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涼宮ハルヒの溜息
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涼宮ハルヒの溜息の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点3.66pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全70件 21~40 2/4ページ
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「憂鬱」「溜息」のみ読んだニワカ読者の感想です。アニメ版・マンガ版は見てません。 小説版は3巻以降も一応読んでみようとは思っています。 筋書きは、ハルヒが学祭で映画を撮ろうとしてフィクションと現実を混同してSOS団を振り回して云々、というものだが、 映画の撮影シーン描写が冗長でグダグダ極まり、読んでいて無駄に疲れる。 超能力者・宇宙人・未来人の立場の違いと対立について言及されているのは後の話に響いてくるのかも知れないが、 撮影シーン描写と比べると分量が少なく、バランスが悪い。 なお、地の文となっているキョンの語りに対し、他の人物がフキダシで返答する場面が多いのはどう解釈すべきなのか。 考えられるのは、 1.キョンには以心伝心の能力がある。 2.地の文において、キョンが声を発した台詞と声を発しない心の中での台詞がごっちゃにされている。 と言ったところだろうが、いずれにせよもう少し分かり易くシロクロ付けて欲しかった。 | ||||
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溜息は皆さんが書かれているように超監督ハルヒの傍若無人・猪突猛進・唯我独尊という女王さまのような我が儘っぷりが大炸裂!あまりにも酷い数々の言動にイライラする方も多いでしょう(^^; ですが、この作品がいきてくるのは後日なんです!溜息を読んだらぜひ、動揺のライブアライブを読んでください!ジーンとします!アニメは鳥肌もんでした… 溜息のストーリーもハルヒワールド炸裂で面白かったです♪ ハルヒの提案で文化祭に出展する自主映画をつくるというのが主なストーリーなんですが、学生時代の皆で一つのものをつくる!という青春な熱さがいいのです!その中で異常現象に巻き込まれ四苦八苦するハルヒ他団員達が面白い(笑) | ||||
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2作目の『涼宮ハルヒの溜息』。作者の谷川流氏があとがきでおっしゃっている 通り、もともとシリーズ化は考えていなかったとか。そう言われてみると、前 作の憂鬱には今後の展開の伏線となるようなセリフがなかったような気がする (白線引きなどはあるが)。対して、今作では今後の伏線となるようなセリフ が複数見てとれる。「繋ぎの巻」という評価もなるほどな〜といった感じ。こ の巻が今後活きてくるというのも、一度『分裂』まで読んでいるものとしては わかります。 シリーズ中での低評価の原因は、やはり冗長さでしょうね。本作は約270頁であ るが、そのうち200ページ以上は映画撮影関連に使われる。そこをまずどう評価 するかで意見が分かれるでしょう。具体的には、これも今後への繋ぎと考えれ ば面白いな(ハルヒの能力がどんどん掘り下げられていったり)と思えるし、 ただの非日常的な日常を描いたものと捉えると、結構退屈かも。 残りの頁はちょっとSF的な話。ここは興味深く読める。ハルヒの能力に対して、 宇宙人、未来人、超能力者側からの意見がそれぞれ述べられていく。そして、 3者の対立の構図も少し浮き彫りに。また、本作のオチへの対策も立てられる。 個人的には、ここをもう少し厚く書いてほしかったなあ。 あと、気になった点としては、キョンの心情変化が見えにくかったこと(個人 的に)。一度激昂しそれから立ち直るシーンがあるが、ここはもっと慎重にと いうか丁寧に描いて欲しかったなあ。すんなり立ち直りすぎ(笑)。『分裂』 まで読んだ身としては、この時はホントはこんな感情だったんじゃないかなと 推測(あくまで)できるが、初めての方は附に落ちないんじゃないかな。 さらには、キョンの毒舌でしょうか(笑)。確かに凄みを増してますね。特に 、谷口の扱いとか惨憺たるものですよ。キョンこんなキャラだったっけ?対し て、谷口は「愛車」ネタなどで笑わせてくれます。 というわけで、全体的には評価は3.5ということで。憂鬱よりは落ちますね。憂 鬱は緩急に富んでいてテンポよく読めましたが、溜息は緩が長くていきなり急 といった感じでした。ただ、他のレビュアーの方もご指摘されている通り、下 地、伏線には確実になっている。なので、読む価値はありますよ。 | ||||
