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egut さんのレビュー一覧

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書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.59pt

レビュー数745

全745件 1~20 1/38ページ

※ネタバレかもしれない感想文は閉じた状態で一覧にしています。
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No.745: 4人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

単行本と文庫で内容が異なります。

書店や映画化で話題になっているホラー作品。
SNSでの評判では、単行本と文庫で内容が異なるもので、先に単行本推奨という情報を得たため、まずは単行本から読書しました。単行本が面白かったので、続けて文庫も手に取り両方を読み比べました。
結果として、取材内容は共通しているものの、関わる人物と物語の解釈・結末が大きく異なる作品となっていました。

過去に話題になった知名度の高い作品で例えると『ひぐらしのなく頃に』が個人的に近しい感覚でした。
・単行本が『鬼隠し編』(問題編)
・文庫 が『目明し編』(解答編)
という感覚です。上記を知っている人には伝わると思いますが、それぐらい大分違います。
単行本が話題になり、多くの考察が盛り上がったのも納得です。世代を変えて同じ感覚の熱量の盛り上がりが再び生まれたのだと感じました。

本書は予備知識がない方が楽しめる作品です。
物語が進むにつれて少しずつ手掛かりが見えてきて、不気味さと奇妙さが増していく過程を味わえます。

単行本では怪異に触れてしまった不気味さのホラーを味わいました。散文された内容から、「もしかしたらこれって、これと繋がるの?」という具合に考察的な面白さや解釈で深読みできる面白さがありました。
一方、文庫版では単行本で散文的に提示されていた情報が、1つの解答や意味を分かりやすく繋げ、ミステリー的な収束をさせる作品に感じました。ちゃんと物語をスッキリさせたい人は文庫を手に取ると良いでしょう。

ちょうど今、映画が公開されているのですが、この単行本と文庫の構成から勝手に想像すると、映画版はまた別の結末で作っているのではないかと思いました。ひとつの物語を表現を変えて、単行本・文庫・映像化と形を変えて広げていく手法には、現代的な商業戦略の巧みさを感じた次第でした。

単行本と文庫を両方読みたくなるぐらい、個人的に楽しめた作品でした。
文庫版 近畿地方のある場所について (角川文庫)
背筋近畿地方のある場所について についてのレビュー
No.744:
(5pt)

異端の祝祭の感想

異界の存在が見えたり、操れたりする世界観で描かれる、奇妙な物語。角川ホラー文庫のレーベル作品で、ホラーの系統としては「恐怖」ではなく、「気味の悪さ」をじわじわ感じさせるタイプの作品でした。
怪異の正体や、潜入先で行われている不可解な出来事の謎に引き込まれた読書でした。その怪異の解明に心霊案件を扱う佐々木事務所が関わるという流れです。
民俗学や宗教の要素を絡めた構成は興味深く、霊能力者同士の力関係や、覆いかぶさるような絶望感も魅力的でした。ただ前半で抱いたワクワク感が後半でやや失速したことや、キャラクターについても闇が深すぎる人物ばかりで感情移入できず、自分の好みに合いづらい作品でした。
異端の祝祭 (角川ホラー文庫)
芦花公園異端の祝祭 についてのレビュー
No.743: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(5pt)

ぼくの家族はみんな誰かを殺してるの感想

翻訳の問題か、原文の文体の特徴によるものかは分かりませんが、文章が自分には合わなかったというのが正直な気持ちです。作者の視点で語られる物語ということもあり、地の文の所々の描写が省かれているように感じました。そのため、内容が把握しづらく、読んでいる途中では「このあたりに何か仕掛けでもあるのでは?」と、つい深読みするという誤読をさせられました。終盤では物語の全体像が繋がっていく様子が明示されるものの、読書中は混乱が多く、あまり物語に没入できなかったのが残念です。

