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緊急速報の評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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No.1:
(7pt)
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イスラエルという国の抱える矛盾と苦悩

私は特段中東問題に関心があるわけではなく、意識的にムスリムやイスラエルにまつわる書物に触れてきたわけではない。これは私の特異な読む作家の選び方に起因しているだけであり、マイケル・バー=ゾウハーの作品を読むようになったのもその一環に過ぎなかった。
そして本書を手に取ったのも、私がシェッツィングの諸作を読んでいるからこそのごく自然な流れなのだ。

しかしマイケル・バー=ゾウハーとニシム・ミシャルとの共著『モサド・ファイル』を読んだのは本書を読むためだったではないかと改めて読書がもたらす見えざる導きという奇縁を実感せずにはいられない。
そういえば大学時代に専攻した科目に地域研究というのがあったが、あれも中東諸国を扱ったものであったから、もしかしたらそこからアラブ諸国には薄いながらも縁があったのかもしれない。

総ページ数1,870ページの上中下巻の大作で語られる物語の舞台は今最も危険だと恐れられているイスラム諸国。これは今なお抗争が絶えないイスラエルという歪んだ構造を持つ国が建国され、それに翻弄されたユダヤ人たちの苦難に満ちた物語である。

物語は大きく2つに分けられる。
1つは危険に満ちた彼の地で活動するドイツ人ジャーナリスト、トム・ハーゲンがイスラエル政府の闇の歴史に触れたがために政府と反政府組織に追われる身になった逃亡劇だ。

もう1つは20世紀初頭にユダヤ人でパレスティナに移住してきたカーン家とシャイナーマン家という2つの家族の通じて描いたイスラエルの建国から現在に至るまでの苦闘の日々だ。

610ページ以上もある上巻の内容はほんのイントロダクションに過ぎない。上に書いた話の幕明けが入れ代わり立ち代わり語られるだけで正直物語の全体像がはっきりと見えない。
物語の核心に迫るのは中巻になってからだ。イスラエルの情報機関<シン・ベット>の極秘データをコピーしたCDをトム・ハーゲンがハッカーから手に入れるところからようやく物語は動き出す。

CDに入っていたのはシン・ベットが行ってきた標的殺害の記録だった。これが公開されれば、イスラエルが秘密裏に行った暗殺の数々が白日の下にさらされ、また世界中に潜入しているシン・ベットのエージェントの存在が明るみに出され、各国政府のターゲットにされてしまう危険性を孕んでいた。
しかしCDの中身を見ただけでは部外者であるトム・ハーゲンにとっては何の意味もないデータに過ぎなかったのに、ベテランジャーナリストとしての勘と推察力から、ハーゲンはかつての首相アリク・シャロンに対して行われた行為、つまり入院した彼は意図的に誤った処置をされ、シン・ベットによって暗殺が計画されたことを読み取ってしまう。それが災いの素となり、ここからシン・ベットと謎の第3の追手にハーゲンは追われる身になってようやく物語が加速し出す。

しかしそれでも物語はアリク・シャロンが権力の階段を上っていく有様とそれに翻弄されるカーン家の歴史がところどころに挿入され、なかなか前に進まない。

しかし読み進むにつれてアリク・シャロンの幼馴染であるカーン家がイスラエル政府の、いやアリク・シャロンの“ブルドーザー”と称される強引な政治的手腕によって住むところを転々とし、軍隊に入った息子を喪い、コツコツと築き上げた一大農場を手放す羽目になり、難民同様の生活を強いられるようにまでになる。

このカーン家が辿る数奇な運命は決して大げさな話ではないのだろう。常に周囲のアラブ諸国と、数多存在するイスラム原理主義者たちによって構成されるテロ組織の標的となってきたイスラエルという国が無理に無理を重ねて国政を維持するために行ってきた、無策とも思える政策によってそれこそ何千何万ものユダヤ人が人生を変えらざるを得なくなってきたほんの一モデルなのだろう。

世界各国に広がるユダヤ人。この旧約聖書の時代から存在し、今なお1,340万人がいると云われている、もはや原初の定義さえもあいまいになりつつある民族にはロスチャイルド家に代表される富豪もいれば、アインシュタインに代表される高い知性を備えた人物も輩出している。ノーベル賞受賞者の22%がユダヤ人であり、チェスのチャンピオンの54%を占めるという。
これら高い知性と文明、そして文化を育んできた彼らの歴史は迫害の道のりであった。そんなユダヤ人が突如聖書に謳われているシオンの丘、すなわちエルサレムに還って自身の国を持とうと提唱したシオニズム運動がそもそもイスラエル建国の始まりである。世界中に散らばるユダヤ人たちに安住の地を与えるためのこの運動が、1917年イギリス外相が支援を認めるバルフォア宣言を誘発し、1948年にイスラエルが建国される。

しかしエルサレムはまたユダヤ教のみならず、キリスト教の、そしてとりわけムスリムの聖地であったことがこの運動の大きな問題だった。
私はこの1点こそが、イスラエルという国が今なお抱えるアラブ諸国との紛争の火種だったように思える。

アラブ諸国が密集する中東とアフリカのいわば要の位置に突如ユダヤ人が押し寄せたがためにそれによって生まれた諍いは時間が解決するような程度の物ではなく、年月を重ねるにつれて刻々と深刻化するだけだった。

そしてもはや安住の地を得たユダヤ人はアラブ諸国の迫害を甘んじて受け入れなかった。彼らはモサド、シン・バットといった諜報機関を設立し、戦いを挑む。高い知性を持つ民族が作った組織はアメリカのCIAやFBI、イギリスのMI5、MI6に比肩するほど恐るべき組織となった。
『モサド・ファイル』で語られる彼らの活動内容は平和裡に暮らしている我々日本人には想像を超える内容であったことはすでにその感想に述べたとおりである。

