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ゲームの王国
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ゲームの王国の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.99pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全69件 41~60 3/4ページ
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| とてつもなく面白かった上巻については、上巻のレビューに熱く書かせていただきました。 下巻では、ラストの展開に唐突感があり、少し残念な感じがしないでもありませんが、全体といては大満足であり、星の数を減じるまではありません。 田舎の農村は宗教と呪術の世界で生活していて識字率も低い。彼らに政策を説明しても無駄だ。デマをつかって相手の評価を下げ、自分たちだけが正しいと主張する。選挙も正しく実施されているか疑わしい。国政は汚職と不正と矛盾にまみれている。 そんなカンボジアを良くするには、正しい人間がトップになり、正しい政治をしなければならない。ただ、正しいやり方では選挙に勝てない。正しいことを実現するためには、権力を持たなければならない。権力を持つためには、正しくないことをしないといけない。 大義のため上記のとおり考え実行していく政治家となったソリヤ。 彼女は、人生を、そしてこの世界を一種のゲームだと考えていたのかもしれない。 一方、脳波を利用したゲームを開発する大学教授となったムイタック。 どれだけ強度のある記憶を持っているか。どれだけ象徴的な思いでがあるか。 彼の開発したゲームの勝敗を分けるのは、その部分だ。 ムイタックにとって、ゲームのもっとも崇高なところは、勝利以外に何も求めない点にある。 それゆえ、人生や世界をゲームだと考えるのはゲームの価値を落とす行為だと思っていた。 「権力を得る」という目的のためにゲームに勝とうとするのなら、それはゲームではなく、ゲームを侮辱する何かだ。 ソリヤとムイタックといった二人の天才はなぜ対立しなければならないのか。 傑作。 | ||||
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| 今上巻を読み終えたところですが、これはとてつもなく面白いです! 普段は上下巻に分冊された作品の場合、まとめて上巻にレビューしているのですが、本書に関しては、上巻と下巻が舞台としている時代設定に約40年という大きな違いがあることから区切りとして整理しやすいこと、また、あまりも上巻が面白かったため、現時点での感動を残しておきたいとの気持ちから、上巻にしぼったレビューとしております。 上巻が舞台としているのは、1950年代から1970年代のカンボジア。 シハヌークによりフランス領から独立したものの、隣の国でのベトナム戦争が飛び火し、軍事独裁政権とポル・ポトらが指揮する共産主義勢力クメールルージュとの内戦、その後の極端な政策により国内が大混乱した、国民にとっては理不尽な時代が舞台となっています。 このような歴史的背景を舞台としていることから、えらいシリアスな展開を予想しそうですが、ところがどっこい、まったく想像もしていなかったぶっ飛んだ場面が描かれ、何度も大笑いさせられました。 例えば、「泥」と呼ばれる農民が登場しますが、彼は、二週間泥のみを食べ続ける修行を経て泥と会話をし、泥を自由に操る能力を手に入れます。その能力を持って銃部隊の兵士と素手で戦い、兵士をせん滅していくのですが、敵を倒すことを「耕す」と表現し、兵士に「こんにちは」と声をかけてから慎重に耕していくというぶっ飛んだ設定。これがもうとてつもなく面白い。 田舎の農民らのかみ合わない会話など、本書全体として会話場面は生き生きといて非常に楽しい。 そんなユーモアを交えつつも本書には、一本太くて強い芯が通っていることを感じさせます。 理不尽な時代を生き抜く人々をユーモアを交えて描く作品としては、中国の文化大革命の時代を舞台とした余華(ユイホア)の「兄弟」や莫言(モウイエン)の「転生夢現」などを彷彿させます。 本書のタイトル「ゲームの王国」とはどういう意味なのか。 本書の主人公の一人ムイタックは言う。 「ゲームは俺にとって薬なんだ。ゲームという薬を摂取している間だけ俺は自由に生きることができる。世の中がうまくゲームみたいになってればいいのだけど、そういうわけにはいかなくて。ルールには矛盾がたくさんあるし、誰が勝者なのかも分からない。ルール違反が放置されたりルールを守るものが損をしたり。」 そしてゲームそのものよりも、そもそもゲームとは何なのか、何がゲームを面白くするのかを考えることが面白いと感じる。 一方ムイタックの叔父フオンは考える。 「政治とは正しい考えを競うゲームではなくて正しい結果を導くゲームだ。」 さて、下巻では一気に時代が2000年代へと進みます。 どのような展開を見せるのか非常に楽しみです。 | ||||