古典ミステリのルールにのっとった懐古主義を感じさせつつも、作者視点の文章によって「どこで誰が死ぬか」を序盤でページ数を明かしておいたり、途中でまとめを提示して読者の理解を助けるなど、現代的な工夫も見られ、そこは新鮮さと面白さがあってよかったです。ただ「ルールに沿ってますよ」と伝えながらも、解釈の違いによってはルール違反のようにも感じられ、なんとも煮え切らない印象を受けた作品でした。
面白かったというより、うまくまとめたなという感想が強く、個人的にはあまり相性の良くない作品でした。
ぼくの家族はみんな誰かを殺してる (ハーパーBOOKS)
No.742: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

ババヤガの夜の感想

文庫版表紙にある通り、日本人作家として初めてCWA(英国推理作家協会)翻訳部門を受賞したことをきっかけに手に取りました。ページ数は200ページと手頃で、サクッと読めるのも魅力です。

物語は、暴力を唯一の趣味とする喧嘩屋のような女性が、ヤクザ社会に巻き込まれていくというもの。ボリュームが抑えられている分、予備知識なしで読んだ方が楽しめるタイプの作品で、あらすじ紹介も最小限にとどめられています。

読み終わってみると、海外でヒットする理由が分かる作品でした。
海外の人にとっては、日本のヤクザ社会、暴力シーンが新鮮に映りますし、とあるネタがまさに時代を反映しているというか、海外の人の方が反応するお話でした。日本のミステリ読者には見慣れた仕掛けではありますが、海外向けの作品としては非常に効果的だった印象。ただ、個人的にはやや強引に感じた部分もありました(詳しくはネタバレ感想にて)。

▼以下、ネタバレ感想
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ババヤガの夜 (河出文庫 お 46-1)
王谷晶ババヤガの夜 についてのレビュー
No.741: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

誰が勇者を殺したか 勇者の章の感想

まさかのシリーズ3作目。
1作目で物語としては完成されており、2作目はファン向けの後日談的な印象だったので、3作目が出るとは思ってもいませんでした。1作目が好評ゆえの続刊だろうか、蛇足にならなければいいなと半信半疑で手に取ったところ、これが意外にもきちんと続編として物語となっており驚きました。そしてシリーズ設定を用いた見事なミステリーでもありました。
本作はシリーズ読者向けで、1作目だけは必読です。

物語は1作目の後の時系列ですが、回想もの。魔王討伐後、勇者がかつて訪れたリュドニア国の姫と再会し、当時起きた事件を回想するという流れです。当時の事件内容は、リュドニア国から依頼を受けた魔王軍の内通者探し。どんな姿にも変わることができるという存在が噂されている魔物が絡んだ事件。いわゆるスパイ探しものですが、本書ならではのファンタジーで構築しているミステリーとなります。
なるほど。過去を振り返る形式なら、シリーズ続編で作品が作りやすく面白いシリーズになると感じました。

世界観がとても良いのは、「勇者」についての物語がシリーズ根幹に根付いている事。その想いがしっかり土台としてある上で、勇者に関わった人々の物語が描かれており、さらにその物語がミステリー仕立てになっているのが大変好みでした。スパイ探しの事件だけでなく、シリーズタイトル通り『誰が勇者を殺したか』の問いかけが発生する物語が健在しており、その真相は前作とは違った趣きとなるのが見事でした。
誰が勇者を殺したか 勇者の章 (角川スニーカー文庫)
駄犬誰が勇者を殺したか 勇者の章 についてのレビュー
No.740:
(4pt)

マッド・バレット・アンダーグラウンドの感想

犯罪街である特別自治区、通称<成れの果ての街>を舞台に、異能力者たちが激突する犯罪劇。
表紙に描かれた2人の主人公による“バディもの”としても楽しめます。そして、どちらも論理も感情も欠いた狂人であり、狂った世界で狂った者同士が繰り広げる異能バトルは見応えがありました。
キャラクターや世界観には独特の魅力があり、ミステリー的な意外性もあって、設定面は楽しむ事ができました。
ただ正直なところ、作者のデビュー作である為か、文章は荒削りで、読みにくさが気になりました。読書中、頭の中に浮かんでいたイメージは、文章から直接得たものというよりも、セリフ回しや設定から連想された他のアニメやマンガ作品に頼って補完していた感覚でした。挿絵のない場面では、どんなシーンかうまく想像できない事も多く、物語に入りこめなかったのが残念でした。先に本作の3年後に出版された『嘘と詐欺と異能学園』を読んでいたのですが、そちらでは読みにくさは感じなかったため、作家さんの成長を感じる作品とも思えました。
マッド・バレット・アンダーグラウンド (電撃文庫)
No.739: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

