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犬の力



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【この小説が収録されている参考書籍】
犬の力 上 (角川文庫)
犬の力 下 (角川文庫)

犬の力の評価: 8.00/10点 レビュー 3件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

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全3件 1~3 1/1ページ
No.3:
(7pt)
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この作風の違いに戸惑う

一大麻薬王国メキシコ。中米の麻薬カルテル組織の壊滅に闘志を燃やす男アート・ケラーと、メキシコ巨大麻薬組織の長アダン・バレーラとの約30年に亘る闘争の歴史を描いた物語。
それは血よりも濃い忠義の絆で結束される世界があり、そこにはアイルランド系マフィアもイタリア系マフィアも絡む惨劇の物語だ。

麻薬。この現代の錬金術とも云える、人を惑わす物質はそれに関わる人々の人生を流転させる。
正義を謳い、悪を征する側に付いていた者は賄賂と便宜にまみれた一大情報ネットワークを構築し、巨大組織を殲滅せんとする。が、しかしそのネットワークが次なる麻薬王誕生の足がかりとして悪用され、正義が巨悪へと転ずるのだ。

フリーマントルはかつて自身の著書で「犯罪はペイする」と唱えたが、正にそう。ここに登場する人々はペイするがゆえに危ない橋を渡り、巧妙な麻薬密輸ルートと販売網を確立する。発展途上の国では警察を含め、役人は薄給に不満を持っており、誰もがその制服と肩書きが持つ力を悪用し、賄賂という“副収入”を得ようとする。
しかしそれは自らが逃れられない粛清の鎖に絡め取られる端緒となることに気付かないのだ。いや気付きはすれど貧しさゆえに目先の収入に抗うことが出来ないのだ。そして誰もがその恩恵に与ろうと待っているのだ。

そしてそれは麻薬の密輸ルートの確保を生み出す。地続きの大陸だからこそ起こるこれほどまでに巨大な密輸作戦。なんせ中南米の貧しい国々は北に向ければ莫大な消費力を誇るアメリカがすぐ近くにある。この巨大なマーケットは実に魅力的。ハイリスクハイリターンの典型的なモデルだ。
このメキシコを中心とした中南米の麻薬戦争の一大叙事詩。本書のドン・ウィンズロウは最初からフルスロットルだ。ゴッドファーザーといえばイタリア系マフィアが有名だが、ウィンズロウはメキシコ人の血よりも濃い“家族(ファミリー)”の絆を描く。赤茶けた砂漠と土塊で作られた建物が林立する埃立つ町並みが、常に汗ばみ、黒々と日に焼けた皮膚で佇む男どもの体臭が、そして灼熱の太陽が行間から立ち上ってくるようだ。

暑さが人の心を狂わせるように、麻薬を摑んで一攫千金を狙う男達の心は次第に歪んでいく。それは権力だったり、愛だったり、憎しみだったり、そして麻薬そのものだったりする。それは悪を狩る者でさえそうなのだ。
捜査官アートは自らの正義を重んじ、自らの矜持に従い、どんな権力にも屈せず、単純に悪党どもを殺さず、法の手に委ね、裁きを受けさそうとするが、そこで直面するのはアメリカの政治原理の壁。中米の共産主義国ニカラグアを第2のキューバに、つまりソ連の属国にさせないためにコントラを配備し、その資金源をなんとメキシコ麻薬組織に頼っていたのだ。
持ちつ持たれつのこの関係にアートは一度屈するが、部下のエルニーの凄惨な拷問死に直面し、鬼となる。そこにはもはやかつて正義と使命に燃えていたアートはいず、不可侵の復讐鬼がいるのみだった。正義をなす為にあえて悪の手に染める。毒には毒を以って制さねばならないという、弱肉強食の原理が存在するだけだった。

麻薬の利権争いが拡充するにつれて、覇権争いも次第にエスカレートしていく。
下克上の世の中、身内が身内を売り、部下がボスを売り、のし上がる。そんな欺瞞と裏切りの日々の連続であり、狩る側狩られる側双方が情報を操作して内乱を起こさせようと企む。そしてついには彼らの家族にまで手をかける。
キリスト教圏の国でありながら、姦淫そして父親殺し、子供殺しなど、その内容は罪深いことばかり。麻薬王国の礎にはどれだけの屍が必要なのか、目を塞ぎたくなる光景が続く。それは正に殺戮の螺旋とも呼ぶべき血みどろの戦いの連続だ。

そんな凄惨な物語ゆえに、登場人物たちもウィンズロウならではの個性的な面々が出てくるが、裏切りと疑心の生活にまみれた者たちばかりなので、自然に各々の性格は歪んでくる。

CIA勤めからヴェトナム戦争を経験し、復員して犯罪を撲滅しているリアルを感じたいがためにDEAへ志願した主人公アート・ケラーも麻薬組織そしてその長で近しい者たちの仇でもあるアダン・バレーラら巨悪を壊滅するために自ら悪の道へと堕ちていく。

