀反。尾張統一から本能寺までリズミカルに物語が進展し最後まで飽きさせない逸品でした。 パレートの法則から導かされる万物の原理、それに気付いた信長、秀吉、それに松永久秀。 そこから繰り出される漢達の決心は、結果を知っていてもスリリングでした。 | ||||
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| つくづく歴史小説ってものは、歴史の事実を書く物ではなく、歴史を素材にしたフィクションなのだなあと思わせてくれる作品。まさか信長のような有名人物でそれを試みるとは思っていなかったので、ちょっと驚きました。 実際にはワンアイデアで書き進められているのですが、こういう切り口も残っていたのかと驚くと思います。 | ||||
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| 苛烈な覇道の裏にある信長の哀しさを感じさせる作品。生来の気質の激しさから実の母親にも疎まれ、幼い頃からひとりだけで世の中の理を考え続ける信長。その延長線上で、勝つためには合理的だがあまりに冷徹すぎる戦いを続け、最後は腹心の部下の裏切りに倒れる。誰からも畏怖されるが決して愛されない英雄の、哀しい内面を描いた力作。個人的には「光秀の定理」の方がキャラクターが豊富で楽しめた。 | ||||
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| たぶん、この作家の全作品を読んでいます。移民もの、アウトローものときて、会社員ものに転調し、時代小説を書き始めたときは驚いたけど、どれを読んでもハズレがないのにはもっと驚きました。室町ものは別として、今更手垢にまみれた光秀や信長を書くか、と食指が動かなかったのですが、読み始めるとまあ面白いこと。昔、北方健三があえて港町・船員・酒場を用いてハードボイルドを書いていたことを思い出しました。短い文章をたたみかけるようにリズミカルに連ね、いつのまにやら40年間の激動の世界に旅をさせてくれました。多謝。 | ||||
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| 数多くの作品で語り尽くされてしまった感のある織田信長。史実に関しては信長ファン、時代小説ファンでなくとも既知のことが多かったのですが、切り口が斬新に思えました。 なんとなく、時代小説は「情」が中心になるもののように思っていましたが、本書では、人物の感情も行動も徹底して、分析、解析して語られます。出身階級・出自に始まり現在の地位・立場まで勘案して、その人物の行動が理論立てて解説されながら話が進みます。 信長の視点からだけではなく、秀吉や光秀などの家臣からの視点でも書かれているため、今まで史実として何も考えず丸呑みしていた出来事も、「こんな因果関係があったのか」と驚かされることばかりでした。作者の創作であったとしても、思わず納得させられてしまいます。 旧習にとらわれない斬新な考えを持つ優秀な人物である一方で、短気で癇症、気に入らなければすぐに手が出る、死に追いやる、という典型的なパワハラ上司だと思っていた信長の行動原理を理詰めで説明されて、新鮮な読後感を覚えました。 | ||||
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| 皆さん、「パレートの法則」というものをご存知でしょうか 5匹の蟻がいたら、「1匹はまじめに働き、3匹は日和見をし、1匹はさぼる」というものです で、幼少期から、生母にも疎まれ、一人で遊ぶうち、「パレートの法則」を発見した信長の組織論・人事論の結果、「本能寺の変」が起こったとする1冊です さて、ご存知のように、尾張織田家の分家から成りあがった信長は、若い頃より、周囲からは奇人変人として見られていましたが、「有用な人間と見たら、謀反を起こした人物でも利用する」という独特の起用法で、次第に領土を広げていき、信玄・謙信らをはじめ、各地の戦国大名を平定していきます 一方、信長に仕える武将に対しては、信長にとって「有用な人間」でいる間は登用し、領土も与えていきますが、「無用な人間」とみなすと、仮に、尾張時代の部下や将軍であっても、容赦なく、殺傷することも厭いません こうして、最後まで残ったのが、羽柴秀吉、明智光秀、丹羽長秀、柴田勝家、滝川一益に徳川家康を加えた6人 