軍旗はためく下に
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本書は 結城昌治(1927-1996)による 『軍旗はためく下に』(中央公論社 1970) です。結城はスパイ小説・推理小説を 多く書いた作家ですが 本書はそのどちらでもありません。 第二次世界大戦における旧陸軍の 「軍法会議」の記録について 敗戦後、関係者に当たって証言を集め その記録の裏側に潜在する事実を確かめた ‥という検証の過程を文章にしました。 もちろんあくまで小説ですが 最前線における究極の非人間性を 「語り」によって再現しています。 明治から昭和20年の敗戦まで 旧軍の軍人を対象にした軍法という 一群の法律がありました。 「陸軍刑法」はその一例です。 軍法に基づいて「軍法会議」が 開かれます。これは軍人・軍属を 裁くための「特別裁判所」です。 戒厳令下の地域では民間人が裁かれる こともあったようです。 もちろん現在の憲法で「特別裁判所」は 禁止されています。 本書は5つの短編から成ります。 初出は雑誌『中央公論』で 1969年11月号から1970年4月号まで 連載されました。著者が 本書を執筆するきっかけになったのは 1952年頃 恩赦事務所に携わていたため 旧軍における厖大な軍法会議の記録を 読んだことです。すると 軍法会議の判決文に矛盾があったり 齟齬(そご)があったり 真実は別であったり そもそも軍法会議が開かれないで 処刑されているのではないかと 疑わせるケースがあったりした由です。 それで関係者(敗戦前は軍人として 最前線あるいは後衛にいた人々)を 探して取材したことが本書執筆の 動機につながった由です。 5つの短編の裏には具体的なケース (裁判用語としての「事件」)が ありましたが人名を変えたり 架空の地名を用いたりするなどして 小説にしました。繰り返しますが あくまで小説です。しかし逆に 小説という形式でしか描けない 「真実」も存在するようです。 5つの短編のタイトルは次の通りです。 ①『敵前逃亡・奔敵』 ②『従軍免脱』 ③『司令官忌避』 ④『敵前党与逃亡』 ⑤『上官殺害』 ‥これらのうち 「敵前逃亡」「上官殺害」などは 一般用語として理解できますが 「奔敵」「党与逃亡」などは 初めて目にする単語でした。 実は5つのタイトルはすべて 軍法用語であり具体的には 「陸軍刑法」が定める「罪名」 になっているのでした。 本書は短編のタイトルがあって そのページをめくるとウラに 「陸軍刑法」から「条文」を引用して 「罰条」を読者に提示している ーーという本の作りになっています。 各短編の「タイトル=罪名」とそれに 対応する「罰条」を記すと次の通りです。 ①敵前逃亡=陸軍刑法第75条 奔敵=同第77条 (「註」で「敵前」を定義) ②従軍逸脱=陸軍刑法第55条 ③司令官忌避=陸軍刑法第42条 ④敵前党与逃亡=陸軍刑法第76条 (「註」で「党与」を定義) ⑤上官殺害=陸軍刑法第63条の3 ‥このうち 「奔敵」は「敵に奔(はし)る」と読み 一般には「降伏する」ことを意味しますが 本書によりますと「負傷して敵に一時的に 捕まること」なども含めて広義に解釈 されていたようです。 また「敵前党与逃亡」とは 「党与して」敵前逃亡することで 「集団で」「徒党を組んで」を 意味します。 本書で取り上げられた5つの「罪名」 については 「敵前逃亡」「奔敵」 「従軍逸脱」 「敵前党与逃亡」は 最高刑が「死刑」です。 「上官忌避」と「上官殺害」は 「死刑」しかありません (死刑以外の罰がありません)。 こうして陸軍刑法をほんの少し 見ただけでも旧陸軍が 階級が上に行けば行くほど極楽で 下に行けばいくほど地獄であった ことが分かります。 本書本文の冒頭(p.3)で 『戦陣訓』からの引用があり 「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず 死して罪過の汚名を残すことなかれ」 とあります。 