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虐殺器官



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虐殺器官の評価: 4.03/5点 レビュー 369件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.03pt


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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全273件 181~200 10/14ページ
No.93:
(5pt)

世界の知るところとなったら、今度は彼らが選択を迫られることになるだろうな。

後進諸国で内戦や大規模虐殺が増加してる近未来が舞台のSF小説。
 といっても、内容が現在の状況にかなり近いため、近未来が舞台であることを忘れて読んでいて、作中に「人口筋肉で作られた侵入鞘」などが出てきて「ああ、これはSF小説だった」と思い出す、そんな緻密な作品です。
 米国大尉クラヴィス・シェパードが、『経歴等が謎の男ジョン・ポール』を逮捕する命令を受け部下達と供に後進国に派遣され失敗し帰還。 数回同じ命令を受けます。
 その命令が発せられる度『ジョン・ポール』の経歴が少しずつ明らかにされ、命令が持つ本当の目的が仄見えてきます。
 『ジョン・ポール』が入国した後に、その後進国で大規模虐殺が発生するため『ジョン・ポール』がある方法を使って大規模虐殺の種をまいているのではないかと推測される事。
『ジョン・ポール』とは何者で、大規模虐殺の種を撒く方法は何なのか、またその目的は?
なぜ米国が逮捕命令を出し、彼の経歴を隠すのか?

 舞台になる後進国の悲惨な内戦の様子を背景に、「自分の家族に対する鬱積した念」を抱えたクラヴィス大尉の語りで全ての謎が解き明かされる最後まで、夢中になって読みました。
 とても、面白い小説でした。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.92:
(4pt)

作者の夭折が惜しまれる

文章も旨いし、さりげなく挟み込まれるSF要素も斬新で、作者が亡くなってしまったということが、なんという損失なのかと思いながら読んだ。
惜しむらくは、主人公が追い続ける男の動機にあまり説得力がなく、ちょっと拍子抜けだったことと、結末も少々期待はずれただったこと。

それでも、伊藤計劃はすごい。他の作品も読みたいと思わせてくれる作者だと思う。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.91:
(5pt)

リアリティのある近未来SF

ICTが軍事において先行して発達した先に社会科学(言語学)と結びついた行く末の、人間の悪意が表出したバッド・シナリオ的なリアリティのある近未来を最も表現できているSFだと思います。テロリストの動機が絶妙な空虚さであり、その点ではWhy done itのミステリとしても非常にハラハラして読みました。

このテクノロジーの発展の先に、同じ著者の「ハーモニー」がありますが、伊藤計劃による一連のシリーズをもっと読みたかったとつくづく思います。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.90:
(5pt)

日本SFのパラダイムシフトへ

いままでの日本SFとは断絶があるように見えるが確かな貌に日本SFのマインドを継承発展させている傑作。これからの日本SFに於いてのキーストーンだ。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.89:
(4pt)

伊藤計劃:『虐殺器官』

個人的に興味のある研究テーマである「生体政治工学」と緊密にリンクしているので読んでみた。すぐにデネット的進化論のパラダイムに依存しすぎているのではと思った。現在最高のSFなのはそうなのだろうが、今一つ物足りない。911以後の世界というより、911以前にすでに911的世界であった世界を描いたバラードの『コカインナイト』、『スーパーカンヌ』、また個人的には文句のつけようのない黒沢清の『CURE』の抽象水準には達していないと思う。『CURE』を消化し換骨奪胎したSFはこれだけだろうと思うが。ただ、読んですぐ、強制的にでもすべてのアメリカンに読ませたい作品と思わせたのはこれだけだ。「世界平和」のために(これは半ばジョークである)。
では、『虐殺器官』がなぜ物足りないのか。たぶん、パスカルのいう退屈と気晴らし、あるいはニーチェのいう無への意志という、バラードにおいて抽象化され思考されていたテーマの掘り下げが稀薄だったからだろう。このテーマは、最近では國分功一郎氏が深く考察している。主人公やその同僚の言動や思いの描写によって、それが裏で示唆されているかに見えるが、現に書かれた言葉はまったく別のフレームに収まって最後までそこから出ていない。不動のアメリカンパラダイムである進化論の掌から一歩も出ていないようだ。ということはアメリカン、とくにNSAやCIA、国防高等研究計画局(DARPA)の面々に読ませても、短絡的に「それは俺たちのシマだろ。しかしよく勉強したね。君なら一緒にやれる」ということで終わってしまうのかもしれない。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.88:
(4pt)