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今回の作品は一作目と比べると少々見劣りしている気がしますが場面場面で伏線らしきものが張られていたりして次作以降でそれがどう活用されるのか楽しみです。ただ、中盤あたりのダラダラした描写はいただけないかなと。ライトノベルは一般小説と比べると読みやすさが売りだと個人的に思うのですが、それを潰してしまっているのはいかがなものかと思います。しかし、最後はなかなか綺麗にまとまっていてこれ単体としても十分な出来です。 | ||||
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「涼宮ハルヒの憂鬱」につづく第2弾。表紙は朝比奈みくる。なぜ「溜息」なのかは不明です。溜息をつきたいのはキョンかも。謎の同好会「SOS団」の団長 涼宮ハルヒは傍若無人、猪突猛進、他人の言うことなんか聞きやしません。しかし、なぜかキョンだけはSOS団の中で唯一ハルヒに意見できるのです。1言ったら100億倍になって返ってきますから、ふつうは怖くて何も言えません。(笑) たかがライトノベルと侮ってはイケマセン。ぶっ飛んでるハルヒを冷静に分析しつつ語ってくれるキョンをはじめとして、登場人物のもつユーモアと教養のレベルは意外と高いのです。たとえば… 「そう言ったハルヒの顔は、第二次ポエニ戦争でアルプス越えを決意したばかりのハンニバルのような、迷いのない晴れやかな輝きを放っていた」。紀元前3世紀、カルタゴのハンニバル・バルカは、ローマ軍の意表を突いてアルプスを越えて北から攻め込んだ伝説の将軍。 また、 「どこでなにを撮ろうがそれはハルヒの自由であり、その自由はインノケンティウス三世時代のローマ教皇権のように侵しがたいものなのである」。12世紀末から13世紀初頭にかけてローマ教皇権が最強の時代でした。そして、古泉いわく、 「僕のクラスではシェイクスピア劇をやることになっているんですけどね。『ハムレット』です。僕はギルデンスターン役を仰せつかりまして」 知らん名だ。どうせ脇役だろう。「本来はそうだったんですけどね。途中でストッパード版に変更になったんですよ。ですので僕の出番も結構増えてしまいました」。これはイギリスの劇作家トム・ストッパードがハムレットの裏側を描いた『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(1967年) のことですね。端役から主役に変わったのですから科白も増えたことでしょう。 と、そんなことは知らなくても「涼宮ハルヒ」シリーズを読むには困りませんが、ちょっと調べてみると深読みしているような錯覚に浸ることができます。 閑話休題。今回、SOS団は学園祭の出し物に映画を撮ることにしました。そのドタバタ劇です。プロローグで、キョンがハルヒに長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹の正体を明かしたのですが、彼女のリアクションは「ふざけんなっ!」。変なところで常識的なのです。その後のキョンの独白がいい味だしてます。 「うっかり時限爆弾のスイッチをいれてしまったばかりに、爆弾抱えて右往左往するマヌケ役を押し付けられた一般人的高校生。それが今の俺の置かれた立場である。しかも「涼宮ハルヒ」と書いてあるこの爆弾には爆発予定時刻までのカウントダウンが表示されないのである。(中略) ほんと、どこに捨てたらいいんだろうな、これ。」 キョンがなにを叫ぼうが、どんなに嘆こうが、ハルヒは取り合いません。つまり誰も傷ついたりしないから笑えるのです。ハルヒとキョンの間にある微妙な信頼関係がこれからも壊れずに続くのであれば、この世界も捨てたものじゃないと思うのです。 | ||||
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私は「憂鬱」→「退屈」→「溜息」 と時系列順に読んできたのだが、はっきり言って「溜息」には失望した。(「憂鬱」と「退屈」に関しては個人的に満足していたので、そのギャップもあるのだろうか) 第一に、このシリーズの特徴であるキョンの比喩表現が「憂鬱」や「退屈」に比べて非常にくどい。それまで割と好きだった私ですら、煩わしく感じてしまった。(しかし随所に見られる思わず感心したり、笑ったりしてしまう表現は相変わらず健在だ) 次に、ハルヒの自分勝手な振る舞いが愛嬌の程度を越えて不愉快極まりない。それがキョンの心理描写に直に表れており、まさに火に油。SOS団の遣り取りを一層険悪でつまらないものにさせる。 因みにキョンが耐えかねてハルヒに激怒したシーンでは正直胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。笑 ・ハルヒの内面的成長 ・ハルヒとキョンのツンデレカップル。笑 ・SOS団の絆 は果たして今後どう変化していくのだろうか。 「消失」に期待するとしよう。 | ||||