みなさんご存知の通り 戦陣訓は1941年1月8日 陸軍大臣・東條英機(1884-1948) によって全陸軍に示達されました。 日中戦争(1937-1945)が泥沼化し (例えば「奔敵」が増加するなど) 軍規のみだれが看過できなくなっていたため 綱紀粛正のために制定されました。 よく知られた上の引用文が示唆するように 無用の死を増加させる結果となりました。 もともと「陸軍刑法」が存在した上に 「戦陣訓」が示達され それは「勅諭」と同等の存在とされましたから 「軍人勅諭」「教育勅語」と同じように 「超法規的存在」となって 「陸軍刑法」よりも上位に存在しました。 軍法よりも上位の存在があることは 軍の合理性を考えるときに疑問です。 それが本書でも語られているように 軍法会議が開かれないまま 即決即断で刑(最高刑の死刑)の執行という 違法行為を生んだ可能性が指摘されています。 本書をもとに映像化もされたようですが 私はそちらは全く見ていません。 小説の構造として考えると よく言われますように 芥川龍之介(1892-1927)の 『藪の中』に似ているところがあります。 要するに三者三様であったり 十者十様であったりします。 聴き取りに対して皆がそれぞれ違ったことを 「これが事実だ」と言う点は 本書と『藪の中』は似ています。 180度違う点は、『藪の中』では 三者がいずれも「悪いのは私だ」と 自分の罪を認めるのに対して 本書では 「おれは知らない」「おれは無罪だ」 と責任を回避する人が少なくない点です。 もちろんまれに「真実」を暴露する 人も登場します。小説の形態としては 「両論併記」「各論併記」になっています。 一番衝撃的なのは 4番目の短編「敵前党与逃亡」で 「◯◯は上官を殺して食べた」 と証言するくだりでしょう。 大戦末期のフィリピンやビルマで カニバリズムが発生したことは フランス文学者・作家の 大岡昇平(1909-1988)が 『俘虜記』『レイテ戦記』において 示唆しています。 本書は1970年 直木賞を受賞しました。著者はその時 既に作家として活躍していたので 「今さら」という意見もあったようですが 「だからと言って作品の価値が下がるわけではない」 と受賞に至ったようです。 ただしタイトルに対して 作家・村上兵衛(1923-2003)が 疑義を唱えました。 「軍旗ははためかない」 と主張しました。旧陸軍においては 「軍旗」とは「連隊旗」を指し 天皇陛下から連隊に親授される形をとり 戦場においてはその代理とみなされる こともあったようです。 古い話ですが西南戦争で官軍の 乃木希典(1849-1912)が 賊軍(薩軍)に軍旗(連隊旗)を奪われ 後に殉死したのは、日露戦争で大量の 戦死者を出したことよりも 西南戦争で軍旗を奪われたことを 苦にしていたとする説もあります。 村上兵衛は 東京府立四中→広島幼年学校→陸士(57期) という選良道を歩み 近衛歩兵第一連隊では連隊旗手を務めました。 村上によると連隊旗手は名誉ではあるが その責任は重大であり、かつ 連隊旗は物理的にも相当重かったため (原則軍旗は更新もしない) 風によって「はためく」ものではない と異議を唱えた由です。 その昔 まだボナパルト将軍だった時代の ナポレオン一世(1769-1821)が イタリア戦役の「アルコレ橋」の戦い (1796)で司令官みずから軍旗を 掲げて突撃したという伝説があります。 風にはためいているように見えないことも ないような絵画が残されていますが それは忖度した「芸術」であろうと 現在では解釈されています。 なお 陸軍では軍旗は連隊旗を指しますが 海軍では軍艦旗を指すことになります。 著者の結城は大戦末期 海軍特別幹部練習生を希望し 武山海兵団(横須賀)に入団しますが 結核のため1週間で帰郷しています。 軍艦旗なら風にはためくイメージが ありますので 「軍旗はためく下に」と題したのかも しれません。