テスカトリポカの感想

ひさびさに、すさまじい読書体験でした。

メキシコ、麻薬密売人、バイオレンス、臓器ブローカー、アステカの歴史、生贄、という具合に刺激の強いテーマが次々と押し寄せる内容で、苦手な人には薦め辛い作品となりますが、言い換えれば、読書の醍醐味である日常では想像もつかない非日常に触れられるという作品であるため、大変素晴らしい読書体験となります。
一文一文が無駄なく、知的好奇心を容赦なく刺激してくるのも圧巻です。麻薬に絡む犯罪模様、麻薬単体の良し悪しではなく、何故世界に大きなマーケットとして広がり犯罪が連鎖しているのか、ITが絡んだ世界の犯罪、という具合に世界の体験が刺激的でした。

文章表現も独特で印象に残ります。たとえば漢字に振られたルビがスペイン語やナワトル語になっており、「心臓」には〈コラソン〉や〈ヨリョトル〉といった語があてられています。場面の空気に合わせてルビを変えることで、読者を巧みに物語世界へ引き込み、リアリティと臨場感を生み出していました。そして何より暴力描写の迫力がすさまじい。目を背けたくなるような残酷さがある一方で、緊張感から目を離すことができず、ページをめくる手が止まりませんでした。

この物語がどのような結末を迎えるのか――読んでいる間はまったく想像がつきませんでした。しかし、あまりにも刺激的な展開の連続に慣れてしまったせいか、ラストはややあっさりと終わったようにも感じました。それでも読後には、アステカの歴史や神話への関心が強く湧き、自分なりに調べてみました。するとバルミロの4人兄弟の設定とか、アステカ神話を下敷きにしたモチーフで描かれている事に気づき、髄所の設定の緻密さに驚かされます。物語としての刺激だけでなく、背景にある文化や神話の奥深さに触れられるなど、多方面から刺激を受けた一冊でした。
テスカトリポカ (角川文庫)
佐藤究テスカトリポカ についてのレビュー
No.738:
(7pt)

嘘と詐欺と異能学園の感想

作者の野宮有は2025年度の江戸川乱歩賞受賞作家です。すでに商業作品が出版されているという事から本書を手に取りました。
本書を読む限り、今年の乱歩賞作品に期待が高まりました。

本書は能力者が集まる学園を舞台とした詐欺師の物語です。レーベル通り雰囲気はライトノベルです。
主人公は異能が使えない一般人。無能力者にも関わらず、ある目的の為に学園に潜入し、詐欺と策略で異能学園の戦いを勝ち進む下剋上ものの物語。
シリーズものではありますが、1巻だけでも物語としてのまとまりがあり、しっかりと楽しめました。

ミステリーのような大仕掛けを期待するタイプの作品ではありませんが、ライトノベルという枠組みの中では、仕掛けも十分に楽しめました。不自然に凝りすぎることもなく、内容が簡単に把握しやすいギミックなので気軽に楽しめます。
主人公とヒロインの性格や関係性もいい塩梅で読んでいて楽しいので、キャラクターものとしても良かったです。心理戦や詐欺にまつわる駆け引きも、コンゲーム小説としてしっかりと描かれており、そうした知的な読みどころも面白く感じました。
ライトノベルとして設定だけを見ると、アニメやラノベでは見慣れた印象もあり、突出した個性があるわけではないため、映像映えもやや難しく、ジャンルの中での立ち位置は少々曖昧ですが、文章や語り口や心情などは面白いので確かに一般小説で読んでみたいなと思わせる感覚で個人的には好みで楽しめました。

