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八日目の蝉
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八日目の蝉の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.06pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全325件 181~200 10/17ページ
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不倫相手とその本妻との間に出来た子どもを誘拐し逃亡する女の物語。 この本は誘拐犯の逃亡記録ですが、捕まらないで!と叫びたくなります。 それはきっと不倫相手に子どもを流産してくれと言われ生めなくなった身体になって しまい、さらに本妻にがらんどうと罵倒された悔しさの気持ちが共感出来たからでしょう。 子どもを愛する母の姿がにじみ出る描写がいくつも出てきます。 そのたびに、誘拐した子どもじゃなくて生まれた子どもだったら良かったのに…と思えてきます。 どんな贅沢な暮らしよりも、どんな美味しい食卓よりも、 ただこの子の傍に居てあげたいという思いだけで行動する母の気持ちに泣けました。 またこの本は母が捕まり、その後の子どもの人生に付いても書かれており 幼少期を一緒に過ごしていない母と子どもの関係が更に面白いです。 母と子の愛の形とは何か? 本当の親子とは何か? そんな目には見えない人間模様が瀬戸内の海と一緒に繊細に書かれている一冊です。 | ||||
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ノンフィクションを読んだような気がした。本当に希和子は存在しているようなそんな気がした。子を持つ親としては希和子の純粋な薫への愛情が優しく、悲しかった。 | ||||
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ラストの追い詰められていく様子に鬼気迫るものがあった。 | ||||
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主人公(きわこ)は実に身勝手でエゴイストだと思う。 現実から目を背けて、子供との生活に酔いしれているとしか思えず、正直読んでいて 胸糞が悪かった。 しかし一方魅力的でもあり、許せないと思いつつも、きわこと薫との限りあるであろう生活が もろくて愛おしくて、繊細で、豊かで、きっと実の母と暮らしているよりも、丁寧に丁寧に 育てられているのだろうな、なんて考えつつ(私は4歳の娘をもつ母親だから、そんなこと認めたくないのだけど)ついつい引き込まれてしまいました・・・ 複雑な心境のまま読み進めながらも、それ故に二人を待ち受ける運命がどんなものなのか、 この目で早く見届けたい!その一心で一気に読み終えてしまった・・・ 読み終えてからも、薫がどんな風に人生を送っていたら本当に幸せだったのか、幸せが何であるのか、 善悪は何によって決められるのか、何を信じて生きるべきなのか・・・・ いろいろな事を深く考えさせられました。 どういった意味ではとても興味深い作品でありました。 | ||||
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初めに映画で見て、希和子の気持ちとリンクしていましたが、 原作を読んでビックリ。薫の気持ちが痛々しい。。 こういう大変な生い立ちではなくても、大なり小なり自分の出自やそこから来る劣等感はあり、そこに 折り合いをつけて、みんな大人になるしかないって感じました。 よくも、悪くも。 | ||||
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第0章は、希和子が不倫相手の子供を拐うシーン。息をつめて読んだ。 第1章は、子供を誘拐して逃走するシーン。ハラハラ、ドキドキとして読んだ。 第2章は、拐われた子供(恵里菜)が成長して、その彼女のストーリーとなる。 最後まで引きつけられて一気に読んだ。 「日野OL不倫放火殺人事件(1993年)」を思い出した。(ただ、この事件の 犯人は不倫相手の子供二人を放火によって焼殺してしまう) これはフィクションであるのだから、実際の事件を取材して小説化したものではない。 作家は、私たちの日常の周辺で起こっている事件をヒントに小説を書くものだと思う。 しかし、子を拐うとき、逃亡するときの希和子の心理描写、そしてさまざまな シーンでの情景描写は実に巧みである。 終わりかたも、ある意味で巧妙であった。読者に、しっかりと余韻を残す術を著者は 知っていつのではないかと思われた。 読んで、せつなかった。でも、読んでよかった。 | ||||