この6人が残るまでで、各地での闘争が描かれますので、約600ページの500ページを使われます で、「本能寺の変」の謎解きが始まるのは500ページを過ぎてから 「パレートの法則」に従い、次に、信長に背を向けるのが家康だと思った信長は、自分が本能寺に滞在中、家康を堺に饗応する機会を利用し、光秀に「家康の暗殺」を命じます ここで、「これまで仕えてきた家康でさえ、無用とみると暗殺する」という信長の考え方に気づいた光秀は、「いつ、自分も、家康のようになるかもしれない」と考え、本能寺で30名の小姓のみを従える機会をとらえ、信長の暗殺を企てるというものです これまでも、「本能寺の変」については、様々な説が唱えられてきましたが、信長という棟梁から見た「部下の把握術」、光秀という、信長に仕える「武将の心情」から、その原因を探ったものはなかったと思われます さて、小説中では、ここまで触れられていませんが、実は「パレートの法則」に気づいていた武将がいます そう、天下人となる秀吉です ただ、秀吉は、信長の「パレートの法則」に気づいていながらも、「次は、自分が殺される番だ」などと考えず、信長の指示にまい進したところに、「光秀と秀吉の差」があったのかなあとも思いました いずれにしても、「組織論・人事論」から「本能寺の変」に新たな解釈をした面白い1冊でした | ||||
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| 信長と、彼を支える佐久間信盛、柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、明智光秀ら諸部将達の盛衰を、数の原理(パレートの法則)を据えて、群像劇仕立てに展開する。数の原理の説明に饒舌的なところが見られるものの、筋立て・進行に無理はなく、短く書き連ねる文章にリズムがあり、論理的で主人公信長に似合う。また推理的要素も織り込まれていて、小気味よく読ませる。 信長の本質は、彼を2度まで裏切った松永久秀に見抜かせる。信長は「自分の足元からこの世の根本を疑うことを知っている。そこから独自の物の見方を完全に発酵させている」。この二人、「神などは、おらぬ」「されど、この世は神に似た何事かの原理で回っている」に共感し合うが、久秀は、信長が「ありとあらゆるものに効率を重視しすぎる」故に、「人は、この世の摂理に反することをしてはならぬ」とする故に、信長に背く。光秀は、こうした二人の間を唯一、理解する。 そこでクライマックスの光秀謀叛であるが、これに数の原理を当て嵌めるのは筋が通る。しかし信長が「悟った」自身の最期を、同じくして導く件は、本来『質』に属すべきを『量』との隔たりを顧みず等閑視していて、小説とは雖もその可能性を超えているように思われ、このまま読み置くことに躊躇いがある。 | ||||
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| 信長が蟻(ジャケの絵がまさに!)を観察して気付いた2:6:2改め1:3:1という原理。 明智秀満の言う三宅家に伝わる古き諺。 この2つがぶつかる本能寺の変で、信長が真に悟った”復元する力”とは!? 巷に溢れている信長小説に飽き飽きしてる私でも、前作『光秀の定理』同様楽しめました。 | ||||
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| やはり、垣根涼介。 この人の神髄はハードボイルド。 男の心の内を書かせてここまで書ける人はそうはいないのではないか。 信長の考え方の基本。 それを知っている(という設定の)秀吉、松永久秀。 佐久間、柴田、丹羽、滝川、秀吉、光秀、家康 武将たちは織田家の中でどのような生き様を見つけるのか? 生きるとは何か? 信長は本能的に世の中の仕組みの一端を知ってしまい、 その仕組み上、この中の誰かが裏切ることも理解している。 それでも止まらない、信長と武将たち。 そして、信長が最期のときに知る天道とは。。 パレート法則云々は実質的に、この小説の中ではおまけのようなもの。 武将たちの心情描写を読むだけで、あっという間に時間がすぎていきます。 600ページ近くあるが、本当に一気読みという感じでした。 面白かった。 | ||||
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