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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1359

全1359件 541~560 28/68ページ

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No.819: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「自由が奪われるのは何故か」を追求した、警世の力作

2017年に刊行された書き下ろし長編。様々な自由が知らず知らずに制限され、やがては奪われてしまう恐ろしさを、読み応えのあるサスペンス・ミステリーに仕上げた力強い社会派エンターテイメント作品である。
興信所を営む鑓水と修司のもとに、かつて因縁のあった政治家から奇妙な依頼がもたらされた。白昼、渋谷のスクランブル交差点で天上を指差しながら死んだ老人の意図を探って欲しいというのだ。雲をつかむような話だが、一千万という報酬を無視できず、鑓水と修司は死んだ老人・正光の過去を調査し始める。一方、相馬刑事は極秘裏に、こつ然と姿を消した公安刑事・山波の行方を探すように命じられる。捜査を進めると、山波が失踪したのは老人が死んだ同じ日で、しかも山波と老人に接点があったことが判明する。やがて二つの事件は密接につながり、三人は失踪した山波を追って瀬戸内海の小島にたどり着く。のどかな日常が繰り返されているだけのひなびた村で見つけたのは、戦争の苦難をくぐり抜けてきた老人たちが抱え続けている消せない傷だった。一方、正光の死と山波を繋ぐ出来事の裏には、社会を揺るがすような陰謀が隠されているのだった。それに気が付いた三人は、存在のすべてをかけて巨悪に挑戦する。
本作の最大のテーマは「社会は、なぜ自由を維持できなくなるのか」という点で、報道の自由が奪われるプロセスを詳細に検討し、自由を制限しようとする権力の暴挙がまだ小火のうちに消さなければ、結果としてだれも抵抗できなくなるという警鐘を鳴らしている。政権に批判的なジャーナリストが次々に登場機会を奪われ、政権におもねるタレントばかりが登場する現状の日本を見るとき、本作の訴えは絶対に無視してはいけない。
極めて社会性、現代性のある硬質なテーマだが、サスペンス、ミステリーとしても一級品で、決して退屈することは無い。
現在を生きる人、すべてに読んでもらいたいオススメ作品である。
天上の葦 上 (角川文庫)
太田愛天上の葦 についてのレビュー

No.818:

幻夏 (角川文庫)

幻夏

太田愛

No.818: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

日本の司法制度の矛盾に、真っ向から異議申し立て

「犯罪者」でデビューした著者の第2作。冤罪事件をテーマにした書き下ろし社会派ミステリーの力作である。
修司を仲間にして興信所を運営する鑓水が依頼されたのは、23年前に行方不明になった、当時小学6年生の水沢尚を探してくれという奇妙な依頼だった。しかも、依頼者である尚の母親は関連資料を渡したあと、鑓水たちの前から姿を消してしまった。調査費を受け取った以上、仕事するしかないと諦めた鑓水と修司は、失踪当時の尚に関する聞き込みから調査を始めることにした。一方、交通課に左遷された相馬は、元高級検察官僚の孫娘が誘拐された事件の末端で足を棒にして不審車両の目撃情報を集めていたのだが、事件現場に立ち寄ったとき、ある模様が残されているのを見つけ、激しい衝撃を受けた。それは、23年前に当時友だちだった尚が姿を消した場所で目にしたものと同じだったのだ・・・。
23年前に起きた事件と、その8年前の事件、それに現在進行形の事件が重なり合って描き出されるのは、「罪を犯したものが正しく裁かれている」という司法制度への信頼は本当なのか?という、スケールの大きな問いかけである。加害者、被害者の心理、信念などではなく、事実を争うはずの裁判が本来の機能を発揮できているのかという問いかけは、司法にたずさわるものだけではなくすべての国民に向けられている。
社会派ミステリーのファンには絶対のオススメ。なお、物語としては独立しているのだが、主人公たちのキャラクターを理解した方が楽しめるため、前作「犯罪者」を読んでから手に取ることをオススメする。
幻夏 (角川文庫)
太田愛幻夏 についてのレビュー
No.817:
(7pt)