禁断の書の一歩手前

10年振りにまたSF的な興奮が恋しくなり、いい本をと探していると「ゼロ年代ベストSF」第1位という本書にたどり着き、ここから紐解くことにした。
 冒頭のシーンを除くと前半はもうひとつ。物語の進行が(僕には)ゆるやかすぎ、登場人物の思想的なものについての会話や主人公の母を死なせたことへの後悔などにページが割かれ、個人的には退屈だった。
 が、標的ジョン・ポールとの会話をきっかけにどんどん盛り上がってくる。捕獲劇や襲撃されるシーンなど圧倒的な迫力。戦闘シーンの描写や軍の仲間同士の会話が素晴らしい。
 そしてなによりテーマが良かった。<虐殺器官>そのものは、なかなか面白い。10年振りの(SFならではの)興奮だった。単純な逆転の発想ではあるが、考えてもみなかったことを提示されたときの驚きと喜びがあった。素晴らしいテーマと発想の飛躍とを同時に揃えるのは非常に難しい。それを作者は見事にやり遂げている。それに加えて、最後に主人公が取る行動が、不謹慎ながら(個人的には)痛快だった。
 欲を言えば、<虐殺器官>が具体的に実行される経緯そのものを読んでみたかった。が、それは神のみぞ知る(神も知らない?)領域なのか、著者の頭の中にのみあったことなのか、今となっては永遠に分からない。しかし、もしそこが書かれていたら(説得力があればあるほど)禁断の書になっていた。考えただけでぞくぞくする。もはや、個人で想像するしかなさそうだが。
 この小説は日本のSFの流れを変えたといわれている。影響を受けた作品群を読んでみたい。
僕のようにしばらくSF離れをしていたような読者にもおすすめ。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.87:
(5pt)

これがSF、そしてリアル

SFって何なんでしょうか。
現実ばなれした空想?
近未来?
それとも、新しい可能性?

恥ずかしながらSFが何の略か知らなかったのですが、science fiction:科学小説 の略なんですね。
この小説は確かにSFです。
でも、現実よりはるかにリアルです。
それはこの話の中で語られる、『戦争の必要悪』が現実世界の『平和の様式美』よりもよほどリアルだからです。

私がこれまでの人生で読んだSFの中で最も素晴らしく、そして恐ろしい小説でした。

筆者の早すぎる死がただただ悔やまれます。
生きているあいだに残してくださった作品のひとつひとつに、感謝と敬愛を込めて。ありがとうございます。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.86:
(4pt)

これはよくできている!SF小説ファンでなくても読む価値あり

筒井康隆が絶賛していたので読んだ。
もし僕がSFファンであれば、五つ星かもしれない。
よく書けている。完成度の高い作品だと思う。

印象の第1は、物語の無国籍性。米国や世界政治のとらえ方など、日本人の作品とは思えないような内容である。実際、英語表現的な文章も多く、これを読みだした時、翻訳作品なのかと思った。

第2は、未来社会についての先進的想像力。とくに戦争について特殊作戦部隊の装備とか、負傷して傷みがあると認識できても痛いとは感じない仕掛け、特殊部隊として戦場に送られる際に受けるカウンセリングとか、その想像力は面白い。

第3は、繊細な文学性が込められていること。はかない主人公の心理の動きも面白い。描写がオーウエルの「1984年」を想起することもある。

著者は既に夭折。大変残念だ。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.85:
(4pt)

Silly Walk Deviceとはなにか

この著者のことも、もちろんこの作品のことも一切知らなかった。朝日新聞の書評欄で目に留めるまで。
日本SF史に残る大傑作らしい、著者は既に30代の若さで世を去っておられるとのことだった。
 近未来の戦争を描く。軽快なハードボイルド文体で、アイデアも冴え、ウイットもよく効いているが
どうしよもない息苦しさが読書空間を支配する。これは、やはり作者が捕らえられ幽閉されている
不治の病の空間の残照なのか。
 そして、最終的にはこれ以上はもう求めようもない、笑うしかないような圧倒的なペシミスム。
 20代前半で発病し、悪性腫瘍の親玉にロックオンされながら生き抜いた10年間。私には
想像もつかないが、常に遊び心を忘れない、ギャグ精神を維持し続けるという、心の持ちようが
この人にあった。そう思いたい。
 モンティ・パイソンネタがけっこう出てくる。一番笑ったのは、SWD という小道具。
 Silly Walk Device だそうだ。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.84:
(5pt)

間違いなく傑作

情報密度が濃いのにわかりやすく面白い。サイバーパンクのように雰囲気や細部だけではなく骨太な内容とストーリーがある。21世紀における様々な状況、軍事や医療のテクノロジーを2,3歩未来へすすめてみることで現代世界の抱える問題をくっきりと浮き彫りにしている。作者は紛れもなく天才です。時々トラウマになりそうな描写があり、結末もブラックで救いがないので4個にしようか迷いましたがやっぱりこれは5個でしょう。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.83:
(4pt)