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| やっと読み終わった。じっくり精読するタイプの小説なので時間がかかった。 上巻は1950年から70年代のカンボジアが舞台だ。ロン・ノル軍事政権の陰惨な共産主義者狩りから、 ポル・ポトの人類史上に残る大虐殺までを市井の人々の視点で描く。 中心になるのは天才少年ムイタックと千里眼少女ソリヤだ。 この二人のゲームやクイズは知的センスに富んでいて、なかなか面白い。 他にも土と会話できる「泥」や輪ゴムで未来を占うクワンなど、 超能力者か単なる奇人かわからない(たぶんその両方)が登場して、起伏の激しいストーリーが展開する。 が、終盤は期待外れだ。架空歴史小説として、主人公たちがカンボジアを経済大国に押し上げるような大ボラを読ませてくれるのかと思った。東南アジアの貧困国に成長なんてありえないって?そんなことはない。 シンガポールを見よ。貧乏国から出発して、今や平均GDPは日本より上だぞ。 下巻はいきなり2023年に飛んで、お馴染みの人物が政治家や大学教授として活躍する。 個々のアイデアはユニークで感心する。特に人生ゲームが印象に残る。 が、結局なにも起こらず尻切れトンボに終わる。 ゲームと社会というテーマなら、アメリカSFに映画化された傑作があるし、別に斬新な設定でもない。 おまけに本作は最後まで具体的なアクションは起こらなかった。何のためのタイトルだったのか。 上巻はおまけして星四個、下巻は星二個。平均して星三個で。 | ||||
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| 上巻は万人向けですが、下巻はSFである事を承知の上での購読をオススメします。 小川哲は文章を書くのが上手い。 複雑な事を単純にせず複雑なままで読者に理解させる技量が抜群に高いと思います。 個人的には、SFというジャンルを取り払った著者の作品(エッセイでも小説でも何であれ)を読んでみたいです。 | ||||
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| ルールがあいまいで、しかもそのルールさえ守らない者が多いカンボジア社会で、ソニアとムイトックは別々な道を進む。ソニアはルールを正しく決め直す力の獲得を目指し政治家へ。ムイトックは社会から縁を切って自分だけの世界でルールを守ろうと脳科学研究者へ。ムイトックの研究は、実際五年ほど前に話題になったものだ。人は、行動する前に(といっても数百分の一秒とかなのだが)、すでに結果を予想し終えているというものだ。バスケットのシュートを打つとき、その直前に結果判定に関わるホルモンが分泌され、脳波が観測できるというのだ。つまり、人はシュートを打つ前にガッカリしたり喜んだりしているというのだ(ただし、実際の結果とは必ずしも一致しないらしい)。 この不思議な脳のふるまいを素材にして、下巻は近未来SFらしい展開を見せる。序盤でNPO日本人職員の視点から描かれた章があり、カンボジア社会の現状を提示して見せた工夫が、うまい。 物語の終わりに完結らしいもの、結論めいたものが一切ない。この先の物語は日本人が書くべきではないからだ。この先のストーリーは、カンボジア人民が作っていくものだ。 | ||||
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| 日本SF大賞、山本周五郎賞を受賞。個人的に山本周五郎賞は、直木賞以上に面白いと思っているので、期待して読んだ。作者の第二長編の文庫化。 上巻は、史実をもとに描いたクメール・ルージュ編。カンボジア内戦と、悪名高きポル・ポト大虐殺時代の物語である。上巻の背景資料はほぼ事実ばかり。プノンペン住民一斉強制退去も、知識人全滅政策も、子ども医者も密告合戦もすべて事実に基づいている。当時のカンボジアは絶望の国だった。 SFらしい部分は、「泥」の土共感能力、「クワン」の輪ゴム未来予知力、「ソリア」の嘘限定読心術などだ。これらの特殊能力はまるきりフィクションというよりは誇張の延長上にあるもので、ガルシア・マルケスらラテンアメリカ文学に見られるマジック・リアリズムの手法に近い。この点、単行本への先行レビューに異議なし。 上巻はSFではなく、一般文学のジャンルとして傑作である。 | ||||
