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信長の原理
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信長の原理の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.46pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全92件 61~80 4/5ページ
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| 信長の研究はいろいろとありますが、この切り口は面白い | ||||
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| 原理自体は単純だけどそれを取り巻く人間模様の描写がリアルで良かった。 | ||||
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| 「1:3:1」=「できる人:普通の人:できない人」という「信長の原理」。 今の人間社会にも当てはまるなあ。 こわいこわい。 | ||||
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| 歴史小説は初めて読んだが、面白かった。 誰もが知っている「織田信長」、そして「本能寺の変」。 信長の天下統一に挑む道程を、パレートの法則(2:8)を用いて描く、歴史的史実の新解釈。 みんなが知っている歴史の話をどう面白く読み物に昇華していくのだろう?と、読み始めたときは訝しんでいたが、読み進めていくうちに前のめりになる自分に気がついた。 「蟻」が餌を運ぶ様子から世界を司る理に気付き、自身の天下統一に転用して活かしていく様子は、リーダーとして組織をどうマネジメントしていくか?というノウハウ本のようにも思えた。 その辺に転がるビジネス書より、よっぽど有益なのではないか。 歴史とは、過去にあった事柄であり、現代を生きる私たちは、あくまでも点として理解するしかない。 が、信長や光秀、秀吉といったキーマンたちの人間関係や、歴史の隙間に確かに存在していたであろうそれぞれの想い、迷い、その逡巡のすべてが手に取るように想起できた。 「史実×経済学」というアイデアだけでなく、物語としてまとめ上げた著者の器量も素晴らしいと思う。 パレートの法則によって織田家を導いた信長は最後、そのパレートの法則によって散る。 「余は、自ら余の死を招いたな」という一言に、全て集約されていたのだろう。 物語としても、リーダー論マネジメント論の勉強としても読むこともできる一冊。 | ||||
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| 信長を描いた数多くの作品がある中でも、レビューの評価通り、非常に面白かった。 | ||||
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| 安土桃山時代の多くの戦いが、まさに信長の原理とおりに進んでゆく過程がなるほどと思わせ、じつに読みがいがある。 | ||||
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| 徹底した合理主義ゆえ、人心を掴み続けられなかった。作者が導いた、此れが信長が部下に背かれ続けた理由のようです。実際、同じような最後を辿った人って居そうです。 | ||||
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| 織田信長の歴史小説を読むのは高校以来で年を重ね受け止め方も随分変わったなとしみじみ感じた。数ある信長本の中で特にこの小説の面白いところは信長が生物の集団における行動原理の1つであるパレートの法則を見出しそれを通じ話が展開していくことにある。誰もが何某かの集団・組織に属すると思うが色々思い当たる事が発見できその点からも面白いと思った。 | ||||
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| As you may know, the story based on famous history. Almost everyone expect endings of the story before reading that called HONNOJO. Why I recommend the book? Because we feel overlapping twenty one century's big companies behavior and big countries behavior. I recommend you especially business books reader. The book taught me various vocabulary and that has a hint of easy to read technique. | ||||