母の言葉に胸が痛みます

本書の帯に、伊坂幸太郎「ナイーブな語り口で、未来の恐ろしい「世界の仕組み」を描くこの作品は、アクションもあれば、ユーモアもあって、つまり小説としてとてつもなく恰好良くて、夢中になりました。夢中になり、嫉妬して、ファンになりました。」 小島秀夫「繊細で、愛おしくて、恐ろしい。今こそ、物語の力を思い知るだろう。」 宮部みゆき「私には3回生まれ変わってもこんなにすごいものは書けない。」と、ある。作者伊藤計劃の紹介として、本書に「1974年東京生まれ、武蔵野美術大学卒。2007年、本書で作家でデビュー。…2009年没。」と記されてる。34歳のの死は自殺なのだろうかと思うと、巻末の解説405頁に「最初に癌がみつかったのは二〇〇一年夏(入院中の病室で9・11の第一報を聞いたという)。七月に肺の一部を切除。」とある。
「ナイーブ・繊細」という指摘であるが、それを象徴するものとして、随所に挿入される母親の死の記述がある。15頁「ぼくの母親を殺したのはぼくのことばだ。〜。はい、ということばとぼくの名前、そのふたつがそろったとき、ぼくの母親が死んだ。」 21頁に再び母親の記述がでてくる。「ぼくの母親はチューブに繋がれ、たっぷりの薬品とナノマシンによって生かされるままになっており、医者はその処置の継続の可否を訊ねてきている。真っ白な病院の、真っ白な静寂のなかで、ぼくは処置の中断に同意するファイルをさし出される。延命処置の終了を承認しますか、という問いに、はい、というぼく自身の言葉と、拇印による認証。そして意思を欠いた、それが再び宿ることのない肉体から分子機械群は撤退し、母は速やかに死を得る。」 188頁「死体だらけの中央アジアからワシントンに帰ってきたときには、事故からすでに三日が経っていて、〜。母さんを轢いたのは昔ながらのキャデラックで、〜。〜。そういうわけでこの車は、アルコール漬けの脳味噌を乗せて歩道に突っ込み、〜。〜。救急が着く前に自発呼吸が停止して、病院に到着する直前に心停止したのだ。けれど、母さんはそこからよみがえった。適切な処置と適切な機械。」 198頁「『終末医療に関する意志が不明であり、宗教をお持ちでない以上、お母様の治療を継続するか否か-はあなた(息子さん)に決めていただくしかありませんね』」 199頁「脳死、ということばで白黒ついた時代はまだ、幸せだった。生と死のあいだに、これだけ曖昧な領域が広がっていることなど、誰も教えてくれなかった。」 201頁「ほんとうに母のためを思って、この決断に至ったのか。葬儀が終わる頃には、ぼくのなかのどこを探しても、その愛しい根拠はまったく残されていなかった。恐ろしいことに、自分は母を殺したのではないかという思いが、その頃からぼくの意識にとり憑きはじめた。」 この小説では、主人公の父も死んでいる。69頁「父は誰もいない家で、何度か首をつろうとして失敗したあと、結局はこの国でいちばん人気のある方法に落ち着いたらしい。つまり手っ取り早く銃で頭を撃ちぬいたのだ。」 71頁「父に関して、母に最後まで訊かなかったことがひとつだけある。天井に叩きつけられた父の脳漿と血とを掃除したのはだれなのだろう、ということだ。〜。父を拭き取ったのは、もしや母だったのではないだろうか。」 こういった死の記述は、作者の父母の死の影響かと思えたが、巻末397頁に「感謝を捧げます-私の困難なときにあって支えてくれた両親に、叔父母に。」とある。どうやら健在のようだ。本書に、たびたび出てくる死は、作者の病魔との関連なのだろう。406頁の解説には「〜(抗癌剤の副作用からようやく開放されて)『虐殺器官』を書き始めたことを考えると、著者が人生の残り時間を計算していなかったはずはない。」とある。
また、「恐ろしい」という指摘だが、289頁「武装勢力の指揮官たちが子供兵を手なずける手段として麻薬を供給している場合がある。葉っぱに火をつけて吸い込みながら、辛い現実から逃れるのだ。」 290頁「第二次性徴がはじまる前の子供の叫び声は男も女も区別がつかない。上官と性 交中だったのだろうか、まだ乳房もろくに膨らんでいない少女が全裸で廊下に飛び出してきて、その痩せた脇腹にAKを持ち、腰だめで乱射してきた。ぼくは冷静に裸の体に点射する。平らな乳房に立て続けに穴が開き、少女は倒れる。子供が飛び出してきた部屋を覗き込むと、上官らしき男があわててズボンを履いているところだったので、ぼくはそれも撃ち倒した。」 これらは恐ろしい記述だ。やはり死のイメージが重なる。
本書の文体は、訳文を思わすものがあるが、文章力があり、当然訳文ではないから、読みやすい。上述の帯の「恰好良くて」とつながる部分である。
この小説の主人公はクラヴィス・シェパードで、年齢は三十(76頁より)のアメリカ軍人で特殊部隊員。ほかの主な登場人物は、同僚のウィリアムズ、大量虐殺の鍵を握るジョン・ポールとその愛人ルツィアである。登場人物は22名ほどで、込み入ったストーリー展開がなされることなく、一人称の私小説的述懐の趣もある小説である。400頁「物語の背景は、モスレム原理主義の手作り核爆弾によってサラエボが消失し、”テロとの戦い”が新たなステージに入った近未来(おそらく二〇二〇年前後)。先進諸国では、市民の監視を徹底することで、自由とひきかえに安全を手に入れたかに見えたが、その一方、発展途上国では内戦と民族紛争が頻発しはじめる。」
