■スポンサードリンク


善良な男



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!
【この小説が収録されている参考書籍】
善良な男 (ハヤカワ文庫NV)

善良な男の評価: 8.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点8.00pt

■スポンサードリンク


サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(8pt)

いい男ぢゃないか!

古くは『ストーカー』、『邪教集団トワイライトの襲撃』、『ウィスパーズ』、『ウォッチャーズ』、そして最近では『ハズバンド』、『チックタック』といった一連の逃亡物、クーンツ独特のノンストップアクションだ。
そして上にも挙げたように、これらの作品においてクーンツは傑作が多く、逆に最近の同じ系譜の作品が最後に悪い意味で裏切られる傾向にあったのだが、本作でとうとうそれらの忸怩たる思いが一気に解消された。
とにかく本作ではクーンツの悪い特徴である勿体ぶったところが全くなく、いきなり物語の核心から始まるところが非常によい。往年のノンストップアクションスリラーが帰ってきたかのように、物語はどんどん加速度をつけて進んでいく。

主人公のティム・キャリアーは朝起きては仕事場でレンガ工として働き、仕事が終わると行きつけのバーで旧友と他愛もない会話を楽しみ、家に帰って寝ては、また翌日から仕事に向かうという単調で安定した生活を送る独身男性だ。
最初は殺し屋と間違われたことで、それら安定した生活が終わりを告げる。赤の他人の命をそのまま殺し屋に委ねて、自らの安寧を固持してもよかったのだが、自らの心に問うてみるとやはりそれは出来なかった。そして彼には彼女を守る“力”があった。

このティムの秘密は、物語の進行で折に触れ、小出しに触れられるが、最後の最後でようやく全貌が明らかになる。それは色々なアクション映画や同種の小説を読んできた者にしてみれば、特段意外な正体という物でもなく、十分予想が付く物だが、今回はそれで語られる周辺のエピソードが非常に心地よい。これについては後で話そう。

翻って不幸にも標的となった女性リンダ・パケット。TVも持たず、キッチンと車庫の間の壁を取っ払い、台所に自身お気に入りの39年式のフォードを停めている作家だ。彼女はペンネームで何冊かの小説を上梓しているが、それはいずれも己の内なる憤怒をぶちまけた物である。何ゆえ彼女がそれほどまでに世間に対し、人間に対し怒りを持っているのか、それは後半で明らかになる。
このリンダが幼い頃に味わった不幸、家族が経営している保育園が、モンスターペアレントの心無い悪評で、幼児虐待施設となり、両親ともども幼児嗜好の高い性的倒錯者だと周囲に刷り込まれ、実刑判決が下り、共に刑務所で服役中に死亡するという救いのない話は、『ドラゴン・ティアーズ』から続くクーンツの裏テーマ“狂気の90年代”に他ならない。

そして彼らを執拗に追うクライト。クーンツ諸作に出てくる絶望的なまでに狂気を湛えた殺人鬼同様、彼もまた異常な価値観と自己陶酔の気を持った自信家であり、また狂気に満ち溢れた人物として描かれている。
自らを世界の皇帝と称し、世界は全て自身の都合のいいように便宜を図り、失敗する事など微塵も信じない男。その精神の安定性は一種独特の狂気がなせる業なのだが、とにかく変わった人物だ。常にR・Kのイニシャルを持った偽名を使い、自分の家を持たず、他人の家を自分の家として留守の間に勝手にシャワーを使い、料理を食べ、ベッドで寝る、普通の神経では考えられない男だ。よくもまあ、クーンツはこんな特異な人物を次から次へと考え付くものである。

物語の主題はこの2人と1人の逃亡・追跡にあるのだが、もう1つ“何故リンダは命を狙われるようになったのか?”という謎がある。昨今のクーンツ作品と本作が違うのはこれについてもきちんと答えを用意していることだ。しかもクライトとの決着がついた後に30ページ弱を費やしてこの辺について語り、更に決着までつけている。しかもそれが読書の余韻を静かに誘う。
真相は陳腐といえば陳腐。
こういう風に書いていくと、本作がなぜこれほどまでに私の中で評価が高いのかが一向に理解できないと思われるだろうが、この作品にはクーンツ一連の単なるジェットコースター型ノンストップアクション小説とは一線を画す味付けが最後に施されていたからだ。

最近になって再び刊行が顕著になってきたクーンツ。
とはいえ『ハズバンド』、『対決の刻』、『チックタック』と続いた一連の作品は消化不足感が拭えず、フラストレーションが溜るばかりだったが、ここに来てようやく快作が出た。傑作とまでは云わないまでも、クーンツ作品の中でも私の中では上位に入る作品となったことを付記しておこう。


▼以下、ネタバレ感想

※ネタバレの感想はログイン後閲覧できます。[]ログインはこちら

Tetchy
WHOKS60S

スポンサードリンク

  



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!