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「涼宮ハルヒ」シリーズの2作目。1作目が単体での応募作品であることを考えると、シリーズすることはかなりの冒険だったと思います.学園ものといえば、文化祭。映画作りというフィクションが現実に影響して、本人の知らぬ間に世の中を変えてゆく。映画作りをやめれば、ハルヒの怒りが、負の世界を拡大させる。はてさて、その結末は?おもわず笑っちゃいました.こーキタか!さすが、キョン。ハルヒをよくわかっていらっしゃる。まあ、皆さんのおっしゃるようにキョンのモノローグはやや冗長でうざったいのですが、まあ許してあげましょう。ハルヒのおもりなどという大役を担ってくれているのですからね.また、ハルヒのみくるちゃんへの暴挙が気に入らないファンが多いようですが、あれが女心ってやつです。ああいう形でしか、自分の感情をあらわせないハルヒをゆるしてやってください. | ||||
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一作目「憂鬱」が面白かったので二作目も購入。 学園モノとしては定番の「文化祭モノ」を取り扱った作品です。 ハルヒ達SOS団は映画を製作する事となり、それがストーリーの軸となります。 ですので文化祭の準備で物語は終わりますので、祭の賑やかな場面等は期待しない方が良いでしょう。 この巻では暴走気味のハルヒに怒りを露にするキョンのシーンがあり一作目から ハルヒの「自己中面」が気になってたので少しスッキリしました。(もっと徹底的にぶつかっても良かったと思うけど。) この巻ではそれぞれの人物の思惑が見え隠れし「どいつもこいつも一筋縄にはいきそうも無いな」と感じました。 前作と異なり微妙にSOS団同士の歯車が噛みあわなくなり、その点は好みが分かれるかも知れませんね。 | ||||
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アニメ版にはまって、アニメではカットされたシーン(ハルヒとキョンの喧嘩、猫が喋る原因など)が気になって買ってみました。初ハルヒ小説です。 まず目についたのはキョンの口のが悪さ。これは結構ショックでした。(常識人と思ってたのにハルヒ並みに毒づきます )期待した喧嘩のシーンは、ほんのちょっとだけ。肩透かしです。喋る猫は、なかなか知的な感じで良かったです。 最後の方で古泉、長門、朝比奈の3勢力が牽制しあってるのがわかります。(特に古泉と朝比奈陣営)古泉の発言により朝比奈さんが悪い女に見えてしまう可能 性が有るのでアニメ派、朝比奈ファンは要注意!スルー、若しくは後回しにした方が良いかもしれません。 | ||||
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涼宮ハルヒのシリーズはライトノベルとその一部をアニメ化したTVシリーズ、TVアニメを時系列に再構成したDVDシリーズその他があるわけで、どういう順番に読視聴したかにより、ずいぶん印象が違うのかもしれません。 でも、通常の人間には、1通りの順番しか経験できないので、検証はできないんですよね。 私は、TVシリーズは視ていなかったので、まずDVD1巻を視て、それから「憂鬱」「溜息」「退屈」の本を読み、それからDVD2〜7巻と「朝比奈ミクルの冒険」を視て、その後、「消失」「暴走」「動揺」「陰謀」「憤慨」の順に読み進めました。 これは、結果的にうまく作品群を楽しめる順番だったのではないかと思っています。 涼宮ハルヒの本とDVDは、タイムパラドックスと多重世界の要素がうまく取り入れられた青春SFとして、とっくに中高年になってしまっている私でも楽しく読め、視聴できるシリーズとなっています。 この「溜息」は、レビューを見ると、低く評価している方が多いようですが、私はシリーズ中でもかなり重要性の高い巻だと思いますし、面白く読めました。 「溜息」は、自主制作映画?「朝比奈ミクルの冒険」のメイキングストーリーという形をとって進みますが、アニメ放映順の都合なのか、「朝比奈ミクルの冒険」はアニメDVD化されているのに、「溜息」がアニメ化されていないのが残念なところです。 「憂鬱」と「退屈」はけっこう原作に忠実に京都アニメーションがアニメ化しているので、DVDだけしか視ていない方には、むしろこの「溜息」だけでも読んでいただきたいと思うくらいです。 もちろん、このシリーズのファンとしては、せめて「憂鬱」「溜息」「退屈」を経て(この順番が良いと思う)「消失」までは読んでほしいと思っている人が多いと思います。私もその一人です。 | ||||
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何の予備知識が無い素人達が映画を作るとこんなグダクダを絵に書いた(小説だけど)ような結果になるという良い見本です。 (なんだそりゃ) ただ、ハルヒのセリフの 「みくるちゃんはあたしのオモチャなのよ!」にはさすがにムカッときました。 | ||||