痛め付けられ最後に反撃する、唐獅子牡丹のごときジョー

ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット・シリーズの第5弾(本来は第6作だが、邦訳では第5弾)。凶悪な殺人鬼の恐怖にひとり立ち向かうジョーの孤独な戦いを描いたアクション・ミステリーである。
ジョーの管轄地域であるトゥエルブ・スリープ郡の名門牧場の女主人が行方不明となり、残された莫大な牧場を巡って三人の兄弟がいがみ合い、街を二分する騒ぎに発展し、無関係なはずのジョー一家も巻き込まれる事態になった。さらに、過去の事件が原因でジョーに対して一方的な恨みを募らせた男が、ジョーのみならず家族をも脅迫してきた。しかも、ジョーに敵対する上司、牧場に支配された地元司法機関は全く協力しようとせず、ジョーは愛する家族を守るため、たった一人で戦うことになる。
今回は地元を舞台にしたドメスティックな話で、ワイオミングの大自然はあるものの話のスケールは地理的な広がりより、時間軸で広がっており、これまでの作品のような社会性があるテーマではなく、複雑な人間関係が中心となっている。なので、主人公ジョーが信念を貫くために様々な困難に直面させられ、最後の最後に爆発し正義が達成されるという、正統派東映ヤクザ映画のようなテイストである。いつもはジョーに寄り添って活躍するネイトが最後の最後にしか登場しないのも、唐獅子牡丹を彷彿させる。
シリーズ読者には必読。シリーズ未読の方には、これまでの流れを解説した巻末の「訳者あとがき」から読むことをオススメする。
裁きの曠野 (講談社文庫)
C・J・ボックス裁きの曠野 についてのレビュー
No.816: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

美術教師と音楽教師、素人二人のドタバタ犯罪劇

新聞連載を加筆・改稿した、ノンシリーズの長編小説。女子高の美術教師と音楽教師の2人組が、ひょんなことから学園理事長の誘拐騒ぎに巻き込まれ、本物の悪を相手に金塊を奪い合うというアクション作品である。
身分の不安定な非常勤講師の熊谷は、正規講師だが校長ににらまれて左遷寸前の音楽教師・正木菜穂子とともに、不正をただすために理事長に強制談判しようと言う同僚に誘われ、話に乗った。愛人と欧州視察旅行に出かけようとした理事長をつかまえ、不正の証拠を提示して話し合いに応じさせることに成功したのだが、その後、理事長と愛人の姿が消えた。熊谷と菜穂子の二人は身分保証さえ得られれば良かったのだが、二人を操った黒幕の狙いは最初から不正蓄財された隠し財産を奪い取ることだったのだ。隠し財産は金塊100キロに姿を変え、それを狙った悪党たちが丁々発止の駆け引きを繰り広げ、熊谷と菜穂子も否応なしに争奪戦に巻き込まれたのだった・・・。
ただの芸術系講師の二人が行き当たりばったりながら悪党相手に知恵を絞り、裏をかいて行く、暴力より頭の良さと運が左右するアクション・ストーリーである。最後は治まるべきところへ治まる物語なのだが、次から次へ読者の予想を超える問題が起き、二転三転するストーリー展開で飽きさせない。舞台はもちろん大阪で、おなじみの大阪弁のやり取りがテンポよく繰り返されて行く。ノンシリーズではあるが、いつもの黒川博行ワールド全開で楽しめる。
黒川博行ファンには文句なしのオススメ。明るいノワール・アクションのファンにもオススメしたい。
煙霞
黒川博行煙霞 についてのレビュー
No.815:
(7pt)

「目には目を」で救われるのか?