しかし戦いは新たな戦いと多くの犠牲者を生むだけである。周囲の軋轢に押しつぶされそうになりながらどうにか国として機能するためにイスラエル政府は一つまた一つと領土を明け渡していく。そのたびに国民は移住を強いられ、難民同様の生活を強いられるのだ。

世界中に点在するユダヤ人たちに安住の地を提供する名目でいきなり作られた国でありながら、それがために周囲のアラブ人たちの反感を買い、常にテロと戦争の脅威にユダヤ人たちを晒し、穏やかな日々が訪れない。
ユダヤ人によるユダヤ人の国でありながら、その実ユダヤ人たちを苦しめている、それがイスラエルと云う歪んだ国の正体だ。そしてそれはやがてユダヤ人自身がイスラエルと云う国を崩壊させようという思想まで生み出す。

虐げられた国民の心を利用し、入植者の父と呼ばれている、いわば椅子られるの象徴的人物であるアリエル・シャロンをユダヤ人の手によって暗殺させようとする者。

ユダヤ教とイスラム教の聖地である神殿の丘を破壊し、世界中のムスリムの反感をイスラエルに向けさせて国を滅ぼそうと企む者。

物語の最後にシン・ベットの作戦本部次長のリカルド・ペールマンが述懐する。
自国を、国民を守るために周囲の国々と戦い、パレスティナ過激派集団と戦い、テロと戦ってきたのに平和が一向に訪れず、報復による報復が繰り返されるのみ。暴力の螺旋に取り込まれ、崩壊の道を辿っているのではないかと。

これほど国民や諸外国に愛されない国も珍しい。

本書はそんな周囲のアラブ諸国のみならず自国民からも恨まれるようになったイスラエルの元首の死の謎を扱った物語である。

しかし単純なエスピオナージュ的な物語ではなく、なぜそこまで疎んじられなければならなかったのかをシェッツィングはアリエル・シャロンの生い立ちと彼の友人とされる一国民であるカーン家の歩み、そしてイスラエル建国から現在に至るまでの闘争の歴史を踏まえてじっくり語っていく。

しかし私はこのイスラエルが抱える矛盾が生み出した悲劇を描くのに果たしてこれほどの分量が必要だったのか、はなはだ疑問に感じられる。実在の政治家をふんだんに盛り込みながら仔細に語る内容はそれが故に盛り込みすぎて冗長で冗漫に思えてならない。

相変わらず引き算をしない作家だという思いを新たにした。“調べたこと全部盛り”と勘繰らざるを得ないほど、情報過多であり、正直上巻の中身を読むと、これほどの紙幅を割く必要があったのかと首を傾げざるを得ないエピソードが満載である。しかも文体はどこか酔ったところがあり、その独特のリズムに馴れるのも難しいし、またなかなか頭に入ってこないきらいもある。

また過去のパートが異常に長く、これが現代の物語のスピード感を殺いでいるように感じた。
アラブの国々の真ん中に突如建国されたユダヤ人の国イスラエルの成立ちとこの国と周囲のアラブ諸国の因縁の争いの歴史は戦争と和平の道の二者選択の中で国内でも意見が割れ、矛盾を抱えて歴史を刻んでいくのだが、果たしてこれを詳細に語ることがこの小説にとって有益であったのかと疑ってしまう。
カーン家の苦難に満ちた人生の道程の物語も読ませることは読ませるが、これらのエピソードは通常の小説であれば物語の後半に1、2章割いてターニングポイントを子細に語ることに集中するだけで読者の心に、この一家族が抱いた苦しみを刻み込むに十分だろう。

そしてこれほどタイトルと内容がそぐわない作品も珍しい。原題が“Breaking News”だからこの邦題は間違いではないが、この題名から想起されるスクープや特ダネを追うジャーナリストたちの戦々恐々とした日々を描いた物語やもしくは戦地で死と隣り合わせのジャーナリストたちの紙一重の命を削る姿を描いた物語を想像するのだが、開巻してみればやり手のように見えるが過去の栄光に縋って落ちぶれつつある戦争ジャーナリストのグチの羅列だったり、シオニズム運動でイスラエルの地に移住してきた家族のアラブ人たちとの確執が延々と語られる。
物語の焦点が絞りにくく、自分が何の物語を読んでいるのか解らなくなることがしばしばだった。

何度諦めようかと思ったが、最後まで読んで思ったのは、読む価値は確かにあるという思いだ。
大著であり、上に述べたようにとにかく長すぎる作品だが、それでも得られるものはあった。

それはイスラエルという国に対する疑問だ。

世界でも有数の知性を誇るユダヤ人がルーツにこだわり、アラブ諸国のただなかに新たな国を敢えて作ったのだろうか。それまで慣習や言語の壁を乗り越え、世界中の国々に順応してきた民族がなぜ火の無い所に火種と油を注ぐような行為をしたのだろうか?
私はイスラエル建国の場所こそが最大の過ちのように思える。これが当時候補に挙がったウガンダやアルゼンチンだったらこんな血腥い歴史にはならなかったではないだろうかと強く感じる。

複雑怪奇な中東問題をこれだけの筆を割いてもきちんと書けたかが解らないと作者自身もあとがきで述べているように、読者である私も十分理解したとは云えないだろう。
ある程度前知識が必要な作品である。しかし世界にはまだこれほど危難に満ち、安寧とは程遠い国があるのだ。

そしてテロリスト集団イスラム国の標的に日本人もなっている昨今、既にこの物語は対岸の火事ではなくなっているかもしれない。
そう、もしかしたら今そこにある危機の1つなのかもしれない。


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