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久々に「文学の力」を見せつけてくれる現代文学に出会った気がしました。あらすじから見ると、もしこれがニュース番組で伝えられたら不倫相手の子供を誘拐した犯人が悪くて、子供を奪われた夫婦は被害者で、と、奥行きも見る事も考える事も無く終わると思いますが、実際に本を読むと、そんな一筋縄では行かないということが分かり、人間の感情の複雑さに圧倒されます。両親そろっていれば幸福、とか、血のつながったもの同士なら分かりあえる、とか、そんな生易しい事は通じないと思い知らされることが多いのが現代社会だからです。 偶然、最後の部分は通勤の電車内で読みましたが、希和子が逮捕直後に叫んだことを読んで泣いてしまいました。また、最後も登場人物がこれからも思索を重ね、かつ生きていくというのが暗示されていて、「サバイバル」という意味以外での力強さを感じました。 子供のいる人、いない人、辛い恋愛をした人、その他家族の意義について、あえて文学(考え抜かれた言葉を通じて語られた作りごと)を通じて考えたいという方々すべてにおすすめいたします。 | ||||
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前半、不倫相手の子供をさらって逃亡する希和子。 後半、希和子が捕まった後の薫、恵理菜の幼児〜大学生について書かれています。 私は、2歳の娘を持つ母親なので すごく複雑な気持ちでこの作品を読んでいました。 さらわれた瞬間は、こんな可愛い時期に許せないと言う 気持ちで一杯でした。 しかし読んでいくと希和子の目線での 話となっていくので一生懸命育てている希和子に共感していく方も 多いかと思います。 しかも本当の両親より希和子の方が理想の親には近い存在なので 余計そう思わされます。 後半、薫の思考、心情を読んでいて辛くなる事が多かったです。 それでも最後は、過去と向き合い、新しい人生を スタートさせる事が出来て本当に良かったと思っています。 最後の薫と希和子のニアミスシーンはすごく 現実味を感じてすごく良かったです。 各々の立場で真剣に考える事が出来て 胸に響く、面白い作品でした。 | ||||
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映画化もされた角野光代の中央公論文芸賞受賞作品。 第一章 不倫相手との子供を堕した希和子は、その直後、彼と妻との間に子供ができたことを知り愕然とする。 やがて、彼女は衝動的に彼の家を訪れ、その娘を連れだしてしまう。 だが、そんな二人に行くあてなどあるわけもなく、彼らは放浪の末、ある宗教施設のやかっかいになることになり……。 第二章 大学生になった恵理菜は、家族との距離感に苦しみつつ、妻子ある男性との不倫生活を続けていた。 そんなある日、昔同じ施設にいた千草と名乗る女性が彼女の前に現れる。 恵理菜にとって過去は、何の記憶もなくただ家族との間の溝を作ったものでしかない。 それゆえに、昔を知りたいと語る千草に嫌悪感を覚える恵理菜。 だが、自らが妊娠していることを知り、彼女自身も過去と向き合うことを決め……。 扇情的にも、感情的にも書けるだろう題材を扱いながらも、作者は決してその方向へ進もうとはしない。 ただ淡々と丁寧に描かれるのは、その時における人物たちの状況と心情だけ。 それゆえか、出てくる「人の情」や「優しさ」「美しさ」などが自然と心を打つ。 ここには「悪意」を目指した「悪意」がどこにもない。 悪人が一人もいないと言ってもいい。 それでも、運命は彼らに「絶望」をもたらす。 第三章を描かなかった点も素晴らしいと思った。 大抵の作家ならまず間違いなく第三章を書いたはずである。 それが読者の望むであろう章だとわかるからだ。 けれど、角野光代は敢えてそれを描かない。 そのことが、この作品を物語を超えた「何か」にしているのだと思う。 もちろん、読み終わって感じる不満がまるでないわけではない。 最後のエピソードは第三章を描かない以上、不要だと思ったし、 伏線が張りっ放しになっている部分が目立つのも気になった。 第二章で文章がやや感傷的になっているところがあるのに気づく人もいるだろう。 ただ、そういったことを全部「どうでもいい」と思えるほどの力をこの作品は持っている。 小説とは最終的に作者のものなのか。読者のものなのか。 そういったことまでも考えさせられる、とても面白い作品だと思った。 ※ほか、ちょっと。 ・池澤夏樹さんの解説には唸らされた。確かにこの作品に出てくる「男」にろくなのはいない。 ・桐野夏生さんの「残虐記」も同様な体裁をとっているが、あれよりももっと淡々としていて静かに心に響く。 ・映画のほうは観ていないのでわかりません。 | ||||
