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狙撃



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【この小説が収録されている参考書籍】
狙撃 (新潮文庫―チャーリー・マフィンシリーズ)

狙撃の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点7.00pt

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サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(7pt)

おおっ、『ジャッカルの日』だな、こりゃ

日本から戻り、再び閑職のデスクワークに従事して燻っていたチャーリーにもたらされた任務はまたもやロシアからのKGB要員の亡命に関するもの!

いやあ2作続けてロシアからの亡命者をテーマにするということは、恐らく彼が取材で得たKGBの情報を余すところなく自作で使いたかったようだ。

前作『暗殺者を愛した女』ではKGBの暗殺者の亡命がテーマだったが、本書ではKGBの暗号作成部門の上職位者による亡命で名も無きKGBの暗殺者がどこかの誰かを暗殺するという情報からチャーリーがその計画を阻止するという、いわばフリーマントル版『ジャッカルの日』とも云うべきミステリとアクション風味が色濃く合わさったエンタテインメント作品になっている。

そんな謎の暗殺者を突き止めていくMI6、CIA、モサドのそれぞれの代表者たちのうち、やはりチャーリーの冴えが光る。自分が生き残ることを第一義としてきた窓際スパイゆえの周囲の欺き方、身の隠し方、振舞い方に加えて一時期ロシアで暮らした事で得た彼らの国民性をも熟知しており、一見何の隙もないと思われた影なき暗殺者のロシア人故の不自然な振る舞いを手掛かりに突き止めていく辺りは実にスリリングでしかも痛快だった。

そんなチャーリー・マフィンの明敏さを目の敵として本部より非協力的であれと命ぜられていたCIAエージェントのロジャー・ジャイルズも認め、本部の命令に背いてまでチャーリーに力を貸す。
プロがプロを認めたこの瞬間だ。こういうエピソードは本当に胸のすく思いがする。

そして本書のミソは舞台がスイスのジュネーヴであることだ。
永世中立国であるスイスではテロに対する部門はあるものの、そもそもテロが起きるという発想がなく、平和のイメージを損ねることを嫌う。従って本書の防諜部長ルネ・ブロンはそんなスイスの空気の読めなさを象徴するような道化役になっている。

さて本書では今までにも増して諜報機関に従事する人々の織り成す人間喜劇と云う色合いが濃くなっている。

まず前作から引き継がれるハークネス次長とチャーリーの確執は一層強まっており、経理畑の長かったハークネスはチャーリーが経費を騙くらかそうとしているのをどうにか阻止しようと様々な書類を提出させようとしている。この辺はもう会社のお堅い経理部長そのもので、日本のサラリーマンならば苦笑を禁じ得ないところだろう。
そしてチャーリーの経費に腐心するあまり、MI6としての本来の任務―工作員の捜索と国の安全維持―に関する作戦の立案については全く考えていないところを部長のウィルソン卿に指摘され、何も云えなくなる件は実に傑作だ。

またチャーリーだけに留まらず、各国の諜報活動に携わる人物たちも同様で、例えば円満な離婚を迎えようとしているCIA情報部員のロジャー・ジャイルズの妻バーバラは離婚の理由については思い当たるふしがないとしながらも、情報部員の妻であるのに夫の仕事に何もドキドキハラハラしない事が不思議でならないと述べる。
つまり彼女にとって情報部員の妻として描いていた生活が一般人のそれとなんら変わらないことが不満だったのだ。

しかし本書のタイトルはディック・フランシスの競馬シリーズを想起させる『狙撃』の二文字のみでシリーズに共通してきた『~した男』や『~した女』という定型から離れている。
また原題もそれまでチャーリー・マフィンの名前が冠されていたが本書では“The Run Around”と異なっている。さらに本書は『亡命者はモスクワをめざす』から始まったKGB対チャーリー・マフィンの流れを汲んでいるようだ。

しかもエピローグではKGBのベレンコフがとうとうナターリャ・フェドーワに目を付けたところで幕を閉じ、不穏な空気を纏わせている。

それなのに次作“Comrad Charlie”は未訳のままで、恐らく邦訳はされないだろう。
ナターリャに一体何が起きたのか。シリーズのその後を読んでいる ので彼女らの安穏は保たれたようだが、シリーズ読者としてはその経緯を読みたいのが性。どんな事情があるのか不明だが、全く残念でならない。

さて失礼だが、高齢ゆえにシリーズの先々が気になるところ。新潮社には決して途切れることなく最後まで邦訳を出してほしいと切に願う。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S

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