5つの短編は 旧陸軍が舞台ではありますが フィリピンあたりで連合艦隊を 目の当たりにする場面も一瞬 挿入されています。著者の言う軍旗は 軍艦旗だったと解釈することも 不可能ではありませんが不自然です。 最後に旧陸軍においては 軍旗(連隊旗)が親授されていたことは 既に述べた通りですがそれは 「歩兵科」と「騎兵科」だけでした。 その他の兵科 例えば「工兵科」「輜重科」などには そもそも軍旗(連隊旗)が存在しなかった という証言を読んだことがあります。 旧陸軍の傾向として ①作戦参謀による無謀な作戦。 ②負けても責任をとらない参謀。 ③兵站・補給の無視・軽視。 ④軍隊内の強固な階層構造。 ⑤内務班による犯罪的いじめ・しごき。 ⑥火力の軽視と白兵戦至上主義。 ⑦最後は歩兵の銃剣突撃という決戦思想。 ‥がなどが指摘されます。 「ノモンハン」(1939)で壊滅的に敗北しても 歩兵による白兵戦(銃剣突撃)に固執し 兵站と補給を無視し 例えば「インパール作戦」(1944)を 強行した体質がよく表れています。 旧陸軍の本質的な問題なので 「工兵科」「輜重科」に軍旗(連隊旗)がなく 「歩兵科」と「騎兵科」にのみ親授された という点を著者には描いてほしかったと思います。 | ||||
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陸軍刑法によって理不尽な死を遂げた兵士達の物語 2015年8月27日 Amazonで購入 形式: Kindle版 ー「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」(「戦陣訓」)より この一行から始まる「敵前逃亡・奔敵」をはじめ、「従軍免脱」、「司令官逃避」、「敵前堂与逃亡」、「上官殺害」 の5つの話が「回想録を作るための聞き取り」と言う形で複数の元軍人達の口から語られる。 ……… ……… ……… ……… ……… 敗戦後24年以上経ち「戦友会」の出席者も減り、回想録をまとめようと言う話が出た。原稿を募ると、将校や下士官だった者の手柄話が多く、部隊の大多数を占めていた兵隊の話が殆ど欠けている。これでは、自分達の過ごしたあの青春を、次の世代の青春に伝えることにはならない、と編集委員で手分けして聞き取りをすることになった。 「私」がその中でも軍法会議で処断された戦友の話を受け持つことになったのは、戦後恩赦関係の仕事をする機会があり、軍隊内の犯罪が意外と多いことを知ったからであると言う。 そう、この5つの話は、全て「陸軍刑法に基づいて処刑された兵士」の話である。本書で語られるのは、敵と戦って死ぬのではなく、自国の軍部から見捨てられ、あるいは軽んじられた兵士達が軍法と言う名の元に死刑にされて行く話だった。 ここに書かれる「命」の何と軽い事か…。虫けら同然、と言う比喩があるが、自然界で生きる虫の方が余程ましだと思うほど下級兵士の命は軽い。 彼らに何ら特殊な思想は無い。ただ、命じられるがまま動かなければ死ぬ。動いても死ぬ。目の前の敵と飢えとの戦い。恐怖。その平凡な兵士が、ひょんな事で軍規違反に問われ処刑されて行く。本人達は、反旗を翻そうなどと思っておらず、ひたすら戦争が早く終わって内地に帰りたいと思う者ばかりなのに…。 中でも「敵前党与逃亡」の馬渊軍曹の話は、まるで芥川の「薮の中」である。処刑された証拠が一切無いにも関わらず、厚生省の名簿に名前が連名記載されていると言うだけで、遺族は不名誉を負い遺族援護を却下され、不服申立て後15年経っても全く話が前に進まない。 馬渊軍曹を知る人々を訪ねると、逃亡などとんでもない、戦死だ、と言う者あり、記載ミスだと思うと言う者あり、仲間を庇っているだけで、やはり逃亡があったと思うと言う者あり、聞けば聞くほどに真相は薮の中。 そして証拠として残っているべき書類が無いのに、厚生省に名簿があるから、遺族年金も支払われず、犯罪者として扱われたまま月日は過ぎて行く。 処刑された兵士の仲間の回想を聞き出すにつれ浮かび上がる軍上層部の腐敗。乱れた軍における軍規の雑な扱い。