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母親が娘を誘拐し、そのまた娘は未婚のまま子供を身ごもる。 そこには「擬似母娘」の関係が成立する。 おなかを痛めた子が幸せか、それとも血はつながっていなくてもなめるように可愛がった子供が幸せか? 舞台が昭和末期〜平成前夜からはじまるところから、「女性に性としての快楽を失われていた世代」がまざまざと書かれている。 それは希和子が転々とした居場所にある「においのなさ(=生活感のなさ)」に描かれており、希和子が一時身を寄せた連れ込み宿での男女のリアリティ。 そしてお祭りにまぎれたお遍路さん。そして希和子がまた、母親に「きたないから手を洗いなさい」と言われていたというところにも。 (ただ世情的にある団体を思わせる描写が出てくるが、それがこの小説のリアリティを増しているのかもしれない) 2章の「娘」は、「私」という一人称で書かれ、「愛する人」に対する必死さというものはまた違うところにある。 「8」という数字にはいろいろな暗喩がある。 物語がサスペンスだから多くは語れないが、そのひとつに「輪廻」があるのではないか。 解説の池澤夏樹氏の文章が秀逸だが、これはジェンダー論の話であると私は思う。 よけいな詮索のない楽園と、人情味が反転する失楽園の矛盾。名前も、戸籍も、ときには記号でしかない。それでもひとは生きられるという哀しさ。 女性よりもむしろ男性に読んで欲しい。 | ||||
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八日目の蝉は、悲しいか? 結論は読者各々が考えるべき小説ですが、男性女性いる人間として考える1つの物語です。 日常の中にこんな人たちは結構いて、この小説の中身というよりも、そういった背景を持った人たちがこの世界にはたくさんいて、それぞれに悩み、自分なりに答えを出しながら生きている、と感じることが出来るのがこの小説のいいところ。 実際の都市が結構でてくるので、一瞬ノンフィクションかのように錯覚してしまうのは、筆者の筆遣いのうまさでしょう。 フィクションの物語を進めながら、人間の感情に訴える語り口はさすがです。 | ||||
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TVドラマ、映画、原作の順番で読みましたが、やはり原作が総ての集大成。 素晴らしかったです。 決して気持ちのよい話ではありませんが、これほど母娘の関係について考えさせられたことはありませんでした。 主人公、娘、実母、それぞれの立場で女が抱える闇と希望を味わえた気がします。 忘れられない作品になりました。 | ||||
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前半と後半で、誘拐犯と誘拐された少女の側からのストーリー展開。 犯罪が周りの人々を、環境を変えて行く。人間の心が、もの悲しく、暖かく、描かれている | ||||
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「母性」をテーマにしたサスペンス作品。子供を誘拐した女・希和子の3年半の逃亡劇と、事件後、大人になった子供・恵理菜の葛藤を描く2章(プロローグである第0章を入れると3章)から構成される。 衝動的に幼児を誘拐してしまった、希和子は異常。ただ、その後の薫(恵理菜)に対する愛情は実の親子のようだった。 薫(恵理菜)の実の両親は親として未熟であった。これが本当に皮肉だった。 あっという間に読んでしまえる、時間の流れが丁寧に描写された話だった。 | ||||