第一部(11ページから) 31頁「ぼくの棺桶が空に放たれた。〜。ポッドの基本は滑空で、その軌道調整は安定翼の角度調整で行われる。〜。〜人を詰めこんだ棺桶だ。」 32頁「ウィリアムズのポッドは、ぼくから四十フィートと離れていない場所に着地している。他の二人もぼくを中心にして半径四百フィートの円内に収まっていた。」 51頁「〜目の前の、かつてモスクだった建物に標的がやってくるという情報をつかむことができたのは、幸運以外のなにものでもなく、この機会を逃せば虐殺を続ける元准将を葬る機会が次にいつ回ってくるかはわからなかった。」 54頁「『予定通り、リーランドとウィリアムズはここで待機。不測の事態に備えて退路を確保しておくこと。ぼくとアレックスがモスクに侵入して、ふたりが会見しているところを襲撃する。いいな』」 56頁「元准将はひとりだった。」 57頁「元准将が背を向けた刹那、ぼくは一気に飛び出して、片腕で標的の両腕を決め、ナイフをその喉許に突きつけていた。」 58頁「つまり、標的Bはここに現れないということだ。優先順位Aの元准将はクリアできるのだから、任務は失敗とはいえないが、〜。」 62頁「ぼくは刃を引いた。〜。元准将、『暫定政府』の『国防大臣』を名乗る男は死んだ。」
第二部(67ページから) 67頁「地獄はここにある、とアレックスは言っていた。地獄は頭のなかにある。だから逃れられないものだ、と。あの元准将を殺した夜から二年がたち、〜。〜。そういうわけで、アレックスは自らの命を断ったのだけれども、葬儀はカトリックの礼式にのっとって行われた。」 74頁「あれから二年のあいだに、ぼくは自分自身の手で二人を殺し、暗殺を旨とする作戦にはその二回を含めて五回も関わった。〜。五回のうち四回の作戦オーダーに記載されていた標的の名前。〜。いつの間にか、その人物の名前が作戦指令書に記載されるのがお決まりになっている。異様だった。まるでこの人物は内戦から内戦を渡り歩く旅行者のようだ。」 75頁「ジョン・ポール。〜。あれから二年間ぼくらが取り逃がしてきた人物の名前だった。」 114頁「『ジョン・ポールの女がいる。そいつを張るしかあるまいよ』『女がいるのか』『そいつの家に、ジョン・ポールが現れた。それがアメリカの諜報網にひっかかったんだよ』」 118頁「ルツィア・シュクロウブは外国人にチェコ語を教えることで生計を立てている。彼女の自宅兼教室はプラハの中心を離れた建物のなかにあって、〜。」 120頁「笑うときのルティアの顔は三十三とは思えないほど若々しく見え、〜。」 136頁「『いつかチェコ語で、カフカを読めるようになりたいな』〜。『あら、カフカは小説をドイツ語で書いたのよ』」 137頁「『文学に詳しいのね、ビショップさん』ルツィアがぼくの偽IDの名前で呼ぶ。」 141頁「ルツィアのアパートメントを出た瞬間、即座に気がついた。最低でも二人はいる。ぼくを見張っているのか。」 144頁「尾行は依然としてついてくる。」 145頁「人がまったくと言っていいほど通らない脇道に入って、あわてて追ってきたそいつの鳩尾に一発くらわせる。」 146頁「(倒れた)若者の生態情報を取り〜。膨れ上がった目蓋をこじ開けて網膜の血管を撮影して、指紋をデバイスの読み取り面に押しつけていく。」 147頁「若者の網膜と指紋は別の人間であることを主張していた。」
第三部(157ページから) 165頁「そういうわけでぼくは、カフカの墓を見たいのだけれど、プラハを案内してくれないか、とルツィアに頼んだ。」 167頁「ぼくはルツィアと一緒に小石をカフカの墓に捧げた。〜。『わたしたちは移動するとき、地下鉄で認証し、店の支払いで認証し、市電に乗っては認証する。〜』『そうだね。サラエボやニューヨークみたいに、テロリストが入ってくるのを防ぐとともに、万が一テロが起こったときは、それを証拠に足跡を追跡できるようにしておくためだよ。その追跡可能性が同時に、やったらバレるぞという警告となって、抑止効果を生む』」 171頁「そのクラブは若者たちで騒々しかった。〜。ルツィアは僕の腕を引っ張った。」 173頁「そこではじめて、ぼくはこの店に入ったときの違和感の原因を理解する。入り口で認証を求められなかったのだ。」 175頁「『やあ、ルツィア』『ちゃお、ルーシャス』 〜。『ルーシャスはこの店のオーナーよ。〜』」 183頁「ここはいわば、ルツィアが本当の意味で自分ひとりきりになれる、大切な空間なのだ。誰にも記録されず、誰にも覗かれない、すべてが許される場所。」 184頁「『わたし(ルツィア)が彼(ジョン)と寝ていたとき、サラエボが消えたの』ルツィアは物語をはじめた。〜。『ジョンの奥さんと娘さんは、サラエボにいる姉に会いに行っているところだった。彼とわたしはそれを貴重な時間として、ふたりがいないマサチューセッツの街を楽しんだわ。〜』」 208頁「〜、ルツィアの家の最寄駅で市電を降りたとき、監視の目があるのが瞬時に感じられた。」 211頁「逃げろルツィア。男の歩みは止まることなく、ぼくはようやくそれが、暴行を加えたあの若者だということに気がつく。