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| 実際の数値は忘れたが、アリの集団を観察すると、よく働くアリ、普通に働くアリ、働きが悪いアリの割合は2:6:2だという。よく働くアリだけをピックアップして集団を作っても、結果は同じ。働きが悪いアリだけを集めても、同じになるそうだ。経営分析などでも、ABC分析で使われる、集団に関する基本的な原理だ。この小説の話は少しく強引だと思うが、信長を含めて、経営者はこの原理を知っていれば、なにかと集団の経営に役立つだろう。面白かったので、一気に読んだ。 | ||||
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| 信長は、蟻を観察し、人を観察して、いわゆるパレートの原理を導き出す。活動する集団の2割は必死に働き、6割はその2割に引っ張られて働く、残りの2割はさぼっている、という社会学者が提唱した原理である。実際に信長が発見したかどうかは、どうでもいいのだ。これを、小説を貫くアイデアにしたことが、この小説の面白さに繋がっている。はたして、信長の周りの2割の者たちが、劣化するか、脱落するかしていく。明智光秀の裏切りも、その2割というわけだ。しかし、この小説の面白さは、原理はさておき、信長、佐久間大学、木下藤吉郎、柴田勝家、丹羽秀長、松永弾正、明智光秀たちの心の中に随時、作者が入り込んで、執拗にその考えることを追っていくことにある。それぞれの人物は、感情に揺れ動かされながらも、とにかく理詰めに考え詰めていく。これが、実に面白い。歴史上の人物が、本当にそう考えたかどうかは、どうでもよくなってくる。これは、作者の筆力というべきであろう。それにしても、最後は、信長よりも光秀に、感情移入してしまう。光秀の心の動きは、実際もそうだったのかなあと、ふと思う。 | ||||
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| 安倍総理がインスタグラムで紹介し、また私の好きな信長が題材だったので、手に取ってみました。 本書を読了して思ったことは、 著者は何を表現したかったのだろうか? でした。 あまたの作者によって料理されてきた信長ですが、本書の主題は、癇癪持ちで、人を人とも思わぬ主人公が、褒美と恐怖の両輪で家臣に過酷な要求を強い、結局は皆に裏切られていった、とのことのようです。 ただ裏切りを主題にするならば、明らかに劣勢であった桶狭間の戦いで、家臣たちの裏切りが起きなかったことを詳細に描くべきでしょう。 信長本人だけでなく、家臣一人一人にとっても最大の危機であった桶狭間の戦いで、彼等が信長に付いていった理由を何に見出だすかは、まさに作家の腕次第ですが、本書では、信長が熱田神宮に集った皆の前で、家臣が亡くなった報告を受けると狼狽し、願文を竹で執拗に叩き付け、泣くような愚行が記されています。 誰がこんな大将に命を預けるのでしょうか? こんなことをして、軍の士気が上がるのでしょうか? 信長はそんなに愚かな武将だったのでしょうか? 人を人とも思わぬ武将像は、何処にいってしまったのでしょうか? 著者は、どうやら信長をサイコパスにしたいかのようです。 そういえば、創価学会のことを誉めていた某美人脳科学者も、根拠もなく信長をサイコパスと言っていましたが、いま流行りの考えなのでしょうか? 著者はこの場面で、一人の戦国武将の、いや一人の人間の、伸るか反るか一世一代の舞台とも言える状況で、この描写に何を込め、何を読者に伝えたかったのでしょうか? そして挙げ句にはこの後、わしは今日死ぬ覚悟だ、しかと腹を括れ、と信長が声を張り上げ、それに納得してしまう軍勢が描かれています。 当時の人間は桶狭間に限ったことではなく、ずっと以前から命懸けの戦いをしているのであり、普段から敗北が死を意味することなど理解しているはずです。 なぜ桶狭間の時だけそんなことを言い、またそれだけで納得してしまう家臣が描かれているのでしょうか? 強敵・今川義元を前に家臣をまとめ上げることができたのは、褒美と恐怖以外の何物かであったことは間違いなく、そこを描かなくてはならないはずです。 また本書には、部下を許す寛大だった信長が描かれてはいるものの、ほぼ苛烈な人間として描き、合戦のときに自ら陣頭に立つ行為も罵声で自軍を追い立てるためであり、普段も家臣や領民から極度に恐れられている信長を描いています。 