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アニメの「朝比奈ミクルの冒険 Episode 00」を見た人は、本書を読むと良い。 「涼宮ハルヒの憂鬱」を読んで、内容がよくわからなかった人は、アニメを見るか、「溜息」と「退屈」まで読むとよい。そうすると、涼宮ハルヒが、傍若無人なのに、反面いかに常識人かがわかる。 自己中な女性が嫌いな人は、いくら読んでも内容が見えてこないかもしれない。 しかし、自分の母親、姉妹、娘、配偶者で自己中(心的)な人がいて、それでもなおかつ、家族のためになっている人がいるなら、話の本筋が見えてくるように思う。 朝比奈みくるのぼけキャラぶりも、時間移動の制約上必要条件でかもしれない。時間移動の制約上の必要条件に気がついていない朝比奈みくるに対して、涼宮ハルヒが自分の能力に気がついていないというのも、能力の制約条件かもしれない。 自主制作の映画を内容が、作中劇として設定の無理がないという根拠のは、涼宮ハルヒの常識に由来しているのだろうか。 上に立つ人が、いかに自己中であっても、常識人であればよいことの典型かもしれない。 自分の能力について気がつかずに純粋な人にだけ、本当の能力が与えられるのかもしれない。 涼宮ハルヒのおもしろいところは、回数を重ねれば重ねるほと、見つかってくる。 2−3回読んで、つまらないという判断をする前に、 アニメ(DVD)を見るのもよいかもしれない。 全作品を流れる、人間性について、理解できるようになるかもしれない。 | ||||
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1巻(憂鬱)は、楽しい事が無くてストレスが溜まると、異次元空間が生まれて謎の巨人が街を壊しまくる…という話だった。 2巻(溜息)は、ハルヒが文化祭用の映画を撮影する話で、彼女がストレスを溜めない為には思う存分映画を撮らせるべきなのだが、ハルヒの願望が「現実改変能力」を発揮して周囲に「SF映画の特撮効果」を実体化させてしまう。という、ジレンマ解決に奔走する話。 SOS団の団員「古泉」は「この世界は3年前にハルヒの心が生み出したもの」という仮説を支持する「機関」のメンバーだが、その仮説によると、3年より前の出来事は、初期設定のようなものだという。 ハルヒが常識ハズレなことを思い込むと、それは「設定を書き換える」ような効果を発揮して、どんな非常識も現実化してしまう。映画制作に熱中してSF・特撮的なことを考えると現実が歪む。 「ハルヒの気が済むように映画を取りつつ、現実を守る」にはどうすれば良いのか、ということに、SOS団のメンバーが振り回されるが、超古典的決着を見るのがミソ。 SFを読んで長い人なら、ふふ〜ん、と納得できるような方法で。 後続の作品への流れの中での位置づけとしては、「ハルヒがその気になるとここまで無茶苦茶な事が起きる」という設定のためにあるような話。 ネット批評を眺めると「あまりにもわがままが過ぎて荒唐無稽」という批判を目にするけれど、そんなわがままな彼女をキョンがどう受け止め、御していくのかと言うこの先の話を面白くする為には必要な話で、つまり敵は手ごわいほど面白い、と。 ストーリーは「行き当たりバッタリの素人映画制作」の話だが、個々の断片は「どこかで見たようなSF・アクション映画のパロディー集」としても楽しめるので、どれだけネタ元を見極められるか、映画好きにはそれも楽しい。 思いつきで撮影して編集で作り上げるのだ、というハルヒの言い分は、どこかの「香港映画の巨匠」みたいで、ハルヒなら本当にやりそうでドキドキものだが、キョンの立場ではひたすら頭が痛いだけなのが、これも笑える。 ところで、この作品はSFの古典を下敷きにしたネタが頻出するのだが、 「長門有希は宇宙人(情報統合体)の有機端末」だ、という設定は、とっても SFだ。 ただの萌えアニメならば、「萌えキャラの宇宙人」として済むところを、肉体も無く人間とは全く意思疎通の出来ない純粋情報の塊りである宇宙人が、人間を観察する為に創り出したコミニュケーション装置としての、人型端末。 …という設定によって、宇宙人は人間と同じ姿をしているはずが無い、というハードSFの常識(約束)を守りつつ、人格的には未完成で無口、そのうえ「萌えキャラ」であることの必然性を有することになった。 人類、しかも高校生男子と協調して作動する為には、相手の「仲良くしたい、守ってあげたい本能」を刺激するのが効果的、効率的だから(笑) | ||||
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最近涼宮ハルヒシリーズの存在を知り、物語(とくにアニメ)が時系列どおりでなく進行しているらしいので、巻の順番を無視して読み漁り、いい作品だと感心してました。そして既刊の中で最後に手にしたのがコレ。 がしかし、この巻だけはいただけません。ハルヒの性格の悪さとキョンの無気力さがどうしようもなく全面に出すぎてます。ハルヒには不思議な力があることを示す巻なのでしょうが、この巻を読まなくてもシリーズ上問題無い巻のような気がします。 もし読まれるのでしたら私のように他の巻を読み終えたのちになされることをお勧めします。人によりけりでしょうが、巻順に読み進めて2巻を手にしてその先へと進まず、ハルヒはもういいや、という風になりかねない作品のような気がします。 | ||||