脚本家を経たのち、タイトル作「ジャッジメント」で小説推理新人賞を受賞した女性作家のデビュー作。犯罪被害者の遺族が被害者と同じ方法で加害者に復讐することを合法とする「復讐法」が成立した社会で、人々はどんな行動をとるのかをテーマにした、挑戦的な連作短編集である。
「復讐法」とは、治安の維持、犯罪予防、被害と加害の公平性を求める社会の声に応えて成立したもので、被害側が加害者から受けたのと同じことを刑罰として合法的に執行できるという法律である。ただし、復讐する側は自分の手で刑罰を執行しなければならないという制限がある。「大切な人を殺した者を同じ目に遭わせてやりたい」という素朴な感情が沸騰するとき、人は何を考え、どう振る舞うのか。法の執行をアシストする「応報監察官」を主人公に、5つの犯罪、5つの復讐の物語が展開される。
被害と加害の公平性とは何かという永遠に解答が得られそうもない重いテーマを、ミステリーとして構成しようとした意欲は大いに評価できる。ただ、このテーマでは古くから優れた先行作品があり、それを超えるのはかなりハードルが高い。本作も、因果応報、自業自得、被害者自身の心の救済など重過ぎるテーマに引きずられて主人公が泥沼に落ち込んだ感が否めず、ちょっと残念な結果になっている。全5本のうち「サイレン」、「ジャッジメント」の2作は完成度が高い。
謎解きミステリーではなく、罪と罰を考える社会派のエンターテイメントであり、例えば死刑制度について一度でも考えたことがある方にはオススメする。
ジャッジメント (双葉文庫)
小林由香ジャッジメント についてのレビュー
No.814:
(7pt)

大阪府警シリーズの原型が見られる佳作

1983年の第1回サントリーミステリー大賞で佳作を受賞した黒川博行のデビュー作にして、大阪府警の平刑事二人組・黒マメコンビの登場作。銀行強盗事件に対応する警察の捜査を描いたミステリーであり、大阪人の巧まざるユーモアを活写したエンターテイメントでもある。
白昼、銀行強盗が発生し、現金400万円を奪った犯人は抵抗してきた客の一人に発砲して負傷させ、人質として連れ去った。大阪府警は直ちに捜査を開始したのだが、犯人は翌日、人質の家に身代金一億を要求してきた。人質の安全確保と身代金受け渡し時での逮捕を目論む警察は、さまざまな罠を仕掛けて対応しようとするのだが、犯人はそれを上回る悪知恵を発揮し、捜査陣は振り回され続けるのだった・・・。
のちの黒川博行作品に比べ犯人探し、真相解明にこだわったストーリー展開だが、主人公である刑事二人をはじめとする登場人物たちの大阪弁の軽妙な会話、とぼけた言動など、本シリーズの魅力の萌芽はしっかり読み取れる。
黒川博行ワールドの原点として、黒川博行ファンには必読。テンポのいい警察ミステリーを読みたいというファンにも自信を持ってオススメする。
二度のお別れ (角川文庫)
黒川博行二度のお別れ についてのレビュー
No.813: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

心身ともに満身創痍が過ぎるのがマイナス

ノルウェーの大ヒットシリーズ「刑事ハリー・ホーレ」の第8作。満身創痍のハリーがオスロだけでなくアフリカにまで飛んで、希代の連続殺人鬼を追いつめる警察サスペンス・ミステリーである。
前作『スノーマン」で心身ともに深い傷を負ったハリーは香港で燻っていたのだが、ノルウェーで起きた前代未聞の連続殺人に危機感を抱いたオスロ警察に本国に呼び戻された。二人の女性が、殺害方法が不明ながら自分の血液で溺死(窒息)させられたという奇怪な事件。ハリーは、香港まで彼を迎えにきた刑事・カイアと組んで捜査を始めたのだが、被害者の間に共通点が見つからず捜査は難航し、その間に、第三の殺人事件が発生した。苦労の末、ハリーたちは被害者間のつながりを発見したのだが、警察組織間の勢力争いに巻き込まれ、捜査の本筋から外されてしまう。それでも極秘に捜査を続け、ついに有力な容疑者にたどり着いたのだが・・・。
極めて残酷なシリアル・キラー、警察組織の権力争い、死期が近い父親の病状、前作からハリーを悩ませているスノーマンの存在など、本筋の犯人探し、事件の背景解明だけでないサブストーリーも充実しており、上下巻1000ページ近い物語はエピソードが盛り沢山である。しかも、犯人発見と思ったそばからどんでん返しが起き、ストーリー展開は波乱万丈である。ただ、主人公・ハリーが出会う試練があまりにも過酷過ぎて、主人公への共感の熱が冷まされてしまったのがマイナス。さらに、ハリーが主要な人物に「おまえさん」と呼びかけるのにも鼻白む。「おまえさん」が似合うのは銭形平次の女房ぐらいだろう。
ハリー・ホーレ・シリーズ愛読者には必読。シリアル・キラーもののファンにも十分に楽しめるサスペンス・ミステリーである。なお、前作「スノーマン」のエピソードが影響しているシーンが多々あるため、ぜひ前作を先に読むことをオススメする。
レパード 闇にひそむ獣 上 (集英社文庫)
ジョー・ネスボレパード 闇にひそむ獣 についてのレビュー
No.812: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ストーリーは凡庸だが、キャラ設定と描写力で読ませる佳作

