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煉獄の使徒



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煉獄の使徒の評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt

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全1件 1~1 1/1ページ
No.1:
(4pt)

最後に臆したか!

上下巻合わせて1,600ページに亘って繰り広げられるあのテロの物語。重厚長大が売りの馳作品の中でもこれまでで最高の長さを誇る物語は新興宗教<真言の法>の栄華と狂乱を描く。
そんな物語は教団の№2の男が狂える教祖によって人生を狂わされる一部始終を、一介の、ただし凄腕である公安警察官児玉が<真言の法>を利用して警察権力の中枢へ迫っていく道のりを、そして高校を卒業してすぐに<真言の法>に入信した若者がある事件をきっかけに狂信者へ染まっていく、この3つの軸で進んでいく。

物語は3部で構成されている。

第一部は1989年にあった坂本弁護士一家殺害事件を想起させる教団を糾弾する弁護士一家殺害計画の一部始終、そして教祖の十文字源皇が選挙に立候補するまでが語られる。

第二部は欲望が肥大し、次第に制御が効かなくなる十文字を見限り、自分の保身を進める幸田と十文字との対立、そしてもはや狂気のテロ集団リーダーと化した十文字が太田を軸に武闘派集団を形成していく有様、そしてサリンが開発され、あの事件が発生するまでが語られる。

そして第三部はサリン撒布後の幸田、児玉、太田の末路までが語られる。

とこのようにこれはかつて世間を騒がせたオウム真理教の悪行を綴った小説の意匠を借りたノンフィクションと云ってもいいだろう。

その物語の語り手となる3人の男たち。

かつて有能な弁護士として鳴らしながらもある事件をきっかけに周囲からの総攻撃を食らい、十文字源皇と共謀して<真言の法>を創設し、教団お抱えの弁護士となりながら、私腹を肥やす№2に成り上がった幸田。

かつて中野学校を卒業した<サクラ>の一門であるノンキャリアの公安警察官児玉は警察上層部のくだらない出世競争の暗闘に巻き込まれ、その職を追われる。しかしそんなときにかつてのアカの弁護士としてマークしていた幸田を見つけ、<真言の法>が犯した殺人を目撃し、彼を金蔓に自分を嵌めた警察上層部とそれらと癒着している政治家と渡り合い、のし上がっていく。

幸田も児玉もそれぞれの組織でジョーカー、つまり周囲に疎まれながらも、その力が必要なために権威を持っているという立場であるが、2人の成り行きは異なっている。
幸田は組織で侍従長という№2の立場にありながら、教祖十文字との確執が広がり、次第に教団内での立場が危うくなっていくのに対し、児玉は警察の権力抗争の中で足切りを受けながらも、<真言の法>を金蔓にしてノンキャリアながら公安課の中枢部へとのし上がっていく。
どちらも大金を操っているのだが、その道行きは真逆なのだ。

幸田と児玉が<真言の法>をビジネスとして、そして自身の贅沢な生活を保つために利用しているのに対し、もう1つの物語の軸である太田慎平はいわゆる一人の社会不適合者が教祖を崇拝し、物事の道理から外れ、狂信者となってサイコパスへと至る話であるのが興味深い。あの事件を目の当たりにしていた我々にとって、何故胡散臭さしか感じない教祖に心酔して身も心も捧げたのかが常に疑問をしてあったが、太田慎平の話はそれを我々に解らせる1つのプロセスを示しているのだ。

そしてその太田は3つの軸の中で最も複雑なキャラクターだ。十文字の教義に入れ込み、十文字の言葉を信じながらも自分の手を血で濡らしていくことに苦悩し、それを好意を持っていた吉岡凛を喪うことで俗世への憎悪に変え、十文字の望むように行動する。しかしそれも児玉に全てを看破されていることを知らされるに当たり、今の過激な十文字の提案に反発し、幸田と組みながら十文字の出す殺人計画を阻止することを画策する。しかしそれもこれも教団を基の姿に戻すためだと信じ、十文字を裏切れないでいる。

狂信者になり、児玉によって蒙を開かれ、それでいて十文字を、<真言の法>を捨てきれない、そんなジレンマに惑わされる実に複雑なキャラクターだ。

しかしそんな3つの軸を担う三人はやがて一つの目的に向かって共闘する。教団を存続させるためにサリンによる大量虐殺を防ぐことだ。しかし目的は同じにしながらもそれぞれの思惑は違っている。
幸田は教団の金を自由に使える現在の地位を、生活を守るために。児玉は自分を嵌めた輩に復讐するため、その隠れ蓑として教団にお金を貢がせ、キャリアや政治家連中への自分の必要性を保つために。太田はかつて信じたグルと教団を取り戻すために。
それぞれがそれぞれの思惑を嘲笑し、罵倒し、唾棄しながらもサリン阻止へと向かっていく。

そんな3人の思惑を上回るのが教祖十文字源皇の力だ。絶大なるカリスマ性を誇る彼は幸田、太田、児玉らの仕掛けた阻止工作を都度乗り越え、その心を掌握していく。それは戦時下の特高警察が暗躍した日本、第二次大戦下のナチスが横行するドイツの縮図だ。
これがつい先ごろの平成の世に起きていたことに驚愕を覚える。

そしてやはり同時代を生きてきた私にとって、ここに書かれているオウム真理教に纏わる事件の数々がフラッシュバックして脳裏に甦り、いつもよりも臨場感を持って物語に没入できた。

この狂気のテロ集団の物語はあまりに有名になったオウム真理教がモデルになっているが、もしかしたら今ここでさえ、第2のオウム真理教が生まれている可能性がある。
この物語は一介の新興宗教がテロ集団になっていくプロセスを語ることで、我々にこのように人間は操作され洗脳されていくのだということを眼前に示し、警告を促しているようにも思えるのだ。

馳氏が本書を著した目的は<真言の法>という新興宗教団体を通じて一連のオウム真理教事件を緻密に描き出そうとしていることなのだが、少々解せないのは微妙に事実と異なる点があることだ。

特に物語の始まりが実在の呼称を避けつつも、実在の新興宗教、企業や当時の政治家のスキャンダルを擬えているだけに、後半の実際の事件との微妙なずれが作品の方向性をぶれさせてしまったようだ。
こんなことならいっそノンフィクションを書いた方が良かったような気がする。

これほど読書に費やした時間を浪費したと痛感させられたのは久々である。もっとコストと時間に見合ったパフォーマンスを作者は提供すべきである。全く以て残念だ。


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