〜。『逃げる必要はないよ、ルツィア』 〜。ジョン・ポールを前にして、ルツィアは凍りついたように立ちすくんでいた。」 213頁「『きみ(クラヴィス・シェパード)は誰か知らないが、おそらくはわたし(ジョン・ポール)を殺しにきた人間だろう』〜『アメリカ政府は、わたし(ジョン・ポール)のいた国に暗殺部隊を送り込んでいるようだ。親しくしてきた将軍や軍人、有力者たちが誰かに暗殺されたという報は、時々きこえてきたよ』」 215頁「『わたし(ジョン・ポール)が何をしていたか、(クラヴィス・シェパードの)上官やワシントンの役人から教えられていないのかね。〜』」 216頁「『どの国の、どんな政治状況の、どんな構造の言語であれ、虐殺には共通する深層文法があるということが、〜浮かび上がってきたんだよ。〜』」 226頁「ジョン・ポールが出て行ってから十五分後、ぼくは襲撃者のひとりに背中を小突かれながら、汚い廊下を歩かされた。〜。銃につつかれて、ぼくは廊下の端にある扉をくぐった。〜。ルーシャスの店だ。〜。奥の事務所からルーシャスとルツィアが、部下らしき男たちとともに現れる。」 236頁「『店の裏でジョンが待っているよ』ルーシャスがルツィアの肩を抱き、店の奥を指し示した。」 238頁「轟音が響き、南側の壁が吹き飛んだ。〜ルーシャスのグループは一瞬で行動不能となった。」 238頁「『大丈夫か、クラヴィス(・シェパード)』 耳慣れた声がする。〜。特殊部隊装備を着こんだウィリアムズはそう言いながら、ぼくの体から埃を落としてくれる。」
第四部(243ページから) 266頁「〜、いまぼくが受けている〜このカウンセリングの目的は、これから人殺しをやりやすくする、そうした感情の調整だ。」 271頁「ムンバイの基地で、貨物より先に到着したぼくらは装備を詰め込んだコンテナが到着するのを待った。」 282頁「<〜各員、そろそろ降下地点だ、高飛び込みに備えてくれ>」 283頁「今からインドの地表へ降下する〜。」 287「『イェーガーワン、タッチダウン』ぼくはコールサインを名乗って、手近かな建物の陰に隠れる。残りの七人も立て続けに着地し、〜。」 291頁「ホテル内の階段はすべてチームが制圧している。連中はここで完全に缶詰だ。」 293頁「ぼくとウィリアムズに続いて、リーランド陣も室内に入ってきた。閃光と衝撃波で息を詰まらせている少年の額に弾を撃ちこみ、〜無力化する。ヒンドゥー・インディアの幹部連は、早々に手を上げて降伏したり、部屋の奥でむせこんだりしていた。」 294頁「『誰だおまえらは』とその中の一人がいった。流暢な英語だ。」 295頁「〜ぼくらがインド人たちを拘束するさまを、落ち着き払って見つめている。その顔、その体格には見覚えがあった。ジョン・ポール」 296頁「幹部連中の後頭部に貼りつけたSWDの信号が脳の歩行系に割り込み、自分の意思とは無関係な方向に歩かせ始める。〜。捕虜を望む方向に歩かせることのできるこのシール状デバイス〜。」 300頁「へりでヒンドゥー・インディアの勢力圏から離脱したぼくらは、〜最前線ベースキャンプで体制を立て直し、手筈どおり囚人たちを列車でムンバイに送り届ける。」 314頁「<イェーガーワン>通信が耳のなかで不意打ちをかけてきた。<後部車両にきてくれ>ウィリアムズだった。」 215頁「地平線ぎりぎりに、黒い点が見えた。ヘリだ。かなりの低空で、レール面ぎりぎりを飛行している。恐ろしい勢いで接近してきた。」 316頁「〜、警戒しろ、列車後方から武装ヘリが接−」客車の中にとって返し、そこまで言いかけたところで、〜。そして気がついた。ぼくが気を失っていたことに。一分だろうか。一時間だろうか。」
第五部(327ページから) 338頁「ぼくの戦友たちは、棺にしまいこまれてアメリカへ帰ってきた。〜。ぼくらが捕らえたヒンドゥー・インディアの幹部連中は、〜、墓場へ直行した。皆が銃弾でぼろぼろになっていたのだ。〜。襲撃者たちは〜。アメリカ軍の手におちたジョン・ポールを奪還すること。〜目的はそれだけだった。」 339頁「〜、ぼくはジョン・ポールに関する最後の作戦のために、アフリカの上空を飛んでいた。」 347頁「<着水まで五秒と予測>〜<ツー、ワン、マーク> ざぶん、という音がして、ポッドが湖面に着水する。」 349頁「一時間ほど泳ぐと、ポッドが予定地点に到着したことを告げた。」 352頁「自分の痕跡を慎重に消しながら、ぼくはヴィクトリア湖岸のジャングルを進んでいった。」354頁「ゲストハウスの明かりが遠くに見える。コロニアル様式の二階建てで吹き抜けに中庭を持つ豪奢な建築物だ。」 356頁「この大地の人々は欲望に忠実に群れ、戦争をし、収奪を行う中世的な傾向をはっきりと保存していた。だから、利益をささやくだけで、ヴィクトリア湖沿岸の裕福な住民が独立を決意してしまったのは、まったく不思議なことではなかった。」 357頁「ぼくは建物の中央にあたる部分で、環境追従迷彩を最大限に生かして、堂々と潜伏しながら、廊下の様子をうかがっていた。」 359頁「部屋の扉は開いていた。ぼくは銃を構え、なかに一気に躍りこむ。〜つい先ほどまで書き物をしていたと思われる机には、一冊のメモ帳と原稿、そしてペンが置いてあった。