上官は部下を殺害しても罪に問われないのに、底辺の兵士が自分の命を守ろうとした行動は安易に裁かれ、処刑される理不尽さ。 この話は多くの資料に基づいたフィクションである事はわかっていても、極限状況下で自国の軍規により安易に死刑にされた兵士達の無念と、生き残ってなお声をあげる事をためらう元兵士の見聞きした戦場の異常と悲惨が、鮮明に見えてくる一冊だった。 2015年8月12日 19:13:59 の変更内容が競合しています: 『軍旗はためく下に』 結城昌治 中公文庫BIBRIO Kindle版 こちらで先日ご紹介があった本。 ー「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」(「戦陣訓」)より この一行から始まる「敵前逃亡・奔敵」をはじめ、「従軍免脱」、「司令官逃避」、「敵前堂与逃亡」、「上官殺害」 の5つの話が「回想録を作るための聞き取り」と言う形で複数の元軍人達の口から語られる。 ……… ……… ……… ……… ……… 敗戦後24年以上経ち「戦友会」の出席者も減り、回想録をまとめようと言う話が出た。原稿を募ると、将校や下士官だった者の手柄話が多く、部隊の大多数を占めていた兵隊の話が殆ど欠けている。これでは、自分達の過ごしたあの青春を、次の世代の青春に伝えることにはならない、と編集委員で手分けして聞き取りをすることになった。 「私」がその中でも軍法会議で処断された戦友の話を受け持つことになったのは、戦後恩赦関係の仕事をする機会があり、軍隊内の犯罪が意外と多いことを知ったからであると言う。 そう、この5つの話は、全て「陸軍刑法に基づいて処刑された兵士」の話である。本書で語られるのは、敵と戦って死ぬのではなく、自国の軍部から見捨てられ、あるいは軽んじられた兵士達が軍法と言う名の元に死刑にされて行く話だった。 ここに書かれる「命」の何と軽い事か…。虫けら同然、と言う比喩があるが、自然界で生きる虫の方が余程ましだと思うほど下級平常の命は軽い。 彼らに何ら特殊な思想は無い。ただ、命じられるがまま動かなければ死ぬ。動いても死ぬ。目の前の敵と飢えとの戦い。恐怖。その平凡な兵士が、ひょんな事で軍規違反に問われ処刑されて行く。本人達は、反旗を翻そうなどと思っておらず、ひたすら戦争が早く終わって内地に帰りたいと思う者ばかりなのに…。 中でも「敵前党与逃亡」の馬渊軍曹の話は、まるで芥川の「薮の中」である。処刑された証拠が一切無いにも関わらず、単に厚生省の名簿に名前が連名記載されていると言うだけで、遺族は家族の不名誉を負い異族援護を却下され、不服申立て後15年経っても全く話が前に進まない。 馬渊軍曹を知る人々を訪ねると、逃亡などとんでもない、戦死だ、と言う者あり、記載ミスだと思うと言う者あり、仲間を庇っているだけで、やはり逃亡があったと思うと言う者あり、聞けば聞くほどに真実はわからない。そして証拠として残っているべき書類が無いのに、厚生省に名簿だけがあるから、遺族年金も支払われず、犯罪者として扱われたまま月日は過ぎて行く。 前線で戦って、処刑された兵士の真相を紐解くにつれ浮かび上がる上層部の腐敗。乱れた軍における軍規の雑な扱い。上官は部下を殺害していても罪に問われないのに、底辺の兵士が自分の命を守ろうとした行動が安易に裁かれ、処刑される理不尽さ。この話は多くの資料に基づいたフィクションである事はわかっていても、極限状況で自国の軍規に余りにも安易に死刑にされた兵士達の無念が哀れでならない。 2015年8月12日 19:14:17 の変更内容が競合しています: 『軍旗はためく下に』 結城昌治 中公文庫BIBRIO Kindle版 こちらで先日ご紹介があった本。 ー「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」(「戦陣訓」)より この一行から始まる「敵前逃亡・奔敵」をはじめ、「従軍免脱」、「司令官逃避」、「敵前堂与逃亡」、「上官殺害」 の5つの話が「回想録を作るための聞き取り」と言う形で複数の元軍人達の口から語られる。 ……… ……… ……… ……… ……… 敗戦後24年以上経ち「戦友会」の出席者も減り、回想録をまとめようと言う話が出た。原稿を募ると、将校や下士官だった者の手柄話が多く、部隊の大多数を占めていた兵隊の話が殆ど欠けている。これでは、自分達の過ごしたあの青春を、次の世代の青春に伝えることにはならない、と編集委員で手分けして聞き取りをすることになった。 「私」がその中でも軍法会議で処断された戦友の話を受け持つことになったのは、戦後恩赦関係の仕事をする機会があり、軍隊内の犯罪が意外と多いことを知ったからであると言う。 そう、この5つの話は、全て「陸軍刑法に基づいて処刑された兵士」の話である。本書で語られるのは、敵と戦って死ぬのではなく、自国の軍部から見捨てられ、あるいは軽んじられた兵士達が軍法と言う名の元に死刑にされて行く話だった。 ここに書かれる「命」の何と軽い事か…。虫けら同然、と言う比喩があるが、自然界で生きる虫の方が余程ましだと思うほど下級平常の命は軽い。 彼らに何ら特殊な思想は無い。ただ、命じられるがまま動かなければ死ぬ。動いても死ぬ。目の前の敵と飢えとの戦い。恐怖。その平凡な兵士が、ひょんな事で軍規違反に問われ処刑されて行く。本人達は、反旗を翻そうなどと思っておらず、ひたすら戦争が早く終わって内地に帰りたいと思う者ばかりなのに…。 中でも「敵前党与逃亡」の馬渊軍曹の話は、まるで芥川の「薮の中」である。処刑された証拠が一切無いにも関わらず、単に厚生省の名簿に名前が連名記載されていると言うだけで、遺族は家族の不名誉を負い異族援護を却下され、不服申立て後15年経っても全く話が前に進まない。 馬渊軍曹を知る人々を訪ねると、逃亡などとんでもない、戦死だ、と言う者あり、記載ミスだと思うと言う者あり、仲間を庇っているだけで、やはり逃亡があったと思うと言う者あり、聞けば聞くほどに真実はわからない。そして証拠として残っているべき書類が無いのに、厚生省に名簿だけがあるから、遺族年金も支払われず、犯罪者として扱われたまま月日は過ぎて行く。 前線で戦って、処刑された兵士の真相を紐解くにつれ浮かび上がる上層部の腐敗。乱れた軍における軍規の雑な扱い。上官は部下を殺害していても罪に問われないのに、底辺の兵士が自分の命を守ろうとした行動が安易に裁かれ、処刑される理不尽さ。この話は多くの資料に基づいたフィクションである事はわかっていても、極限状況で自国の軍規に余りにも安易に死刑にされた兵士達の無念が哀れでならない。 | ||||
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怨霊消せず虫けらの兵!「軍人勅諭」の狂暴を実写!この国の大過! | ||||
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ー「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」(「戦陣訓」)より この一行から始まる「敵前逃亡・奔敵」をはじめ、「従軍免脱」、「司令官逃避」、「敵前堂与逃亡」、「上官殺害」 の5つの話が「回想録を作るための聞き取り」と言う形で複数の元軍人達の口から語られる。 敗戦後24年以上経ち「戦友会」の出席者も減り、回想録をまとめようと言う話が出た。原稿を募ると、将校や下士官だった者の手柄話が多く、部隊の大多数を占めていた兵隊の話が殆ど欠けている。これでは、自分達の過ごしたあの青春を、次の世代の青春に伝えることにはならない、と編集委員で手分けして聞き取りをすることになった。 「私」がその中でも軍法会議で処断された戦友の話を受け持つことになったのは、戦後恩赦関係の仕事をする機会があり、軍隊内の犯罪が意外と多いことを知ったからであると言う。 そう、この5つの話は、全て「陸軍刑法に基づいて処刑された兵士」の話である。