文章は読みやすく、詐欺師の騙し合いの内容も面白かった為、乱歩賞を取った『殺し屋の営業術』という文芸作品がどのようになっているか楽しみになりました。
嘘と詐欺と異能学園 (電撃文庫)
野宮有嘘と詐欺と異能学園 についてのレビュー
No.737: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ザリガニの鳴くところの感想

海外の文庫で600ページを超える長編ということもあり、話題作と知りながらも、手に取るまで躊躇していた作品でした
しかし実際に読み始めてみると、翻訳の美しさに引き込まれ、情景が詩のように鮮やかに思い浮かぶため、その長さを感じさせませんでした。
本作にはミステリーの要素はありますが、それ以上に、少女の成長や自然の描写が印象的な、文学的な作品でした。
一方、予備知識なく人気作という事で読み始め、ミステリー要素に期待して手に取ってしまった事もあり、そこは少し好みと外れた結果となってしまったのが正直な気持ちです。ただミステリーとしてわざとらしく考察すると巧みな設計が行われているとも感じた為、その感想をネタバレ側で書きます。

文学小説として非常に完成度が高く、とても素晴らし作品でした。きっと多くの読者が、主人公カイヤに心を寄せるはずです。

▼以下、ネタバレ感想
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ザリガニの鳴くところ (ハヤカワ文庫NV)
No.736: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

バスカヴィル館の殺人の感想

『奇岩館の殺人』に続くシリーズ2作目。本書は1作目の読書を前提とした作りの為、前作の読書は必須です。

前作に続くリアル・マーダー・ミステリーを題材にしたミステリ作品。
マーダー・ミステリーを用いている為、事件の構造レイヤーが多層的で面白い。事件現場、それを演じる層、etc...といったかなり凝った作りになっているのが特徴。舞台の新しさだけでなく、そうした形式を巧みに活かした見事なミステリとして、とても面白く読むことができました。
一方で、やや複雑な内容であるうえに、事件の見立てに海外古典ミステリが題材として使われているため、これらにあまりなじみのない方には難しく感じられ、楽しみにくいかもしれません。かなりマニアックな要素もありますが、作中で取り上げられている海外古典ミステリを読んでいる方には、思わずニヤリとする見立てがあり、より深く楽しめる内容となっています。
帯にあるので書きますが題材は『Xの悲劇』 『黒死荘の殺人』 『ナイルに死す』に見立てた殺人です。

一番感銘を受けたのは、ネタバレ感想であっても古典作品の重大なネタバレになる為に書けない、ある題材が用いられていることです。気づかれなくても作品として問題はなく、古典読者にだけ気づける要素という遊び心で、それが何かは明言できないもどかしさがあります。何故この作品群を選んだのか。作中で脚本を手掛けた田中(もしくは作者)のこだわりの想い、ちゃんと気づけたと思います。作品内の登場人物達にミステリ好きの想いを語らせていますが、そのマニアックさがちゃんと活かされている構成が見事。ラストの真相も素晴らしいです。自分の好みに非常に刺さる、大変満足度の高い一作でした。

▼以下、ネタバレ感想
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バスカヴィル館の殺人 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
高野結史バスカヴィル館の殺人 についてのレビュー
No.735: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

謎の香りはパン屋からの感想

2024年度の宝島社の『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。
広義のミステリーゆえ、本格や謎解き推理を期待するタイプの作品ではなく、かなりライトな内容です。

個人的には小中学生向けの読者層が適していると感じました。安心して子どもに読ませられる児童書ミステリーとしておすすめできそうな作品です。そう考えると非常によくできた一冊だと思います。
大学生の主人公がアルバイトとして働くパン屋の描写は、温かさに包まれていて心地よく魅力的です。パンに情熱を注ぐ店長や、派手でイケてる先輩など、登場人物たちがつくる職場の雰囲気も非常に良いです。物語はパン屋を舞台とした「日常の謎」を扱っています。謎や推理そのものは正直やや簡単すぎてミステリーとしての重みはあまり感じられませんでしたが、児童向け作品として考えればちょうどよいレベルで前向きに評価できます。また読後に嫌な印象が一切残らない点も好印象でした。