しかし、いかに信長が苛烈だったとはいえ、常に死と隣り合わせに生きていた武将たちが、そんなにも恐れ戦くものなのでしょうか? 戦国時代とは、親殺し子殺しが普通に繰り広げられ、兄弟殺しは信長だけでなく、今川義元も、毛利元就も、伊達政宗も、斉藤義龍も行なっており、裏切りも日常的に起きていました。 ただし信長は、秀吉のように言い掛かりのような理由で家臣を虐殺したことはありません。 その秀吉は、信長の死を伝え聞いたとき、家臣の黒田官兵衛に次のように言われたとされています。 「殿の御武運が開けるときが来ましたな」 こう言われた秀吉は苦い笑いを浮かべ、 「主君の仇を取るまでだ」 と言ったとか。 恐らく秀吉はこの時、 「お前に言われなくてもそんなことは分かっている」 と心の中で思っていたのかもしれません。 その証拠に秀吉は、織田家の権力簒奪に一点の曇りもなく突き進みます。 自分を引き立ててくれた主君の恩義など無視し、「惟任退治記」で信長の最期を汚す場面を描かせ、織田家の庇護者・勝家を追い落とし、信孝を自害させ、権力を手中に収めていきます。 これらを考慮すれば、信長の忠臣であった秀吉ですら、隙あらば下剋上を狙っていたことが分かります。 つまり戦国を貫く原理とは、力と力の戦いであり、必然的に裏切りを内包しており、光秀も例外ではなかったのではないでしょうか? 本書は、信長を信玄や謙信と比較して、頭の良さでも、配下に対する優しさでも、精神の格調でも劣っていると記し、裏切りを何度も許した松永久秀に対しては、信長が実母から無償の愛を貰っていなかったため、一度身体を張ってくれたことが嬉しかったとし、最後は同盟を結んでいた家康の謀殺すら企てています。 本書で描かれている信長とは、単なる癇癪持ちで、その裏で寂しさを抱えた子供のような戦国武将であり、この姿を通して、作者は何を読者に伝えたかったのでしょうか? 新たな信長像には違いありませんが、何の感興も湧きおこらず、全編を通して人間愛のカケラすら感じることが出来ませんでした。 そして最後まで読み、冒頭のジョージ・ソロスの言葉を振り返ってみましたが、よく分かりませんでした。 「完全な社会など不可能で、それでも限りなく改善していくことができる社会」 金で民衆や移民を動員し、国の分断を図り、トランプ政権を揺さぶる偽善者の言葉を冒頭に持ってきて、著者は何を意図したかったのでしょうか? 信長、光秀、秀吉、家康らの争いや生涯を、単なる戯れ事だと言いたかったのでしょうか? 芸術が政治に取り込まれ、利用されてしまうことは、 是非もなし なのでしょうか? | ||||
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| 光秀は何故信長を裏切ったのか?? この日本史に残る大事件を、”パレートの法則”を切り口に新解釈を試みています。 信長を取り巻く有能な武将達が何故、次々と裏切り、もしくは追放にあっていったのかに関して各武将からの視点、信長からの視点に分けられて丁寧に述べられていて非常に面白いと思いました。 ただし、明智光秀を始め各武将が信長を裏切ったのは、結局信長のリーダーとしての資質に付いていけなくなったことが本質で、その様子を信長の立場から見たときに”パレートの法則”が成り立ち、そしてそれは自然の原理なのだ、というややこじ付けがましい感もありましたが、全体として面白く読めました。 | ||||
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| 2019元旦に、一気に1日で読み切った。面白かった。 本書のユニークな特色は、信長が若年の頃からアリの観察からParetoの80/20 rule(働きアリの法則、2-6-2の法則)を発見し、その成立理由に根強い関心を持ち続け、織田家の組織運営および天下統一の軍事行動の際に考慮したという筋書きにある。 物語の大半は、信長と主要な家臣の独白に費やされる。Pareto則は「孫子」を読んでいない武将(武田信玄など、ごく一部を除くほとんどのわが国の戦国大名)にとっても、数において勝る敵を必要に以上に恐れる必要がない確信を得る効果があると考えられる。本書では、そのような戦闘における作戦行動よりも、むしろ、家中の精鋭がなぜ劣化するか、なぜ裏切り者が出るか等のマネージメントの問題に注意が向けられる。 この小説の文脈に沿えば、本能寺の変は、冷静緻密に計画された軍事行動である点はさておき、明智光秀にとって消去法の結論ということになるようだ。さらに心理としては、自分の知恵も能力も使い捨てられることを悟った松永久秀と重なり、織田家家臣としての展望を描けなくなった荒木村重とも重なる。 つまるところ、本書は、Pareto則そのものの戦国的な運用よりも、2-6-2 のなかの「脱落する2」 に共通する問題とその絶望心理、とりわけ精鋭中の精鋭がそこから脱落するときの苦悩を描き、「なぜか織田家で続出する裏切り」の問題とからめて理解しようとしているようだ。歴史にif はないし、歴史小説にもif が多すぎると話がわからなくなってしまうが、もし信長が「脱落する2」にこだわらなければ、本能寺の変はもとより、ここまで精鋭が次々裏切るような展開はなかったということなのだろうか。 | ||||