〜。ぼくは振り返った。ジョン・ポールがそこに立って、悲しそうな顔で拳銃をこちらに向けていた。」 363頁「『虐殺のことばは、人間の脳にあらかじめセットされているものだ。わたし(ジョン・ポール)はそれを見つけただけだよ。人体のさまざまな器官を『発見』した解剖学者たちと大した違いはない』」 367頁「女性の声がした。どこに隠れていたのだろう、〜。ルツィア・シュクロウブ。」 373頁「『…お願い、ジョン、銃をおろして』 〜。〜、ジョン・ポールはブローニングの銃口をぼくから下ろす。〜。『…ビショップ、あなた、本当の名前はなに…』 〜。『クラヴィス・シェパード。情報軍大尉だ』 〜。『この人を逮捕して、アメリカに連れ帰って、虐殺の文法の話を裁判にかけるの。みんな、知る必要がある。知る責任がある。〜』 374頁「『…わかった。ジョンを連れて帰ろう』 ぶすっ、という音がして、ルツィアのこめかみがマシュマロのように膨れ上がる。〜。ルツィアの額から左目がきれいになくなって、ぽっかりと空洞になっている。右半分に残されたルツィアの脳味噌が、その空虚に零れはじめた。〜。向こうにはサイレンサーつきの拳銃を持った、ウィリアムズが立っていた。」  378頁「ぼくはとっさに、ジョン・ポールの腕を引っ張ると、月明かりの差し込む窓から飛び降りる。」 379頁「ぼくは唇を噛んで、ジョン・ポールとともにジャングルのなかに駆けこんでいった。」 383頁「ジャングルが終わった。唐突に。〜。一台のジープが、草原のかなたに停車していた。〜。そして、乾いた破裂音があたりに響き渡る。ひとりが銃口をこちらに向けている。ぼくは振り返った。ジョン・ポールの額に小さな穴が開いて、地面に倒れている。『作戦終了です。シェパード大尉。お疲れ様』 黒人の兵士が言った。」
エピローグ(389ページから396ページまで) 391頁「ジャングルのなかで、ぼくはジョン・ポールから一冊のメモ帳を渡されていた。〜。〜、そのなかに書いてあるアドレスが、ぼくに力を与えてくれた。」 392頁「元特殊部隊員として、暗殺を行うアメリカ合衆国の極秘部隊の元隊員として、ぼくは議会公聴会の大舞台で長い時間、数え切れないほどの自分の物語を繰り返し語る機会に恵まれた。」 395頁「ぼくの言葉は文字に起こされ、アメリカという情報の織物にゆっくりと染みこんでいった。ぼくの言葉は、ぼくの歌は、この映像で、音声で、公聴会の記録にアクセスした人びとのまぶたのない耳に入りこんでいった。〜。英語による虐殺の深層文法は、あっという間にアメリカ全土を覆いつくした。」 396頁「ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にとって危険な、アメリカという火種を虐殺の坩堝に放りこむことにした。」
以上、著作を読んできたわけだが、知らない点もいくつかあった。43頁「いいか、平均的なアメリカの成人は四万五千の単語を知っているはずなんだ。」 180頁「エリック・ホッファは港湾労働者でしたよ。〜」 206頁「親から子へ、人から人へ伝えられる情報の流れ。ミーム、ってことば、知ってるでしょ」 222頁「ケビン・ベーコン・ゲームくらい、アメリカ人なら誰でも知っているだろ。」 366頁「レミング現象のような自滅行動派、実際にはほとんど存在しない。」などだ。
本作が、形になるにあたって、解説によると、406頁「いずれにしても、〇六年五月、会社勤めのかたわら)『虐殺器官』をわずか十日ほどで、一気に書き上げ、第七回小松左京賞に応募する。」 407頁「〜『虐殺器官』は予選委員の全員が一致して最高点をつけ、最終候補となる。しかし、〜発表された最終選考の結果は、意外にも、”該当作なし”だった。」 399頁「〜、翌二〇〇七年六月)『虐殺器官』は大幅な加筆訂正を経て早川書房のSF専門叢書から書き下ろし単行本として出版され、たちまちSF界にセンセーションを巻き起こした。」 というように紆余曲折したようだが、お勤めしながらこれが書けたのは非常に驚きであるし、力量がある人だと思う。癌に侵されていたから、限られた日々を意識することで、命の炎の最後の灯であれば、本作は著者にとって渾身の作品だったのではないか。解説412頁の作者自身の言葉「これから死ぬ自分を受け入れるにはどうしたらいいのだろうか。だれか、助けになる方法を知っていたら教えてほしい」 そして同じく412頁の母親の言葉「息子は、今(2009年)から七年前、右足の膝から下を司る神経に癌が見つかり手術をしまして、…。…、今から二年ちょっと前に両肺に転移が見つかりました。…亡くなる日の夕食に大好きなカレーが出て、少し食べてみると言いまして、…。それから一時間ぐらい経ってから、床ずれを防ぐために姿勢をちょっと変えたとたん、すーっと意識がなくなって、そのまま亡くなってしまいました。…。応援してくださた皆様、おつきあいしてくださった皆様、本を読んでくださった皆様、ほんとうにありがとうございました」には胸が痛みました。
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4150309841
No.82:
(5pt)