手がかりがそろった際に使われる「思考が一気に膨らんだ」というパンにちなんだ表現は好みです。パン屋ならではの比喩として効果的でした。一方でミステリーとしてパン屋という設定が必然だったのかという点についてはやや物足りなさを感じました。テーマとの結びつきが弱く他の職業のバイト先でも成立しそうな内容です。パン屋という舞台は、あくまで表紙から感じられる温かな雰囲気や、パンを好む子どもたちに向けた空気感の演出に貢献しているにとどまっているように思えました。パン屋はミステリーのための舞台というよりは、作者自身の経験がベースになっているのかもしれません。漫画家を目指す主人公や、工学部に通う紗都美さんとの交流などからも、作者の実体験や思いが反映されていると感じられ、リアルに伝わってきました。
総じてミステリーというよりは物語として楽しめる一作でした。

正直な気持ちとしてミステリーとしては☆4-5ぐらい。小学生くらいの子どもが手に取るミステリー作品として良いと思った作品でした。
謎の香りはパン屋から
土屋うさぎ謎の香りはパン屋から についてのレビュー
No.734: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

カフネの感想

2025年本屋大賞を受賞という事で手に取りました。作者の作品を読むのは今回が初めてです。

ミステリとは関係のない一般文芸かと思いきや、散りばめられた伏線や謎の隠し方がミステリーの技法であり驚きました。期待していなかったのもありますが、意表を突かれて強く印象に残った次第。作者の過去の作品を調べると、創元推理文庫から『金環日蝕』という作品があるので、ミステリー的な要素を取り入れる事もできる作家さんなのだと感じました。ただし、念のために付け加えると、本作はあくまで家族小説に近い作品であり、ミステリーを期待して読むものではありません。その技法が、物語の印象を深める演出として使われていたという印象です。

物語の主人公は、40代で法務局に勤める真面目な女性。夫から突然離婚を切り出され、心を通わせていた溺愛の弟は急死し、独り身の状態。弟の遺産整理や遺言状をめぐる手続きを進める中で、価値観の異なる弟の元恋人と出会い、彼女との交流を通じて主人公の内面に少しずつ変化が生まれていく――というお話です。

この作品は好き嫌いが分かれやすいと感じました。特に序盤の主人公は鬱屈した描かれ方をしており、読むのが少しつらくなるかもしれません。正直なところ、私は最初の方は苦手に感じました。しかし、物語全体の構造を見れば、主人公の変化を描くためにあえて序盤をマイナスの状態に設定していることが分かります。作品に対する評価は、物語の内容そのものを重視するか、それとも構成や演出の巧みさを評価するかによって分かれそうです。私は、後者の「作り方」に惹かれた次第です。

少し余談ですが、本屋大賞の傾向について。
ここ数年の受賞作には、弱い立場にいる女性やマイノリティの女性が主人公であり、彼女たちが自分らしく生き、成長や自立していく作品が目立つ印象を受けます。そのため、すでに自立していたり、現状の人生に一定の満足感を持っている読者にとっては、主人公と考え方や感情が合わず、距離を感じる場面があるかもしれません。そうした感覚が作品の「好き嫌い」に影響しているようにも思います。

個人的には物語の成長譚は好みに刺さらなかったのですが、読者の感情を揺さぶる為に発生している要所要所のポイントやミスリード的な構成には強く印象を受けました。

▼以下、ネタバレ感想
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カフネ
阿部暁子カフネ についてのレビュー
No.733:
(7pt)

図書館に火をつけたらの感想

図書館を舞台としたミステリ。
ミステリ要素となるのは、図書館で起きた火災事件と、その焼け跡から発見された焼死体、そして遺体が見つかった地下書庫における密室要素です。図書館関係者への聞き込みを主人公の刑事が担当するという王道の構成であり、正統派のミステリとして楽しめました。さらに現代では珍しくなった「読者への挑戦」付きの推理小説なのが好感でした。これがあるだけで、手がかりや推理がしっかり考えられて作っていることが伝わってきて、作者の意気込みを感じます。