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今朝2時に読み終えたところです。 私の瞼は笑えるほどパンパンに腫れています。 久しぶりに入った本屋で「あ、見たかった映画の本だ」と思って何気なく購入しました。 夜眠る前に少しずつ読み進めようと思っていたのに、つい一気に読みきってしまいました。 店頭で0章を1ページを読んだ時点からドキドキしていました。 自分がその場にいるイメージが自然に湧き上がり、どんどん引き込まれました。 重大な犯罪から始まったのに、確実に『母と子』となっていく2人。 危なくなるたびにするりと逃げる2人があといつまで一緒にいられるのか… 1日でも長く一緒にいられたらいいのにといつの間にか主人公に感情移入していました。 第一章が終わった時、突然に涙がこぼれました。 どうしてこんなに涙が止まらないのか。私が女だからなのか、母だからなのか。 徐々にわかっていく「その時」とその後。 第二章は最後までずっと泣いたまま読みました。 こんなに衝撃を受けた本は初めてです。 何が衝撃なのかうまく言葉にできないほどです。 本に書いてある2人の心情がまるで自分の気持ちそのものと感じるほどの描写でした。 どうにもできないもどかしさが心に残り、逆に何かがスッキリと解決したような爽快感さえあります。 文庫本でここまで泣かされるとは。買う価値がありました。 | ||||
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一気に読みました。我が家にも乳児がいるので読みながらせつなくなりました。 | ||||
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角田さんが書いた別の小説を読んだことがある。物語の『女性』たちの 心理を交差させて描くのは上手だと思っていた。 この作品は、先に映画を観た。映像に写し出された、『女性』たちの演技力のせいだろうか? 余韻が、小説を一気に読ませた。 不倫の是非はさておき、女性としての弱さ(希和子も恵理菜も、また、恵津子も不倫を通しての男性へ依存)や、強さ(したたかさ?)に対しては、共感できる部分もあった。 子供を大切に思う という点では、作中のどの母親にも共通している。 希和子は優しく理想的な母の部分が多く、家事を放棄して子育てを半ば諦めたような母の描写しかない恵津子は、その表裏が産みの母と育ての母と対極して描かれているみたいだ。 『母』との関係がうまくいかない恵理菜も結局は、薫としての思い出に救われている。愛情って、湧き出るものなんだろうか? 結局は恵理菜自身が千草を初め周りに心を開いていくことで『母』の愛情を認識していくようだ。 母であるにとっては二人の描写は共感できる部分がある。なぜならば、子育てを通して理想と現実のギャップを感じているからだ。 | ||||
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第1章の主人公、希和子に感情移入しながら読みました。 いつ捕まるのか、などとドキドキしながら読み進みました。 第2章はもうちょっと描写が欲しかったですが、クライマックス では目頭が熱くなってきてしまいました。 女性として生まれてきたことの意味を考えさせられました。 また、私も瀬戸内海の近くに住んでいるので、最後の方の 「瀬戸内の海は鏡みたいなんだ・・・」のくだりに共感しました。 | ||||
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不倫相手の子をおろし、相手の乳児を拐って、親子として逃げ切れなかった希和子。逃げてばかりの肉親。居場所のないまま、これまた不倫相手の子を身ごもる恵理菜/薫。男の愚かさ・狡さ、女の愚かさ・強さ。親子とは?母親とは?愛情とは?希望とは?八日目の蝉たちの心の安寧を祈念。 | ||||
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少しネタバレなのですが、お許しください。 誘拐した娘と誘拐犯との親子関係がどう変わっていくのかという 衝撃的なテーマ設定に惹きつけられて読んだ。 希和子が警察に捕まり、連行されるとき、思わず、警察に、「この子は朝ごはんを食べていないの!」というセリフを吐くシーンとか、とっても心にこみ上げるものを感じました。 本小説で、私が特に心に残ったシーンが2つありました。その第1のシーンがこの捕まるシーンであり、その第2のシーンが薫が希和子と実母父のすべてを愛していることに気付くシーンです。 小豆島という設定もとてもよくって、美しい自然、海、森に囲まれた中で逃亡生活を続けながら、確かな充実感をもつ希和子・薫親子の姿はとてもせつないけど、親子愛の美しさをいかんなく表現していると思った。 いろんな親子関係がある。誘拐は悪いことだけど、心から子どもを愛し、子どもと一緒に生活したいという願いは、万人に共通する思いなのだとあらためて学んだ。 読後の余韻はしばらく続きそうです。 よい作品でした。 | ||||
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