本書で語られるのは、敵と戦って死ぬのではなく、自国の軍部から見捨てられ、あるいは軽んじられた兵士達が軍法と言う名の元に死刑にされて行く話だった。 ここに書かれる「命」の何と軽い事か。虫けら同然、と言う比喩があるが、自然界で生きる虫の方が余程ましだと思うほど下級兵士の命は軽い。 彼らに何ら特殊な思想は無い。ただ、命じられるがまま動かなければ死ぬ。動いても死ぬ。目の前の敵と飢えとの戦い。恐怖。その平凡な兵士が、ひょんな事で軍規違反に問われ処刑されて行く。本人達は、反旗を翻そうなどと思っておらず、ひたすら戦争が早く終わって内地に帰りたいと思う者ばかりなのに。 中でも「敵前党与逃亡」の馬渊軍曹の話は、まるで芥川の「薮の中」である。処刑された証拠が一切無いにも関わらず、厚生省の名簿に名前が連名記載されていると言うだけで、遺族は不名誉を負い遺族援護を却下され、不服申立て後15年経っても全く話が前に進まない。 馬渊軍曹を知る人々を訪ねると、逃亡などとんでもない、戦死だ、と言う者あり、記載ミスだと思うと言う者あり、仲間を庇っているだけで、やはり逃亡があったと思うと言う者あり、聞けば聞くほどに真相は薮の中。 そして証拠として残っているべき書類が無いのに、厚生省に名簿があるから、遺族年金も支払われず、犯罪者として扱われたまま月日は過ぎて行く。 処刑された兵士の仲間の回想を聞き出すにつれ浮かび上がる軍上層部の腐敗。乱れた軍における軍規の雑な扱い。上官は部下を殺害しても罪に問われないのに、底辺の兵士が自分の命を守ろうとした行動は安易に裁かれ、処刑される理不尽さ。 この話は多くの資料に基づいたフィクションである事はわかっていても、極限状況下で自国の軍規により安易に死刑にされた兵士達の無念と、生き残ってなお声をあげる事をためらう元兵士の見聞きした戦場の異常と悲惨が、鮮明に見えてくる一冊だった。 2015年8月12日 19:13:59 の変更内容が競合しています: 『軍旗はためく下に』 結城昌治 中公文庫BIBRIO Kindle版 こちらで先日ご紹介があった本。 ー「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」(「戦陣訓」)より この一行から始まる「敵前逃亡・奔敵」をはじめ、「従軍免脱」、「司令官逃避」、「敵前堂与逃亡」、「上官殺害」 の5つの話が「回想録を作るための聞き取り」と言う形で複数の元軍人達の口から語られる。 敗戦後24年以上経ち「戦友会」の出席者も減り、回想録をまとめようと言う話が出た。原稿を募ると、将校や下士官だった者の手柄話が多く、部隊の大多数を占めていた兵隊の話が殆ど欠けている。これでは、自分達の過ごしたあの青春を、次の世代の青春に伝えることにはならない、と編集委員で手分けして聞き取りをすることになった。 「私」がその中でも軍法会議で処断された戦友の話を受け持つことになったのは、戦後恩赦関係の仕事をする機会があり、軍隊内の犯罪が意外と多いことを知ったからであると言う。 そう、この5つの話は、全て「陸軍刑法に基づいて処刑された兵士」の話である。本書で語られるのは、敵と戦って死ぬのではなく、自国の軍部から見捨てられ、あるいは軽んじられた兵士達が軍法と言う名の元に死刑にされて行く話だった。 ここに書かれる「命」の何と軽い事か。虫けら同然、と言う比喩があるが、自然界で生きる虫の方が余程ましだと思うほど下級平常の命は軽い。 彼らに何ら特殊な思想は無い。ただ、命じられるがまま動かなければ死ぬ。動いても死ぬ。目の前の敵と飢えとの戦い。恐怖。その平凡な兵士が、ひょんな事で軍規違反に問われ処刑されて行く。本人達は、反旗を翻そうなどと思っておらず、ひたすら戦争が早く終わって内地に帰りたいと思う者ばかりなのに。 中でも「敵前党与逃亡」の馬渊軍曹の話は、まるで芥川の「薮の中」である。処刑された証拠が一切無いにも関わらず、単に厚生省の名簿に名前が連名記載されていると言うだけで、遺族は家族の不名誉を負い異族援護を却下され、不服申立て後15年経っても全く話が前に進まない。 