本作は単なる謎解きだけでなく、「図書館」という場所に関わる人々の思いや姿が描かれていたのが印象的です。不登校の生徒の居場所となっていたり、地域の交流の場となっていたりと、利用者の視点だけでなく、運営側や司書、職場環境に至るまで、図書館を軸にした多面的な描写がなされていました。
事件やトリックに派手さはなく、やや地味に感じる面もありましたが、図書館という舞台とミステリ要素がしっかり結びついており、全体としてきちんとまとまった作品だと感じました。推理小説を読みたいけど古い作品が苦手という方や、ミステリ初心者にオススメしやすい作品です。

▼以下、ネタバレ感想
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図書館に火をつけたら (宝島社文庫)
貴戸湊太図書館に火をつけたら についてのレビュー
No.732: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

よって、初恋は証明された。 デルタとガンマの理学部ノート1の感想

学園を舞台とした理系の「日常の謎」の物語。ミステリー要素は控えめで、科学を取り入れた青春小説です。
ミステリーの要素は控えめでしたが、作品全体に漂う心地よさや、物語の魅力がとても好みに合いました。高校生や学園ものが好きな方には、おすすめな一冊です。

まず、登場人物に嫌なキャラクターがいないのが良かったです。基本的に皆いいやつで、読んでいて気持ちがよい。理系の高校が舞台ということで、科学や数学に関する会話が登場しますが、その雰囲気も楽しく味わえました。物語は4月の入学から始まり、新入生と先輩たちの出会い、部活の勧誘といった、学園ものの王道の展開をたどります。そこに、理系ならではの「日常の謎」が加わり、独自の魅力を放つ作品となっています。

本書は『理学部ノート1』というタイトルからシリーズ化を見据えた作品のようですが、内容自体は本書単体でしっかり完結しています。あらすじ冒頭で高校生活のある結末を描いてますので完結している状態です。勝手な想像ですが、完成後に作品の出来が良かったため、出版社がシリーズ化を決めたのではないかと思うほどです。それほど本書単体でも満足感のある素敵な物語でした。またイラストも綺麗で可愛らしく作品の雰囲気にぴったりで、大事なシーンがより印象的に映りました。なかなか力の入ったシリーズになりそうな気配。次作も楽しみです。
よって、初恋は証明された。 -デルタとガンマの理学部ノート1- (電撃文庫)
No.731:
(5pt)

二人一組になってくださいの感想

タイトルや雰囲気作りは抜群に面白かったです。ただ、勿体なさを感じた作品でした。

『二人一組になってください』という、学校で馴染みのある言葉をタイトルにしたセンスがとても良いです。卒業式直前のデスゲームのルールも、"誰とも組めなかった者は失格" というシンプルで分かりやすく、読者が手に取りやすい作品で巧いなと思ったのが最初の感想でした。作品序盤の出席名簿やカースト表を見せる演出も好感で期待が高まりました。
文章も読みやすく、デスゲーム特有の理不尽なペナルティが発生する序盤のパニック感や心理描写も良いので最後まで一気読みで、面白く楽しめた……はずなのですが、なんというか結果は何も残らない作品でした。

デスゲームものとしての感想ですが、頭脳戦要素は皆無でした。最初に示されたルールから読者なら思いつきそうな戦略もまったく描かれず、登場人物たちは場の流れに身を任せるばかり。考え方の刺激や登場人物の悔しさも伝わらず、ただ死んでいくだけの展開が続いたことで、死の重みが軽くなってしまっていたのが残念でした。結果として大事なテーマや内容の印象が残りにくく、達成感や結末への感情移入もしづらかったため、終盤に至ってもどこか醒めた視点で物語を見てしまいました。