2015年から17年に新聞社サイトに連載され、文春ミステリーや本屋大賞で上位にランキングされた長編小説。将棋界を舞台に刑事2人組が犯人探しするミステリー作品である。
埼玉県の山中で発見された白骨遺体には駒袋に入れられた将棋の駒が一緒に埋められていた。遺体は三年ほど前に埋められたようで、身元確認につながるようなものはほとんどなく、唯一、将棋の駒だけが手がかりだった。かつて奨励会に所属しプロ棋士をめざしたことがある新人刑事・佐野は、その経歴を買われてベテラン刑事・石破と組み、駒の線から身元割り出しを命じられた。刑事としては一流だが性格が最低な石破にこき使われながら佐野は、将棋の知識を生かして駒の来歴を辿って行く。すると、名品といわれる一組の駒にまつわる不思議な因縁が立ち現れてきた・・・。
物語の本筋はフーダニット、ワイダニットの本格謎解きミステリーで、将棋の世界を舞台にしたところが時代性と言える。ただ、ミステリーの物語としてはありきたりで、さまざまな先行作品が頭に浮かび、二時間ドラマを見ているような凡庸さだった(2019年にドラマ化)。それでも、主要人物や悪役のキャラクター設定、心理描写などが巧みで十分に楽しめる作品である。
読みやすくて楽しめるミステリーとして、幅広いジャンルのファンにオススメする。
盤上の向日葵
柚月裕子盤上の向日葵 についてのレビュー
No.811:
(7pt)

ユニクロと吉野家で暮らす中年の恋(非ミステリー)

2019年の山本周五郎賞受賞作。50代になった訳アリ同士のカップルがお互いを求めながらも何かに邪魔されて気持ちを重ね合うことが出来ない、哀切な恋愛小説である。
現在の社会状況を反映したと言えば言えるのだろうが、おおよそ華やかさに欠けるラブストーリーで、読んでいて楽しくはない。言ってみれば、洗いざらしのTシャツとジーンズで過ごすような「普段着の心地よさ」が本作の真価だろうか。
不器用な男女の恋話が好きな方にオススメする。
平場の月
朝倉かすみ平場の月 についてのレビュー
No.810: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

引退した刑事の葛藤を描いたヒューマンドラマ

2016年の本の雑誌が選ぶベスト10の1位になった作品。犯人探しの警察小説であると同時に引退した老刑事の生き方を描いたヒューマン・ドラマでもある。
群馬県警の元刑事・神場は引退を機に四国八十八ヶ所巡礼の旅に出た。自分が関わった事件の被害者を供養する目的だったのだが、どうしても付いていくという妻と一緒の旅は、否応無くこれまでの人生を振り返る旅になった。巡礼を始めてすぐ、群馬県で起きた幼女殺害事件の詳細を知り、かつて自分が担当した事件との共通点の多さに衝撃を受けた。あの事件の犯人は服役中で、今回の犯人ではあり得ない。それならば、自分は捜査を間違ったのか、冤罪を引き起こしてしまったのか。当時、警察の組織論に従って自分が口をつぐんでしまったことが激しく後悔され、神場は後輩刑事を介して捜査に加わろうとする。そして、八十八ヶ所を巡り終え結願を迎えた時、神場は新たなスタート地点に立つことを決意するのだった。
元刑事でありながら現在の事件に加わって犯人探しをするという面では警察ミステリーだが、物語の中心は自分は冤罪を引き起こしたのではないかと苦悩する老刑事のドラマに置かれている。その意味で、犯人探し過程のサスペンスや意外性が少なく、ミステリーとしては物足りない。
ヒューマン・ミステリー、社会派エンターテイメント好きの方にオススメする。
慈雨 (集英社文庫)
柚月裕子慈雨 についてのレビュー
No.809:
(7pt)

平凡な主婦が狂ったのは何故か? いや、狂ってはいないのか?