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まず最初に、このレビューはハルヒシリーズに 少しでも触れたことのある人を対象に書きますので、 全く知らない!という方には一切何を言っているのか…ということですのでご了承下さい。 この「〜溜息」は、他のレビューでもある通り、評価が低くされがちです。 ただし、それは直接的に「おもしろいか、おもしろくないか」の評価であり、 正しくもありますが、私的には「違うのかもしれない」とも思います。 どういうことかと端的に言いますと、下地だと思うのです。 自主制作映画という題材を元にしながら、 各キャラクターの特性や属性、長所や短所、関係などを描いています。 ですので、それは読み手によっては展開が遅いとも取れますし、 同じようなことを何度も表現しているとも取れます。 しかし、この作品が生きてくるのはこの先です。 あの時(つまり「溜息」のとき)、あんなだったキャラにこんな変化が… あの時こうだったのに、今はこんな関係に… といった具合に、この作品があるから、この先の作品が立つのだと思いました。 元々読みきりのつもりで書かれた「憂鬱」が、シリーズ化するにあたり、 結果的に見ると改めて書かれたこの丁寧な下地は必要だったのではないでしょうか。 この先の作品にも☆5を付けているのですが、 これを読まず、その他の作品に☆5を付けたかと聞かれると、 もしかしたら違ったかもしません。 そういった意味で、私にはこの作品にも☆5の価値があるのです。 他のハルヒシリーズを読まず、これ1本だけ読むという人にとっては… まぁ恐らくいないでしょうが、☆1〜3とかぐらいかな? | ||||
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大爆発を予感させて、最後はしおしおのパー。人によっては「時間を返せ!」と言いたくなるかも知れない結末だ。とはいえ、宇宙人、未来人、アンドロイドの三者三様の立場と認識を踏まえるには、不可欠の本なのかも知れない。今後に期待。で、「・・・・という話だったのさ!」というのは、ハルヒに仮想を仮想と思い込ませるというストーリーにつけた言葉。正直、中だるみ? | ||||
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他の方も書いていらっしゃるように、文章の間延びが目立ちます。1巻でもその傾向があったのですが、応募作である1作目は長期間あたためてきたストーリーを展開させているので短所が目立ちません。2巻(3巻以降も)は、1巻よりも間延びしています。 恐らく作者はシリーズ化までは考えていなかったためでしょう。模索の2巻といった感じです。 その作者の迷いを楽しむ、成長を見守るという楽しみ方もありますが。 | ||||
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一巻はサクサク展開が進んでいったよう思え 二巻を読んでみると映画を作るとのこと ほうほうここまでは順調ですなと思いながら読んでいると どんどん泥沼へと向かっていっている ハルヒが朝比奈さんをいじめそれを見ていたキョンが心のうちを書いているのだがそれがなんともおんなじことを何回も繰り返しているような感じ もうちょい変化を加えてほしかった | ||||
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特に盛り上がる部分がないままダラダラと進む感じがします。 山場なしです。 何がおこるのかなーとわくわくしながら読みましたが、特に何かがどうなるわけでもなく。 起承転結がありません。 そして朝比奈がこの巻ではだんだんうざくなってきます。 「ふにゅう…」にはさすがにマジでこの女張った押してやろうかと思いました。 この手のキャラが萌え〜な人には面白いのでしょうが、正直好きになれません。 女キャラが全員美少女ってのも引っ掛かります。 いっそ古泉も女にしたほうが逆に清々しい気も。 | ||||
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シリーズ中では現在のところ必ずしも高く評価されていないが、 実はきわめて面白い作品である。 その理由はハルヒにおいてはライブ事件による心境変化以前、 他のSOS団メンバーにとっては消失以後(「分裂」でのキョンの言葉では クリスマス以後)に一変する人間関係以前の話であり、お互いに対立し ぶつかりあっているからである。 すなわち、最強の切り札の長門は傍観、古泉とみくるは対立し、 ハルヒは傍若無人にしてセカイの危機を意図せずに進行させる。 ここまでの危機は他になく、スリルという意味では全シリーズ屈指である。 キョンが最後に下した決断とオチもなかなか見事であろう。 | ||||
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