テーマ性について。
「いじめ」がテーマという話が序盤で示されているのですが、正直なところ、根底に「いじめ」があったという事は最後まで隠しておいた方がよかったような気がします。物語の導入で、いじめがあったからデスゲームが行われたと提示されるので、読者にいじめについて考えさせる狙いがありそうな気がしますが、それがあまり伝わってきませんでした。というのも、描かれているエピソードの多くは思春期の女子高生たちの悩みに重きがある為、「いじめが理由でデスゲームに巻き込まれた」という必然性に共感しづらかったからです。むしろ、最初は「なぜデスゲームに巻き込まれたのか?」という理不尽さと緊張感を前面に出し、最後に「実はいじめが背景にあった」と明かすほうが、より印象に残る展開になったのではないかと思います。

文章や雰囲気はとても読みやすく魅力的だったのに、デスゲームといじめのテーマの描き方がチグハグで、もっと良くなりそうな惜しさを感じる作品でした。女子高生たちの空気感や、生徒たちの悩み、友人関係の各エピソードはそれぞれ面白かっただけに、最後は何も残らなかったのが正直勿体ない作品に感じました。

最終章の最後の2行みたいな要素がもっと全編に欲しかったです。

▼以下、ネタバレ感想
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二人一組になってください
木爾チレン二人一組になってください についてのレビュー
No.730: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(6pt)

サロメの断頭台の感想

読後に知りましたが、シリーズものの3作目でした。
ただ、メインの登場人物が続投してる程度なので本作単体で読んでも大丈夫です。

好みの評価に関しては非常に悩ましい点数でした。
480ページのボリュームの中、残り数十ページの終盤までは何が起きているのか、何が大事な話なのかよく分からず退屈だったのが正直な気持ちです。読書中の気分は3~4点ぐらいがホンネ。面白くない。色々と事件が起きているのですが、把握したり真相を読み解くのは難しいでしょう。ただ、全ての理由や繋がりや真相が明かされる終盤は圧巻であり驚かされました。これまでのエピソードの数々が大いなる伏線となり、意味も変わり真相に帰結するのです。これは本当に凄かった。本格ミステリとしての鮮やかさを久々に体験しました。そして最近の作者の作品の持ち味となる後味の悪さも良い意味で健在。真相と心に残る読後感は9~10点の傑作でした。なので平均でこのぐらいの点数で。

物語の読み物としては好みに合わなかったのですが、ミステリとしては傑作です。
サロメの断頭台
夕木春央サロメの断頭台 についてのレビュー
No.729: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

禁忌の子の感想

2024年度の鮎川哲也賞受賞作品。
物語は救急医の元に搬送された溺死体が主人公に瓜二つであった事から始まる。彼は何者なのか? なぜ同じ顔をしているのか?ミステリとしての謎が魅力的であり、文章も読みやすく没入感がある作品でした。

作者は現役の女性医師である方。その為か医療現場の雰囲気や描写が専門的で面白く刺激になりました。特に救急現場のシーンは臨場感があって引き込まれました。そして作者が女性医師というのは、本書の評価において重要な要素の一つになっていると感じます。世のレビューにも多くみられますが、ミステリーとしての物語を作る為か、倫理感が独特だったり、嫌悪されるであろう要素がいくつか見られます。でもこの作者なら、理解した上で書いているのだと納得できる為です。一般的な男性作家だったら非難を受けていたかもしれません。予備知識がない方が楽しめる作品なので、どういう要素なのかはネタバレ側で後述しますが、小説というフィクションだから描ける社会問題を内包した作品です。
タイトルの作り方が巧みで、意味合いや印象も抜群でした。事件の結末や探偵役のキャラクターも魅力的で好みでした。後味は好みが分かれるかもしれませんが、強く印象に残るのは大きな魅力。シリーズ化されるなら次作も読んでみたいと思わせる作品でした。

▼以下、ネタバレ感想
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禁忌の子
山口未桜禁忌の子 についてのレビュー
No.728: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

全員犯人、だけど被害者、しかも探偵の感想

興味が湧くタイトルが一品。それを実現させる作品作りの意気込みが好感です。
ただ難点は期待値が高すぎるものになる為、「思っていたのと違った」と感じ、世の中の評判は控えめになってしまうのは避けられないかなと思いました。個人的には、こうしたテーマを持って作られている作品は好きです。