心理サスペンスの名手・ミラーの1945年の作品(本邦初訳は1953年で、今回読んだのは二度目の新訳版)。裕福な医師と再婚した主婦が、ある出来事をきっかけに失踪し、狂気の世界に迷い込んでしまう、心理サスペンスである。
16年前に殺害された親友・ミルドレッドの夫であるアンドルーと再婚したルシールは、豊かで平穏そうに見えるのだが実は仕事にとらわれた夫、兄を溺愛する義妹・イーディス、少しも懐かない二人の子供に囲まれ、悩みの多い日々を過ごしていた。そんなある日、うさん臭い男が届けてきた小箱を受け取ったルシールは箱を開けるや悲鳴を上げて、何も言わずに姿を消し、次にルシールが見つかったのは精神科病院でだった。ルシールを狂わせたのは、何だったのか? さらに、ルシールの周辺で続いた不審な事故死は、何が原因なのか?
最終的には警察が事件を解明して行くのだが、物語の本筋は捜査ステップよりルシールの狂気の解明におかれており、捜査小説というより異常心理ミステリーの色が濃い。ただ、近年のサイコ・サスペンスのような異様なパーソナリティの主人公ではなく、普通の性格の人物が錯乱して行くような怖さであり、それゆえに、読後に薄気味悪さを覚えるところがサスペンスと言える。
心理サスペンスのファンなら読んで損はないとオススメする。
鉄の門 (創元推理文庫)
マーガレット・ミラー鉄の門 についてのレビュー
No.808: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

口も腕も立つ、大阪府警の新コンビ登場

2016年から19年にかけての雑誌連載に加筆・修正し改題されたノンシリーズの長編作品。大阪府警捜査二係の刑事コンビが無尽で集めた金を持ち逃げした犯人を追って沖縄、奄美に渡り、沖縄近海に沈んだ交易船から宝物を引き揚げるというトレジャーハンティングの出資話にたどり着き、詐欺事件として立件するという警察小説である。
大阪泉尾署で詐欺や横領など経済事案を担当する新垣と上坂のコンビに新たに割り当てられたのは、沖縄出身者たちの無尽である模合で金を持ち逃げした解体業者・比嘉を探し出し逮捕することだった。事務所を皮切りに足取りを追うと、比嘉は出身地である沖縄、石垣島に逃げたようだった。冬が近づく大阪から南国へ、リゾート気分で追いかけた新垣と上坂だったが常に比嘉に一歩先を行かれ捕まえることが出来なかったのだが、そうするうちに、比嘉が怪しい沈船ビジネス詐欺の常習犯と一緒に行動していることを発見。詐欺事件をして立件することを視野に入れ、深く追求して行くと、背後に暴力団も絡む大掛かりな犯罪が見えてきた・・・。
大阪府警が舞台だが従来の大阪府警シリーズには分類されず、単独作として扱われている。ただし、主役の上坂は「落英」でも主役となっており、二度目の登場である。ストーリーの基本は仲間の金を持ち逃げした詐欺・横領事件と大掛かりな沈船詐欺の捜査だが、暴力団が絡むことでいつも通りの黒川博行ワールドのエンターテイメント作品になっている。二人の刑事を始めとする警察、詐欺グループ、暴力団のキャラクターがきちんと描かれているため、ストーリーが分かりやすく、話の展開もスピーディで一気読みの面白さだ。途中に何度も挿入される映画マニア・上坂の映画トリビアも読みどころ。
黒川博行ファン、警察ミステリーファン、軽めの犯罪ミステリーファンにオススメする。
桃源 (集英社文庫)
黒川博行桃源 についてのレビュー
No.807: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(9pt)

