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幻の殺意



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【この小説が収録されている参考書籍】
幻の殺意 (角川文庫)

幻の殺意の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

我々の幸せはただ砂上の楼閣過ぎないのか?

結城昌治初体験。私がこの結城昌治という作家に興味を持ったのはどういう経緯だっただろう?当時私は色んなミステリガイドを読み漁り、そこに挙げられた名作(と云われている作品)を読むことを渇望しており、手当たり次第に手を付け、買い求めていった。
その性癖は今でも変わらず、毎年年末のベストミステリランキングが発表されると、そこに名前が出てきた新進作家にどうしても食指が伸びてしまう。自然、未読作家は増えていき、自分の趣味に合うのかどうかも解らないまま、本棚の空きスペースを等比数列的に減らしているといった有様だ。

で、この結城昌治氏だが、何が私にこの作家の名を記憶に留めさせたのだろうか?
確か今も続いている双葉社の日本推理作家協会賞の文庫化シリーズの1冊として彼の『夜の終わる時』がきっかけだったように思う。その時の文庫裏表紙の説明を読み、当時稲見一良や志水辰夫の諸作に惚れ込んでいた私は内容も読まずに購入した覚えがある。
そして当時の出版状況を調べて愕然とする。この直木賞作家であり、既に物故しながらも日本のハードボイルド界の先駆的存在といわれている作者のほとんどの作品が絶版となっていたからだ。それから私の結城作品の果て無き探索の日々が始まる。あれから十数年を経て、なんと光文社文庫から結城昌治コレクションが刊行されるようになった。なんとも嬉しい限りだ(とはいえほんの数ヶ月で刊行は途絶えてしまったのだが)。

さて前口上が長くなったが、初購入から十数年目の着手という事で、その1作として選んだのが本書『幻の殺意』だ。
内容は突然家族を遠ざけるようになった高校生の息子を心配する夫婦が、ある日息子が殺人犯の容疑者として捕まり、その事件の真相を父親が独力で探るという、非常にオーソドックスな設定である。
時代背景は終戦後約20年経ち、ようやくそれぞれが人並みの生活を送れるようにまで復興した昭和の時代だ。本作の物語の根幹は終戦後間もない明日を生きるのもしれぬ喧騒の中、生きるために必死にもがいた1人の男と1人の女の間に交わされた刹那の恋が、あるごく普通の家庭にもたらした悲劇を扱っている。

ミステリとしての味わいとしては特筆するところはあまりない。息子がひた隠す真犯人(と目される人物)の正体、謎の電話の主、藤崎清三の愛人の正体は、中盤辺りで解ってしまった。ただそこから更にもう一捻り加えてあるのだが、これが逆に陳腐さを覚えてしまった。よくあるヤクザ間の面子から生じるいざこざだからだ。
また本書におけるちょっと現実ではありえない警察の不手際に戸惑った。いくら容疑者の父親とは云え、警察が安直に被害者の愛人たちの居場所を教えるだろうか?捜査の守秘義務や関係者の基本的人権を無視した行為だろう。
また主人公の父親の方が知っている被害者の関係者を警察が知らないというのも気になった(しかも警察の知らなかったその人物は後々重要になってくる)。いくらなんでもこれは警察を無能に描きすぎだろう。それともこの頃の時代では、実際警察とはこんな物だったのだろうか?

こういった瑕疵は気になるものの、最後に至る悲劇的結末はかのロスマクを想起させる。題名『幻の殺意』に込められた意味はここで生きてくる。
夫婦の幸せは幻の上に成り立っている―これこそ作者が本作で描きたかったテーマだ。まさに昭和の時代に起きた一家庭の悲劇の典型とも云える。大過無く夫婦生活を終えようとする家庭の中には実はこの幻に潜む醜い秘密が暴かれなかっただけの物もあるだろうと。私も祖父母の話を聞いたことがあるが、それは本当にドラマのような複雑な人間関係の話だった。
最後の方に出てくる一文

「そして幸福は、あるいは愛は、無知の上のみ築かれていくのか」

が痛い。
知らなくてよいことというのは確かにある。しかし本当にそれでいいのか?それは当事者のみが判断する事だろう。虚構の幸せか、現実の悲劇か?私ならどっちを選ぶだろう・・・。

しかし、私はこうも思う。
確かにその幸せは幻だったかもしれない。しかしその幻が解ける前はその幸せは確かに在ったのだと。それは幻でもなく、手応えの在った紛れもない真実だったのだと。
無から生まれ、また無に帰っていく、人の一生そのものが幻とも云える。しかしそれらの幻は確実に何かを残して消えていく。我々はそんな幻の中に生きている。

Tetchy
WHOKS60S

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