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| カンボジアの歴史と人間の業を知る小説です。 さまざまな登場人物が錯綜し、悩み、飲み込まれていく姿が混沌としています。 全ての事象には”context(文脈)”がある、と教えてくれた恩師の言葉を思い出しました。 | ||||
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| まだ上巻しか読んでいないが、面白かった。 SF?という感じはあまりしないが、読みごたえがあった。 | ||||
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| なるほど、上巻はマジックリアリズム系歴史小説だからリアルな報道写真を表紙にして、SF色が強くなる下巻はテクノっぽく加工したのか。この装丁の遊び心だけで高評価。 カンボジアの現実が知りたくてフィクションには興味が無いと言ってるレビュアーがいたが、だったら何故小説=フィクションに手を出したのか……しかも紹介やあらすじに「SF」と何度も書いてあるのに。 個人の感想は自由だが、八百屋に行って魚くれって言うのは不条理。 | ||||
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| 仕事でカンボジアに赴任してきたので読んでみた。 上巻は読み応えがあった。 自分が生まれる前に悲惨な出来事があった。来る前に勉強した歴史的情報を補完し、博物館で見た犠牲になった方達を浮き彫りにするように感じさせるものがこの小説にはあり、吸い込まれた。 自分が数ヶ月プノンペンで生活して見て感じたこと、交通ルールが存在しないが如くの街中、外から来た我々には分からないナニカにより決定される物事、高等教育を受け流暢に英語を操る人々がいる反面、文字や地図も読めない人たちもいるような状況。プノンペンは大きな不自由をせずに暮らせる都会となっているが、地方に行けば、この登場人物のような不思議な人たちがまだいるかもしれないとも思わせるこの国と小説。非常に面白い。(面白いという単語が適切か難しいが) 下巻は下巻で書きます。 | ||||
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| 仕事でカンボジアに赴任してきたので読んでみた。上巻は読み応えがあった。 自分が生まれる前に悲惨な出来事があった。来る前に勉強した歴史的情報を補完し、博物館で見た犠牲になった方達を浮き彫りにするように感じさせるものがこの小説にはあり、吸い込まれた。 自分が数ヶ月プノンペンで生活して見て感じたこと、交通ルールが存在しないが如くの街中、外から来た我々には分からないナニカにより決定される物事、高等教育を受け流暢に英語を操る人々がいる反面、文字や地図も読めない人たちもいるような状況。プノンペンは大きな不自由をせずに暮らせる都会となっているが、地方に行けば、この登場人物のような不思議な人たちがまだいるかもしれないとも思わせるこの国と小説。非常に面白い。 下巻に入り、現在から未来のカンボジアが描かれる。正直言って、未来も今のカンボジアとそれほど大きく変わっているようには感じられない。そのため、自分の周りで今起こっていることのようにも感じられる。 しかし後半に向けて失われるリアリティと共に、急激に理解が追いつかなくなり、最終的にはすれ違い系恋愛小説? となった。 この国のステレオタイプという感じのルールを守らないわりに上意下達それでいて妙に憎めないカンボジアの人々とそれに抗う人たちの物語。 この国を本気で変えようとした人が、別の方法で正そうと思った人に殺され、悪い人たちがどうなったかよく分からず、国の未来については最後ほったらかされるあたり、この国らしいかもしれないと思ってしまった。 読後は、犠牲になった方々を思い、小説の登場人物ほどではないにしても自分もカンボジアの未来のためにやれることをやろうという気持ちになった。 | ||||
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| 前作のユートリニカと全く毛色が違い驚きました。前作の卓越した人物描写はより鮮やかになり、さらにより社会学・脳科学の側面が加わっています。上巻は本当に悲惨な描写が多く、気に入った作品は何度も読む私にとって、これは精神的に準備をしないときついです。(というか、そのくらい秀作です。映画Dogvilleのような。)下巻になると突然話が変わり、白黒の歴史映画をみていたが突然カラー映画になったような感覚がありました。LGBTの描写に一部引っかかるところがありましたが、全体的な描写も現在の肌感覚に合うのでよかったです。あまり読書家とは豪語できない私ですが、今までに読んだもの小説の中ではトップクラスに入る小説でした。 | ||||