970ページ余りを一気に読ませる、傑作エンターテイメント

テレビドラマ「相棒」などで人気の脚本家の小説デビュー作。緻密なプロットと巧みな表現力で読者をぐいぐい引き込んで行く、力強くてスケールが大きな犯罪エンターテイメントである。
私鉄駅前の広場で起きた通り魔事件。4人が殺されたのだが、ただ一人、18歳の青年・修司は犯人に抵抗し、怪我を負いながらも生き残った。搬送先の病院で警察と喧嘩し、アパートに戻った修司だったが、そこで再び何者かに襲われ、危ういところを組織からはみ出している刑事・相馬に助けられ、相馬の友人で元テレビマンの鑓水宅にかくまわれる。殺人犯が事件の直後にヤクの過剰摂取で死んでいるのを発見され、事件は解決したはずなのになぜ修司は再度襲われたのか。しかも、修司は病院内で見知らぬ男から「逃げろ、あと10日生き延びれば助かる。生き延びてくれ。君が最後のひとりなんだ」と言われていた。殺された4人と修司に面識はなく、襲撃されるような理由は全く思いつかない修司は、相馬と鑓水の協力を得て通り魔事件の謎を解こうとする。一方、修司たちの動きとは関係なく、巨大食品企業内部で発生したトラブルが社会を震撼させる事態に発展する恐れが出てきて、関係者たちは隠蔽工作に奔走するのだった。この二つの事件の重なりが見え始めたとき、三人は巨大な敵に遭遇し、命を賭けた戦いの場に直面せざるを得なくなった・・・。
文庫上下巻970ページ余りの長編だが少しも緩むことなく、しかも明快なストーリーでまさに一気読みの面白さである。さらに事件の様相、謎解きの予想外の展開、事件の背景に潜む社会悪など、小説としての構成要素が極めてハイレベルに結合されている。また、事件の原因となる企業や政治の暗部を告発するだけでなく、それを受け入れる社会の脆弱さにもきちんと目が届いており、単純な勧善懲悪で終わっていないのが素晴らしい。
犯罪サスペンス、社会派ミステリーのファンには絶対のオススメ作である。
犯罪者 上 (角川文庫)
太田愛犯罪者 クリミナル についてのレビュー
No.806:
(8pt)

家族を愛する、現代のワイルド・ウェスト・ヒーロー登場

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第1作。発表直後から各種新人賞を獲得し、多くの評論家から絶賛されたというのも納得がいく力強いアクション・ミステリーである。
新任の猟区管理官・ジョーは地元民・キーリーの密猟現場に出くわし、違反切符を切ろうとして拳銃を奪われて笑い者にされたのだが、その因縁の男・キーリーがジョーの家の裏庭で死んでいるのが見つかった。エルク狩りのキャンプ場で何者かに襲われて負傷したままジョーの家まで馬で来たようだった。ジョーと仲間の猟区管理官、保安官助手の3人でキャンプ場に行き、テントから銃を持って出てきた男を射撃したのだが、そこではキーリーの仲間二人が殺されていた。犯人が撃たれて入院したため一件落着とされたのだが、キーリーが持っていたアイスボックスに残された獣の糞が気になったジョーは、その疑問を解明しようとする・・・。
無口で大人しく、一見、無能にも見られるジョーだが実は、何事にも屈せず、真っ正直に自分の信念を貫いて行く正義の男である。融通が利かず、上司や仲間の受けは悪いのだが、何者にも流されない強さを持ち、しかも心底から家族を愛する心優しい、アメリカ人好みのワイルド・ウェスト・ヒーローで、このシリーズがベストセラーを続けているのもうなずける。さらに、ワイオミングの大自然が眼前に浮かんで来る情景描写も魅力的。
清々しい読後感が得られるアクション・エンターテイメントとして、多くの人々にオススメしたい。
沈黙の森 (講談社文庫)
C・J・ボックス沈黙の森 についてのレビュー
No.805:
(8pt)

狂気を秘めた隣人たち

1996年の推理作家協会賞短編部門賞を受賞した表題作を始めとする全5作の短編集。現代の狂気と平常のすき間に起きたような事件を警察と犯人の両方から描いたエンターテイメント作品集である。
特に印象的だったのは、表題作「カウント・プラン」と「鑑」。どちらもかなりビョーキの人物を中心に据えながら、かなりの力業で意表をつく結末に導き、しかも深く納得させるのが凄い。短編ならではの面白さである。
ストーリー展開、会話の軽快さは折り紙付き。黒川博行ファンには絶対のオススメだ。
カウント・プラン (文春文庫)
黒川博行カウント・プラン についてのレビュー
No.804:
(7pt)