物語は過去の事件の再調査もの。
過去の事件現場を模した場所に集められた7名。「犯人以外は毒ガスで殺される」というデスゲームに巻き込まれる流れ。生き残るためには「自分が犯人だと認められなければならない」というひねりの効いた設定が面白い作品です。
自分が犯人になるために、事件のトリックや背景を自供する。しかし、その主張に対して他者が探偵役となり、矛盾を突いて反論していく。そんな巧妙な構造が展開される物語です。タイトルに偽りなく、変わったミステリーとしての面白さがありました。
一方で悩ましかったのは、真実か嘘なのかに関係なく「犯人にされるためのエピソード」が語られるため、内容の把握が難しく興味を持ちにくかった点です。後で覆されるかもしれない嘘の物語を、ちゃんと把握して読もうとは無意識で思えなかったからです。何か印象に残るトリックやキャラクターなど魅力が欲しかったのが正直な気持ち。内容ではなくタイトルが一番目立ってしまったのが残念に感じました。

似ている雰囲気のアニメやミステリー系のゲームやマーダーミステリーなどが思いあたるのですが、それらは強烈な個性のキャラやイラストで彩られ、面白く引き立てているなと改めて感じました。ライト系なら何でもアリな設定が誤魔化せますし。本作はリアル寄りのミステリに作者が挑んだという結果として意気込みは好感なのですが、やや地味に終わってしまったのが惜しく感じました。
全員犯人、だけど被害者、しかも探偵
No.727:
(7pt)

密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリックの感想

シリーズ3作目。単体では楽しめないのでシリーズを読んできた人向けです。
本作は、通常のミステリでは扱いづらい非現実的な密室トリックを次々と繰り出す作品です。
作中では登場人物のセリフを通じて、読者の心情を代弁するような呆れた反応も示されており、それも作者の計算のうちでしょう。
細かい現実性にとらわれず、純粋に奇想天外なトリックを楽しむ作品です。
そうした視点で読めば、堪能できます。

トリック以外の要素には特に重きが置かれていません。
登場人物の名前も分かりやすく記号的で、ストーリーや舞台もあくまでトリックを引き立てるためのもの。
物語として何か深く感じ取るような内容ではなく、純粋に仕掛けを楽しむ作品です。

内容とは別に、2作目から急に値段が上がっている点が残念でした。ファンなら購入することを見越した価格設定ですし、それ自体は理解できます。ただ本作はトリック重視でストーリーの面白さを求める作品ではないため、価格に対してやや割高に感じてしまうのも否めません。とはいえ、不思議と次回作も手に取ってしまう魅力があるシリーズなのが悩ましいところです。
密室偏愛時代の殺人 閉ざされた村と八つのトリック (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
No.726:
(7pt)

滅茶苦茶の感想

コロナ禍を背景に、他人の転落人生を描いた作品です。
複数の視点で展開される群像劇となっており、場面が適度に切り替わるため、テンポよく読めて最後まで飽きることなく楽しめました。
群像劇の構成は、仕掛けミステリーを狙ったものというより、読者がスムーズに読み進められるよう工夫されたものです。なおミステリー要素はあまりありません。

転落人生や不幸を描いた作品なので、あまり気持ちの良い読書ではないです。なのでそういうのが苦手な方は事前にご注意を。

個人的に本書で感じた感想は、コロナ禍で孤立した人々への救済物語です。
コロナ禍で人との接触が減り、一人で孤独や不幸を感じていた人に、他人の強烈な不幸を描いた物語を届けることで、共感や「自分はまだマシ」と感じたり、少しでも前向きに生きるきっかけを与えたい。そんな思いも込められているように感じました。
さらに、不幸に陥る人物たちのパターンや、浅はかな思考が描かれる様子は、ある意味で半面教師的な教訓としても受け取れる部分があります。そのため、若いうちに読んでもらいたい作品とも思えました。
滅茶苦茶 (講談社文庫)
染井為人滅茶苦茶 についてのレビュー