軍人なのに草食系!そのギャップと不安定さを楽しめるか?

SFに造詣の深い人から言わせれば、これはSFじゃない。
ミリオタに言わせればリアリティーがない。
小説としてみると非常に不安定で不完全な出来栄え。(実際に巻末でも痛烈に批判されている)
だが、どこか愛おしい。
軍人が全てシュワちゃんのようにマッチョでキリングマシーン、と言うわけではない。
軍人だってうじうじと悩み、時には暗殺対象へ引き金が落ちない。
日本人の考える、戦争を知らない世代のリアルな軍人像。
それと共にうごめく虐殺のシンフォニー。

なんだか、殺伐としている話なのに、どこか青春もののようなやるせなさ、感情の鬱屈がある。
最終的に表題の真相・実態は解明されない。
そこを批判されているし、より曖昧な印象として物語は終わるがそれも一つの味ともいえる。

ある意味『コウモリ』のようなズルイ作品。
軍人とジュブナイルの要素が混ざり合った境界の作品。
こういう手法があっていいはずだし、その点において好悪が別れるのは致し方ない。
しかしこの世界観は完成されている。それは確かな事だと思う。
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4150309841
No.81:
(4pt)

面白いので、贔屓の引き倒しはしないでください

書店で伊藤計劃記録が目に留まり、まずこちらを読むべきだろうと思って読んでみました。日本のSFはふだんほとんど読みません。

登場人物の誰一人アメリカ人に思えないとか、アフリカの政治状況を把握してないで書いているようだとか、読んでいる間はひっかかることもあったのですが、それでも一気に読みたくなる作品でした。筆力はなにしろすごいと思います。

ただ、小松左京賞を小松左京さんご自身が反対したというのも納得です。虐殺の言語の言語の説明は確かに弱い。弱くてもストーリーの流れがうまいので竜頭蛇尾にはなっていないですが、小松左京という現存作家の指向性とは大きく異なっていて、その名を冠した賞にはふさわしくない。作品の質の問題ではないので、「惜しくも逃した」という言い方が変でしょう。

むしろSFの評論家とか、翻訳家と言われる方たちが、社会性、政治知識、アイデアなどについて、過度の持ち上げかたをしているような気がします。作品を面白いと評するのはもちろん良いのですが、それは先に言った筆力とストーリーの回し方の賜物です。「知識量に裏打ちされた」などと言われると、粗を指摘したい部分が増えてしまいます。
今はまだいいのですが、おかしな贔屓の引き倒しをされて、かえって賞味期限を早めるような、長い目で不幸な結果にならなければ良いなと思います。
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4150309841
No.80:
(4pt)

類まれな筆力

色々なところで話題になっていたのでいつかは読んでみようと思いつつも
SFというあまり得意ではないジャンルであったので今頃になってやっと手にとってみました。

読中はただただその圧倒的な知識量と筆力に圧倒され、SFに不慣れなせいか
読後はそのあまりの情報量の多さから来る何ともいえぬ疲労感に包まれました。

重厚で硬派な文体とは対照的にとても繊細な感情を抱える主人公ですが
その内観に終始するのではなくきちんとストーリーが決着していることに好感が持てました。
この才能を目の当たりにしては著者の夭折が本当に惜しまれます。
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4150309841
No.79:
(5pt)

決して過大評価されている訳では無い。

とにかく一度読むべきだ。後悔ならその後でもできるし、まず後悔はしないだろう。きっと大切な本の一冊になる。
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4150309841
No.78:
(5pt)

痛みの無い戦争。

戦争はなぜなくならないかという議論は、すでに耳に胼胝ができるくらい聞いたことがある。国家や民族の政略に利害が絡む以上、摩擦が生じるのは必然だからだ。しかしその本当の訳は戦争で受けた痛みだろうと、人はそれを忘れてしまうからに違いない。誰にとっても痛みとは厄介であって、人は長年に渡りこの感覚からの脱却を模索し続けてきた。そして本書ではついにその境地にたどり着いた場合の世界のシミュレーションをしている。そこで描かれているのは痛みと引き替えに日常的になった戦争のある風景だ。
 後進諸国の紛争が増加している近未来。主人公はアメリカが新たに設けた特殊部隊に所属する青年だ。部隊の目的は主に危険な軍事指導者を、暗殺という手口で排除することである。当然主人公は高度な任務に見合うだけの実力を持っており、殺人行為も標的に対してはなんの躊躇もなく行っていく。それは要領よく淡々と 。
 物語は起伏のない単調さで占められている。戦場で目の当たりにする山積みの死体も、宅配ピザを食べながら自宅で延々と見返す戦争映画「プライベート・ライアン」の冒頭も、主人公にしてみれば大差のない光景だ。
 戦闘と人体破壊の描写はリアリティに溢れる一方で、物語を一貫するのは生死の希薄性である。ハイテク装備によって暗殺任務が極限まで効率化された一方で、死ねば備品のように代替の利く部隊の隊員たち。また、紛争によってサラエボが手製の核爆弾で消滅した背景があろうと、今一危機感が持てないでいる世界中の人々の姿。いずれも無感動な質である主人公の一人称視点とSF的なガジェットの数々が、空虚な世界観を引き立たせている。
 死が特別でなくなった最大の理由。それは進む国際化が文化の特徴を薄めたことで、世界が無色透明の平面なものになったからだ。人間同士に存在する人種、国境、宗教、政治方針といった多数の境界線は衝突と友好を延々と作ってきたが、ある意味それらのおかげで人間の底無しの闘争意欲は抑制され、世界の均衡は保たれてきた。しかし国それぞれの個性が曖昧になるとこで、人々の意識は新たに「国際社会」から「人間総合社会」へと、より規模の大きな概念に変わってしまうのだ。この人類全体を一括する感覚の欠点は、権力者側の言い分を増長させるところにある。そこには最後に明かされる、黒幕アメリカのエゴイズムも当てはまる。即ち、「テロの矛先がこちらに向く前に、勝手に各々自滅してもらう」ということだ。
 本書はフィクションだが、内容は最後まで現実とはなにかを問いかけている。あの静寂に満ちた結末に空恐ろしさを覚えた読者ならきっと気づかされることだろう。個性の喪失によって人間が数字にしか見えなくなる時代に、我々の現実世界も確実に染まってきていることに。