映画化すればヒットしそう

本国フランスではピエール・ルメートルを凌ぐ人気で、日本でも前作「ブルックリンの少女」が話題になったミュッソの2017年の作品。偶然の出会いから一緒に行動することになった男女が死んだ天才画家の未発表の遺作を探し始め、やがては天才画家の家族にまつわる忌まわしい出来事の謎を解くサスペンス・ミステリーである。
クリスマス間近のパリ、人間嫌いで偏屈な劇作家・ガスパールと自殺願望をかかえる元刑事・マデリンは、不動産サイトのミスで同じアパルトマンを予約したことになり、お互いにびっくり仰天、互いに譲らず、相手に出て行かせようとする。怒り心頭のマデリンは家主である画商・ベネディックのところに押しかけたのだが、すぐには問題解決できず、しかもマデリンが元刑事であることを知ったベネディックから「一年前にニューヨークで急逝した、アパルトマンの元のオーナーである天才画家・ローレンツが残したはずの3枚の作品が行方不明である。ぜひ探し出して欲しい」と依頼された。ローレンツの数奇な運命と独自の魅力を持つ作品に触発されたガスパールとマデリンは、正反対の性格でことごとく衝突し、反発し合いながらもパリからニューヨークへ、作品を探す旅をすることになった。それは、疾風怒濤のアクション、感情の嵐、運命の力にもてあそばれるような波乱に富んだものだった・・・。
性格が合わない男女が無理やり一緒に行動するハメになり、喧嘩しながら結果を出して行くという、言ってみればラブコメ的な設定だが、事件の背景が親子の関係であり、大きくは家族をテーマにしたもので、読後の印象はやや重く悲劇的である。ただストーリー構成が巧みで、キャラクター描写も秀逸、さらにクリスマスシーズンのパリとニューヨークという舞台設定も効果的で、まさに映画向きの作品である。
前作「ブルックリンの少女」を楽しめた方にはぜひとものオススメ、テンポが良いサスペンスのファンにもオススメできる。
パリのアパルトマン (集英社文庫)
ギヨーム・ミュッソパリのアパルトマン についてのレビュー
No.803:
(7pt)

良くの皮を突っ張らせた素人たち

97年から01年に「小説新潮」に掲載された7作品を収めた短編集。満たされない日常から飛び出すために一発勝負をかけた7組の素人たちの無謀な挑戦を描いた浪速ノワールである。
それぞれにエピソードが面白く、ストーリー展開は軽快で、登場人物たちの言動も黒川ワールドのテイストそのままで気楽に楽しめる。黒川博行といえば「厄病神」「大阪府警」シリーズに代表される長編が名高いが、短編の名手でもあることがよく分かる。
黒川博行ファン、軽快で楽しい小悪人エンタメを読みたい方にオススメする。
左手首 (新潮文庫)
黒川博行左手首 についてのレビュー
No.802: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

嵐のような沖縄戦後史を、若者の物語として

2018年の直木賞受賞作。圧倒的な米軍基地の存在に我が身一つで挑戦して行く若者たちの熱情を描いた、沖縄の現代史的ノワール・エンターテイメント作品である。
1950年代の沖縄には米軍から様々な物資を盗み出して周辺住民に分け与える、現代義賊のような「戦果アギヤー」と呼ばれる者たちがいた。中でもコザで英雄と称えられるのがオンちゃんだった。ある日、親友のグスク、弟のレイたちを引き連れ、恋人のヤマコを金網の外に残して侵入した嘉手納基地で、オンちゃんがリードするグループは米軍に追いかけられ、散り散りになって逃げ出した。以来、オンちゃんの消息は不明で、グスク、レイ、アヤコたちはそれぞれの道を歩まざるを得なくなった。それから20年、基地を巡る様々な問題、本土復帰の戦い、沖縄のアイデンティティーを求める情熱で身を焦がしながら、3人は3様の人生を送るのだが、そこには常にオンちゃんの影が差していた。そして1972年の沖縄返還を前にした70年のコザ暴動で4人の運命が交差することになった。
敗戦後の沖縄現代史を不良少年のような若者たちの成長と挫折の物語として描いていて、単なるノワール作品ではない。米軍基地を押し付けられた沖縄の苦悩、それが現在まで続いている、さらにより過酷になっている状況を意識しながら読まなくてはいけない。そういう意味では、読む者の覚悟を問う作品だが、直木賞受賞の実績が示すように、エンターテイメントとして楽しめる作品でもある。
沖縄の歴史や現状に関心を持つ人はもちろん、無関心な人にこそ読ませたい、オススメ作品だ。
宝島
真藤順丈宝島 についてのレビュー
No.801:
(6pt)

オカルト風味を加えて失敗した?