馬渊軍曹を知る人々を訪ねると、逃亡などとんでもない、戦死だ、と言う者あり、記載ミスだと思うと言う者あり、仲間を庇っているだけで、やはり逃亡があったと思うと言う者あり、聞けば聞くほどに真実はわからない。そして証拠として残っているべき書類が無いのに、厚生省に名簿だけがあるから、遺族年金も支払われず、犯罪者として扱われたまま月日は過ぎて行く。 前線で戦って、処刑された兵士の真相を紐解くにつれ浮かび上がる上層部の腐敗。乱れた軍における軍規の雑な扱い。上官は部下を殺害していても罪に問われないのに、底辺の兵士が自分の命を守ろうとした行動が安易に裁かれ、処刑される理不尽さ。この話は多くの資料に基づいたフィクションである事はわかっていても、極限状況で自国の軍規に余りにも安易に死刑にされた兵士達の無念が哀れでならない。 2015年8月12日 19:14:17 の変更内容が競合しています: 『軍旗はためく下に』 結城昌治 中公文庫BIBRIO Kindle版 こちらで先日ご紹介があった本。 ー「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」(「戦陣訓」)より この一行から始まる「敵前逃亡・奔敵」をはじめ、「従軍免脱」、「司令官逃避」、「敵前堂与逃亡」、「上官殺害」 の5つの話が「回想録を作るための聞き取り」と言う形で複数の元軍人達の口から語られる。 敗戦後24年以上経ち「戦友会」の出席者も減り、回想録をまとめようと言う話が出た。原稿を募ると、将校や下士官だった者の手柄話が多く、部隊の大多数を占めていた兵隊の話が殆ど欠けている。これでは、自分達の過ごしたあの青春を、次の世代の青春に伝えることにはならない、と編集委員で手分けして聞き取りをすることになった。 「私」がその中でも軍法会議で処断された戦友の話を受け持つことになったのは、戦後恩赦関係の仕事をする機会があり、軍隊内の犯罪が意外と多いことを知ったからであると言う。 そう、この5つの話は、全て「陸軍刑法に基づいて処刑された兵士」の話である。本書で語られるのは、敵と戦って死ぬのではなく、自国の軍部から見捨てられ、あるいは軽んじられた兵士達が軍法と言う名の元に死刑にされて行く話だった。 ここに書かれる「命」の何と軽い事か。虫けら同然、と言う比喩があるが、自然界で生きる虫の方が余程ましだと思うほど下級平常の命は軽い。 彼らに何ら特殊な思想は無い。ただ、命じられるがまま動かなければ死ぬ。動いても死ぬ。目の前の敵と飢えとの戦い。恐怖。その平凡な兵士が、ひょんな事で軍規違反に問われ処刑されて行く。本人達は、反旗を翻そうなどと思っておらず、ひたすら戦争が早く終わって内地に帰りたいと思う者ばかりなのに。 中でも「敵前党与逃亡」の馬渊軍曹の話は、まるで芥川の「薮の中」である。処刑された証拠が一切無いにも関わらず、単に厚生省の名簿に名前が連名記載されていると言うだけで、遺族は家族の不名誉を負い異族援護を却下され、不服申立て後15年経っても全く話が前に進まない。 馬渊軍曹を知る人々を訪ねると、逃亡などとんでもない、戦死だ、と言う者あり、記載ミスだと思うと言う者あり、仲間を庇っているだけで、やはり逃亡があったと思うと言う者あり、聞けば聞くほどに真実はわからない。そして証拠として残っているべき書類が無いのに、厚生省に名簿だけがあるから、遺族年金も支払われず、犯罪者として扱われたまま月日は過ぎて行く。 前線で戦って、処刑された兵士の真相を紐解くにつれ浮かび上がる上層部の腐敗。乱れた軍における軍規の雑な扱い。上官は部下を殺害していても罪に問われないのに、底辺の兵士が自分の命を守ろうとした行動が安易に裁かれ、処刑される理不尽さ。この話は多くの資料に基づいたフィクションである事はわかっていても、極限状況で自国の軍規に余りにも安易に死刑にされた兵士達の無念が哀れでならない。 | ||||
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