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| 信長像・人物設定は,旧来からのものと同様で,新鮮味はありませんでした。 やはり,客観的な出来事をなぞると,人物像は,よくあるパターンになってしまわざるを得ないのでしょうか。 とはいえ,皆がイメージする信長像に止まるものではなく,そこから一歩踏み込んだ人物描写にぐいぐい引き込まれました。よくある人物像に合理的理由というか合理的な裏付けが備わることにより,読ませるものになっていました。 個人的には,信長の人物描写は,何となく,坂口安吾の「信長」と似ている感じがしました。 史実への味付けは合理的で,得心のいく内容でしたし,信長以外の家臣団の心理描写も面白かったです。 雑談ですが,読後,「光秀の定理」を読み返してみましたが,光秀の心理描写については両著作の間には齟齬があるような気が。まあ,些末な話ですが。 戦国もの好きにはオススメです。 | ||||
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| 一人称の文章なので、まさに状況が迫ってくる。 どうすれば「効率」を追求できるか? そんな考えを持っている人には共感できます。 | ||||
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| パレードの法則を膾炙している方が多々見られるが。確かに終始でてくる話だが、大切なことは、この法則を成り立たせている原理だろう。このことを読み切れてない感想があるのが残念だ。 信長が死の前にとらまえた原理とは、復元する力だと筆者は主張する。他の生きもの同士の拮抗を、常に均して維持しようとする。ある特定の生き物だけを、この世界に突出させない。それ以前の状態に絶えず戻そうとする力である。 彼はこの力によって滅ぼされたとする。 しかし、信長は、神仏はもちろん法(原理)にもひれ伏さない。絶対的な虚無主義者・無神論者たる信長は、自死を選び、しかも、その骨を、天道(白昼の光)の下に、晒すことは、意地でもさせない。これが肝であると思う。 「神仏などいない。単なる紙や木でできている。。。俺たち人間の救いようのなさは、自分たちの存在に本来は何の意味もなく、この世に自分が生まれてきたことに何の理由も必然もないことに、薄々どこかで気づいてしまっているということだ。」「人が生きていく上で、最もやりきれなく、そして始末におえないことは、その生が、本来は無意味なものだ、ということに、皆どこかで気づいていることだ。」 思考を合理的に煮詰めれば、この結論に至らざるを得ないだろう。しかし、それではほとんどの人の心は持たない。残る道は、神仏法にすがるしかないのだろう。神仏にすがるには、思考を停止するしかない。だから信仰なのだ。 復元する力、それに連なる、人生の無意味という絶対的な虚無・原理に、虚無主義者のはずの信長は、図らずも爪をたてた(たてようとした)・意味を持たせようとした。原理に応戦したというように思える。 信長は最後まで思考を停止しなかった。これは歴史小説ではない。哲学書だ。 | ||||
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| 「光秀」と並行で読みたくなった 後でやろう 「そこそこ恥ずかしくない」序列でいたい。 ↑って物凄く共感。抜きん出たい訳ではなくて、抜きん出られてると思うほどの器量もなくて、でも肩身狭くなるトコじゃやなんだよなあ 楽しく読みました | ||||
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| 内面を重視したこういう書き方の信長は初めて読んだが、いまいち共感出来ない部分が多く個人的には微妙だった | ||||
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| ネタバレになるので書きませんが、新しい着眼で楽しめます。もちろん多少の無理は承知で読まなければなりません。 | ||||
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