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第3作。野生動物殺害から始まり家畜、さらには人間にまで及んできた猟奇的殺害事件に、ジョーが合理的な思考で挑んで行くサスペンス・ミステリーである。
娘たちと釣りに出かけた山中でジョーは奇妙な状態のムースの死骸を発見する。周囲には足跡がなく、掃除屋の動物にかじられた跡がなく、しかも皮膚や性器が外科手術のように鮮やかに切断されていた。原因が分からないままの数日後、近くの牧場で十頭以上の牛が同様に死んでいるのが見つかった。更に今度は、近くの牧場のカウボーイと近隣の郡の水質検査会社社長が、同じように殺害される事件が発生し、住民はパニックに襲われた。急遽設置された対策本部に検察、保安官、FBIなどが集まったのだが、テロリスト、危険な宗教団体、政府の陰謀、変質者など様々な犯人説が唱えられ、さらにはエイリアンの仕業とまで言われ始めるのだった。必ず合理的な説明がつくはずだと信じるジョーは、捜査機関の間の壁を越え、いつも通り周辺に波風を立てながらも全力で真相解明をめざすのだった・・・。
事件の様相が超常現象っぽく、さらにジョーの長女シェリダンや鷹匠ネイトが見る夢がところどころに挿入され、全体としてオカルト風味が加えられたのが、これまでのシリーズとは異なっている。本筋となる事件の解明は論理的なのだが、どこかに人知を超える物の存在を暗示しているため謎解きミステリーとしての醍醐味が薄まっているのが残念。大自然の保護とエネルギー開発の対立、史実としての家畜惨殺事件という2つのテーマを無理につなげようとして成功しなかった印象だ。
シリーズの一作として、シリーズ愛読者にはオススメするが、単体で読むにはちょっと物足りない作品である。
神の獲物 (講談社文庫)
C・J・ボックス神の獲物 についてのレビュー
No.800:
(7pt)

雪と氷の山を駆ける女性私立探偵

アメリカの新進女性作家の本邦初訳作品。雪と氷に覆われたオレゴン州の山中で、三年前に行方不明になった少女を捜し出す「チャイルド・ファインダー」というユニークな設定のハードボイルド作品である。
オレゴンの深い山にクリスマスツリー用の木を採りに行き、両親の車から降りたあと行方が分からなくなった5歳の少女。吹雪の中で足跡は消え、捜索隊は何も発見できなかった。しかし、諦めきれない両親は三年後、行方不明の子供専門の探偵・ナオミに最後の望みを託す。自らも行方不明の子供だったナオミは「生きていようが死んでいようが、必ず見つけ出す」という固い信念のもと、雪と氷の深い森に分け入って行くのだった。
失踪した子供を捜すミステリーはいくらでもあるが、行方不明の子供専門の探偵というヒロインの設定が飛び抜けている。しかも、ヒロイン自身が同じ境遇を味わってきたことから生まれる“思い”の強さが、これまでにない固い芯のある物語を作り出している。いわば「卑しい街を行くヒーロー」の、大都会でしか成立しないような現代ハードボイルドを、雪と氷の山で、女性で成立させたところが新しい。欲を言えば、被害者視点で語られるパートにもう少しリアリティがあればと思う。ヒロイン・ナオミを支える養母や同じ家で育てられたジェロームなどの周辺人物のキャラクターも味わい深く、物語が暗いノワール一辺倒で終わっていないのは評価できる。本作では謎のまま積み残されたエピソードが、次作ではすべて明らかにされているというので期待したい。
誘拐犯人探しミステリー、ハードボイルドのファンにオススメする。
チャイルド・ファインダー 雪の少女 (創元推理文庫)