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4150309841
No.77:
(5pt)

しばらくSFを読まなかった間にこんな傑作が書かれていたとは:久しぶりに読書で徹夜した

昔SFファンだったが一時期面白くなくなって遠ざかっていた。久しぶりにSFでも読もうと思って、評判の良かった本書を読んだら、一気に読んでしまった。期待をはるかに上回る傑作だった。私と同じような中年の元SFファンにも、強くすすめたい。ストーリーの面白さだけでなく、みずみずしい文体も素晴らしい。
 同じ著者の作品を読みたいが、夭折した著者の本を一気に読んでしまうのがもったいないので、躊躇している。

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4150309841
No.76:
(5pt)

ナイーヴであること

伊藤計劃の、世界について。
34歳で夭折した作家がつくった世界は、うしろめたさに溢れている。
自分の母を、間接的にとはいえ、殺したうしろめたさ。「罪」という概念を認識する前の、若者、とすら呼べない少年少女達を殺したうしろめたさ。これからも、国家の命令ひとつで誰かを殺すであろうことに対するうしろめたさ。
そして、殺人を犯す彼らは常に死者からの視線を感じることになる。それをセラピストのカウンセリングで容易に取り除けるほど、彼らは無神経ではない。
戦場において、米軍大尉クラヴィス・シェパードは、信仰心に篤いカトリックの同僚が地獄について語るのを聴く。


しかし、アレックスはそうじゃないと言って自分の頭を指差した。
「地獄はここにあります。頭の中、脳みそのなかに。大脳皮質の襞(ひだ)のパターンに。目の前の風景は地獄なんかじゃない。逃れられますからね。目を閉じればそれだけで消えるし、ぼくらはアメリカに帰って普通の生活に戻る。だけど、地獄からは逃れられない。だって、それはこの頭のなかにあるんですから」
『虐殺器官』からの引用


死者の視線により、常にクラヴィスは死者との対話を強いられる。そして、人間のナイーヴさが露になる。
豪放磊落な人物像がメディア等でもてはやされる現在にあって、ナイーヴであることは欠点と見なされることが多い。
SFの意匠を利用して、伊藤計劃は、そのようなナイーヴさ故に葛藤を繰り返す人物を丁寧に表現し、彼らの感情を冷静に、的確に掬いあげる。
それらの感情は、誰もが社会や組織に対して、若しくは対人関係においてひた隠しにしている密かな思いと通ずる点があるはずだ。
意識的・無意識的にかかわらず、私達はそれに共感し、心が微かに震える。それが、伊藤計劃の世界に浸る歓び。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841
No.75:
(5pt)

goosebumps!!

帯の文句に魅かれて購入し読みました。
こんなにも早世していなければ私はこの本を手にしていなかったのかもしれない。

その世界観は複雑にして綿密な言葉で綴られた単純な世界。
しかし、その複雑に織られた言葉があまりに巧みで情緒感溢れる本。
一見、無味乾燥で難解な単語でつづられた文章だが、その中にヒューマニティが見え隠れする。
細部まで書き込むディティールの細かさ、長さにも煩わされる事はなく、
返ってそれらの細かさはこの物語の肉となり骨格となる。
卓越した言葉選びのセンス、ふと湧きだすユーモアのセンス。

久しく日本人作家でたまらなくツボにはまった一冊だった。


本当に早世が惜しまれる作家だと思う。
まさに天は二物を与えず、だ。
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4150309841
No.74:
(5pt)

現代的

時は20XX年、テロや紛争が日常茶飯事となったころ。インテリジェンスたる主人公は、虐殺を引き起こす謎の人物ジョン・ポールを追っていく。明らかになる事実、驚愕の動機、そしてオチ。緊張感のあるストーリー進行となっている。

進化論や心の哲学など、現代人がしばしばテーマにしたがるものがストーリーに無理なく組み込まれている。急逝してしまったのが実に惜しまれる。
虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)Amazon書評・レビュー:虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)より
4150309841

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