敵役のアダン・バレーラは血を見ることを嫌う麻薬組織の王だという面白い性格付けがなされている。

そして後半物語の牽引役となる美貌の高級娼婦ノーラ・ヘイデン。類稀なる美貌を持ちながら、男の心を読み、なおかつ何年もの間メキシコ麻薬王のそばで密告者として潜入する度胸を備えている。

その他風変わりな司教ファン・パレーダ、本能の赴くままに生きるアイルランド人の殺し屋ショーン・カラン、無頼派捜査官アントニオ・ラモス、などなど個性の強い人物が登場する。ただそこに道化役がいないのだ。

話は変わるが、ウィンズロウという作者の名を聞いたときにどんな作品を思い浮かべるだろう。私はシンプルな導入部から次第に錯綜する組織の利害関係が絡み合う複雑な構図を持ったプロットを、減らず口まじりの軽妙な会話とペーソスの入り混じった叙情を持たせた文体で語る作品を真っ先に思い浮かべる。
恐らくこの作家の読者の大半はそうではないだろうか?
そしてこの麻薬が生み出す凄惨な物語は一部ウィンズロウお得意の軽妙な語り口が混じってはいるものの、基本的にはハードヴァイオレンス路線の作品である。そして今までの作品の中でも最も長い上下巻合わせて1,000ページ以上にもなる大著は、面白いとは思うものの、世評の高さほどには愉しめなかった。
先にハードボイルド路線に徹した作品『歓喜の島』というのがあるが、私が楽しめなかった作品の1つでもある。この作品の出来栄えの素晴らしさは認めるものの、5ツ星を与えるほどの何かを残す作品ではなかった。
しかしこれは全く好みの問題。恐らく『ゴッド・ファーザー』が好きな人は本書を21世紀版のそれとして読み、愉しむことが十分出来る濃厚な作品である。

とにかく一口では語れない色々な内容を含んだ作品だ。本書に書かれた麻薬密輸の証拠の獲得方法―飛行場で待っているよりも偽装の滑走路を設けて逆に敵を引き寄せる―、コカインが通貨として成立する社会の話、隠密裏になされた“赤い霧”作戦、“コンドル作戦”、などなど書き足りないことは数多ある。

最後にこのなんとも素っ気無い題名「犬の力」について。
これは旧約聖書に謳われた悪を行使する心の奥底から立ち上る力のことだ。悪を滅するためにあえて悪に染まるアートの断固たる決意をメインに謳われている。もはや純然たる正義は存在しないのだ。
今までの作品でも正悪が反転し、価値観を惑わすプロットを駆使したウィンズロウが心底抱いた滾りを本書にて前面に押し出したといっていい。血と金なき正義はもはや存在しないのだとウィンズロウの叫びが感じ取れる。しかしやっぱりそれでもニール・ケアリーもしくはジャック・ウェイドの再登場を願ってしまうのだった。

Tetchy
WHOKS60S
No.2:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

犬の力の感想

まず初めに、この本はミステリではないのですが中々読ませる内容なので取り上げたということを了承していただきたい。もっとも読ませる内容といっても、まず女子供向きではないだろうということですが、
ハードボイルドや冒険小説が好みという人には十分楽しめるであろうとは思います。30年に及ぶ麻薬戦争の闘いを描いた物語ですが、残虐さや非常な暴力をリアルに描いています。
国境警備隊、FBI、DEA、州警察、連邦保安局、CIA、入国帰化局、アルコール煙草火器局、北米貿易自由協定、国家安全保障局、とキーワードはたくさん出てきますがすべての組織を動かしアート・ケラーはアダン・バレーラを追いつめます。しかし、「銀か鉛か」の囁きで汚職警官が生まれ政治家も一国の大統領さえも巨大麻薬カルテルと癒着するという現実に、その説得力あるリアルさが圧倒的なスケールで描かれ
ていて文庫本上・下の二冊のボリュームですが読み疲れるというようなことはありません。特に下巻のアート・ケラーとノーラとバレーラ兄弟との対決に向かうラストに至る後半はとても興奮しながら読みました。犬の力とは誰の心の奥底にも潜む邪悪な牙。アート・ケラーでさえも正義の名のもとにその犬の力をもって麻薬カルテルに立ち向かっていく。そんな物語であるのでこのタイトルはとても意味深で良いタイトルであると思います。

ニコラス刑事
25MT9OHA
No.1:2人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犬の力の感想

冒頭からの凄まじい暴力描写。この手の話は好みが分かれるところだとは思いますが、タイトルにマッチした追う者、追われる者の執念のようなものを感じました。
フィクションでありながら、これはこのままメキシコの現実であり、大河ドラマのような重みのある30年間の物語です。

これでもか・・・と言わんばかりの権力・暴力・欲望。
人間の愚かさはとどまるところを知らないのかとさえ思えます。
そしてアメリカやメキシコにとどまらず、何よりも国家そのものが犯罪者なのではないかと。
ギャング、マフィアとの癒着や汚職は、現実世界で実際に起こっていることでもあるし、それにからむ中南米に対するアメリカの立ち位置についても書かれていることそのままなのではないかと思います。

読み応えがありましたが、読んだ後相当疲れました。

たこやき
VQDQXTP1

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