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| まず、下巻をメインとするのなら上巻はほぼ全て要らないんじゃないか? 「嘘を見抜く」なんていうチート能力は設定しただけでほぼ活躍しなかったよ? 土と会話できるのもそう、綱引きでジャッジできるのもそう。もう多数の登場人物に本編とは大きく関係のない挿話にとにかく疲れる。 登場人物の描き方も頂けない。主人公の二人、幼少期から50歳超えまで、同じ話し方で描かれている。どちらかというと幼少期が異様すぎる。 脳波を利用したゲームで、第三者に自身の思考もしくは体験をトレースさせるという設定は面白かったけど、それを武器として現実を覆すような事も結局なく、消化不良。 何が書きたかったんだろうという読後感。 | ||||
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| 導入部分から複雑な人間模様が織りなす骨太なストーリー展開に期待を膨らませつつ読み進めましたが、後半は安直なこじつけとオカルト的なやっつけ仕事が目につき、残念な読後感でした。上巻は何とか読み終えましたが、下巻は読むのを止めておきます。 | ||||
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| 久々に難解?な作品だった。ゲームが意味するものが何だったのかな。 | ||||
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| 作者の頭の中はどうなっているのでしょう。めくるめくストーリー展開と膨大な知識量‼️感情的に煽ることもなく実に淡々と述べられていくが、それが逆にこの壮大な叙事詩にリアル感を与えている。実話だと思ってしまいそう。今年の大傑作‼️文庫化まで待たずに是非! | ||||
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| 手応えはあったが何か物足りない。『こびとが打ち上げた小さなボール』や、『死体博覧会』などにあった匂いや手触りのようなものが欠けている。ジャンル違いといってすまされないものがあった。これが日本の限界なのだろうか・・・力作労作、何と言ってもいいが、そういうものだと思ったが、やはり何かが足りない。けれど手応えがあった。この作家に注目していこうと思った。 | ||||
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| ポストに投函されていました。 梱包を解くと帯に破れがありました。 帯は読むのに支障なく、返品や交換は 不要なのですが、出荷時の製品外観 確認、並びに輸送の途上の乱雑な 扱いはあり得るとの前提に立った 梱包を検討いただくべきと存じます。 | ||||
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| 下巻は上巻とまったく様相が異なる。上巻のあのエピソードがここにつながるのかなど、あれやこれやが伏線になっていることに驚かされる。そして、脳波に関係するゲームが開発され、人々を支配しかねない結果まで想像させられる。下巻は一気にSF作品となった。このスピード感がたまらない。一気に読んで一気に楽しさが頭の中を駆け抜ける悦び。読者もゲームの王国に誘われる。 | ||||
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| カンボジアでクメール・ルージュ(クメール人の共産党のようなもの)によるクーデターが発生し、カンボジア王国を斃す。クーデター前からカンボジアの内政はひどかったが、クメール・ルージュにより、いっそうひどくなる。組織に逆らったものは拷問のうえに処刑、逆らったというより、何かにつけて理由をこじつけて処刑する。 そんな時代背景で、登場人物が幸せな未来を目指して生き抜こうとする。生き残ることがあたかもゲームをしているかのように、命を懸けたゲームであるかのように。こんなゲームは不毛であるし、参加しても参加させてもいけない。上巻では明るい未来が見えない状況が読者を絶望に陥れる。 下巻ではどのように展開するのだろうか。まだSF的要素は少ししか出ていないが、これからSF作品としてどのような展開になるのかも楽しみだ。 | ||||
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